悲しきフェルナンド
お坊さんだってたまには飲みたい。修道院で作られるシメイ・ビール。
さすがに展覧会を四つ見るのは疲れる。午前中、ゲントでも結構歩いたし。最後の「ルネ・マグリット」のコーナーは通り過ぎただけという感じ。カフェに入ってビールを飲む。
「もう四時を過ぎたし、ボチボチビールを飲んでもいいだろう。」
と自分に言い訳しながら。アルコール度が九パーセントの、「シメイ・ブルー」という強い黒ビールを買う。このビール、最初はシメイという修道院で作られたとのこと。ヨーロッパの修道院は、ワインやビールの醸造が盛んだった。修道僧たちも、結構酔っぱらっていたんでしょうね。
アルコールが入ると、何となく気分がホンワカして、疲れが取れるような気がした。ベルギーでビールを注文すると、ナッツとかクラッカー、チーズが「つまみ」として供される。これは日本人にとって嬉しい習慣。ひたすら飲むだけの英国やドイツにはない文化である。
五時半ごろに外へ出る。気温が下がり、かなり寒くなってきた。美術館からグラン・プラスに降りる角で、どこかの東欧の国の親爺たちが、アコーディオンとサクソフォーンの合奏をしていた。これが、メチャ上手いのである。上手いだけではない。風格を感じさせる、説得力のある演奏なのだ。ひとりひとりのおっちゃんたちは、お世辞にも清潔とは言えない格好。それどころか、ホームレスと間違えられるような風体なのだが、演奏の技術だけは確かなものを感じる。演奏している曲が、アバの「悲しきフェルナンド」というのも、なかなか洒落ている。
「こんな小汚いおっちゃんに、こんな演奏ができるのに、僕のピアノはどうして全然上手にならないのだろう。」
そう思うと自分がちょっと情けなくなった。
ミディ駅のスーパーで寿司とサラダを買ってアパートに戻り、六時ごろから寿司とサラダを摘みながらワインを飲み始める。テレビをつけるが、フランス語のチャンネルばっかり。
「国際都市で、外国のお客さんも多いんだから、せめて英語のチャンネルも入れといて欲しいよな。」
そう思って、リモコンでチャンネルを上下していると、ひとつだけ英語のチャンネルがあった。BBC1である。仕方がないので、それを見ている。
六時半から「ストリクトリー・カム・ダンシング」という番組が始まった。この番組、滅多にテレビを見ない僕でも知っていた。それは、僕の住む町からの中継だからだ。僕は、英国ハートフォードシャーの、ボアハムウッドという町に住んでいる。僕の住む町に、いくつか映画のスタジオがある。この番組はそのひとつからの生放送なのだ。放送のある土曜日の午前中、普段は静かな田舎町の人通りが急に多くなる。スタジオの横の公園には、午後八時にもう整理券を求める人の長い列が出来ている。昼からは、スタジオに向かう、ちょっとお洒落をした人々が大勢、駅からスタジオまでのハイストリートを歩いている。しかし、その番組を僕はまともに見たことがなかった。何か、ダンスのコンテストであるらしいということ、それだけは知っていたけれど。
どう見てもホームレスのおじさんの集まりだが、なかなか高度な演奏を聞かせる。