「あなたがまた行くならば」
Wenn du wieder gehst, Eine Liebesgeschichte
ADヴィルク
AD WiLK
2019年
<はじめに>
何故か、「ラブコメ」を読んでしまった。スウェーデンの犯罪小説の征服にもちょっと疲れていたところだし、ちょっと気分転換。
<ストーリー>
九月、ルーシーは飛行機の旅を終えて、海辺の村にある、自分の生まれた家に辿り着く。彼女はかつて自分が住んでいた部屋に入る。そこは、何も変わっていなかった。人の気配がする。振り向くとニクラスが立っていた。それを予想してものの、ルーシーは狼狽する。彼と会うのは四年ぶりだった。
「いつから婚約してるんだい。」
ニクラスが尋ねる。そこへ、ちょうどルーシーの父オリヴァーが現れ二人の会話が途切れる。久々に昔一緒に住んでいたメンバーが顔を揃え、彼等は再会を喜び合う。
今回、ルーシーとニクラスが故郷に帰って来たのは、ニクラスの祖父母の記念碑の除幕式のためだった。ルーシーを、来ることを何とか避けたいと思い、来ないで済ます理由を色々考えていた。しかし、除幕式でのスピーチを頼まれたとき、断り切れなかった。ルーシーは浜に出る。ルーシーは子供の頃、毎朝朝食の前に、サーフィンをするか、海岸を散歩していた。オリヴァーは、ニクラスとルーシーに「ホセのスペイン料理店」に行くことを提案する。そこも二人が子供の頃良く訪れた店だった。オリヴァーは仕事で遅くなり、ニクラスとルーシーは二人で行くことになる。ふたりは、何となく気まずい会話を始める。
「最近、何について書いているの?」
とニクラスが訪ねる。
「孤児院にいるルイーゼという絵の上手な女の子について。」
とルーシーは答える。
「それはいいことだ。僕の知り合いにも、貧しいが、音楽の才能のあるマークという男の子がいる。その子供についても、書いてくれないか?」
ニクラスはルーシーに頼む。ルーシーはオーケーする。しかし、そうなれば、ニクラスと今後も連絡を取り合わないといけないことに気付く。それは避けたいことだった。
ルーシーは婚約者のベンに、空港に着いてから連絡していないことに気付く。彼女は慌ててベンに電話する。ベンは心配していた。来週末、ベンの弟パウルと、ルーシーの親友のクララは結婚式を挙げることになっていた。
三十二年前、村の病院は時ならぬ「ベビーラッシュ」を迎えていた。一日で、六人の子供が生まれたのだ。その中に、ジーモン、ルーシーの双子の兄妹、ニクラスも含まれていた。三人は同じ誕生日だった。ニクラスの母親は、精子の提供を受けての妊娠、出産だった。ルーシー、ジーモンの家族と、ニクラスの家族は隣同士で、三人は、三つ子のように育つ。ルーシー、ジーモンの母親は歌手であり女優であった。彼女は、自分のキャリアを選び、子供たちを残して家を出る。ふたりは父親のオリヴァーに育てられる。その後、オリヴァーはシャルロッテという女性と再婚する。シャルロッテは実の子のように二人を育てる。ニクラスが四歳の時に母親が事故死する。ニクラスは祖父母と暮らすことになる。その後、ふたつの家族の関係は益々深まり、三人の子供たちは、父親、母親、祖父母を、完全に共有していた。ルーシーの双子の兄ジーモンは、シャルロッテが亡くなった四年前から、家族との接触を断っていた。
ホセの店で食事をした翌朝。数時間しか眠っていないルーシーだが、六時にノックの音で目が覚める。ニクラスであった。ふたりは昔のようにサーフボードを持って海岸に行く。朝食の前の時間を浜辺で過ごす、それはふたりが小さい時からの習慣だった。オリヴァーに電話が架かる。除幕式は、石碑を立てる土台に問題が見つかり、数日間延期されることになるという。ジャーナリストであるルーシーは、その間、村に滞在することにする。ニクラスも残るという。
十五年前。高校生のルーシー、ジーモン、ニクラスは試験勉強に忙しかった。ジーモンは、近くに住むアナと付き合っていた。その日、ニクラスの祖父母は外出していた。外は天候が悪化、嵐になりつつあった。
「後一時間ほどで帰るから。」
と祖父から連絡があったが、祖父母はなかなか戻らない。しばらくして、ルーシーの父親、オリヴァーから電話があった。
「事故があった。タクシーを送ったから、それで直ぐに病院に来るように。」
とオリヴァーは言う。病院に駆け付けたルーシーたちに、オリヴァーはニクラスの祖父母が亡くなったことを告げる。家族全員を失ったニクラスをルーシーは慰める。ニクラスの祖父母の葬儀の後、ルーシーは親身になってニクラスを慰める。十七歳のふたりは初めて関係を持つ。
家の近くに海に面した洞窟があった。ルーシーは子供の頃、その洞窟でよく遊んだ。その洞窟の中に「宝物」を入れた缶を隠したこともあった。朝、彼女はニクラスとそこを訪れ、感慨にふける。
