「最後の巡礼者」

原題:Den siste pilegrimen

ドイツ語題:Der Letzte Pilger

 

 

ガルド・スヴェーン

Gard Sveen

 

 

<はじめに>

 

ノルウェーの警察小説というとヨー・ネスベーが世界的に読まれている。ガルド・スヴェーンは第二のネスベーという触れ込み。その第一作である。確かにしっかりと書かれている。現在と過去が一生ごとに交互に語られるという展開。ちょっと使い古された感じもする。しかし、ドイツ語訳で、五百ページは長かった。

 

<ストーリー>

 

二〇〇三年六月、オスロ。かつてのナチスに対するレジスタンスの闘士であり、国民的英雄であるカール・オスカー・クロークの家を訪れた家政婦は、窓が開いたままになっており、テラスで犬が死んでいるのを見つける。彼女が中に入ると、リビングルームで、クロークが全身を刺され、目をほじくり出された状態で死んでいた。

 

一九四五年五月、イェスタドモエン。カイ・ホルトは兵舎の中に入っていく。彼にとって戦争はまだ終わっていなかった。ナチスドイツが崩壊してから、捕らえられたドイツ軍の将校たちがこの場所に集められていた。カイはミロルグ(ノルウェーのレジスタンス組織)に属していた。入り口でカイはふたりの男である。民間人の恰好をしたスウェーデンを、カイはどこかで見かけた記憶があった。カイは捕虜になっている、ナチス親衛隊(SS)の幹部、ペーター・ヴァルトホルストに面会する。ヴァルトホルストはカイに、誰かと尋ねる。カイが名を名乗ると、

「あんたが天使に守られている男か。」

とヴァルトホルストは言う。カイはかつてドイツ軍に捕らえられ、過酷な拷問を受けたがそれを生き抜いたのだった。カイは、ヴァルトホルストを椅子に座らせ、水と煙草を与え、殺されたくなければ、家族のもとに帰りたければ、自分に協力しないかと持ち掛ける。

「グドブランド・スヴェンドスツエンという裏切り者がいるのだが、その消息を知らないか。」

とヴァルトホルストに尋ねる。ヴァルトホルストは答えない。カイが出て行こうとすると、

「あんたは、有名な大聖堂がある町を知っているか。」

と、ヴァルトホルストはカイを呼び止める。

「スペインのガリジエンか。」

とカイは言う。

「その町を誰が訪れたか、思い出して欲しい。」

とだけ、ヴァルトホルストは言う。

一九四五年五月、ストックホルム。カイは「ホテル・セシル」のレストランから、窓越しに表通りを見ている。彼は、スウェーデン人のホカン・ノルデンスタムと向き合って座っていた。ノルウェーがナチスドイツの占領下から解放されてから、まだ一ヶ月も経っていなかった。ノルウェーにいたドイツ人達は、復讐を怖れてスウェーデンに逃げていた。カイは彼らがどこに潜み、どこへ脱出しようとしているのかを、ノルデンスタムと話す。カイはこれまで何人もの同志を失ったが、特にアグネスを救うことが出来なかったことを悔やんでいた。カイは、ヴァルトホルストから聞いた秘密をノルデンスタムに語る。スペインのガリジエンという町の名前が出たことであった。ストランを出たカイは、群集の中に、ヴァルトホルストの居たバラックで見た男の顔を見つける。カイはその男の後を追おうとする。しかし、何かにけつまずいて転ぶ。カイがその男は人ごみの中に消えていた。

 カイはひどい頭痛で目を覚ました。一瞬自分がどこにいるのか分からない。彼は広いホールの中にいた。彼は痛む頭を抱えて外に出る。昨夜のことを思い出そうとするが、思い出せない。彼はタクシーを拾って、自分のアパートの近くまで戻る。カイは近くに住む知り合いの女性の家のベルを鳴らす。しかし、

「あんたは酔っている、早く帰って寝なさい。」

と言われ、追い払われる。彼がアパートに戻ると、部屋の中に既に何者かがいた。カイは拳銃を抜くが、発射する前に男と格闘になる。男はカイに頭突きを食わせ拳銃を奪い取る。

 

二〇〇三年五月、オスロ。トミー・ベルクマンは休みの日の当直を引き受けていた。妻のヘーゲが出て行った後、彼は、女子ハンドボールチームのコーチをする他の時間を持て余していた。天気の良い日、トミーはテラスで日光浴をしていた。彼はヘーゲと過ごした夏のことを思い出す。そして、何度もヘーゲに暴力を振るったことを後悔していた。日光浴をしているトミーに同僚が呼びかける。

「ノルドマルカで死体が発見された。」

トミーは人骨が発見されたというノルドマルカの森へ向かう。現場にはテントが張られ、鑑識の人間が働いていた。また制服を着た警官が、発見者の学生に事情を聞いていた。発見者は医学部の学生で、森の中でバーベキューをしている途中に、人骨を見つけたという。トミーは鑑識のアブラハムセンと話す。人骨はここ数十年の間地中に埋まっていたと思われた。また、頭蓋骨には拳銃で撃たれたと思われる穴が開いていた。指の骨に、金の指輪がはまっている。その指輪には、「永遠の愛をグスタフに捧げる」と彫られていた。そこに埋まっていたのは、ひとりの骨だけではなかった。全部で三人。大人の死体が二人分、両方とも頭を撃たれていた。もうひとりの遺体は、七、八歳の女の子のものだった。

翌朝、トミーは警察署に戻る。彼は資料室に、第二次世界大戦中に行方不明になった人々のリストを要求していた。彼は女子ハンドボールチームのメンバーであるサラの母親と、関係することを夢想していた。しかし、十二年間一緒に暮らしたヘーゲに、「殺さないで」と懇願されるほどの暴力を振るった自分が、正常でないことも知っていた。行方不明者のリストがEメールで送られてくる。そのリストを綿密に調査し、トミーは三人の名前に行き着く。

l  セシリア・ランデ、一九三四年生まれ、当時八歳

l  アグネス・ゲルナー、一九一八年生まれ、当時二十四歳

l  ヨハネ・カスパーセン、一九一五年生まれ、当時二十七歳

彼ら三人は、同じ日に行方不明になり、捜索願が出されていた。トミーは次に、「グスタフ」とは誰かの調査にかかる。行方不明になった女性の姓と、「グスタフ」という名前を組み合わせてサーチエンジンで調べてみる。トミーは「グスタフ・ランデ」という組み合わせで、ヒットがったのを見つける。彼はナチスの協力者で、一九四四年に自殺していた。

