「血の石」
原題:Blodläge(血に塗られた場所)
ドイツ語題:Blutstein
(2012年)
<はじめに>
エーランド島を舞台にし、そこに伝わる超自然的な現象を織り込んだテオリンの作品の三冊目。トロールとエルフという妖精の伝説を巧みにストーリーに挿入している。果たして、妖精はいるのか・・・
<ストーリー>
ヴァルプルギスの夜。ペア・メルナーは、ガソリンをかけられて、追い詰められていた。
「今日はヴァルプルギスの夜だ。どこかで火が燃えていても、誰も不思議には思わない。」
そう言って。相手はマッチを擦った。ペアはその男がトロール(醜い姿をした妖精)に似ていると思った。ペアは、ジェリー、ブレーマー、マークス・ルカス、レギーナの名前を思い浮かべた。
三月。イエロフ・ダヴィッドソンは老人ホームの窓から、霊柩車で運び去られる棺を見ていた。
「ここで死にたくはない。」
彼は老人ホームを出て、ステンヴィクの家に戻ることを決心する。数日後、イエロフは娘のユリアの車で、久々にステンヴィクにある自分の家に戻る。彼は、自分の家の近くで、工事の音がするのを聞く。かつての石切り場の跡に、新しい、近代的な家が建てられているという。
「都会から来た、傲慢な金持ちが、また夏の別荘を建てている。」
とイエロフはユリアに言う。
「都会から来たとは限らない。」
と言うユリアに、
「いずれにせよ、金持ちは傲慢だ。」
とイエロフは答える。イエロフは、死んだ妻の残した日記帳を見つけ、それを読み始める。それは一九五七年の五月から始まっていた。
復活祭の前週、ペアは娘のニラの病室にいた。ニラは体調を崩して、エーランド島の対岸にあるカルマーの病院に入院していた。父親のペアは、ニラの双子の兄弟であるイェスパーと一緒に、見舞いに来ていたのだった。ペアは、ニラとイェスパーの母親、マリカと数年前に離婚していた。ペアはイェスパーを乗せて、エーランド島にある家に戻る。途中、アイスクリームを買うためにガソリンスタンドで停まる。ふたりは車を降りる。イェスパーは駐車場にある、滑り止めの砂の入った木の箱に座ってゲームボーイをしている。そこへ、一台の車が突っ込んでくる。運転者は、窓ガラスに大きな鳥がぶつかったため、視界を失ったのだった。その車はイェスパーの座っていた木の箱にぶつかって止まった。ペアが駆けつけると、イェスパーは寸前に、横へ身を投げ出して無事だった。激怒したペアは運転している男を車から引きずり出して、殴ろうとする。
「やめて、その人は心臓が悪いの。」
と助手席の女性が叫ぶ。それで我に返ったペアは、男を放免する。
ヴェンデラ・ラーソンは、夫のマックスと一緒に、愛犬のアリーを乗せて、車でスウェーデンの本土から橋を渡り、エーランド島に向かう途中だった。夫のマックスは、何冊かのベストセラーを出した作家である。アリーは十三歳の老犬で、視覚を失いつつあった。道中、窓ガラスに鳥がぶつかり、危うく少年を轢いてしまいそうになったが、大事に至らず、ふたりは、エーランド島、ステンヴィクの石切り場の跡に、新しく建てた別荘に到着した。ふたりは不動産業者から鍵を受け取り、家の中に入る。
ヴェンデラは、夫を家に残してジョギングを始める。ヴェンデラがここに別荘を建てようと思ったのには理由があった。彼女は幼い時、この場所に住んでいたのだった。ジョギングの途中、彼女は平たい石の前で立ち止まる。赤い模様の入ったその石は、「妖精の石」と呼ばれており、妖精が使うという伝説があった。ヴェンデラはその石の前で、昔のことを回想する。
幼くして母親を亡くしたヴェンデラは、父親のヘンリーとふたりで暮らしていた。貧しい暮らしだった。父親は石切り場で働き、ヴェンデラは小さい時から、三頭の牛と、鶏の世話をするのが仕事になっていた。ヴェンデラは散歩の途中に、血のような赤い模様の入った「妖精の石」を発見する。ある日、父親は、「身体障碍者」と彼自身が呼ぶ男を家に連れて来る。その男は、二回の一間に住むことになり、そこから一歩も外に出ることはなかった。その部屋の前まで食事を持って行くのがヴェンデラの仕事となったが、彼女は中の住人と、顔を合わせることがなかった。
