「壊された唐の馬」

原題: Den krossade tanghästen

ドイツ語題: Novembermörder (十一月の殺人者)

1998)

 

ヘレネ・トゥルステン

Helene Tursten

 

 

<はじめに>

 

今流行の、女性作家が描く女性を主人公にした推理小説である。ヘレネ・トゥルステンはスウェーデンのイェーテボリ在住、作家になる前は、看護婦と歯科医をやっていたという。主人公の女性刑事イレーネ・フスは、柔術のヨーロッパ選手権で優勝経験があるという設定になっている。

 

 

<ストーリー>

 

十一月の火曜日の夕方、風雨の強いイェーテボリの街。中年の男が、マンションのベランダから表通りに墜落して死亡する。そのとき、ちょうど車が停まる。そこに乗っていたのは、墜落した男の妻と息子であった。

死亡したのは、株のトレーダーとして財を成した、実業家のリヒャルト・フォン・クネヒトであった。イェーテボリ警察の警視スヴェン・アンダーソンのチームが、この件を担当することになる。イレーネ・フスもアンダーソンのチームの一員として、捜査に加わることになる。検死を担当するのは女医のイヴォンヌ・ストリトナーである。彼女は、殺された男の個人的な知り合いでもあった。医者の所見によると、フォン・クネヒトには外傷があること、高所恐怖症である彼がバルコニーの手すりに寄りかかり誤って落ちることは考えにくいことから、何者かによって突き落とされた可能性が高い、つまり他殺であるとの見方が強まった。

アンダーソンとイレーネ、警察の鑑識班は、被害者の息子であるヘンリク・フォン・クネヒトと共に豪華なマンションに足を踏み入れる。バルコニーには血の付いた肉切り包丁が落ちており、バルコニーへのドアは、内側から鍵が掛けられていた。状況から見ても、フォン・クネヒトが誰かに切りつけられた後、バルコニーから突き落とされことは明らかであった。

警察に特別捜査班が設けられる。イレーネは、息子のヘンリクと妻のシャルロッテに会う。彼らの間に、何かよそよそしいものがあることに、イレーネは気付く。ふたりは離婚を考えていたが、シャルロッテが妊娠したのを機に、もう一度やってみる気になったと言う。イレーネは次に、妻のイザベルと電話で話す。彼女は目の前で夫の死を見て、ショックは受けているものの、どこかこれを予期していて、それが訪れてホッとしているという印象を、イレーネは受ける。

リヒャルト・フォン・クネヒトは殺される前週の土曜日に、親しい友人たちを招いて自宅でパーティーを開いていた。パーティーの翌日、妻のシルビアはストックホルムに向かい、殺された日、フォン・クネヒトはマンションに独りでいた。警察の捜査班は、パーティーの招待客を順番に訪れる。しかし、誰もが土曜日のリヒャルト・フォン・クネヒトの言動には変わったことがなかったと証言する。フォン・クネヒトの住居と事務所は、定期的にフィンランド人のピリョによって掃除されていた。警察は、彼女にも事情を聴こうとするが、彼女は三人の子供たちを残して行方不明となっていた。

イレーネは妻のシルビアを訪れる。イレーネがシャルロッテの妊娠のことに触れると、シルビアは取り乱す。検死医は、フォン・クネヒトの死体に争った後がないことから、犯人は彼の顔見知りであることを示唆する。フォン・クネヒトには、ヘンリクの他に、もうひとり、腹違いの息子がいることが明らかになる。

リヒャルト・フォン・クネヒトが事務所として使っていた建物が爆発、炎上する。その激しい燃え方から、爆発物が仕掛けられていたと予想された。

イレーネは、フォン・クネヒトのもうひとりの息子ヨナス・ボーと、その母親モナ・ゼーダーに会うためにストックホルムを訪れる。母親のモナは、かつてフォン・クネヒトと関係があり、子供まで産んだが、その後、そのことを公にしない条件を飲み、フォン・クネヒトとの示談に応じたと言う。息子のヨナスはエイズで瀕死の状態であった。イレーネはふたりを捜査線上から外すことにする。

焼け跡から死体が発見される。その焼死体が掃除婦のピリョのものであることが分かる。死体の傍には、フォン・クネヒト家の鍵束が落ちていた。火災現場の検証の結果、フォン・クネヒトのオフィスのドアには、開けると爆発するような仕掛がしてあり、ピリョはそれを知らずにドアを開けたものと思われた。