資料室にこもったトミーは、当時の古い資料を調べる。彼は一九四四年にファイルされた資料を発見する。その資料には、一九四二年の、三人の女性たちに対する捜索願が含まれていた。三人に対する捜索願を出したのは、グスタフ・ランデであった。彼は、前妻と死別した後、アグネス・ゲルナーと婚約していた。アグネスは当時発令されていた、夜間外出禁止令の例外になっていた。ヨハネはグスタフの家のベビーシッター兼家政婦であった。九月二十八日、グスタフがベルリンから戻ると、家にいるはずの三人の女性と、車が消えていた。娘のセシリアは足が悪かった。グスタフがナチスへの協力者であるため、三人の女性は、レジスタンス組織に殺されて可能性も考えられていた。その後森の近くで車を目撃したという証言もあったが、結局三人の行方は分からず、一九四四年に捜査が打ち切られていた。資料室の男は、国会図書館へ行けばもっと詳しい資料があるかも知れないと言う。

トミーは夕方、女子ハンドボールチームの練習へ行く。彼と、エルレンド・デュブダールの二人が、チームのコーチをしていた。トミーは若い頃有望な選手であったが、怪我のために選手生命を断たれていた。しかし、彼はハンドボールから離れられず、二十年間、ボランティアでコーチをやっていた。そして、それほど上手でない選手を根気よく育てるのを生甲斐にしていた。サラもそんな選手のひとりだった。トレーニングの後、トミーは初めて、サラの母親と言葉を交わす。彼女はハージャと名乗った。トミーは彼女と話し、しばらく忘れていた暖かさが心にこみ上げるのを感じる。

翌朝、トミーは国会図書館へ向かう。そして、マイクロフィルムに収められた当時の新聞を調べる。捜索願が出された直後に、行方不明になっている三人のことを取り上げた新聞記事を見つける。そこには三人の写真が載っていた。セシリアは可愛い女の子であり、アグネスは驚くほどの美人であった。家政婦のカスパーセンはそれほどきれいでなかった。その記事には、三人と共に消えたベンツが、マルセルード・アレーで目撃されたことを伝えていた。それと同じ時期に、ある会社の研究者がテロリストに殺された事件が報じられていた。犯人として女性が目撃され、多額の賞金とともに手配されていた。殺された研究者が勤める鉱山会社は、グスタフ・ランデの所有であった。

署に帰ったトミーは、上司にこの事件に対する捜査の再開を上申するが、人手不足の折、六十一年前の事件に捜査員を割くことに、上司は難色を示す。新聞は、三人の死体の発見を報じ、それなりに死体の身元を調査し、トミーと同じ結論に達していた。アグネス・ゲルナーの家族は、ほとんど英国に移住し、ランデの家族はナチスの協力者ということで社会から排斥され、その行方を知る者はいなかった。グスタフ・ランデは大金を残していたが、その金がどうなったかは不明のままだった。トミーはその日の夕方も、ハンドボールチームの練習に行く。しかし、サラも母親のハージャも現れなかった。彼はがっかりして家に戻り、また過去のことを思い出しては、悶々とする。

翌日は、ハンドボールの地域選手権であった。一番の選手を休暇で欠いたトミーのチームは苦戦する。トミーは観客席にハージャを見つける。試合と試合の間、トミーは煙草を吸いに外に出る。そこで彼はハージャを見つける。彼女は家族に会いにモロッコへ戻っていたという。ふたりが一緒に煙草を吸っているとき、トミーの携帯が鳴る。同僚から、事件の発生を告げるものであった。カール・オスカー・クロークが殺されたという。彼は試合の指揮をもうひとりのコーチに任せ会場を去る。彼はハージャと言葉を交わして幸せな気分であった。

 

一九四五年五月。ストックホルム警察の刑事ゲスタ・ペルソンは昼食に立つ直前、ノルウェーの代表部の人間が住むアパートで、人が死んでいるということで、呼び出される。彼は空腹を我慢しながら、そのアパートへ向かう。アパートの中では、ひとりの男が銃を握り締め、額から血を流して死んでいた。死体の傍にはその男のパスポートがあり、その男は、ノルウェー人のカイ・ホルトであることが分かる。ペルソンは、ホルトの握っている拳銃には消音器が付いていたと考える。隣人は発射音を聞いていないし、弾は速度が遅く頭を貫通していなかったからだ。額には火薬の跡がない。ペルソンは、消音器のついた拳銃が離れた距離から発射され、その後消音器が外され、男の手に握らされたと考える。また、鍵が壊された形跡がないため、外部の犯人としても、住人のカイ・ホルトが招きいれた可能性が強かった。第一発見者は近くに住む若い女性であった。彼女は少し前までカイと付き合っていたが、彼に妻子があるのが分かり別れたという。彼女は昨夜遅くカイがドアのベルを鳴らしたが開かなかったこと。しかし、その後心配になって様子を見に来て、死体を発見したと供述する。リビングルームには、「すまない。カイ」と書いた紙が見つかった。ペルソンは、ノルウェー大使館に連絡を取るように部下に命じる。

ベルソンが部下に買いに行かせたサンドイッチを食べていると、長身の若い女性が入ってくる。彼女はノルウェー大使館の職員で、カレン・エリネ・フレデリクセンと名乗った。彼女は、ペルソンに、ノルウェー大使館が借りているこのアパートは治外法権であるとの理由で、立ち退きを要求する。カイはエージェントとしてこのアパートに一年前から住んでおり、最近落ち込んでいて、自殺したいと話していたとフレデリクセンは話す。しかし、ペルソンはそれが嘘だということを見抜く。

ペルソンが署に戻ると、彼の上司がふたりの男を連れて現れる。ひとりはノルデンスタムという男であった。ノルデンスタムは昨日、カイと食事をし、その時カイは非常に落ち込んだ様子だったと語る。またノルデンスタムは、カイは連合国との連絡係であり微妙な立場にいたこと、ノルウェー代表団としては、カイの死を自殺として扱いたいと言う。また、この事件は、自分たちノルウェーの代表団が扱うことにすると宣言する。ペルソンは上司から、この件は忘れるように言われる。

しかし、ペルソンはこの事件の調査を諦める気はなかった。彼は、書置きを書いたボールペンを探し指紋を取ることを考える。また、秘書に、カイ・ホルトの住所や電話番号を探し出すように命じる。秘書が探し出したカイの妻の住所宛に、ペルソンは書置きの紙を送る。

ペルソンは、仕事のことは全て忘れて、妻と週末別送で過ごすことを楽しみにしていた。警察署を出たペルソンは金曜日の夕方の人ごみの中を歩き始める。彼に背後から近づく男がいた。その男はペルソンの背中にナイフを突き立てる。ペルソンは道路に崩れ落ちる。そのときに彼は既に息絶えていた。

 

一九三九年八月、英国、ケント。アグネス・ゲルナーはクリストファー・ブラチャードと草原を歩いていた。彼女はクリストファーの屋敷に滞在し、彼からトレーニングを受けていた。彼女がここにいることは誰も知らなかった。ふたりの後を、アグネスの愛犬であるベスがついて来ていた。クリストファーはリュックサックから拳銃を取り出し、アグネスに犬を撃つように命じる。アグネスは、最初は躊躇しているが、最後には犬を撃ち殺す。クリストファーは、

