船の行列
息子のマンションにあるプール。何と五十メートルである。水は結構冷たく、暑いとき飛び込むと気持ちが良い。
シンガポールに着いた翌日、僕は、ホテルから息子夫婦のマンションに移った。部屋数の関係から、僕と上の娘のミンが息子たちと一緒に暮らし、下の娘のモニは、引き続きホテルで寝泊まりすることになっていた。マンションは、町の中心、マリーナ・ベイから、東に向かってバスで二十分くらいの場所。チャンギー空港と、旧市街のちょうど真ん中にあった。
「海岸まで直ぐの場所だから、毎日海岸を散歩できるよ。」
と息子が言っていたので、水辺を歩くのが好きな僕は、散歩を楽しみにしていた。シンガポール島の東南は、「イースト・コースト・パーク」という海岸に沿って、自転車道、遊歩道が作られており、町の人の、散歩、ジョギング、サイクリングのコースになっている。目の前に広がる海は、シンガポール海峡である。向こう岸はインドネシアで、海峡の幅は五キロくらいしかない。
息子のマンションに移った日の夜、僕と娘たちは、イースト・コーストにある「ホーカーセンター」まで夕食に行った。ホーカーセンターとは「屋台村」、色々な料理を売る屋台が並んでいて、客はそこでそれぞれ好みのものを買って、食べるのだ。海岸に出るまで二十分、そこから海岸沿いに更に二十分以上歩く。夜とは言え、気温はまだ二十八度あり、着くころにはかなり汗をかいて、バテていた。
「あっ、携帯がない!」
センターに着いて、まず、僕が携帯を忘れてきていたのに気付き青くなる。シンガポールでは「トレース・ツギャザー」というアプリの入ったスマホの携行が必要。全ての小売店、飲食店に入る際、スマホを店の入り口にあるセンサーにかざし、そのセンサーが緑色のライトを点灯しない限り、中に入れない。と言うことを、僕はその時、初めて知ったのだった。ミンの機転で、彼女が入った後、スマホを僕に素早く渡してくれ、僕は無事入ることができた。
「わあ、場所がない!」
センターは結構広いのだが、「ソーシャルディスタンシング」で、席の半分が使用不可になっており、空いている席が見つからないのだ。他の人が立った隙に、その席に滑り込み、なんとか場所を確保。僕がその席の番をしている間に、娘たちが食料の調達に出掛けた。
「パパ、何が欲しい?」
とモニが尋ねる。
「冷たいビールがあったら、他は何でもいい。」
と答える。十分ほどして、娘がよく冷えた「青島(チンダオ)ビールを」届けてくれた。
「うめえ〜」
二十八度の気温の中、四十五分歩いた後のビールは、五臓六腑に染み渡る。
僕は、海の方に目を転じた。海峡に、一列に船の明かりが並んでいる。船は等間隔に並んで、西の方に向かって舳先を向けていた。
ほ
ホーカーセンターの中にあるお店。右側はシンガポール名物「チキンライス」の店。美味しくて、帰ってから何度も真似をした。