スカンジナビア推理小説の物語

Nordic Noir, The Story of Scandinavian Crime Fiction

BBC Four, Time Shift, 21:00-22:00, 21 August 2011

 

2011821日、Time ShiftというBBC Fourのドキュメンタリー・シリーズの第十話として、「ノルディック・ノワール、スカンジナビア推理小説の物語」が放映された。当時は、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム三部作」が英国で大ヒットし、スカンジナビアの推理小説に特に注目が集まっている時だった。そんな中で、その成功の秘密を探ろうというのがこの番組のテーマである。

 番組では、以下の作家が、スカンジナビアを代表する者として取り上げられている。

スティーグ・ラーソンStieg Larsson (スウェーデン)

ペーター・ホゥPeter Høeg (デンマーク)

アーナルデュル・インドリダソンArnaldur Indriðason (アイスランド)

マイ・シューヴァル/ぺール・ヴァールー Maj Sjöwall/Per Wahlöö スウェーデン)

ヘニング・マンケルHenning Mankell (スウェーデン)

カリン・フォッスム Karin Fossum (ノルウェー)

ヨー・ネスベー Jo Nesbø (ノルウェー)

地域的に偏りがないようにどの国の作家も万遍なくいきたかったのであろうが、フィンランドが入っていない。その代わり、スウェーデンの作家が三人登場する。しかし、スカンジナビアの推理小説を語る上で、マイ・シューヴァル/ぺール・ヴァールー、ヘニング・マンケル、スティーグ・ラーソンは絶対にはずせないところなのだろう。この七人の作家の他に、「オロフ・パルメ暗殺事件」が、ひとつのトピックとして扱われている。

 

 番組は、ナレーションによる、作家、その代表作、時代や風土の背景の説明と、コメンテーターへのインタビューから成り立っている。以下の人物がコメンテーターとして登場する。

ヨン・ヘンリ・ホルムベリ John Henri Holmberg (スウェーデンの作家、批評家、出版者、翻訳者)

ヴァル・マクダーミッド Val McDermid スコットランドの推理小説作家)

バリー・フォーショー Barry Forshow (英国の作家で批評家)

ラッセ・ヴィンクラー Lasse Winkler (スウェーデンのジャーナリスト、ラーソンの元同僚)

ジェイコブ・ストーガード・ニールセン博士 Dr Jacob Stougaard-Nielsen University College Londonのスカンジナビア文学講師)

ホカン・ネッサー Håkan Nessar (スウェーデンの推理小説作家)

マイ・シューヴァルMaj Sjöwallスウェーデンの推理小説作家)

カリン・フォッスム Karin Fossum (ノルウェーの作家)

クリスター・ヘンリクソン Krister Henriksson (スウェーデンの俳優、スウェーデン版「ヴァランダー」を演じた。)

ヘニング・マンケルHenning Mankell (スウェーデンの作家)

ヨー・ネスベー Jo Nesbø (ノルウェーの推理作家)

このうち、シューヴァル、フォッスム、マンケル、ネスベーは作家としても取り上げられている。つまり、自分で自分の作品に対してコメントしている。

 

番組は最初に、雪に覆われた暗くて長い冬、厳しい気候、白夜、大都市ストックホルムなど、北欧の風物が写し出される。また、福祉国家、解放された性など、ステレオタイプの北欧への理解が正しいものなのか、疑問がを投げかけられる。

最初に取り上げられるのはスティーグ・ラーソンである。ラーソンは2004年に既に亡くなっている。彼の「ミレニアム三部作」があれほど世界的にヒットした原因は、彼の文体(スタイル)の良さ、刺青とピアスをし、コンピューターのハッカーでもあるリズベト・サランダーという強烈な個性を持った主人公によると、コメンテーターたちは述べる。「ミレニアム三部作」には、ナチスと関係した家族が描かれている。ジャーナリストとして、ラーソンはナチス、右翼、ファシズムと戦うジャーナリストであったとかつての同僚が述べている。ラーソンは例え作家として成功しなくても、身体を張ってファシズムと戦ったジャーナリストとして名前を残していたはずだという。また、彼は、女性への性的な暴力を自分の作品の中で描いている。ラーソンが家庭内暴力、レイプ、社会から差別と迫害を受けている女性などのための本を書いていたことが証言される。ラーソンはフェミニストであったと、コメンテーターは証言する。