「もうすぐヒトラーの部隊が国境を越える。」

とつぶやく。

 一九三九年九月、オスロ。アグネスはオスロのアパートで目覚める。彼女は青酸カリのアンプルを持って外出する。彼女には正午に美容院の予約があった。ヘーゲ・K・モエンの美容室は一等地にあり、値段も高く、客層も裕福な女性が多かった。アグネスがそこへ行くのは初めてであった。経営者のヘーゲ・K・モエン自らが彼女の相手をした。アグネスは鏡に映る待合室のソファに、場違いの男が坐っているのを見つける。その男は間もなく店から出て行った。封筒に入った領収書を受け取り、アグネスが美容室から出ると、後ろから声を掛けられる。振り向くと、先ほど美容室の待合室にいた男が立っていた。その男はカイ・ホルトと名乗った。

「クリストファーがあなたのことを褒めていましたよ。私と彼は、オックスフォード時代の仲間なのです。」

とカイは話す。カイはアグネスをグランド・カフェに連れて行く。そして、美容室で受け取った領収書を自分に渡すように言う。彼は、ヘーゲが自分たちの仲間であることを告げ、これから毎週水曜日に美容院に行って、領収書を受け取るようにとアグネスに指示する。

 カイは次に、アグネスを、貿易商を営む英国人のアーチバルド・ラフトンの事務所へ連れて行く。ラフトンは英国の諜報部員であった。彼は、ドイツが、多数の諜報部員をノルウェーに送り込んでいると話す。カイは、次にアグネスをフロルス・カフェへ行き、そこで「巡礼者」と呼ばれる若い男と引き合わせる。ドイツの大学へ行っていたというその男は、欠点のない完璧な顔をしていた。カイは去り、アグネスは「巡礼者」とふたりだけになる。アグネスは今後コードネームで「十三番」と呼ばれると巡礼者は言う。そして、ナチス党のビラを渡し、ナチスのシンパである弁護士の秘書に応募するために、明日党本部に行くように指示する。

 一九四二年五月、アグネスはオスロの高級クラブで、雇い主であるヘルゲ・シュライナーと一緒にテーブルについていた。シュライナーはナチス党員で、アグネスは知り得た情報を、抵抗運動の指導者に流す役割でシュライナーの秘書となり、シュライナーと肉体関係を持つことにより、彼に取り入っていた。そのクラブの大部分の客は、ドイツ人とノルウェー人でもナチスの協力者であった。アグネスは自分を見つめる視線を感じる。彼女はシュライナーをダンスに誘い、身体を回転させながら辺りを観察する。そして二回のバルコニーに自分を凝視している身なりの良い男性を発見する。彼は最初悲しそうな顔をしていたが、アグネスと何度か目が合ううちに表情が明るくなっていく。シュライナーはアグネスが他の男ばかり気にしているのを見て、

「お前はだれとここへきたんだ。」

尋ねる。席に戻ったアグネスは、同じ席の人間に、自分を見ていた男は誰なのかと尋ねる。

「あれはグスタフ・ランデだ。事業家で、大金持ちで、娘が産まれたときに妻を亡くして、今は、広い屋敷に娘と一緒に住んでいる。」

と男は答える。アグネスは、ランデが、ノルウェーのナチスの、代表的、かつ重要な人物であることを思い出す。アグネスはシュライナーに、

「私たちはこのままでは続かないわ。」

と別れ話を持ち出す。シュライナーは涙を浮かべる。そこへランデが、アグネスにダンスを誘いに来る。グスタフは、

「あいつは君にとって、年寄り過ぎる。」

とつぶやく。ふたりは踊り出す。ランデは踊りが上手だった。十五分後シュライナーは諦めたようにクラブを出ていく。アグネスとグスタフは、一緒の席に就き手を握る。

「君は、僕に新しい人生をもたらそうとしている。」

グスタフはアグネスにそう言う。アグネスもグスタフがナチスの協力者であり、自分がナチスに対する抵抗運動の組織にいることも、そのときはほぼ忘れてしまっていた。

 アグネスがアパートに帰ると、階段の踊り場で誰かが坐っている。それは「巡礼者」であった。ふたりは、アグネスの部屋でセックスをする。アグネスは「巡礼者」愛していた。アグネスは「巡礼者」に本当の名前と、ここ二ヵ月の間何をしていたのかと尋ねる。「巡礼者」は自分を、カール・オスカー・クロークと名乗り、組織を裏切った者を「始末」してから、上の命令で二カ月間潜伏していたという。彼は仲間の一人を殺し、エストマルカに埋めたと言った。アグネスが、

「全てが終わったら結婚しよう。」

と言うと、

「戦争は永遠に終わらない。」

とクロークは答える。

 アグネスはモエンの美容院にいた。その頃、ドイツはノルウェーに潜水艦の基地を作り、そこから出撃した潜水艦が、米国の商戦を攻撃し、被害を与えていた。アグネスの母も姉も、ナチスの信奉者であることが、アグネスの身分を隠すことに役立っていた。自分のアパートが見張られているのを知っているアグネスは、外で隠れて巡礼者、カール・オスカー・クロークと会っていた。アグネスはグスタフ・ランデよりの招待状を受け取り、その日の夕方、ランデの屋敷に出向くことになっていた。アグネスはモエンより領収書を受け取る。そこには次のようなメッセージが隠されていた。

「キツネは策略高い狩人である。ナンバー・ワン」

ランデに取り入ることに対して、クロークからの許可を取っていた。しかし、ボスである「ナンバー・ワン」はそのことに対して、アグネスに警告を発しているようだった。シュライナーは諦め、身を引くと言った。アグネスは深入りすると危険であると、自分に言い聞かせる。

ナチスは既にグスタフ・ランデと自分に関係が出来たことを知っていると、アグネスは確信していた。そして、自分が、常に監視されることも覚悟していた。アグネスは入念に化粧をしてタクシーに乗る。彼女は豪華なランデ邸の前で車を降りる。彼女のすぐ後に車を降りてきた男は、ナチスの突撃隊将校の軍服を着ていた。彼女がホールに入ると、既に大勢の客たちがそこにいた。その奥からグスタフが現れる。彼は、アグネスと後から降りてきたドイツ将校を迎え入れる。グスタフに客たちにアグネスを紹介して回る。ドイツ将校は、ゼーホルツと言う名前の、憲兵隊の隊長であった。ゼーホルツはアグネスに、

「お母様のご機嫌はいかがですか。」

と尋ねる。アグネスは自分の身辺が既に調べ上げられていることに気付き、本当に覚悟を決めなければならないと思う。

「チャーチルが、ボルシェヴィキたちとの総統の戦いに、英国が少しでも助けることを考えてくれたら・・・閣下は私のドイツへの忠誠を疑っておられるのですか。」

アグネスはゼーホルツにそう述べる。攻撃は最大の防御と考えて。周囲の客たちはアグネスの言葉を聞いて、沈黙する。

「自分に対して恐れを感じている人たちを、私はそれ以上に追い込むことはしませんから。」

とゼーホルツは切り返し、辺りの雰囲気はまた和やかなものに戻る。そこに、グスタフが娘のセシリアを抱いて階段を降りてくる。アグネスはセシリアに話しかけ、心が通ったことを確信する。

