屋根のない美術館
全ての建物が統一の取れた美しさを保っている。
アトミウム中には、ロンドンの「サイエンス・ミュージアム」のような、科学的な展示がしてあった。「動物の目から、世界はこんな風に見える」という展示はなかなか面白かった。犬は白黒の世界を見ているとか、トナカイは赤外線を見ることができるとか、蜂の複眼では小さな区画に区切られて見えるとか。それが、スクリーンに映し出されている。
ホテルのチェックアウトの時間が気になった僕は、十時四十五分には外に出て、地下鉄の別の線でロジェールに戻った。外に出るのも一番である。その頃には観光バスが次々と到着し、辺りは観光地の賑わいを見せていた。
「屋根のない美術館」と呼んでもいい、美しい町は世界中にいくつかある。例えばベニス、僕の故郷の京都もそう言って良いと思う。その日、僕がブリュッセルからの帰りに道に訪れることにしていたブリュージュも、そう呼ばれている。
僕はブルージュを訪れたことがあった。その時の写真を見ると、上の息子と真ん中の娘が写っているが末娘はいない。妻は一番下の娘をお腹に宿していたのだ。一番下の娘がもう大学を出て働いているので、前回の訪問はもう二十数年前ということになる。写真には、日本から来た母と姪も一緒に写っている。当時はドイツから車で来たわけである。
正午にブリュッセルを出て、前日と同じ高速道路を逆向けに走る。途中ヘントという町を通る。「Gent」と書くと「ゲント」と読みたいが、フラマン語、つまりオランダ語のGは「ハヒフヘホ」の発音である。ドイツ語で「おはようございます」は「グーテン・モルゲン」だが、オランダ語では「フーデモルヘン」となる。
「グーテン・モルゲン!」
なかなか力強い響きがある。
「フーデモルヘン!」
なんとなくガクッとくる。ドイツ人がオランダ語を聞くと「どこか空気が抜けている」、そんな気がするのはこの「G」の発音のせいなのだ。
ブルージュの街に近付くと、教会の尖塔が見える。オールドタウンの直前にトンネルになり、トンネルの中から地下の駐車場に入れた。ブリュッセルでもそうだったが、ベルギーの街は、交通を円滑にし、かつ、地上を人間的にするために、街の地下にトンネルを掘っている。この方法、なかなか良いと思う。
駐車場から地上に出る。広場になっている。そこから「屋根のない美術館」の街並みに入っていく。商店街なのだが、全ての建物が古い秩序を残しており、商店のサインも、控えめである。マーケット広場から、川沿いに出る。石の橋が架かっている。そこから見るツタの絡まった石造りの家々。美しい。さすがに世界遺産だけのことはある。朝は小雨だったが、急速に天気が回復し、青空が広がる。午前中は肌寒かったが、太陽が出ると暖かくて気持ちが良い。京都ではちょうど祇園祭が終わったころ。暑いのだろうなと思う。例によって、広場に面したカフェでビールを飲む。
石造りの橋の上から見る風景も絶品である。