雨に煙るドナウ河
四匹のライオンに守られた鎖橋。向こう側に見えるのが王宮。どの建物も威圧感がある。
ミーティングが終って協力会社を出たのが午後五時半。その会社の社長がタクシーを頼んでくれたので、それに乗ってホテルに戻る。小雨がまだ降っている。しかし、僕は散歩に出ることにした。一年で一番日の長い頃だ。まだ暗くなる前に二時間ほどはあるだろう。
「明日はどうなるか分からないので、見られるだけ見ておこうっと。」
僕はそう言って、買ったばかりの傘を差して外に出た。
ノルウェーには、一眼レフのカメラを持っていったが、出張にはラップトップやケーブルを持っていかねばならないので、大きなカメラは無理。でも、写真は撮りたいので、名刺を少し厚くしたくらいの超小型のカメラをポケットに入れてきた。ノルウェーではあちこちで写真を撮りまくっていて、
「パパって写真中毒じゃないの。」
と娘に言われた。それは当たっている。でも、良い写真を撮る秘訣は、僕に言わせると只ひとつ。「沢山撮ってその中から一番出来の良いのを選ぶ」ことなのだ。それと僕はメモ魔でもある。
ホテルの前にあるブダの丘に登る、丘の上は王宮で、今は美術館になっている。丘の上に立つと、眼下に流量の豊かなドナウ河と、それに架かる有名な「セーチェーニ・鎖橋」が見える。対岸の左側には国会議事堂。小雨に煙ってはいるが、やはり素晴らしい眺めである。世界で有数と言ってもいいくらいの眺望だ。午後七時、美術館は既に閉まっており、丘の上にはほとんど誰もいない。韓国人と思しき女の子がふたり、「セルフィー」を使って眼下の街をバックに自画撮りをしている。ドナウ河畔から丘を上り下りしているケーブルカーも、客がいないためか、駅に停まったままである。
石畳の道を通って、ブダの丘をドナウ河の方に降りて、「鎖橋」を往復する。この橋はブダペストのシンボルで、両側を四匹のライオンが守っている。橋の上から見るブダの丘と、反対側の国会議事堂のシルエットが美しい。ブダの丘のトンネルを潜ってホテルと駅のある側に戻った。このトンネル、一八五七年の開通だというが、奇妙な形をしている。卵を縦にしたような形なのだ。
トンネルの出口の近くの小さなレストランに入り、夕食を取る。何を注文してよいか分からない。ましてや、ハンガリー語のメニューなんて読めるわけがない。そんなときの僕の決まり文句。
「お勧めは何?」
「ガチョウのレバーのステーキなんか、ハンガリーらしくていいのじゃないでしょうか。」
「じゃあ、それ。」
しかし、これは「外れ」だった。確かにレバーは柔らかくて、ジューシーで美味しかった。でも小さな切り身が三つ乗っていただけ、大部分は、トマト味に炒めたジャガイモであった。食前にビールを頼み、食後にパリンカという酒を飲む。これがハンガリーの名物らしい。果物から作った蒸留酒で、アルコールド度が四十度程度、小さなグラスに入っている。イチゴ、プラム、チェリーなど、材料によって微妙に味が違うとのこと。食後に飲むと胃がすっきりする。
八時半頃にレストランを出る。散歩をしている間はずっと小雨が降っていたが、レストランを出た時には雨は上がり、雲も薄くなってきているようだった。明日も、また散歩ができることを期待しつつ、ホテルに戻り、バーでパリンカをもう一杯飲んで眠る。
鎖橋から、ブダ側のマーチャーシュ教会を望む。朝日が当たり美しい。