「寝る前に、このお姉さんに本を読んで欲しいの。」

セシリアはアグネスを指名する。アグネスはそれを承知し、セシリアと一緒に二階の彼女の寝室に向かう。召使の女性がそれを冷たい目で見ている。セシリアは軽くびっこを引いていた。アグネスはセシリアに本を読んでやり、彼女が眠るまで傍にいる。

 アグネスが再び階下のホールへ降りていくと、彼女は皆から英雄のように扱われる。特に、グスタフは一挙に十歳くらい若返ったような、晴れやかな顔をしていた。頭を冷やしたくなったアグネスは、図書館へ行き、窓から庭をみている。そこへひとりの若いドイツ人が入ってくる。彼は完璧なノルウェー語を話した。彼は自分をペーター・ヴァルトホルストと自己紹介し、ノルウェーの木材や紙をドイツに輸出している会社を経営していると述べる。アグネスは、ヴァルトホルストが、自分が最も警戒しなくてはならい自分であると、本能的に感じる。

アグネスはグスタフの屋敷を出る。グスタフは別れ際、アグネスの手を握って感謝の言葉を述べる。アグネスは、グスタフのことを、十三歳年上で、ナチスである以外は、完璧な男であると感じる。グスタフは翌週末、海岸の別荘で過ごすので、一緒に来ないかとアグネスを誘う。アグネスの乗っていたタクシーがドイツ兵に止められる。車の中から出てきたのは、ゼーホルツであった。ゼーホルツはアグネスのアパートまで同行する。彼は、アグネスがどの階のどの部屋に住んでいるかも知っていた。ゼーホルツはアグネスに、

「グスタフ・ランデには気をつけろ。非常に傷つきやすい男だから。彼と遊んではいけない。」

そう言って帰って行く。アグネスが部屋に戻ると、暗がりのなかにまたクロークが居た。アグネスは、このアパートはドイツ人に監視されているので、絶対に来てはいけないとクロークに忠告する。翌朝アグネスが目を覚ますと、クロークの姿はなかった。

 金曜日、アグネスの働くシュライナー法律事務所に電話が架かる。グスタフからであった。彼は運転手を迎えによこすとアグネスに伝える。それを聞いているシュライナーは既に諦めの境地であった。彼女は何時もより早く職場を出て、迎えにきた車に乗り、グスタフの別荘へ向かう。別荘は童話の世界のような建物であった。海岸にはキャビンが並び、船着場には大きなヨットが停泊していた。別荘に着いたアグネスをセシリアが待ち構えていて、ふたりは海に入る。その日もゼーホルツが客として招かれていた。彼はアグネスとほぼ同い年の若い女性を連れていた。そして、客の中にはペーター・ヴァルトホルストの姿もあった。ヴァルトホルストはアグネスとセシリアの方に向かって来る。アグネスは彼が子ども扱いの上手いのに驚く。アグネスにすっかり慣れたセシリアは、

「ずっと私たちのところに居てくれない?」

とアグネスに尋ねる。アグネス、

「多分・・・」

とだけ答える。

セシリアを寝かせた後、アグネスがグスタフの事務所の前を通ると、グスタフとゼーホルツの会話が聞こえた。それは、軍の最重要機密に属する話だった。そこにヴァルトホルストがやってきて、アグネスは急いでその場を離れる。その夜、アグネスはネグリジェの下につけていたものを脱いで、グスタフの寝ている部屋に向かう。

 

二〇〇三年六月。トミーは、カール・オスカー・クロークが殺された現場を訪れる。死体を見るのに慣れた警官でさえ吐き気を催す惨状であった。クロークは、全身をナイフで刺されて死んでいた。眼はくりぬかれ、首は頭が胴体から離れる直前まで、深く切りつけられていた。凶器のナイフが残されていた。トミーはそのナイフの刃に、ハーケンクロイツが彫ってあるのを見る。そこには犯人のものと思われる指紋も残っていた。発見者は掃除に来た家政婦であった。天気の良い休日ということで、近所の人々は家を空けており、役に立つような目撃者はいなかった。金目の物には全く手をつけられておらず、金目当てではなく、被害者に深い恨みを持つ者の犯行であることは疑いようがなかった。トミーの上司のロイターが現れ、関係者にこの事件について口外するなと命じる。

しかし、翌々日には殺人事件が新聞に載ってしまった。クロークは国民の英雄で、戦後には大臣にもなった人物、彼の死は大きな衝撃を巻き起こす。オスロ警察の女性署長はマスコミの対応に追われ、トミー、ハルゲイア、スルヴャークが捜査班を率いることになる。トミーは個人的には、リーダーとして時間を取られることなく、自分で捜査をしたかったのだが。トミーにはひとつの確信があった。それは、クロークの死が、二週間前に発見された三体の人骨と関係があるのではないかということであった。クロークは三人を知っていたのではないか、犯人は三人の被害者の家族、関係者ではないかと、トミーは考える。トミーはクロークが三人の死体について誰かと話していないかを知るため、クロークの電話の履歴を調べるよう命じる。

 トミーはクロークの家族と交友関係について調べる。クロークの妻は一年前に死亡。息子は米国に住んでいた。娘のベンテ・ブル・クロークはオスロの近郊に住んでおり、トミーは彼女に会うことができた。娘は、母親、つまりクロークの妻が時々無言電話を受けていたと話す。クロークは九月になり猟が解禁になるといつも狩りに出かけていた。その時、いつも何者かが妻に無言電話をかけてきた。それは息づかいから女性からであることが予想された。それをついて、妻は、クロークが浮気をしているのではないかと疑っていたという。トミーは、三人の女性が行方不明になり、殺されたのも九月であったことを思い出す。クロークの交友関係について尋ねると、娘は、レジスタンス時代の同志で、唯一の生き残りであるマリウス・コルスタドなら何かを知っているかもしれないという。コルスタドは確か、老人ホームにいると、娘は記憶していた。

 トミーはクロークが残した書類が余りにも少ないことに驚く。ほとんど何も書いた形で残していないのだ。新聞を調べると、トルガイア・モベルグという歴史家がわずかにクロークの記事を書いていた。それによると、クロークは英国のスパイで、ノルウェーがドイツに占領された後、スウェーデンに逃れたということであった。トミーは、ノルウェーのもう一人の抵抗運動の指導者であった、マリウス・コルスタドと話さねばならいと強く思う。

 トミーは老人ホームの受付で、コルスタドとの面会を求める。しかし、コルスタドは急に容態が悪くなり、昨日病院に収容されたという。トミーは、病院の訪問者リストを繰る。森で三人の死体が見つかってから四日後、クロークがコルスタドを訪れていた。トミーは病院を訪れる。集中治療室に、痩せこけて骸骨のような老人が、モルヒネを打たれ、うつろな目をして横たわっていた。コルスタドはまだかすかに意識があった。トミーが来意を告げると、

