白鳥座

 

別荘の門。この前で妻は、車をぶつけた。

 

「ガチャン〜。」

「あちゃあ!」

妻が運転を始めて五秒後に、それは起こった。方向転換をする途中で、前のバンパーを、道端の石に結構派手にぶつけたのである。

「よかったねえ。フルカバーの保険に入っていて。」

僕が慰める。

昨日空港で車を受け取るとき、僕たちは、「何があっても自己負担なし」の保険に入った。安くはない。しかし、ぶつけようが、へこませようが、追加料金は発生しないのだ。レンタカー屋のお姉さんも、その保険を熱心に勧めていた。そして、借りたフィアットのステーションワゴン、レンタカーにしては珍しく、既にあちこち傷だらけだった。その理由が徐々に分かってくる。サルディニアの道路事情が悪いのだ。未舗装の道が多く、多くは轍(わだち)が深く掘られている。道は狭く、両側にトゲトゲのサボテンが生い茂り、「泣きそうになりながら運転しなければならないような道」が至る所にあるのだ。別荘も前の道も然り。妻は、五秒で、サルディニアの道の犠牲となった。未舗装の道が多いだけに、土埃もひどく、車は、一日で厚い埃の層で覆われてしまった。

 二日目の夜は、バーベキュー。さすがに別荘、家には専用のピザの釜、バーベキュー用の炉も設えられていた。海岸から戻り、皆がシャワーを浴びる。その後、僕が台所でエンゾーの晩御飯を炊いている間に、妻が炭火を起こし、野菜や肉、魚を焼きだした。メインは、今朝魚屋で買った、二種類のエビ、クロダイに似た、サルディニア名物の魚である。

 エンゾーを寝かしつけた八時から、食べ始める。辺りは、どんどん暗くなっていく。今日は皆「蚊対策」に、身体には防虫スプレーをかけ、三つも四つも蚊取り線香をテーブルの下に置いていた。サルディニア産の赤ワインが抜かれる。

「乾杯〜!」

サルディニアのワインは、フルーティーとは真逆の「濃い」味であった。

暗い中での食事も、なかなかオツなもの。息子が金に糸目をつけないで買った魚介類はどれも新鮮だった。(と言っても、英国に比べると驚くほど安いのだが。)この物価の安さが、イタリア人もここで休暇を過ごす理由なのだろう。

 昼間は三十三度くらいあり、かなり暑かったが、日が落ちると涼しくなってきた。娘のスミレがカーディガンを取りに部屋に戻る。秋の虫の声が聞こえてくる。一通り食事が終わって、食後酒の「レモンチェロ」が振る舞われる。椅子の背にもたれて空を見る。

「白鳥座や。」

頭の真上には、デネブを尻尾に配した、大きな白鳥がいた。サルディニアもこの辺りは近くに町がないため、空が暗く、星が美しい。

 

バーベキュー係の妻。どんどん焼けてきた。次は魚かな。

 

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