新しい家に住み始めたヴェンデラは、近所に住む人々と仲良くなるために、ハウスパーティーを開くことにする。彼女は、近所の家を一軒ずつ訪れ、自己紹介をした後、復活祭の前の水曜日の夜に、自分の家に来て欲しい旨を伝える。彼女が一軒の家を訪ねると、そこには、エーランド島へ来る道中の出来事で、夫に殴りかかりそうになった男性がいた。彼もパーティーに来ることになる。イエロフという足の不自由な老人、コーディンという赤ん坊を連れた若い夫婦もハウスパーティーに参加することになる。
ペアが電話を取ると、
「ペレ。」
と呼びかける声が聞こえる。ペアをその名前で呼ぶのは、両親だけ、母親の亡くなった今では、父親のジェリーだけであった。映画を作っていた父親は、ペアがティーンエージャーのときに、彼と母親を残して家を出ていた。父親のジェリーは、数年前に脳卒中を患い、言葉が不自由になっていた。ペアは忙しいと言って電話を切るが、父親は何度も架けてくる。父親は、今クリスティアンスタッドにいるが、これからブレーマーに会いに、リュドへ行くと言った。ハンス・ブレーマーは父親のビジネスパートナーであった。
翌日、ジェリーは再び電話を架けてくる。今リュドに居るが、迎えに来てほしと言う。ペアは最初それを断るが、父親の差し迫った様子が気になって、二時間離れたリュドに出かける。そこには、父親の映画スタジオがあった。ペアが森の中のスタジオに入ると、中は真っ暗で電気も切られていた。彼は父親のジェリーが真っ暗な中に倒れているのを見つける。ジェリーは頭と腹に怪我をしていた。
「誰にやられたのだ。」
と言うペアの問いに、
「ブレーマー。」
とだけ父親は答える。ペアは、一つの部屋に、時計、車のバッテリー、ガソリンのタンクを組み合わせた着火装置を見つける。間もなく、スタジオの建物は煙と炎に包まれる。ペアは父親を建物の外に運び出す。彼は、助けを求める女性の声を聞く。ペアが建物に戻るが、火勢は強く、退路を断たれる。彼は、窓から飛び降りる。その時、彼は森の奥にひとりの男が立っているのを見る。その男は直ぐに姿を消した。ペアに通報で、消防車が到着するが、スタジオの建物は全焼する。父親は救急隊の手当てを受け、幸い重傷ではなく家に帰ることを許される。ナイフによる傷だと救急隊員は言う。ペアは警察官に証言した後、父親をエーランドの自分の家に連れ帰る。
車の中で、ペアは、自分の子供の頃の出来事を思い出していた。十三歳のペアは、父親と、運転手のマークス・ルカス、十六歳の少女レギーナと、父親のキャデラックに乗り、ドライブをしていた。ペアは、同じ学校で、学年が上のレギーナに恋心を抱いていた。森の近くで車を停めた父親は、ペアに車の番をするように言い、レギーナとルカスを連れて、森の中へ入って行った。女性の叫び声が聞こえたような気がしたペアは、森の中に入って行く。森の中では、ルカスがレギーナとセックスをしており、それを素っ裸の父親がカメラで撮影していた。
ジェリーはペアの家で、初めて孫のイェスパーに会う。その日、復活祭休みで、ペアは入院している娘のニラも家に連れ帰る。水曜日の夜に、ヴェンデラとマックスが新築した家で、パーティーがあった。近所の人々が集まる。ペアも、ふたりの子供たちと父親を連れて、ヴェンデラの家を訪れる。人々は、バルコニーで食事をし、ワインを飲んだ。ヴェンデラは、自分がこの土地の出身で、父親は石切り場で働いていたことをイエロフに言う。イエロフはヴェンデラの父親を知っていた。
ヴェンデラの夫マックスが、ジェリーに仕事は何をしていたかとしつこく尋ねる。ジェリーは茶色の書類入れの中から一冊の雑誌を取り出し、テーブルの上に投げ出す。そこには、金髪の若い女性が股を開いている写真が表紙に写っていた。ジェリーは、ポルノフィルムとポルノ雑誌の制作をしていたのであった。それを見て、その場に居た人々はあっけに取られる。
パーティーの翌朝、ヴェンデラはジョギングに出かける。彼女は再び「妖精の石」を訪れる。彼女は再び幼いことのことを思い出す。