「カール・オスカーはひどい殺され方をしたんだろう。」

とコルスタドは言った。トミーはクロークがヒトラーユーゲントのマークの入ったナイフで、滅多突きにされたことを告げる。

「あの豚野郎たちが、彼を見つけた。」

とコルスタドは呟く。

「豚野郎たちとはドイツ人か。」

とトミーが尋ねると、老人はうなずいた。

「戦争中の出来事で、ただ一つ残念なことは、カイに何が起こったのか、分からないことだ。カイが死んだとき、俺とカール・オスカーはスウェーデンにいたのに・・・カール・オスカーはカイの死の原因を調べ、真相に近づいていたのに・・・スウェーデン野郎が邪魔をしやがった・・・」

コルスタドは苦しい息の中でそう言うと、意識を失う。トミーは署に戻り、「カイ」という名前と、ノルウェーの抵抗運動をキーにサーチエンジンで調べる。そして、カイ・ホルトがノルウェーの抵抗運動の指導者であり、一九四五年に謎の死を遂げていることを知る。

トミーは元同僚のベントから夕食の招待を受ける。ベントは数年前に、特殊警備部門に席を移していた。ベントは完璧にアレンジされたアパートに、若い女性と一緒に住んでいた。ベンドは、トミーの元妻のヘーゲが、新しい恋人を連れて、何度が自分のアパートを訪れたことを告げる。トミーは、カイ・ホルトの名前を知らないかと、ベントに尋ねる。ベントはその名前を知らなかったが、スウェーデン警察に知り合いがいるので、助けられるかも知れないという。トミーが自分のアパートに戻ったとき、ハージャから、夕食の招待のSMSが入る。

 二〇〇三年六月、オスロ警察。カール・オスカー・クローク殺人事件に関する捜査会議が開かれていた。トミーはその席で、森の中での三人の死体の発見と、老人ホームにいるコルスタドが、事件をつなぐ糸であるとの考えを述べる。クロークの過去を調べた捜査員は、クロークの戦争中の活動が謎に包まれていること、戦後、突如として労働党の指導的な役割に就き、商工大臣にまでなり、その後また突如として引退したことを述べる。また、一九四三年に、抵抗組織を裏切ったグドブランド・スヴェンドスツエンを処刑したと考えられていることも発表された。

トミーは再び、コルスタドが入院した病院を訪れる。そして、コルスタドが昨夜死亡したことを告げられる。新聞は、カー・オスカー・クロークの死を詳細に報じていた。彼についてのコメントは、オスロ大学の歴史学の教授、トルガイア・モベルグのものだった。トミーはモベルクに会わなければならないと感じる。大学の研究室にモベルグを訪れたトミーに対して、教授は、

「クロークの死をカイ・ホルトと結びつけるのは馬鹿げている。」

と述べる。トミーはモベルクの部屋の写真に、クロークが写っているのを見つける。トミーはモベルグが何かを隠していると直感する。トミーが問い詰めると、モベルグは、二週間ほどまえ、自分がクロークと話したことを認める。それは、森で三人の白骨死体の発見された数日後であった。モベルグはそのとき、クロークがカイについて話していたと証言する。クロークは、グドウランド・スヴェンドスツエンをはじめ、何人もの仲間を粛清したことを気に病んでいたとモベルグは言う。アグネス、セシリア、カスパーセンの死が、グスタフ・ランデとの関係に基づく、抵抗組織によるテロである可能性をモベルグは否定しない。そして、その中心人物としてカイ・ホルトがいたと言う。モベルグは、当時の事情を知るものとして五人の名前を挙げる。その中に、モベルグと共にクロークの伝記を出版した、フィン・ニュストレームの名前があった。

「ニュストレームならば、カイ・ホルトのことをもっと知っているだろう。彼の博士論文はカイ・ホルトと粛清に関するものなのだから。」

とモベルグは言う。ニュストレームと何処で会えるかというトミーの質問に対して、モベルグは知らないという。二年前に突然ニュストレームは姿を消し、その後会っていないとモベルグは答える。モベルグはニュストレームがおそらく山に住んでいるだろうとだけ、トミーに伝える。

夕方、トミーはハージャのアパートを訪れる。娘のサラは留守で、風呂上りのハージャがドアを開けた。トミーとハージャはバルコニーでワインを飲み食事をする。ハージャは自分の生い立ちを語り、トミーはもっぱら聞き役に回る。夜が更ける。ふたりはその後セックスをする。

トミーは、クロークの知己を順に訪ねていた。彼のリストにある十五人のうち五人を訪れたが、それまでは無駄足であった。彼は夜更けに、フィン・ニュストレームが経営するフィヨルドの上のホテルに着く。直ぐに質問をしようとするトミーに、ニュストレームは時間も遅いので、とりあえずはホテルに泊まり、明日ゆっくり話そうと提案する。翌朝、ニュストレームはトミーに釣りにいかないかと誘う。トミーはそれに従う。道中、トミーは

「カイ・ホルトを知っているのか。」

とトミーに尋ねる。ニュストレームは、

「何故、カイ・ホルトにこだわるのか。」

と逆にトミーに尋ねる。トミーはマリウス・コルスタドに会ったことを話す。そして、ホルトとクロークは、森の中で発見された三人の女性が、誰によって殺されたか知っていたという自分の確信を伝える。

ニュストレームは、戦争中に「粛清」された人々に着いて調査をしていた。ニュストレームは、カイ・ホルトの死は自殺だと言われるが。解剖もされていないし、それを裏付けるような資料が全て消えていると話す。また、ホルトの死を調べていたストックホルムの捜査官が、何者かに刺殺されたことも話す。ニュストレームは、クロークには何度かあったが、彼から何の情報も得られなかったという。また、カイ・ホルトは当時の抵抗組織のナンバー・ワンであったが、自分の記録は何も残していなかったことも述べる。ただ、クロークが他の仲間を、裏切り者として粛清したことも確かだと言う。

ニュストレームの調査によると、カイは五月二十八日にリレハマーの捕虜収容所を訪れ、三十日に死んでいた。また、ノルウェーが連合国軍に解放された後も、スウェーデンだけはなく、英国やロシアとも連絡を保っていた。その誰かがカイを殺した可能性が高いとニュストレームは言う。彼は、当時のクロークと関係の深い、イヴァー・ファールンドという男をトミーに紹介する。クロークが三人の女性とカイを殺したことをより確信しながらも、何故クロークが戦後、カイについて調査をしていたのか、それがトミーにとってはまだ謎であった。

トミーはスウェーデンのウデヴァラに向かう。ニュストレームに紹介されたイヴァー・ファールンドに会うためである。アルコール中毒のファールンドは独りで住んでいた。トミーがクロークについて質問したいと言うと、ファールンドは、

