エドヴァルド・グリーグ
グリーグが亡くなるまで二十年間妻と住んでいた家。丘の上にポツリと立っている。
ノルウェー出身の歴史上有名な人物というと、ちょっとおどろおどしい絵を描く画家のエドヴァルド・ムンク、「ペール・ギュント」や「イ短調のピアノ協奏曲」で有名な作曲家のエドヴァルド・グリーグ、「人形の家」で知られる劇作家のヘンリック・イプセンであろうか。マンチェスター・ユナイテッドで永年プレーしていた、サッカーのスルシャール選手あたりが、英国で一番有名なノルウェー人かも知れない。
さて、このうち作曲家のグリーグがベルゲンの出身で、彼の住んでいた家がベルゲンの郊外にあり、博物館になっているという。また、そこに彼と奥さんのお墓もあるという。僕はそこを是非とも訪れたいと思っていた。
「だって、レパートリーにグリーグさんの作品を加えさえていただき、一度はピアノの発表会で弾かせていただい僕としては、遅まきながら、お礼に参上するのが礼儀というものでしょ。また、グリーグさんの墓前で、彼の楽譜をちゃんとお金を出して買わないで、勝手にコピーしたお詫びも言わなくちゃいけないし。」
エドヴァルド・グリーグは一八四三年に生まれ一九〇七年に亡くなっている。ショパンより一世代後の人だ。「ペール・ギュント組曲」の中の「朝」は、「クラシック名曲百選」の中に必ず入っていると思う。
「チャララ・ラララ、チャララ・ラ・チャラチャラ〜」
「パパ、いちいち歌わなくっていいの。」
と娘に文句を言われた。
ホテルを出た十時ごろには、霧もすっかり晴れ、ベルゲンの街はまた柔らかい日差しに包まれていた。僕たちはまず観光案内所に行って、「ベルゲンカード」という美術館割引の効く、トラムとバスの一日乗車券を買って、トラムに乗った。二両編成の電車は、市街を出て、何度かトンネルを潜り抜けながら郊外を走る。ホテルのフロント係の話によると、「ホップ」という駅で降りて、そこからグリーグの家のあるトロールハウゲンの村までは歩いて二十五分だという。
周囲に何もないホップの駅で降りて、そこから「トロールハウゲン」の標識を目印に歩き始める。周囲に誰もいないのが、何となく不安だが、尋ねる人もいない。三十分ほど歩いて、グリーグ博物館に着く。切符を買うとき、
「一時からコンサートがありますが、聴いて行かれますか。」
と聞かれた。スミレは聞きたくないという。グリーグの家は、フィヨルドを見下ろす丘の上に立っていた。木で作られた、コンパクトな可愛い家である。目の前に、幾つかの島の浮かぶ湾が広がっている。
「こんなきれいな場所に住んでいたら、創作意欲も湧くよな。」
と妻とふたりで言い合う。家の中に入る。彼の弾いていたピアノがある。「スタインウェイ」だが、身長が百五十二センチしかなかったグリーグのために特別に作られたものだという。
家の前にはフィヨルドが広がる。