「冬の嵐」
原題:Nattfåk
ドイツ語題:Nebelsturm
(2011年)
<はじめに>
ヨハン・テオリンは、四冊のエーランド島を舞台にした作品を発表しているが、その二作目である。島で起こる、怪奇現象、超自然的な出来事を織り込んだ作品。神秘的な雰囲気いを持ったエーランド島だけに、不思議に違和感なく、ストーリーを受け入れてしまう。
<ストーリー>
ミリア・ランベの手記
私はオルデンの家で何があったかを伝えるために、この手記を娘のカトリーネに宛てて書いている。
一八四八年、ファルター・ブロメソンは灯台の建設のためにエーレンド島に来ていた。彼は五月から島の北部オルデンに、ふたつの灯台を建てることを請け負ってきた。その冬、島を嵐が襲う。ブロメソンは建設中の灯台が、嵐で倒壊しないかと気を揉むが、何もできない。そんなとき、助けを求める叫びが海の方から聞こえる。一隻の船が沖で転覆したのであった。その船に積まれていた夥しい量の木材が、岸に漂着する。また、その船の乗組員の遺体も。大きな木の育たない島では、これまで石造りの小さな家しかなかった。ブロメソンはその木材を使って灯台の近くに大きな家を建てる。彼の耳には、助けを求めながら死んでいった乗組員の叫び声が常に聞こえていた。
十月、ヨアキムはオルデンで目を覚ます。ストックホルムに住んでいた彼は、エーランド島北部、オルデンの古い家を数か月前に購入し、妻のカトリーネと一緒に改修していたのだった。ようやく住めるようになった家に、数週間前からカトリーネと娘のリヴィア、息子のガブリエルとオルデンに移り、ストックホルムに仕事を残したヨアキムは、週末にエーランド島に通っていた。しかし、ようやく彼も、エーランド島に落ち着けるようになった。
翌朝。ヨアキムの一家は、地元の新聞記者の訪問を受ける。新聞記者は数か月間から、空き家であったオルデンに、人々が出入りしているのを見て、新しい入居者が到着したことを知っていた。どうしてエーランド島に移り住みたいのかという記者の質問に対して、この土地は妻のカトリーネにとって、ゆかりの地であることを述べる。しかし、彼は妻がミリア・ランベの娘であり、トルン・ランベの孫であることは黙っていた。記者は、オルデンにまつわる言い伝えを聞いたことがないかとヨアキムに問う。彼は知らないと答える。
トミーとフレディーの兄弟は、空き巣に入った夏の間の別荘で、瓶の中に精巧に作られた帆船の模型を叩き潰して喜んでいた。それをヘンリクは忌々し気に見ていた。ヘンリクはかつて付き合った友人に巻き込まれて、兄弟の空き巣の片棒を担ぐようになっていた。エーランド島には、夏の間だけしか使われない別荘が沢山あった。その別荘に残された物を盗んで売ろうというのが兄弟の魂胆だった。ヘンリクはふたりをめぼしい家に案内し、そこで盗んだ物を自分のボートハウスに隠すという役割を担っていた。兄弟は、これまでは空き家ばかり狙っていたが、獲物を増やすために、人の住んでいる家にも侵入する計画を立てていた。ヘンリクはそれを聞いて、早くふたりから縁を切りたいと思う。
ディルダ・ダヴィッドソンは、祖父の兄弟であるイエロフを、彼の住む老人ホームに訪れていた。彼女は警察官で、エーランド島で新しく開かれる警察署の職に応募し、最近越してきたばかりだった。ディルダは、自分の祖父についてイエロフから話を聴き、それをテープに取って残すことを計画し、カセットレコーダーを持ってイエロフを訪れていた。ティルダがエーランド島にやってきた本当の理由、それは、警察学校の教官であり島に住むマーティンと恋仲になり、彼を追って来たということであった。
老人ホームの帰り道、ティルダは自分が翌日から働くことになる新しい警察署の部屋を訪れる。そこにはふたりの警察官がいた。ひとりはティルダの上司になるゲーテ・ホルムブラド、もうひとりはボルクホルムの警察署に勤めるハンス・マイナーであった。警察署の電話が鳴る。ホルムブラントが電話を取ると、オルデンで溺死体が発見されたという通報であった。警察官たちは現場へ向かう。