「俺はスウェーデン人で、ノルウェーの出来事とは関係がない。」

と言ってトミーの訪問を拒否する。その時、トミーに上司のロイターから電話が入る。クロークに粛清されたと考えられているスヴェドスツエンには子供はいないという。また、クロークの家を捜査したところ、カーテンレールに二組の十六桁の数字が書かれていたという。トミーはそれが銀行の口座番号ではないかと考える。

トミーは再びファールンドを訪れ、ファールンドも根負けしてトミーを中に入れる。ファールンドは、治安警察の捜査官であったという。トミーは単刀直入に、

「クロークが三人を殺したのか。アグネスがナチスの大物の婚約者だから殺されたのか。」

と質問する。それに対して、ファールンドは、アグネスは、ナチスの党員であったがナチスではなかったと答える。アグネスは実はナチスへの抵抗組織のために働いていたと。ファールンドは、カイ・ホルトがクロークの上司であったことは認めるが、三人を殺したのはクロークではないと断定する。そして、自分が働いていたリレハマーの捕虜収容所をカイが訪れ、捕虜になっているドイツの将校に非公式に面会したこと、その直後に、カイが謎の死を遂げたことを述べる。そのドイツ人の将校はペーター・ヴァルトホルストであった。ファールンドは、カイが、裏切り者として粛清されたスヴェドスツエンは実は無実で、単にスケープゴートにされただけで、裏切り者は他にいることを感づいていたという。そして、クロークこそが、カイの捜していた裏切り者である可能性が高いと述べる。

トミーはニュストレームに電話をし、ファールンドの語った内容を伝える。カイは死の直前に、ヴァルトホルストを尋問していたこと。クロークは、それが明らかになると身の破滅につながるような秘密を持っていたことを語る。ニュストレームはヴァルトホルストについても調べていた。しかしながらヴァルトホルストは戦後忽然と姿を消したという。当時、スウェーデンはドイツ人の優秀な技術者をアメリカに売り、脱出させていた。おそらく、ヴァルドホルストも、そのような経路で、スウェーデンから別のアイデンティティーを得て国外に脱出したことが考えられた。トミーは、ヴァルトホルストのその後を調査するように、ニュストレームに依頼する。

 

一九四二年八月。グスタフ・ランデは客を招いて、夕食会を催していた。挨拶の中で、彼は三つの良い知らせがあると客たちに言った。彼は、セバストポリの陥落、新たなモリブデン鉱山が発見されたこと、そしてアグネスと自分との婚約を発表する。モリブデン鉱山は、彼の会社の研究所長であるロルボルグによって発見されたという。それを聞いた召使のヨハネ・カスパーセンは、敵意の目でグスタフとアグネスを眺め、ヴァルトホルストは気落ちした表情で席を立つ。

その翌日、アグネスはドイツ人の将校の訪問を受け、彼女に会いたいという人物がいるから一緒に来るように命令される。アグネスは覚悟を決め、青酸カリのアンプルをハンドバッグに忍ばせて、将校に従う。彼女が連れて行かれた家にはヴァルトホルストが居た。アグネスは民間人だと思っていた彼が、実はゲシュタポであったことを知って驚く。ヴァルトホルストは、ヒトラーの政策と、ゼーホルツの無能をこき下ろす。そして、何故グスタフに取り入るのかとアグネスに尋ねる。アグネスは愛しているからと嘘をつく。ヴァルドホルストは、自分は既に結婚しているが、アグネスのことを好きになったと告白する。

アグネスはクロークに、ヴァルトホルストに愛を告白されたことを告げる。クロークは、それは自分たちにとって、都合の良い事実だと述べる。クロークは、近々、アグネスに仕事を頼むために、ナンバー・ワンであるカイが会いたがっている旨をアグネスに伝える。

アグネスは、自分が妊娠していることに気付く。父親がクロークであることは間違いなかった。ある日、美容室のメモで、一軒の家を訪れるようにというナンバー・ワン、つまりカイからのメッセージを受け取る。アグネスがその家を訪ねると老人が扉を開けた。彼女は、女中部屋に案内される。そこにはナンバー・ワン、つまりカイとクロークがいた。ふたりは、アグネスに研究所長のロルボルグを殺すように命じる。研究所は今女性秘書を募集していた。その応募者として研究所を訪れ、面接中にロルボルグを拳銃で殺すというのが、筋書きであった。拳銃は、研究所の女子トイレのタンクに入っており、それをアグネスが拾い上げるのだという。ふたりは、偽造した書類、変装用の金髪の鬘、青い目のコンタクトレンズ、眼鏡等を用意していた。

数日後、アグネスは再びその家を訪れる。老夫婦はいたが、カイもクロークももう居なかった。彼女は金髪の鬘と眼鏡、コンタクトレンズで変装し、用意された服を着て、その家を出る。

アグネスは鉱山会社の受付に居た。ゲートと玄関で、所持品のチェックを受けたがもちろん、問題になるような物を彼女は持っていない。アグネスは主席秘書も面接に立ち会うと聞いて愕然とする。自分は罪のない人間をもうひとり殺さねばならないと。彼女はトイレに入る、指定されたトイレのタンクの中に、小型拳銃が入っていた。英国製のその拳銃は、音が小さいことで有名だった。主席秘書に呼ばれたアグネスは、ロルボルグの部屋に呼ばれる。アグネスはまず秘書を射殺し、次にロルボルグを撃つ。

 

ニュストレームは、ヴァルトホルストが、別名で米国人としてベルリンに住んでいることをトミーに告げる。ニュストレームの調査によると、ヴァルドホルストは一九三九年、オスロの商工会議所のメンバーに載っているが、実はゲシュタポの幹部であったという。しかし、戦後、捕虜になり戦犯として起訴されたゲシュタポの人間のリストには載っていない。おそらく、スウェーデンから第三国に逃れたのだと思われると、ニュストレームは言う。ニュストレームは、ヴァルトホルストの写真を持っていた。それはグスタフ・ランデの家で夕食会の際に撮られたものだった。そこにはヴァルトホルストと共に、グスタフとアグネスも写っており、ヴァルトホルストはアグネスを見つめていた。トミーの上司ロイターは、ストックホルム警察で、当時の様子を知る資料が見つかったので、トミーにストックホルムに出向き、クラエス・トスマンという捜査官に会うように命じる。

ストックホルムでトミーはトスマンに会う。トスマンは当時の捜査資料をトミーに見せる。それによると、カレン・エリネ・フレデリクセンというノルウェー代表部の女性が、カイは最近落ち込んでいて、自殺したいと語っていたことが分かる。カイが死ぬ前に書いたというメモが言及されているが、そのメモはファイルの中には入っていなかった。トミーは、メモが鑑定のために、ペルソンによってノルウェーに送られたのではないかと考える。

トミーはノルウェーに戻る。その道中、彼はクロークがカイを殺したのではないかという確信を深めていた。カイの自殺願望について証言したカレンという女性は、実はクロークの後の妻ではないかとトミーは考える。もし、カイのメモがノルウェーに送られているとすれば、それはカイの家族に送られたのに違いないと考える。トミーは、ロイターに電話をし、カイに子供がいるかどうかの調査を依頼する。その結果、カイにはヴェラという娘がいることが分かる。トミーはその娘を探し出すことを決意する。

