日頃の行い
僕をデ・ジャ・ヴに陥らせた白い帆船。観光客を乗せて時々港を出て行く。
ホテルでチェックインを済ませ、荷物を置いた僕たちは、ベルゲンの街に出かけた。ベルゲン自体は大きな場所ではない。オスロに次いでノルウェー二番目の都市と言っても、人口は僅かに二十五万人。そもそもノルウェー全土の人口が五百万人で、横浜市より少し多い程度。ベルゲンは、妻の故郷の金沢よりもはるかに小さい町なのだ。中心街だけなら歩いて回れる規模である。
今日の予定は、まずフィヨルド観光の船を予約して、その後ベルゲンの街中を観光することであった。妻はインターネットによる「事前調査」で、フィヨルド観光のお勧めのコースを既に見つけているとのことである。予約のために、街の中心にある観光案内所へ行く。そこは湾の一番奥で、対岸に白い大きな帆船が停泊している。
「白い帆船・・・」
僕は一瞬デ・ジャ・ヴに陥る。
「そうだ、三週間前にいたフランスのダンケルクにも、同じような白い帆船が泊まっていた。」
妻と娘が、日曜日のコースを予約した。天気予報によると、明日の土曜日も、夏至の日曜日も、天気は良いと言うことである。ノルウェーの西海岸で、晴天の日に遭遇するというのは、結構難しいことなのだ。ベルゲンでは年間二百日以上雨が降る。一度など、八十五日間、連続して雨が降っていたという。フィヨルドの観光となると、雨が降ってガスっていると、景色も何も見えない。天気の当たり外れが、その満足度の大きな要素となる。妻が来る前に週間天気予報で調べたところによると、ベルゲンに着いた日は曇りだが、その翌日の土曜日と、翌々日の日曜日は、珍しく二日続けて晴れということであった。
「あなたの日頃の行いが良いためです。」
と妻に言う。妻はおそらく皮肉に取っていると思う。
何故、ベルゲンは雨が多いか。それは、沖を流れるメキシコ湾流とノルウェーの海岸線に関係がある。暖流から蒸発した水蒸気をたっぷり含んだ空気が、海岸まで迫った山にぶつかる。そこで雨が降るのである。つまり、金沢や新潟など、日本海側で雨が多いのと、全く同じ理屈だ。
観光案内所でフィヨルド観光を予約。日曜日の朝八時半頃ベルゲンを電車で出発し、船とバスを乗り継いで、また電車で夕方の七時ごろに戻ってくるスケジュールであるという。案内所を出た僕たちは魚市場を通って「ブリッゲン」に向かう。「魚市場」と言うと、築地のように大きな建物が予想されるが、ベルゲンの魚市場は屋台が並んでいるだけ。魚を買うだけでなく、そこで、焼いてもらったり、茹でてもらったりして、食べることもできる。カニが美味しそうである。
値段を見ていると高い。スカンジナビアは物価が高いことは知っていたが、それにしても。魚市場の魚もさることながら、カフェで飲むビール一杯の値段が日本円だと千四百円くらいする。ノルウェーの通貨はクローネ。一ポンドは十二クローネ、十二で割ればポンドに換算できる。
「ひゃあ、ビール一杯が八ポンドだって。」
娘は目を丸くしている。
「ノルウェーで暮らしていくのも苦労〜ね。」
と僕。しかし、通貨には時によって強い弱いがある。そこの国では、それなりに物価が完結しているものなのだろう。
魚市場。ロブスターとカニが美味しそう。