リザ・マークルンド

Liza Marklund

1962年〜)

ペルマルク、ノールボッテン出身、ジャーナリスト、作家

 

ウィキペディア、スウェーデン語版より

 

いよいよ、女性作家の「大御所」の登場である。

一九九〇年代の後半から、スウェーデン犯罪小説界において、女性作家の台頭は目覚ましいものがある。女性の社会参加が進んでいるスウェーデンでは、それは当然の帰結だったのだろうか。実はそうではなかった。スウェーデンは遅れていた。一九九〇年代、ノルウェーでは、カリン・フォッスム、アンネ・ホルトなどの女性作家による犯罪小説が、ベストセラーになっていた。しかし、スウェーデンには当時、見るべき女性作家がいなかったのだ。出版界に一種の焦りが生まれた。女性の進出を助けるために、「ヘレナ・ポロニ賞」(この女性、全然知られていない人だが、一応推理作家である)が設けられ、女性による犯罪小説ナンバーワンが毎年表彰されるようになった。同時に、女性のための執筆講座なども開かれるようになった。(1

一九八八年、第一回目の「ポロニ賞」に輝いたのが、リザ・マークルンドである。彼女の成功はマスコミに大きく取り上げられ、女性犯罪小説作家を日の当たる場所連れ出す。その後、次々と女性作家が排出される。インゲル・フリマンソン、ヘレネ・トゥルステン、オーサ・ラーソン、マリ・ユングステッド、カミラ・レックバリ、クリスティーナ・オールソンなどである。二〇一〇年には、デビューした犯罪小説作家の約半分が女性になっている。そういう意味で、リザ・マークルンドの、先駆者としての功績は大きい。そして、現在、彼女はまさに「大御所」と呼ばれる地位に居る。

リザ・マークルンドは、一九六二年生まれ、元々はジャーナリストである。彼女はコラムの執筆活動、ユニセフの大使などの多忙な仕事を抱えながら、十冊の「アニカ・ベングツソン(Annika Bengtzon)」シリーズを発表した。先ほども述べたが、彼女は、それにより、スウェーデンで「最も商業的に成功した女性作家」となった。

マークルンドと、それに続いた女性作家に共通しているのが、女性を主人公に据えている点である。代表作「アニカ・ベングツソン」シリーズ、主人公のアニカは、小さな息子と娘を抱えた大衆紙「クヴェルスプレッセン(Kvällspressen)」の記者という設定。作者マークルンド同じジャーナリストで、多忙な生活を送っている。ストーリーは、仕事上の野心と、家庭生活の母親としての役割の狭間で葛藤する、アニタの奮闘記と言ってもよい。

警察官を主人公にしなかったのも、当時としては斬新であった。犯罪小説界の「バイブル」と言われているシューヴァル/ヴァールー、マンケルの作品の主人公は警察官であった。マークルンドのこのシリーズの後、弁護士を主人公にしたオーサ・ラーソンの作品や、犯罪心理学者を主人公にしたクリスティーナ・オールソンの作品などが続々と登場、警察官以外の職業の人間にも、活躍の場が与えられるようになる。

「アニカ・ベングツソン」シリーズ、女性の書いた小説だけあって、中心的な登場人物は女性が圧倒的に多い。男性は添え物として出てくる程度に過ぎない。いくら女性が書いた小説とは言え、これほどまでに登場人物を女性で固められてしまうと、「ここまでしなくても」と、多少の違和感を覚えてしまう男性読者も多いだろう。

マンケルの「ヴァランダー」シリーズ以来の「お約束」は守られ、主人公は家庭的な悩みを抱えている。「Livstid(終身刑)」(二〇〇七年)で、アニカは、火事で家を失う。小さな子供達と一緒に焼け出され、肝心の夫は愛人と家を出て、離婚を迫ってくる。おまけに自分は、放火の容疑を受けている。ストーリーに散りばめられた、アニカの数々の悩みによって、小説は現実感を増している。(2

「アニカ・ベングツソン」シリーズを読んでいて感じるのが、いよいよインターネットの時代に突入したということだ。主人公のアニカの最大の情報源は、インターネットの「サーチエンジン」である。彼女自身は記者なので、警察のように捜査の際に収集した情報に、自由にアクセスできない。自然と、インターネットに頼ることになる。

「ビンゴ!」

アニカは自分の期待した結果が検索の結果現れるとそう叫ぶ。一九九〇年半ば、マークルンド辺りから、インターネットと携帯電話が、犯罪小説の世界でも、避けて通れないアイテムになった。それ以降はご存知の通り。これらがないと、かえって現実感が欠如してしまう。