カイの娘ヴェラは、オスロのスラムのような場所に住んでいるということだった。また、彼女には逮捕歴があった。トミーはヴェラを、翌日訪れることにする。クロークがカイを殺したという理論には、ひとつ大きな矛盾があった。クロークがカイの死について、戦後ずっと調べていたという事実である。トミーはその夜、ハージャと会い、自分の家に彼女を連れ帰り一緒に寝る。

翌朝署に出たトミーは、ニュストレームからのメールを受け取る。そこにはピーター・ワードという名前でベルリンに住んでいる、ヴァルトホルストの住所が記され、一九四二年に撮られた写真が添付されていた。その写真の中で、ヴァルトホルストがアグネスを見ている眼差しに、熱いものをトミーは感じる。トミーは秘書に、ベルリン行きの飛行機の切符の手配と、ヴェラ・ホルトの過去の犯罪の調査を命じる。彼は、オスロ警察のプロファイラーであるルネ・フラタンガーに電話をする。トミーはこれまでの推移と自分の推理とフラタンガーに説明する。クロークが戦後熱心にカイの死について調べていたことについて、フラタンガーは、

「火事の際、一番熱心に消火活動を手伝うのは放火した者だ。」

と述べる。トミーは・ヴェラ・ホルトがクロークを殺したという確信を強めるが、捜査令状や逮捕令状を申請できるほどの証拠はまだない。トミーは、ベルリンに住むワード、つまりヴァルトホルストに電話を入れる。トミーは質問を始めるが、ヴァルトホルストは明日直接話すと言って、電話を切る。トミーはクロークの娘を再び訪ね、父親だけではなく母親について尋ねる。果たして、母親の結婚前の姓はフレデリクセンで、彼女はストックホルムの亡命政府で働いていたことが分かる。母親がカイ・ホルトについて何か話さなかったかという質問に対して、娘は、母親がノルウェーのナチスに対する抵抗運動についてテレビのドキュメント番組を見て、涙を流していたことを思い出す。

「愛のためなら何でもする、ということは誤りだったのかしら。」

母親はそのとき、そう呟いていたという。

トミーは、スラム街のようなアパートに住むヴェラ・ホルトを訪れる。彼女は意味不明のことを口走るだけだった。トミーはロイターに、社会福祉局の人間を差し向け、ヴェラを保護するように依頼する。トミーは、クロークの家に毎年九月に無言電話を架けていたのが女性だったことを思い出す。そして、それがヴェラではないかと考える。しかし、彼女はどうして、誰が父親を殺したかを知ったのだろう。トミーはヴァルトホルストに会うためにベルリンに向かう。その道中、トミーはヴェラが一九五九年、十四歳のとき、母親の再婚相手を、ナイフで刺し殺していたことを知る。

ベルリンに着いたトミーはヴァルドホルストの家を訪れる。そこは湖の畔の豪邸であった。ヴァルドホルストはまだ戻っておらず、リビングルームでトミーは待つ。そこでトミーは北欧と思われる場所で撮られた、若い男性と妊娠した妻の写真を見つける。そこへヴァルトホルストが現れる。トミーはニュストレームの送ってきた写真をヴァルトホルストに見せる。トミーはここに写っている女性と子供が行方不明になり、最近死体で発見されたことを知っているかを、ヴァルトホルストに尋ねる。彼は知らないと答える。ただ、

「アグネスはナチスではなく、殺されたのは誤りだ。」

と言う。リレハマーで、カイに何を言ったのかという質問に対して、ヴァルトホルストは、

「それに関しては誰にも話さず、墓場まで持って行きたい。」

と答える。ヴァルトホルストはカイと会って直ぐに釈放され、米国の保護に入った。そして、その後、米国に移り住み、数年前にドイツは戻ったという。ヴァルトホルストが病院にいる妻を見舞いに行くというので、トミーもタクシーで同行する。ヴァルトホルストは、妻はスウェーデン人であるという。トミーは、クロークが三人を殺したことを改めて確信をしていたが、娘のヴェラがクロークを殺したことに関しては、確信が揺るぎ始める。彼女なら、先日まで待たないで、もっと早く行動を起こしているはずであると、トミーは考える。タクシーが病院に着く。ヴァルトホルストは、

「私は本当にアグネスを愛していた。」

そう言い残して去っていく。トミーは、ヴァルトホルストのリビングルームに飾られていた写真が、グスタフ・ランデと妻のものであることに気付く。ノルウェーへ戻る飛行機が離陸する寸前、彼はロイターからの電話を受ける。ロイターはヴェラ・ホルトのアパートの家宅捜査の令状が出たこと、また、殺されていた三人のうち、アグネス、セシリア以外の三人目は、女性ではなく男性であったことを告げる。

 

ホルボルクと主席秘書を射殺したアグネスは、しばらく待って外へ出る。受付の女性には、

「主席秘書から、彼女が呼ぶまで次の候補者を通さないように言われた。」

と言って外に出る。しばらく歩くとタクシーが停まっている。タクシーの運転手はクロークであった。アグネスはタクシーに乗り込み、変装を取る。鉱山会社から、異常の発生を示すような気配はない。クロークは、車を自動車修理工場に乗り付け、証拠品をそこにいた男に焼却させる。アグネスは、自分が妊娠していることをクロークに告げる。

「私を愛していると言って。」

と懇願する彼女を残して、クロークは立ち去る。

アグネスは自分のアパートに戻る。空襲警報が鳴り響き、人々は防空壕に避難したが、何時死んでもいいと思っている彼女は、部屋に留まっていた。空襲警報が終わった後、一台の車がアパートの前に停まる。誰かが降りて、階段を上がってくるのが聞こえる。アグネスは青酸カリのアンプルを口に当て、息を潜める。足音がアグネスの部屋の前で止まる。

 

トミーがオスロの空港に着くと、ロイターとハルゲイアが待っていた。ロイターは、死体で見つかった三人目は、二十から二十五歳の男性であるという。もし、召使のヨハネ・カスパーセンが生きているなら、何故彼女が名乗り出ないのかと、トミーは考える。彼は、ヴァルトホルストのスウェーデン人の妻が、その召使ではないこと考え始める。

「私は本当にアグネスを愛していた。」

という、ヴァルトホルストの言葉の意味を、トミーは何度も考える。ヴァルトホルストは、アグネスが殺されてことを感じていたに違いない。トミーは、クロークが殺された日の前後の、ベルリン・オスロ間の乗客と、その前後のレンタカーの履歴を調べるようにロイターに依頼する。

トミー、ロイター、ハルゲイアの三人はヴェラ・ホルトのアパートについて鍵を開ける。中は、ゴミが散らかり放題で、排泄物、吐しゃ物、腐った食料の悪臭に満ちていた。ヴェラ・ホルトの靴の大きさは、クロークの殺人現場にあったのと同じであった。トミーは、本棚の本の後ろに、靴の箱を見つける。そこを開けると、新聞の切り抜きやメモが入っていた。トミーは、その中に、クロークの写真の入った新聞記事を見つける。クロークの顔の眼の部分は、ボールペンか刃物で突き刺され穴が空いていた。