ヨアキムは、残った荷物を取りに日帰りでストックホルムへ向かうため、早朝にエーランド島を発つ。彼が出発するとき、妻のカトリーネが納屋から出て来る。新しくペンキを塗るために窓枠を掃除していたという。ヨアキムは本土とエーランド島を結ぶ橋を渡り、ストックホルムに向かう。彼は昼前にストックホルムに到着し、画廊で絵を引き取った後、それまで住んでいた「リンゴ館」と呼ばれる家を訪れる。海辺に立つ屋敷であり、彼らがそこに越してきたのは、まだ二年前であった。隣に住むヘスリン夫妻、ミカエルとリサとは懇意になっていた。彼はそこに一緒に住んでいた姉のエテルのことを思い出していた。ヨアキムは突然妻のカトリーネの声を聞く。彼は慌てて家中を探すが、もとよりカトリーネがいるはずはなかった。
帰り道、ヨアキムは妻のカトリーネの携帯に電話をするが彼女は出ない。何度かの試みの後、女性が電話口に出た。ティルダ・ダヴィッドソンという女性警官であった。ティルダは、ヨアキムに家族が事故に遭ったから、直ぐに戻るように伝える。何が起こったか尋ねるヨアキムに対して、ティルダは、
「リヴィアという女性が溺れた。」
とだけ答える。夜、ヨアキムが家に着くと、ディルダが居た。カトリーネはどこかという問いに対して、ティルダは隣人のカールソン家にいるという。ヨアキムが隣の家に駆けつけると、リディアとガブリエルが眠っていた。ヨアキムは溺死したのが、妻のカトリーネであることを知る。
数日後、カトリーネの葬儀が教会で行われる。ヨアキムは母親の死をまだ子供たちに告げてはいなかった。彼は子供たちに、母親は旅に出たと言っていた。葬儀の始まる直前に、ひとりの大柄で、真っ赤な口紅を塗った女性が教会に入って来て、最前列に座る。それはカトリーネの母親のミリア・ランベであった。ヨアキムは、結婚式以来、何年もミリアに会っていなかった。カトリーネも母親とは没交渉のように思えた。母親がいなくなってから、娘のルディアは、夢で母親を見たという。それは夢とは思えないほどヴィヴィッドなものであった。ヨアキムもカトリーネの存在を、何となく家の中で感じていた。幼稚園の園長であるというマリアンネがヨアキムに声を掛ける。彼女がカトリーネの死体を最初に発見していた。母親が迎えに来ないので、不思議に思って子供たちを家に連れ帰った際、岬の灯台の下に、赤いものが浮いているのを見て、警察に通報したという。幸い、子供たちはそれを見ていなかった。葬儀の後、ヨアキムは牧師に、カトリーネが死んだと同じ頃、ストックホルムで彼女の声を聞いたと話す。牧師は、あなたは疲れていると言って、ヨアキムを慰める。
ミリア・ランベの手記
オルデンにはふたつの灯台があるが、北の灯台は点灯されることがなかった。鰻の漁師、ラグナー・ダヴィッドソンによると、ごく稀に、北の灯台に火が入れられることがあるという。それは灯台の近くで誰かが死んだときであるとのこと。
ディルダはイエロフを再び老人ホームに訪ねる。ディルダはオルデンでの事件の様子をイエロフに伝える。彼女は、浜辺にカトリーネ以外の足跡が見つからなかったので、彼女は独りであり、事故死として処理されると言う。イエロフは、カトリーネの死は事故死ではなく、誰かがボートでやって来て接岸、カトリーネを殺したと推理する。イエロフは、オルデンには色々な言い伝えがあること、また、ティルダの祖父のラグナーは、冬の嵐の日、海にはまって凍死したことを告げる。
ゼレリウス兄弟、トミーとフレディーは、深夜人の住む家に侵入する。しかし運悪く、そこの住人に見つかってしまう。彼らは十人を殴り倒して逃亡する。
ティルダと上司のホルムブラントはオルデンを訪れる。捜査の進捗に関して尋ねるヨアキムに対して、ホルムブラントは、死体に何も不審なところがないので、自殺、あるいは事故して片付ける旨を話す。ヨアキムは、朝から家の修理をしていたカトリーネが自殺するはずはないし、酒を一滴も飲まない妻が足を滑らせることも考えられないという。オルデンからの帰り道、ディルダはホルムブラントに、空いた時間に独自に捜査をしてもよいかと尋ねる。ホルムブラントはしぶしぶそれを認める。
警察官の訪問のあった翌日、リヴィアと同じくらいの少年が、家の前で独りでサッカーボールを蹴っている。ヨアキムが尋ねると、隣の農家の息子だという。ヨアキムは彼を子供たちに紹介し、三人は一緒に遊ぶ。ヨアキムが気付くと、子供たちが家の中にいない。彼らは納屋でかくれんぼをしていたのであった。ヨアキムは子供たちに、勝手に納屋に入ることを禁じる。納屋に入ったヨアキムは、壁に刻まれた名前と年代を見つける。彼はその中に、カトリーネの名前を発見する。リヴィアは母親の夢をほぼ毎日見る。そして、その夢は、日に日に明瞭なものとなる。ヨアキムはリヴィアの夢から、カトリーネの死に関する情報を導き出そうとする。しかし、肝心なところでリヴィアの夢は途切れていた。
