スポーツの秘密
気温がどんどん上昇し、船内は冷房に切り替わり、上部甲板は満員になってきた。
金曜日、サウスハンプトンを出向してからちょうど一週間。気温はどんどん上昇し、上部甲板では、空いているデッキチェアを見つけるのが難しくなってきた。皆日光浴に忙しい。(でも忙しい人が日光浴をするだろうか。)
これまで夕食はフォー・コース・ディナーをずっと食べ続けていたが、今日はアジア料理の誘惑に負け、ディナーをあきらめて、セルフサービスのレストランへタイ料理のバイキングを食いに行く。一週間、西洋料理を食べた後、インド料理でも、ヴェトナム料理でも、タイ料理でも、中華ならなおいいけど、アジアの味が恋しい。
マユミは今日、ダンスのクラスを三つこなした後、ジムで一時間走っていた。彼女が夕方にまだジムへ行くと聞いて、
「あんた、ガッパになっとるぞいね。」
と僕は彼女の出身地、金沢弁で言う。「ガッパになる」とは「むきになる」という意味だ。
「あんただって、ダンスにガッパになってるやんけ。」
と妻は言う。(どこの言葉や)でも、それは違うと思うんだけど。僕は毎日予定されたレッスンを受けて、習ったことを復習しているだけ。しかもそのレッスンとて、僕が自主的に行こうと思ったわけではなく、彼女の「陰謀」で「悪の道」に引き込まれた結果なのである。
その日も、ナイトクラブで「チャチャチャ」をマユミと踊った。まだ楽しんでいる余裕はなく、ラジオ体操を順番にこなしていっている気分。周囲の人々もマユミには、
「あなたのダンス、素敵ねえ。」
とダンスそのものを褒めてくれるが、僕には、
「白いタキシード、似合ってるわよ。」
と、取って付けたようなお世辞。人々の賞賛からほど遠いのは、自分が一番良く知っとります。マユミは時々別の男性からダンスを申し込まれるが、初対面の人とも、結構スムーズに踊っている。
「どうして、初対面の人と、最初からあんなに息が合うの?」
と素朴な疑問を彼女に投げかけてみる。
「ダンスの場合は、たいてい男性がリードするわけね。その男性が次に何をするか合図を送るのよ。その合図がちゃんと決まってるわけ。」
なるほどね。
「フィギュアスケートの選手は、どうしてスピンで目が回らないの?」
とか、
「背泳の選手は、後ろを見ないのに、何時ターンしていいかどうして分かるの?」
スポーツにはそんな「素朴な疑問」が時々存在し、結構簡単な答えが待っている。ちなみに、「背泳選手のターンのタイミング」の秘密はゴールの五メートル前に張られた旗のついたロープ。僕の場合、ロープが目の前を通り過ぎた後、二かき半でターンをする。これでいつもバッチリ同じ場所でターンが出来るわけだ。
デッキ係のお兄さんたちも接客に大忙し。