箱の中には、カイの書いた文書も履いていた。トミーは次に、「すまない。カイ」と書いたメモを見つける。それは、スウェーデンの刑事ペルソンの手紙と一緒にあった。その筆跡は、明らかにカイのものではなかった。それを受け取ったカイの妻はどうしたかとトミーは考える。おそらくクロークに相談したのではないかとトミーは想像する。次にトミーは、カイの筆跡の、

「籠の中に腐ったリンゴがある。」

と鉛筆で書かれたメモを発見する。その後に何かが書かれて、後で消しゴムを使って消された形跡があった。紙を光に透かしてみて、トミーはそこに書かれていた文字を発見する。その消された文字は「クローク」と読み取れた・・・

 

 

<感想など>

 

過去の出来事と、それと一見関連のなさそうな現在の出来事を並行して語り、それが最後にひとつに関連付けられる、そんな手法、最初は斬新であったのだろう。しかし、近頃は多用されすぎて、ちょっと陳腐な感じがする。

「なんだ、またこのパターンか。」

と思ってしまった。一九四二年当時のアグネス・ゲルナーを廻るストーリーと、二〇〇三年のトミー・ベルクマンを廻るストーリーが一章ごとに交互に語られる。その両方に登場するのが、かつてノルウェーの抵抗運動の闘士であったカール・オスカー・クロークとゲシュタポの隊長であったペーター・ヴァルトホルストである。ふたりは六十年の時を超えて両方に登場している。クロークは、抵抗運動に参加していた当時「巡礼者」というコードネームを持っていた。「最後の巡礼者」というタイトルはここから来ている。

この物語を理解するには、ノルウェーの近代史を知る必要がある。一九四〇年四月、ナチスドイツ軍はノルウェーへの侵攻を開始する。ノルウェーは英国の支援を受けて抵抗するが、約二ヶ月ドイツに占領を許す。一九四五年までドイツによる占領は続いた。この物語のアグネスの語る部分は、一九四二年、ドイツ占領下のオスロを舞台にしている。その間、ノルウェー国王、元官僚たちはスウェーデンに亡命し、そこで亡命政府が結成されていた。また、ノルウェー国内ではレジスタンスが続けられ、それを英国などが支援していた。カール・オスカー・クロークとカイ・ホルトはそのレジスタンスのメンバーである。アグネスも英国で訓練を受け、クローク等と抵抗運動に参加する。一方、ナチスドイツに迎合して、占領下で財を成そうとした人々もいるわけで、グスタフ・ランデがそのひとりとして描かれている。ノルウェーは一九四五年五月、ナチスドイツの崩壊で解放され、亡命していた国王は帰国する。

アグネスは抵抗運動のメンバーながら、その美貌を利用して、ナチスに協力する弁護士や実業家に取り入り、ナチス側の情報を得ようとする。つまり、「トロイの木馬」的な役割を担っている。これに対して、抵抗運動のメンバーの中にも「裏切り者」つまりナチス側へ情報を提供している者がいる。それが誰であるのか、そのために「粛清」された人間が果たして本当に「裏切り者」であったのかというのもひとつの興味となる。

二〇〇三年のストーリーの担い手は、刑事のトミー・ベルクマンである。このトミーは捕らえにくい人物、妻のヘーゲに何度も暴力を振るって、逃げ出されている。気の短い男かと思うと、女子ハンドボールチームのコーチをボランティアで引き受け、根気よく選手たちを育てている。しかし、人間には多面性があるわけで、その捉えどころのなさか、現実感を演出しているのも事実である。このトミーのシリーズは、まだ続くはずであり、二作目、三作目を読むことによって、彼の行動パターンがもっと理解できることになるのだろう。

@     「森の中で発見された数十年前に殺された三人の遺体は誰のもので誰が殺したのか。」

A     「かつての抵抗運動の闘士で、国民的英雄で、大臣にもなったカール・オスカー・クローク」を二〇〇三年に誰が惨殺したのか。

B     「一九四二年、ストックホルムで死んだ同じく抵抗運動の闘士カイ・ホルトは、誰に何故殺されたのか。」

C     「カイ・ホルトの死の真相を探っていたストックホルム警察の刑事、ペルソンは、何故、誰に殺されたのか。」

かなり、時間的にも空間的にも離れた殺人である。読者はそれほど推理に努力を要しない。というのは、刑事のトミーが、関係者に会ったり、古い資料を調べたりして、それなりに結論に近づいていく。トミーが出会った人々は、海千山千でなかなか真実を話さない。トミーはそれらの人物がふと漏らした言葉などを頼りに真実へのヴェールを一枚ずつ剥いでいく。そして、最後の一枚を取ったときそのなかに横たわっていたものは、誰もが想像さえしないものだったという構成。

しかし、一つ気になるのが、アグネスの心理についていけないこと。抵抗運動の闘士としての使命と、恋愛感情の狭間で悩む気持ちは分かる。しかし、最後の彼女の行動は、私の心の中で、どうにも説明がつかない。

時代と空間を駆け巡る構成なので、当然小説事態が長くなる傾向になるのは理解できるが、ドイツ語で五百四十ページというのは、読んでいてかなりの根気を要した。

「この程度の複雑さの話で、五百ページ越えはないのじゃない?」

と思う。しかし、無駄な部分、冗長な部分を見つけようとすると、それは難しい。例えば、トミーと女子ハンドボールチーム選手の母親、ハージャの関係など、外してしまうと、それだけで物語が何か殺伐なものなってしまう。やはり、丁寧に書くとこれくらいの枚数は必要なのだと再認識した。

 ガルド・スヴェーンは、一九六九年生まれ、作家としての活動と共に、ノルウェー国防相のアドバイザーもしているという。この物語の、戦中から戦後にかけての北欧の複雑な力関係を描けたのは彼のもう一つのキャリアによるものであったのだ。二〇一三年に発表された「最後の巡礼者」は、スヴェーンの、トミー・ベルクマンを主人公にしたシリーズの第一作である。ベストセラーとなり、同じ年のノルウェー・ミステリー大賞に輝いた。また、翌年、北欧の犯罪小説の最高の栄誉である「ガラスの鍵賞」も受賞している。彼は、「ヨー・ネスベーの後継者」とも呼ばれているが、それはどうかという感じ。ネスベーの作品を読んだときのような、読者の予想の何歩も先をいくような、斬新さに欠けるような気がする。何となく、約束事に従って、きれいにまとまっているような印象は否めない。

 大変長いし、真ん中で展開の遅さに、多少イライラする作品。しかし、最後まで読めば、報いられる作品である。次作からにも期待したい。でも、また嫌になるほど長いのでしょうね・・・

 

20183月)

 

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