ミリア・ランベがヨアキムを訪れる。ヨアキムはミリアとカトリーネは没交渉だと思っていたが、実のところ母娘は連絡を取り合っていた。ミリアはかつて、母親のトルンと一緒にオルデンの洗濯小屋に住み、納屋の壁に死者の名前が刻まれているのも知っていた。ミリアはオルデンにまつわる話を手帳に書きつけ、それをカトリーネに渡したという。
ティルダはマーティンと一緒にいた。マーティンは妻と子供を捨ててディルダと一緒になる気はないと言う。彼を頼ってエーランドへ来たティルダだけに、彼女はその言葉に深いショックを受ける。ディルダはイエロフを訪れ、一軒の家が夜泥棒に入られ、それを発見した住人が殴り倒され大けがをした事件について告げる。イエロフは、その近くに住む、自分の古い友人たちの名前を挙げ、彼らを訪ねてみるようにディルダに勧める。
リヴィアは、母親の夢を度々見る。彼女は、クリスマスに母親が帰って来るとヨアキムに告げる。そして、母親は「真実を知るために」に岬へ行ったと言う。リヴィアはまた、誰かが岬に居るという。それは母親ではなく、エテルであると。ヨアキムは、リヴィアの精神状態を落ち着かせるために、母親の話はしないでおこうと決心する。
十二月の半ばに、ストックホルムのかつての隣人、リサとミカエルがオルデンを訪れる。ヨアキムは彼らと酒を酌み交わし、久しぶりに寛いだ気分になる。しかし、ミカエルは夜中に叫び声を挙げながら家を飛び出す。彼は、車の中に籠り、家に戻ろうとはしなかった。リサは、夫は仕事が上手く行かず、精神的に不安定になっていると言う。
ティルダは、国道沿いに住む、イエロフの友人の老夫婦を訪れる。傷害事件があった日、大きな黒いワゴンカーが、深夜現場の方に向かって走っていくのを見たという。その車には、「カルマー、溶接」という文字が書かれていたという。ディルダはまた、バードウオッチングをしている男から、カトリーネが死亡した日の午後、モーターボートの音を聞いたという。
ミリア・ランベの手記+
第二次世界大戦中、オルデンは軍に接収され、対岸の情報を収集する基地として使われた。戦後民間に戻された後、ミリアと母のトルンはオルデンの洗濯小屋に住むことになる。トルンは画家で、近くの家で掃除婦をして生活費を稼ぎ、それで絵の材料を買っていた。ふたりは、その日の食べ物にも事欠く生活を送っていた。ある十二月の日、トルンは絵を描くために外へ出ていく。しかしその日の午後激しい吹雪となる。トルンは何とか家に辿り着くが、激しい雪や霰を顔面に受け、視力の殆どを失っていた。それでも、トルンは絵を描き続ける。それは「冬の嵐」の絵であった。
ヨアキムは、納屋の外側の壁の長さと、内側の廊下の長さに差があることに気付く。彼は、納屋に隠された部屋があるのを発見する。彼が壁をこじ開けて中に入ると、狭い空間に木のベンチが数列並んでおり、小さな礼拝堂のようになっていた。そこで彼は、ミリアの手記が書かれた手帳と、姉エテルが死んだときに着ていたジャケットを発見する。ヨアキムは、初めて子供たちを連れて、対岸のカルマーに住む義母のミリアを訪れる。彼は、納屋に隠された部屋を発見したことをミリアに話す。ミリアは、かつて自分もオルデンに住んでいて、壁に刻まれた死者の名前や、隠し部屋の存在について知っていると言う。
ヨアキムは、自分の住むオルデンの家についてもっと知りたいと考え、ティルダに昔からこの辺りに住んでいる人物を紹介してくれるように頼む。ティルダはイエロフが適任だ考え、彼をヨアキムのところへ連れて行く。ヨアキムとイエロフは打ち解けて、ヨアキムは、自分たちがストックホルム去った事情を話し始める。ヨアキムとカトリーネはストックホルムに家を買い、自分たちで手を加えて住めるようにした。そこへ、麻薬中毒で施設に入っていたヨアキムの姉のエテルが戻って来る。彼女は、一度は麻薬を断ち、再出発したように見えた。しかし、また麻薬中毒が始まり、家庭内で口論と暴力が始まる。カトリーネはうつ病になり、隣人たちから苦情がくる。そして一年前、エテルが行方不明になる。エテルの溺死体が数日後に見つかる。カトリーネとヨアキムはそんな忌まわし記憶から抜け出したいがために、エーランド島に移って来たのであった。イエロフはオルデンについて話す。そして、オルデンは「死者が集う場所である」という言い伝えがあると言う。イエロフは、カトリーネが死んだときに着ていたものを見たいとヨアキムに言う。イエロフはティルダに、カトリーネの死は自殺や事故ではなく、殺人であると明言する。
