同じ釜の飯を食った人たち
これ、絶対「矢切の渡し」って思って、あの歌を唄っちゃいますよね。
N子さんが、東急の駅まで送ってくれた。その駅の名は「矢口渡」、「やぐちのわたし」と読む。
「連れて逃げてよ〜、着いておいでよ〜」
あれは「矢切の渡し」だった。そこから僕は池袋に向かった。その夜、僕の帰国記念と銘打った「S商事同期会」が池袋で開かれることになっていたからだ。僕はかつてロンドンにある、大手商社「S商事」の英国支社で、情報システムの仕事をしていた。Bくんもそのときの仲間である。そのときの同僚は、今全員が日本に帰って別の会社で働いておられる。当時の仲間が四人、僕の東京訪問を機に、集まってくれることになっていた。
新宿駅、渋谷駅に続いて、日本で三番目に乗降客の多い池袋で降りる。西口から外に出て、僕は予約してあったホテルに向かう。道の両側は、美味しそうな食べ物屋がずらりと並んでいる。さすが東京って感じ。
「池袋っちゅうところは、繁華なとこばい。」
何故か博多弁になってる僕。ホテルには、何と、天然温泉の大浴場があった。後で入るのが楽しみ。どうして、このホテルを選んだのか。それは、同期会の会場のレストランまで、歩いて三分だから。
六時前にレストランに行ったら、僕が一番だった。その後、四人の元同僚が次々現れた。
「おっ、Hさん、元気?」
「あら、モトさん、変わんないね。」
よ〜く考えると、二人は、二十年以上ぶりだった。しかし、全然そんな感じがしない。ホントに数か月ぶりに会ったように、自然に話に入っていける。
「やっぱ、『同じ釜の飯を食った仲間』は違うな。」
と感心する。一緒に働いていたのは情報システム部なので、当然、かつては僕を含め全員がSEだった。しかし、今も情報システムで働いているのは一人だけ。インターナショナルスクール、バーコード国際標準の管理会社、高齢の両親の介護、そして日本語教師である僕、皆がそれぞれ別の道を歩んでいる。それだけに、そこに至る話を聞くのはすごく面白い。文句なしに「楽しい夜」だった。僕はこれまで、四社の日本企業で働いてきたが、今でも当時の同僚と交流があるのは「S商事英国支社」くらい。あの時間は僕の人生の思い出深い一ページなので、今でも語り合える仲間がいるのは嬉しい。ベトナム料理も悪くない。
あっと言う間に時が過ぎ、九時半になり、店を出た。
「元気でね。また会おうね。」
皆とハグをして別れる。今日は僕が一番近くに住んでいるので(歩いて三分)皆さんをお送りする立場だ。ホテルに帰った僕は、大浴場に行った。京都を出て計六日間の「遠征」も明日が最終日。最後の夜にふさわしい良い時間だったと、湯の中で振り返る。
皆さん、集まってくれてありがとう。楽しかったよ。