ヴェンデラは「妖精の石」に贈り物を乗せておくと、それを受け取った妖精が願いを叶えてくれると信じていた。小学生の頃、牛の世話などがあるヴェンデラは学校で友達ができなかった。彼女はある日、亡くなった母親の残した装飾品を石の上に置いて、友達が出来るように妖精に願う。翌日見ると、その贈り物は消えていた。彼女は、妖精がそれを受け取ったと考える。不思議なことに、数日後に、クラスの金持ちの男の子と仲良くなれた。彼女は教室でその子の横に座りたいと思う。しかし、担任の先生はそれを許さない。ヴェンデラは再び妖精に贈り物をして願をかける。果たしてその中年の女教師は病気になり、彼女は男の子の横に座ることができた。新しく来た若い先生は、子供たちを連れての遠足を企画する。しかし、金もなく、牛の世話のために早く帰らなければならないヴェンデラは、それに参加できそうにない。彼女は、母親の残した装飾品の最後のペンダントを石の上に乗せ、牛の世話をしなくて済み、遠足に参加できるようになることを妖精にお願いする。
彼女は同じようにジョギングをしているペアに会う。ふたりはしばらく一緒に走る。
ペアは新聞を開ける。父親のスタジオの焼け跡から、ふたりの死体が見つかったという。ひとりはジェリーのビジネスパートナーのハンス・ブレーマー、もうひとりは若い女性であるという。警察は放火殺人事件として捜査を始めていた。ペアは警察に電話をする。そして、建物がポルノ雑誌や、ポルノ映画の撮影のためのスタジオとして使われていたことを話す。ペアが居間に戻ると、父親が誰かと携帯で話している。誰と話しているのかというペアの問いに対して、父親は「ブレーマー」と答える。また、ジェリーは不自由な口で、「マークス・ルカス」、「怒っていた」、「騙された」と言う。
イエロフは妻の日記を読んでいた。船乗りであったイエロフは、若い頃殆ど家にいなかった。妻の日記に若い男が登場する。彼は、妻に装飾品の贈り物をもって現れていた。復活祭の金曜日、ふたりの娘が孫を連れてイエロフを訪れる。
同じ日、ペアは父親とふたりの子供たちと一緒に朝食を取っていた。そのとき、娘のニラが食卓で気を失う。彼女の口からは血が流れ出ていた。ペアは父親と息子を残し、ニラを車に乗せて、カルマーの病院に向かう。病院には、ニラの母親であるマリカも駆けつける。医者は両親に対して、ニラには悪性の腫瘍があり、手術が必要であると告げる。
復活祭が終わり、ペアは父親のジェリーをクリスティアンスタッドにある彼のアパートに送っていく。ジェリーは、ヴェンデラのパーティーに出席したコーディン夫婦の妻のマリアが、かつて自分の映画に出演したと言う。ジェリーのアパートに着くと、玄関のドアが開いていた。中に入ると、戸棚の引き出しが開いており、書類が散乱している。ペアは空き巣ということで警察に通報する。鍵が壊された気配はない。
「誰が合い鍵を持っているのか。」
とペアが尋ねると、父親は「ブレーマー」と答える。ペアは再び父親をエーランド島の家に連れ帰る。復活祭が終わり、息子のイェスパーはカルマーの母親の元に帰る。ペアの家に何度か無言電話が架かる。電話の背景では、映画の音声のようなものが流れていた。女性のあえぐ声と、叫ぶ声がかすかに聞こえた。
ヴェンデラの夫マックスは、講演があるというので本土に戻り、ヴェンデラは独りであった。彼女はペアをジョギングに誘う。彼女は自分の秘密である「妖精の石」をペアに見せ、自分の過去を語る。ペアも、娘の病気や、父親のことなど、自分の悩み事をヴェンデラに打ち明ける。ふたりはその夜、ペアの家で夜を過ごす。
復活祭が終わり、イエロフを訪れていた娘たちと孫たちは本土へ戻って行く。イエロフは妻エラの日記を再び読み始める。謎の若者と、彼の持ってくる装飾品のストーリーは意外な方向に発展していく。
復活祭の後の火曜日、ヴェクスエ警察のマークルンド警部がペアに電話を架けてくる。リュドでの放火殺人事件に関して、詳しく話を聴きたいという。ペアは父親を連れて、ヴェクスエに向かう。ペアが最初にマークルンドと話をする。彼は、スタジオを訪れた経緯、火事の始まった様子を警部に話す。三十分後、ペアの尋問が終わり、彼がロビーに戻ると、そこで待っているはずの父親がいない。彼は慌てて外へ飛び出す。彼が車から父親を探していると、高速道路の反対側で、父親がある車から降りているのが見えた。その車は一度バックした後、猛スピードで前進し、ジェリーを跳ね飛ばす。車は逃げ去る。ペアが駆けつけると、父親は血まみれになって倒れていた。救急車が呼ばれ、父親はニラが入院しているのと同じ病院に運ばれる。