ルーシーが家に戻ると、ベンから貰った婚約指輪が見つからない。彼女は、指輪を洞窟に落としたと考える。ルーシーは今すぐ洞窟に行くという。しかし、外は天候が悪化し、夕闇が近づいている。そこへ、リュックサックを背負ったニクラスが現れる。彼も、一緒に洞窟に行くという。洞窟に着いたものの、指輪は見つからない。天候は益々悪化して、波も高くなり、ふたりは洞窟から出られなくなる。二人は洞窟で一夜を過ごすことになる。寝袋が一つしかなく、ふたりは一緒の寝袋で眠る。
十二年前、シチリア島。ルーシー、ニクラス、ジーモンとアナは、シチリア島で休暇を過ごしていた。ルーシーとニクラスは骨董品の店の前を通る。そこにある、指輪にルーシーは魅せられる。しかし、何もなかったような表情で立ち去る。その後、レストランでの食事にニクラスは遅れて来る。
数日後、ニクラスの祖父母の記念碑の除幕式が行われる。ルーシーの婚約者のベンも突如参加する。ベンは、ルーシーに結婚式を一週間後控えている弟のパウルと、結婚相手のクララの面倒を見るために、一緒に帰ってくれとルーシーに頼む。ルーシーは何となく後ろ髪を引かれる気分で、ベンと故郷を去る。
七年前、ルーシーは取材のために、ボリビアの小さな村を訪れる。そこに住む子供たちを取材するためであった。そこで、ジョンという英国人のカメラマンとチームを組むことになる。ルーシーはその村で、何とニクラスに出会う。子供たちのためのチャリティーの一員として、その村で働いているという。ふたりは、その小さな村で数週間過ごす。嵐の夜、ニクラスはルーシーをベッドに誘い、ふたりは一緒に寝る。
四年前、取材のために海外に出かけたルーシーは、クリスマスの前日、スペインの空港で立ち往生する。雪のために飛行機が飛ばないのだ。彼女は、父親のオリヴァーの家で、ニクラスと一緒にクリスマスを過ごすことになっていた。ルーシーは父親に連絡を取ろうとするが、携帯電話のバッテリーがなくなってしまい、公衆電話には長い列が出来ていた。ロビーで座り込むルーシーに声を掛ける人物がいる。ボリビアで一緒に働いた、カメラマンのジョンであった。翌日、クリスマスの日、やっと飛行機が飛ぶようになり、ルーシーはニクラスに連絡を取ろうとする。しかしニクラスは電話にも出ず、メッセージにも返信をよこさなかった・・・
<感想など>
A.D.ヴィルクについては、彼女自身が自己紹介を自らのホームページに載せている。「Aは「アンドレア」、「D」は「ドロテーア」で、本名であるという。「ヴィルク」はペンネームだという。厳密に言うと、「L」と「K」は大文字である。彼女は一九八三年生まれ、既婚で、息子が一人いる。子供の頃から書くことが大好きで、何時かは作家になりたいと思っていたと述べている。この小説は、彼女の最初の作品であり、スティーブン・キングに触発されて、書き始めたという。彼女は、毎日千ワードを目標に書き進み、何回かの校正の後、二〇一九年に出版に漕ぎつけた。つまり、この本は、彼女が三十五歳を過ぎて、書き上げた処女作なのであった。そして、この本はベストセラーとなり、ベストセラーリストの中で、私の目に触れたのである。
舞台はどこだろう。サーフィンの出来る場所。私は最初、そこがスペインか、カリフォルニアだと思った。ともかく、場所に関して、一切固有名詞は出てこない。ドイツではありえない気がするが、ともかく、ヨーロッパのどこかの海辺の場所なのである。そして、ドイツ語の話されている場所なのだ。
ルーシーは最初、ニクラスと会うことに大きな抵抗を感じている。そして、次第にその理由が明らかになる。まず、ごく早い段階で、ルーシーとニクラスは兄妹同様に育ったことが語られる。そして、過去に二人の間に「何か」があったことも。そして、その「何か」のせいで、二人は別々の道を歩んだことが分かる。そして、「今」、ルーシーはベンという男性と婚約し、ニクラスにもガールフレンドがいる。時代は三十二年前、十五年前、七年前、四年前と飛び、舞台も、海辺の村、ボリビア、シチリア島とあちこちに飛ぶ。
はっきり言って、このストーリーの結末に「サプライズ」はない。物語の前半を読んだ時点で、大多数の読者が予想し、期待した通りの結末になる。つまり、安心して読んで結構なのだ。これはミステリーではなく、「ロマンチッック・コメディー」、「ラブコメ」なのであり、そこには「ハッピーエンド」という厳然としたルールがあり、そのルールに従って、この物語も書かれている。
最初のプロローグ、暗い混沌とした中にルーシーがいる、このシチュエーションだけは、最後の最後まで分からない。それが、「見え見え」のストーリーを書いた作者の「せめてもの抵抗」のような気がする。
休暇で、海岸でデッキチェアに寝転びながら、気軽に数日で読み終える。それには、おあつらえ向きの本である。
(2019年9月)