シャル・ウイ・ダンス
昼間ダンスクラスで練習している人たちと・・・
船内では乗客を飽きさせないために実に様々の、乗客が参加できる「アクティヴィティー」が毎日企画されている。ダンス教室、ヨガ教室、合唱団、クッキングや写真の実用講座、地理や歴史などの教養講座、ブリッジなどのゲーム、フッサルやクリケットなどのスポーツ、これらが同時進行するので全部に参加することは到底不可能である。
「ダンスのクラスに行ってみようよ。」
最初に僕を誘ったのは、前回も書いたように妻である。そして、今回の航海中、僕等にとって、それがメインの活動、アクティヴィティーになってしまった。
しかし、よく考えてみると、社交ダンスに関して言えば、彼女はロンドンで一週間にクラブで四度も五度も練習しているし、それなりの「ベテラン」の部類に入るのであろうから、「初心者のためのクラス」には行く必要はないのだ。自分は退屈なのだろういけど、「ダンナに社交ダンスを覚えさせよう」という思いから、付き合ってくれていると僕は理解している。こちらも、その期待に応えようと練習をしたが、正直言って、僕には妻や末娘のようにダンスの才能はないと思う。そもそも運動音痴だもん。しかし、夜、ナイトクラブで生演奏をバックに、人々が楽しそうに踊っているのをみると
「自分もやってみたい。」
と期するものはある。
そうなると僕はたいてい「努力の人」に変身するのである。僕は昔マラソン選手だった。しかし、六年前心臓の手術をして走れなくなった。僕は、自分には音楽の才能などないということは知り尽くしていたが、ピアノを始めた。そして、ここ六年間、毎日一時間、週末は二時間の練習を自分に課した。その結果は・・・
スポーツを習うのには順番と、習ったことを消化する時間が必要だ。しかし、船内の「ダンスクラス」は促成コースであるために、「一日目はワルツ」、「二日目はチャチャチャ」、「三日目はルンバ」、「四日目はタンゴ」、「五日目はクイックステップ」と、どんどん進んで行く。つまり「消化」する時間がない。三日目辺りから、頭の中がゴチャゴチャになってきた。習ったステップが混ざってきて、どれがどれか分からなくなってくる。「シャル・ウイ・ダンス」の役所広司みたいに、甲板の隅で独り練習しようとするが、結局分からない部分は分からない。それを聞く相手は妻しかいない。
教室が終わった後、僕が余りにもしつこくあれこれ聞くものだから、妻が段々と不機嫌になってくる。こんな場合、自らの夫は最悪の生徒であり、自らの妻は最悪の先生である。お互い忍耐がない。妻が言う、
「あんたを社交ダンスのクラスに引っぱって行ったの、ちょっと後悔してるわ。」
「速習コースの初心者で、夜、クラブで踊ろうなんてしてるの、あんただけよ。これ、もっと奥が深いんやから。」
「でも、せっかくやったからには、人前で披露したいやん。」
僕がそう言うと、妻は嘆息を付いた。
・・・夜ナイトクラブで踊っている人に、殆どオーバーラップがない。それが少し寂しい。