「誰にやられたのか。」
というペアの問いに対して、今回も父親は「ブレーマー」と答える。しかし、ブレーマーは前回の火事で死亡しているはずなのだが。数日後、ジェリーは息を引き取る。父親が最後に言った言葉は、複数の女性の名前と、「ムラン・ノワー」という意味不明の言葉であった。ニラの腫瘍は、動脈のすぐ近くにあり、それを取ることは極めて難しいことが分かる。
ヴェンデラの回想。ヴェンデラは学校の帰り、二クローネコインを拾う。これで、遠足に参加することに対する一つの障害は消えた。後は牛の世話だけである。その夜、煙の臭いと父親のヘンリーの叫び声で、ヴェンデラは目を覚ます。窓から見ると、家畜小屋が燃えている。ヘンリーは、ヴェンデラと、「身体障碍者」と呼ばれる二階の住人を外に出す。そこで初めてヴェンデラはその男と対峙する。彼はまだ若く、ヴェンデラよりも四、五歳上であるだけであった。
「名前は?」
とヴェンデラが尋ねると、「ヤン・エリック」とその若い男は答えた。ヴェンデラは家畜小屋の扉を開け、牛や鶏を解放する。ヘンリーは、バケツで水を運ぶが焼け石に水であった。家畜小屋は焼け落ちる。消防車が到着し、火は消される。ヘンリーはヤン・エリックが、ヴェンデラとは腹違いの息子で、身体障碍、知的障害のため施設に入っていたが、退去を勧告されたために自分が引き取ったとヴェンデラ話す。
警察によって、家畜小屋の周囲に、新しい長靴の足跡が発見される。その長靴はヘンリーの家の中にあった。ヘンリーはそれが息子のヤン・エリックのものであると主張する。父と息子のヤン・エリックは裁判所結に出頭し、父は保険金詐欺のために執行猶予刑を受け、ヤン・エリックは精神障碍者の施設に収容されることになる。ヴェンデラの住んでいた家は競売にかけられ、彼女はカルマーに住む、叔父と叔母に引き取られることになる。「牛の世話をしなくてもいい生活」という、ヴェンデラの妖精に対する願い事は、思わぬ形で叶えられることになった。叔父と叔母に引き取られる当日の昼、ヴェンデラはヤン・エリックを車椅子に乗せて、「妖精の石」を訪れる。帰り道、車椅子が壊れ、ヴェンデラは助けを求めに家に戻る。そして、迎えに来ていた叔父と叔母と一緒に駆けつけたとき、ヤン・エリックは忽然と消えていた。その後、ヤン・エリックは彼女の前に姿を現すことはなかった。
ペアはステンヴィクに戻る。彼は、隣人のイエロフに、父親が亡くなったこと、娘が困難な手術を前にしていることを告げる。イエロフは、
「新しい発見がある。」
と言う。彼は、ジェリーがパーティーのときに人々の前で開けたポルノ雑誌を手に入れ分析していた。そして、「マークス・ルカス」と名乗る男は、実は二人のモデルによって撮られていること、また写っている高校生と思われる若い女性は、その制服から、通っている学校が特定できたという。ポルノ映画の業界では、モデル、俳優は芸名が付いており、複数の人物が同じ名前を名乗ることがあることを、ペアは知る。彼は、また、そのモデルの女性を探し出して会ってみようと考える。
ヴェンデラは、歳を取り、目や不自由になった愛犬のアリーが再び元気になるように、「妖精の石」に金を備える。ヴェンデラの目から見ると、アリーは回復していると感じられたが夫のマックスはそれに同意しない。ある日、ヴェンデラが家に戻ると、マックスとアリーがいない。彼女は夫に何度も電話をする。ようやく電話に出た夫は、自分はアリーを連れてストックホルムの獣医を訪れ、アリーを安楽死させたという。怒りに燃えたヴェンデラは、「妖精の石」まで走っていき、そこに結婚指輪を置き、マックスの死を願う。
ずっと亡くなった妻の日記を読み続けていたイエロフは、日記の最後の方に、「妖精の石」に関する記述を発見する。それは、そこには意外な秘密が隠されていた・・・・
トロールとエルフ
<感想など>
