沈まぬ太陽
午後九時過ぎ。こう明るいとちょっと寝る気になれない。と言って、暗くなるのを待っていたら寝る暇がない。
ブリッゲンから町のメインストリートに戻る。広場に面したカフェに入り、屋外のテーブルに座ってビールを飲む。気温は十五度くらいだと思う。太陽の当たっているところに座ると暖かくて気持ちがよい。今日は大学の卒業式があったらしく、スーツとワンピース姿の若者が並んで、広場で記念写真を撮っている。
夕食は、娘が観光案内書で見つけた「ピングウィーネ(ペンギン)カフェ」で食べた。僕は鱒を注文。新鮮で美味しい。僕が骨だけを残して、きれいに食べたのを見て、妻と娘は驚いている。
「猫泣かせのモトって呼んでね。」
とふたりに言う。
「もう僕の食べるところがないニャ〜。」
と猫も呆れる。丸ごとの魚を、骨だけを残して完璧に食べるの、子供の頃から得意なのだ。
夕食を終えて外に出た。九時過ぎ。天候は急速に回復し、青空が広がり陽光が降り注いでいる。湖畔のベンチや芝生の上は、暖かい日差しの中、日光浴を楽しむ人々で賑わっている。
まだ十時前だが、僕も妻も娘も、ここ数日、休暇の前に仕事を片付けるのに忙しく、疲れ気味なので、ホテルに帰って寝ることにする。着替えて、歯を磨いて、寝る準備をする。
「これじゃ寝にくいわね。」
と娘が窓の外を見て言う。確かに。まだ太陽がサンサンと輝いているのだ。カーテンを閉めても、まだまだ明るい。しかし、僕は間もなく眠ってしまった。一寝入りして、真夜中過ぎに目が覚めた。カーテンを少し開いて、外を眺める。まだボンヤリと明るい。この時期、ノルウェーには漆黒の夜はやって来ないのだ。
翌朝、六時に起きる。妻と娘はまだ眠っている。ゴソゴソするのも悪いので、散歩に出かけることにする。僕は朝起きて散歩をするのが好き。特に水辺を散歩するのが好き。今年になってから度々仕事で滞在したフランスのダンケルクでも、港や砂浜を毎朝散歩していた。
外に出ると、山には霧が出ており、丘の斜面に立っている家が、途中までしか見えない。上の方の家は霧の中に隠れている。涼しく、気温は七、八度というところか。昨日ビールを飲んだカフェの左側の丘の上に、赤いとんがり屋根の教会が見えたので、そちらに行ってみる。元来た道を戻ればよかったのだが、何故か反対側に降りてしまい、道に迷ってしまった。誰かに道を尋ねたいが、土曜日の朝六時半、辺りに人通りは全くない。
しばらく不安な気持ちで歩いていると、向こうから、ヘルメットを被って、自転車に乗った、ティーンエージャーの女の子がやってきた。
「エクスキューズ・ミー!」
手を振って彼女を呼びとめる。少女は自転車を停めて、僕の方を見た。
「道に迷ったんだけど、魚市場とかある場所へ行くにはどう言ったらいいんですか。」
と英語で聞く。彼女は完璧な英語で道を教えてくれた。北欧の人々は皆英語が上手い。
霧がかかって、山の中腹の家は途中までしか見えない。