焼けたフォン・クネヒトのオフィスのあった建物には、写真家のボボ・トルソンが住んでいた。彼は事情聴取に訪れた若い女性刑事ビルギッタに乱暴をし、指名手配される。また、フォン・クネヒトのオフィスの前の煙草屋の所有者は、かつて銀行強盗を働き刑務所に入っていたリリス・ヨナソンであった。そして、ボボとリリスは従兄弟同士であることが分かる。

近くの住人の証言によって、爆弾は、金曜日の夜から土曜日の朝に、「ポルシェに乗ってきた男」によって仕掛けられた可能性が強いことが分かる。妻のシルビアは車の鍵も含めて、鍵は二セットしかなく、金曜日は両方の鍵束とも家にあった証言する。しかし、捜査の結果、フォン・クネヒト自身がもう一セット合鍵を作っていたことが分かる。彼は、それは誰かに渡していたのだ。

ヘンリクが二十歳を過ぎてから、おたふく風邪とそこから起因する脳膜炎で入院していたことが分かる。イレーネはヘンリクがその結果「子種」を失い、シャルロッテの子供が誰か他の男のものであると疑い始める。

検死の結果、フォン・クネヒトは最近アルコールの量が増えており、また、死の直前に性交をしていたことが分かる。イレーネはフォン・クネヒトに関して、過去の新聞や雑誌の記事を取り寄せるが、フォン・クネヒトは常に若い女性と一緒に写真に写っており、事実彼は若い女性と浮名を流していたことが分かる。しかし、結婚相手に忠実でなかったのは夫だけではなかった。妻を尾行したイレーネは、シルビアがオペラ歌手のイヴァン・ヴィクトーと浮気をしていることを知る。

イレーネと麻薬捜査班から応援に来たジミーは、ボボとリリスが彼らの母親たちから、別荘を相続していたことを知る。ボボを追うふたりは、森の中の別荘を訪れる。ハーレー・ダヴィッドソンが停まり、革ジャンを着た男たちが中にいた。彼らは暴走族「地獄の天使」のメンバーであった。イレーネとジミーは彼らに捕らえられる。暴走族は、去り際に、窓から手榴弾を投げ込む。イレーネは爆発の直前に手榴弾を窓から投げ戻し、事なきを得る。負傷したふたりは病院に収容される。イレーネは翌日退院するが、頭に傷を負ったジミーは病院に留まることになる。現場検証の結果、別荘から、麻薬が発見される。

早朝、ゴルフ場の駐車場で、車が爆発し、傍で死体が見つかる。それはボボの死体であった。ボボは写真家という仕事を隠れ蓑に、実は麻薬のディーラーをやっていた。また自らも麻薬中毒であった。警察は、彼の従兄弟のリリスを麻薬の不法所持で逮捕するが、リリスは取調べで黙秘する。

イレーネとトミーはシャルロッテがボボと写真家とモデルとして、知り合いであったことを知る。彼らがシャルロッテを訪れると、彼女は男を家に連れ込んでいた。シャルロッテは、自分がもう一セットの合鍵を持っていたことを否定する。そして、お腹の子供のことを尋ねられると、激怒してふたりを追い出す。

シャルロッテの家にいた男は自動車販売店の店員で、シャルロッテに色仕掛けで、偽のアリバイを供述するように依頼されていた。シャルロッテが、麻薬をやっていることも明らかになる。彼女はかつてリリスが一九八九年に麻薬所持容疑で逮捕されたとき、共犯として逮捕までされていた。しかしい、持っていた麻薬の量が少なかったこと、初犯であったこと等から、不起訴になっていたのである。

ボボと暴走族の男が、同じ時期、同じ刑務所に服役していたことが分かり、リリス、ボボ、シャルロッテ、暴走族の関係が明らかになってくる。しかし、今のところは状況証拠だけで、確証はない。

マンションの近くに住む住人が、金曜日の夜、何者かがフォン・クネヒトのガレージからポルシェを出し、それに乗って行ったのを見ていた。また、リヒャルト・フォン・クネヒトが殺された翌日、マンションの前で、ピリョが何者かに呼び止められ、車の窓越しに話をしていたことが目撃されていた。薄い色の大きな車であったという。アンダーソンは、その車に乗っていた人物こそ犯人であり、証拠隠滅のために、爆発物の仕掛けられていたリヒャルト・フォン・クネヒトのオフィスにピリョを送ったと推理する。