ストーリーラインは大きく分けてふたつある。ひとつは、ペア・メルナーと父親のジェリーを巡るもの。もうひとつはヴェンデラ・ラーソンを巡るものである。ジェリーのアトリエが放火され二人が焼死する。ジェリーはペアによって救出されるが、結局は何者かによって殺される。ジェリーが犯人と主張する男は、既に最初に火災で死んでいた。以上のストーリーライン。もうひとつは、新しくエーランド島に越して来たヴェンデラの「妖精の石」を巡るストーリーラインである。不幸にというか、幸いというか、ジェリーは数年前に脳卒中を患い、言葉が不自由という設定になっており、ジェリー本人からは、断片的な情報しか得ることができない。この辺りが、ちょっと無理のある設定になっている。
トロールとエルフについて述べられる。どちらも北欧の伝説に出て着る妖精である。トロールの方が大きいらしい。ウィキペディアでは次のように説明されている。
「一般的なトロールについてのイメージは、巨大な体躯、かつ怪力で、深い傷を負っても体組織が再生出来、切られた腕を繋ぎ治せる。醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くない。凶暴、もしくは粗暴で大雑把、というものである。」
と説明されている。一方、エルフには次のような記述がウィキペディアにはある。
「ゲルマン神話に起源を持つ、北ヨーロッパの民間伝承に登場する種族である。日本語では妖精あるいは小妖精と訳されることも多い。北欧神話における彼らは本来、自然と豊かさを司る小神族であった。エルフはしばしば、とても美しく若々しい外見を持ち、森や泉、井戸や地下などに住むとされる。また彼らは不死あるいは長命であり、魔法の力を持っている。」
トロールとエルフは仲が悪く、ときには戦争をするという。その戦いのときに流された血が岩に着いたと伝えられるのが「血の石」である。しかし、岩に残る赤い色に関しては、イエロフが、
「かつてエーランド島が海底にあったとき、鉄分が沈着して赤い色の層が出来た。」
と説明をしている。
ともかく、ヴェンデラは妖精の存在を信じており、子供の頃から貢物を「妖精の石」の上に置くと、それを妖精が受け取り、願いを叶えてくれると信じている。実際、彼女が「妖精の石」の上に置いた金や装飾品は、翌日には消えている。そして、不思議なことに彼女の願いは叶うのである。そこには、意外なからくりがあるのであるが。
エーランド島四部作シリーズ、共通の登場人物であり、事件を解決していくのが、かつての船乗りで、今は引退しているイエロフ・ダヴィッドソンである。八十歳を遥かに超え、リューマチのため、歩行に困難をきたしている。前の二作では、彼は老人ホームにいたが、今回は、自分の家で死にたいと考え、ステンヴィクにある自宅に戻る。彼は、瓶の中に帆船のミニチュアを作るのが趣味。鋭い観察眼を持った人物で、他の人たちが見過ごしてしまうような細部に気付き、そこから事件の解決の糸口を発見する。足が悪いので自分では動けないという設定。つまり「安楽椅子探偵」なのである。彼はエーランド島の歴史、地理、文化に対する造詣が深く、それも事件解決の背景になっている。今回はそれに加え、自宅で彼が発見した亡き妻の日記が、過去の事件を解決する鍵になっている。
ちなみに、最初と最後に登場する「ヴァルプルギスの夜」について、ウィキペディアでは次のような説明がなされている。スウェーデンでは、結構大切な行事らしい。その夜はあちこちで火が焚かれる。
「ヴァルプルギスの夜は、4月30日か5月1日に中欧や北欧で広く行われる行事である。(中略)スウェーデン語でヴァルボリスメッソアフトン (Valborgsmässoafton) またはヴァルボリ (Valborg) と呼ばれるヴァルプルギスの夜は、スウェーデンの祝日の一つで、ユールや夏至祭に匹敵する祭りである。様式は地方や都市によって様々な違いがある。スウェーデンの伝統的な様式の一つでは、大きなかがり火を焚く。」
例によって、エーランド島の風景が織り込まれている。季節は復活祭の前後、つまり春である。第一作は秋、第二作は冬、そしてこの作品は春が舞台になっている。この作品にも、第一作、二作と同じように、超自然現象が盛り込まれている。一種のオカルトである。読み終わって、一瞬、超自然現象が科学的に説明されたような気になった。しかし、すぐに、ひとつ一番大きなものが残っているのに気づいた。それを残したまま、余韻を与える作者の意図が憎い。ここまで読むと、エーランド島四部作の残りの一冊も読むしかない。
(2018年6月)