ディルダは競馬場で、黒いワゴン車を見つける。そこには「カルマー溶接会社」と書かれていた。彼女はその車の持ち主が現れるのを待つ。競馬の終了後、ふたりの若い男がその車に乗り込む。ティルダはその車を尾行し、その男たちの住所を確認する。ディルダは、強盗による傷害の被害に遭った男性を訪ねる。その男性は、自分が休暇にでかけている間、家の床を張り替えたと言う。そして、その際、家の鍵を、請負業者に渡したという。ティルダは、その業者に電話をいれる。そして、これまで空き巣の被害に遭った家のほとんどが、その業者に床の張替えや修理を依頼していたことがわかる。そして、被害に遭った家を担当していた作業者の名前が明らかになる。
イエロフは、ヨアキムに、カトリーネが死亡していた際に着ていた服を送ってくれるように頼む。その服を手にしたイエロフは、自分の推理が正しいことを確信する・・・
<感想など>
第一作目は、亡霊、死者の霊魂の存在を単に暗示するだけだったが、この作品では、明らかにその存在を前提にストーリーが進展している。超自然的な出来事が次々と起こる。本来なら、荒唐無稽な話と感じてしまうのだが、舞台がエーランド島であると、それが何となく「あり得るかも」と許してしまう。実際に訪れたことはないが、エーランドは、「神秘に満ちた」島という印象が強い。
「呪われた家」というのだろうか。カトリーネとヨアキムが都会を逃れて引っ越してきたオルデンは、元々、嵐で難破した船に積まれた材木で建てられたという設定。そして、その難破事件で死亡した乗組員の死体も、その材木と一緒に浜に打ち上げられたという。従って、そもそも、家が建てられたときから、死者と関係しているという。一八四八以来、オルデン自体の所有者、住人は移り変わっているが、そこで死んだ者は、その名を壁に刻むという習慣が出来ている。そしてイエロフが言うように、その家は「死者の集う家」という噂がある。
四つの並行するストーリーが語られる。ひとつは、ストックホルムからエーランド島のオルデンに引っ越してきたカトリーネとヨアキムのストーリー。彼らには、リヴィアという娘と、ガブリエルという息子がいる。カトリーネは越して来て間もなく溺死する。もうひとつは、冬の間空になる、夏の別荘を狙う、ゼレリウス兄弟とヘンリクのストーリー。更に、警察官として島に赴任したディルダとその親戚であるイエロフを巡るストーリー。最後が、カトリーネの母親のミリアの手記である。手記の中では、オルデンが建てられたときから、現在に至るまでの歴史的な経過が語られる。当然のことだが、並行して、別々に進んできたストーリーが最後にはひとつになるのである。この展開は、かなり定番である。
「冬の嵐」というタイトルにしたが、ドイツ語題では「Nebelsturm」、直訳すると「霧の嵐」である。これは「前が見なくなってしまうほどの嵐」ということであろうか。原題は「Nattfåk」、これは辞書にない。ドイツ訳での説明によると、「Fåk」とは、エーランド島特有の自然現象で、北東の方から吹き付ける、氷、雪、霧を伴った嵐であるという。この際、家を出ることは、生命の危機を意味する、とも書かれている。さすがに、日本語では、さすがに訳し辛いのか「冬の灯台が語るとき」というタイトルになっている。
このオルデンの傍に立つ「灯台」というのが、常にストーリーの指針となっている。本来船の指針となる灯台に、物語の指針の役割を担わせている。それがなかなか憎い。冒頭、灯台の建設にまつわる逸話から始まり、そこは様々な事件の現場となり、最後は物語を締めるのに重要な場所となる。南北に二つの灯台が建てられたが、点灯されるのは一つだけ。もう一つの灯台に灯りが点るのは、そこに住む誰かが死んだときだけ、そんな言い伝えが会書かれている。そして、あるとき、普段は暗い灯台に、灯りが見える・・・怪談としても成り立つ展開である。
第一作目の素晴らしさ、感動から少し落ちるが、常にエーランド島独特の雰囲気を漂わせる物語は楽しく読めた。
(2018年6月)