次に取り上げられるのが、ペーター・ホゥである。彼の小説は、かなり早い段階で世界に紹介された。その意味で、スカンジナビアの推理小説の「草分け」的存在と言える。彼は、雪、氷、冬の景色を描く才能があるとコメンテーターは述べる。雪の中で死んでいた少年が、事故死ではなく、殺人であるということが証明されるが、それは本当に雪の特徴を掴んでいないとできない描写だと言う。風景描写に優れ、スカンジナビアの雰囲気を作るのに長けた作家であると、コメンテーターは認めている。

アーナルデュル・インドリダソンはアイスランドの作家。エーレンデュル警視のシリーズを書いている。アイスランドの風土と同じように、とにかく暗く、主人公自身も鬱病という設定。しかし、コメンテーターは、彼の作品の中にあるユーモアはまさに出色で、これぞ文字通りの「ブラック・ユーモア」であると述べる。

次はマイ・シューヴァル/ぺール・ヴァールーである。シューヴァル自身が、夫との出会い、小説を書き始めるようになったきっかけ、そして、ふたりがどのようにして小説を書いたかを話す。彼女は夫と

「スウェーデンには『リアリスティック』な警察小説がない。ふたりで『リアリスティック』な小説を書こうと。」

と決意し「プロジェクト」を始める。その題材は、表向きは「福祉国家」であるスウェーデンの中に生きる虐げられた人々であった。また、主人公は全然ヒロイックでないどこにでもいる中年男マルティン・ベック。彼は、家族からは粗大ごみ扱いされ、満員電車で通勤している。シューヴァルは、子供が寝静まった後、夫と二人食卓で、一章ごとに交代で執筆したという。果たして彼らの書いた本は、「余りにもリアリスティックである」という批判も受けた。

I heard a bookseller say that ladies who read Agatha Christie were upset because our novels were too realistic. In ‘Roseanna’, we described a naked woman, which you weren’t meant to do. You were not meant to mix the private life of the detective with the mystery. (アガサ・クリスティを読み慣れたご婦人たちから、あなたたちの小説は『リアル』すぎると言われたと、出版者から連絡を受けた。(第一作の)『ロゼアンナ』で裸の女性を描いたが、そんなことはするべきでないという。探偵の私生活とミステリーを混ぜないでほしいとのことだった。)」

しかしながら、彼らの本は世界中でベストセラーとなり、映画化もされた。主人公のマルティン・ベックはそれ以降の探偵のプロトタイプとなったと、コメンテーターは認める。ともかく、誰もがマイ・シューヴァル/ぺール・ヴァールーの成功がなければ、現在の推理小説の世界は今のようにならなかっただろうと言っている。

次に取り上げられるのが、1986年に起こった、スウェーデン首相、オロフ・パルメ暗殺事件である。ホカン・ネッサーはその衝撃は「911」と同じくらい強かったと述べる。犯人は結局捕まらず、「福祉国家という夢の終わり」を告げる事件であったということである。

 その次が、ヘニング・マンケルである。1980年代、ソ連の崩壊とともに移民がスウェーデンに流入、国民の間に不安が広まりつつあった。その社会背景の説明のバックに、マンケルの「ヴァランダー(Wallander)」シリーズの舞台となったスウェーデン南部の小都市、イスタードの風景が写しだされる。マンケルは「犯罪小説を使って、社会問題を暴こうとした」という、彼の政治的な意図を明確に語る。その後、ケネス・ブラナー(Kenneth Branagh)が主演するBBCバージョンと、クリスター・ヘンリクソンが主演するスウェーデン・バージョン、両方の「ヴァランダー」シリーズの一部が紹介される。そのインタビューの中で、主演のクリスター・ヘンリクソンが、番組制作の様子を語る。

最後から二番目は、ノルウェーの作家カリン・フォッスムである。彼女自身が作品の背景を語る。彼女の作品は、フィヨルドに囲まれた小さな村での犯罪、閉じられた世界での犯罪を描いている。全員が全員を知っている、犯人は身の回りにいるという状況が、緊張感を高めるという。

最後は、ヨー・ネスベーであるが、その前に、1970年代、ノルウェーで石油が発見され、その収入により、それまで田舎の国だったノルウェーが、世界でも有数の裕福な国になったという歴史が紹介さえる。また、ネスベーがロックバンドのメンバーであることも語られる。ヨー・ネスベー自身、金が社会を汚したと述べる。彼の小説の主人公ハリー・ホーレ(Harry Hole)は、ハードボイルド的な主人公である。またノルウェーが、ハードロック、パンク、ヘビメタのバンドを排出している国だということも紹介される。

 

 

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