シリーズでは、常にアニカを中心に話が進むわけではない。その本が「アニカ・ベングツソン」シリーズの一冊であるということを知らなければ、誰が主人公なのか、半分近くまで分からないこともある。例えば、「終身刑」では、誰もが最初は、女性警官のニーナ・ホフマンが主人公であると思ってしまうだろう。アニカが活躍を始めるのは、中盤から後半にかけてである。この物語で、インターネットを駆使した調査を行うアニカは、「模範的な警察官」、「現代の英雄」と見なされる、ダヴィッド・リンドホルムという男の行状に疑問を持ち始める。彼女は、刑務所に服役するリンドホルムのかつての右腕を訪ね、影で事件を操る人物に迫っていく。

「アニカ・ベングツソン」シリーズは、時系列通りに書かれていない。それが、少しややこしい。最初に出された「Sprängaren(爆殺魔)」では、アニカは既にやり手の記者であるが、その後の作品で、時代はアニカの新人記者時代や、未来の夫となるトーマス(Thomas)との出会いといった、数年前に遡る。五作目の「Den röda vargen(赤い狼)」で読者は再び現在へ引き戻される。それ以降は、時系列に沿い、第六、七、八作目の「Nobels testamente(ノーベルの遺志)」、「Livstid(終身刑)」、「En plats i solen(陽の当たる場所)」が、主人公とテーマがお互い繋がりを持つ三部作を構成している。

先ほども少し触れたが、マークルンドは、社会制度のひずみやねじれ、社会的な不正義、不平等を、作品を通じてえぐっている。「アニカ・ベングツソン 」シリーズでも、しばしば政治的スキャンダルや女性問題といった、時事問題を主題や伏線の中に織り込んでいる。特に、社会的に虐げられた女性、不自由や不平等を許容された女性に光を当てている。商業的に成功したマークルンドは、問題提起のキャンペーンにも成功しており、広告業界の業界誌『Resumé』により二〇〇八年「スウェーデンで最も影響力のあるメディア業界人」の第二十二位に選ばれている。(2

「フェミニスト」としてのマークルンドの執筆活動についても述べておく。マークルンドの小説家としてのデビュー作品は一九九五年の「Gömda - en sann historia(隠遁 - 本当にあった物語)」であった。事実を基にしたこの作品は、ボーイフレンドから暴力を受けて身を隠さざるを得なかった女性の物語であり、二〇〇〇年に改訂された新版は、スウェーデンの出版史上最大のベストセラーとなった。

二〇〇四年に出版された「マリア・エリクソン」 シリーズの第二作「Asyl - den sanna fortsättningen Gömda(アジール - 隠遁の後に)」(二〇〇四年)では、主人公の女性が、いかにして家族と共に国外へ逃避せざるを得なかったかが描かれている。二〇〇三年二月に、主人公は米国政府により、ドメスティック・バイオレンスを理由に亡命を認められたことになっている。この物語はスウェーデン国内で注目を浴び、スウェーデンの政党間で議論されるようにもなった。

シリーズ内でこの主人公が使用する偽名が「マリア(またはMia:ミア)・エリクソン」であり、シリーズの二作品の初版には共同執筆者としてその名前が載せられていた。この作品の真実性に関する論争が起きた後、二〇〇九年に「ミア」はこれを証明するために身元を明らかにした。現在「ミア」は新しい夫と共に米国アリゾナ州に住み、二〇〇六年から、自身の人生とドメスティック・バイオレンスに関する本を更に三冊著しているという。これにマークルンドは係っていない。

 

作品リスト:

l  Sprängaren (爆弾魔)1998年(邦題:爆弾魔、講談社文庫、2002年)

l  Studio sex (スタジオ・セックス)1999

l  Paradiset (楽園)2000

l  Prime Time (プライムタイム)2002

l  Den Röda Vargen (赤い狼)2003

l  Nobels testamente (ノーベルの遺志)2006年(邦題:ノーベルの遺志、創元推理文庫、2013年)

l  Livstid (終身刑)2007

l  En plats i solen (陽の当たる場所)2008

l  Du gamla, du fria (歳を取った自由)2011

l  Lyckliga gatan (ハッピーストリート)2013

l  Järnblod(鉄の血)2015

 

***

 

(1)       Kerstin Bergman, Swedish Grime Fiction, The Making of Nordic Noir, Mimesis International, Worcester, UK, 2014, P.63-73

(2)       Lebenslänglich, Rowohlt Verlag, Hamburg, 2007

(3)       ウィキペディア、スウェーデン語版、Liza Marklundの項

 

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