イレーネとトミーはもう一度フォン・クネヒト家のガレージを調べることにする。そして、そこにガソリンの容器と、ガソリンを移し変えるときに使ったと思われる、短いホースを発見する。そのガソリンは、フォン・クネヒトの事務所を炎上させるために使われたと思われた。

イレーネとトミーは再びシャルロッテの家を訪れる。しかし、そこでふたりを不審者と勘違いした隣人にライフルを突き付けられる。誤解であることが分かり、隣人はふたりに謝罪する。シャルロッテの男性関係について尋ねられた好奇心の旺盛な隣人は、夫のヘンリクが不在の際に頻繁に訪れる男性を目撃していた。それは、意外な人物であった・・・

 

 

<感想など>

 

 イレーネは、柔術のヨーロッパチャンピオンであったという設定になっている。彼女は、精神的なショックや悲しみに襲われると、道場へ行き、「黙想」と「型」をすることにより、平静を取り戻すことを常としている。警察学校時代、彼女が格闘技の講師を逆に締め上げたというエピソードも語られる。

イレーネは長身で大柄な女性である。しかし、夫のクリスターは小柄なコックである。イレーネに対して、非常に理解が深い夫である。彼らには双子のティーンエージャーの娘、カタリーナとジェニーがいる。また、犬のサミーが一緒に住んでいる。現代の警察小説の主人公としては例外的に、イレーネは、家庭的には恵まれた人物として描かれている。

しかし、本筋の事件とは関係なく、主人公の私生活でもうひとつのストーリーが進行するという、「お約束事」は踏襲されている。娘のジェニーがネオナチのバンドに入り、移民やユダヤ人を排斥するような歌を唄い、ホロコーストはなかったと言い始め、自らもスキンヘッドになる。イレーネの同僚で友人のトミーが、ジェニーへの説得を試みる。果たして、彼の説得は成功するのであろうか。

イレーネは、娘たちが去っていき、声を出しても届かないという夢を見る。母親としては、子供たちをまだまだ手元に置いておきたいが、子供たちは容赦なく親から離れて行ってしまうという時期なのである。

イェーテボリの有数の裕福な家庭を舞台にしている。表向きの華やかさからは裏腹のドロドロとした人間関係。「華麗なる一族」を思い出さされる。「金のある家ほど汚い」という定説を作者は踏襲している。ガレージにはポルシェやBMWなどの高級車が並び、家の壁には高価な美術品が並んでいるが、夫は若い女性に手を出し、妻は浮気をし、息子の嫁は麻薬と男に耽っているという設定。

長い小説である。しかし、「無駄な捜査」「徒労」を描くことにより、推理小説にリアリティーをもたらすという、マンケル等が良く使う手法が使われていないことに意外な気がした。ゆっくりとではあるが、無駄のないストーリー展開である。その「無駄のなさ」が、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロの時代への回帰を感じさせる。悪く言うと、「ご都合主義」という言葉が当てはまるストーリーの展開である。最後にイレーネが、殺されたフォン・クネヒトの古くからの友人、ヴァル・ロイターを訪れ、色々なことが明らかになるのであるが、

「どうせなら、もっと早い時点で訪れておけよ。」

と言いたくなる。ここにも「ご都合主義」が顔を出している気がした。

イレーネの属するアンダーソン警視の捜査班であるが、よく内輪もめを起こす。この辺り、鉄壁のチームワークを誇る、「ヴァランダー」シリーズにはない展開である。原因はたいていジョニー。彼は、女性蔑視や外国人蔑視の発言を繰り返し、問題を巻き起こす他、同僚に対してストーカー紛いのこともする。ボスのアンダーソンは、女性恐怖症に陥っている。

「柔術」、Ju-Jutsu、スウェーデン語でJは「ヤユヨ」の発音になるから、「ユーユツ」とでも発音するのだろうか。ところが登場人物の誰もが正しく発音できない。皆が「ユーユー」とかいい加減な呼び方をしているところが面白い。

女性の作家を皆悪く言うつもりはないが、女性であるだけに、きれいにまとめ過ぎていて、その分現実感が希薄になり、損をしているという印象を受けた。

 

20147月)

 

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