暗黒の恐怖
これが恐怖のトンネル。
スミス山の遺跡を見終わる。まだ十時過ぎだったので、マユミの提案で「エフタ・ピゲス」(七つの泉)に行ってみることにする。東海岸に出て、リンドスに行く際通った道を走り、途中から山に向かって進む。海岸線から山に入ると、松の木が増え、ぐっと緑が多くなった。
三キロほど山に入ると、「エフタ・ピゲス」と書いた標識があり、結構沢山車が停まっていた。本当にここに七つ泉があるのかどうかは分からない。
僕達も、とりあえずそこに車を置き、案内図に沿って行ってみることにする。そこは結構小ぶりな谷、ゴージであった。「蝶の谷」のように切り立ってはいない。水も流れてはいない。松葉が堆積した谷道を歩く。
数百メートル行くと、少し開けた場所があり、孔雀やガチョウがいた。その向こうにタヴェルナと駐車場があった。と言うことは、別の道から車でも来られるのだ。タヴェルナの少し手前に「トンネル」があった。幅は六十センチ、高さは一メートル半くらい。下には水が流れている。何とそこに人が入って行っている。
珍しいもの好きのマユミと僕もそこに入ってみることにする。義母も付いてきた。水が流れているので、靴を履いている義母は、脱いでリュックに入れている。サンダルの僕とマユミはそのまま。僕が先頭でトンネルに入って行く。
細い上に完全に真っ暗で、閉所恐怖症の僕にはちょっとパニックになりそう。とにかく、全く何も光がないというのは不安なものだ。僕は元々「クロウストロフォービア」つまり閉所恐怖症。(だったら、こんな所へ来なければいいのに。)後ろの話し声が聞こえるので少し安心する。
当時、チリの鉱山の落盤事故で、三十三人の人達が地下七百メートルの場所に閉じ込められ、救出作業が行われていた。暗黒の世界ということで、その話を思い出す。
少し行くと向こうに小さな光が見えた。出口らしい。それで気持ちが随分と落ち着く。途中空気抜きの竪穴があり、見上げると、見下ろしている顔が見えた。
「ハロー」
と上に向かって叫ぶ。
トンネルから出る。そこは小さなダムと、それによってせき止められた小さな湖の畔。トンネルの中を流れた水は、そのダムに注いでいるのだった。後で地図を見ると、トンネルの長さは百五十メートル。奇妙な体験だった。
「七つの泉」を出てから山の中を通って西海岸へ出る。途中、岩山をバックにした教会の前で休憩する。
教会の前の松林の中に入ってみる。川は完全に枯れている。地面は松葉で薄茶色。辺りには松脂の匂いが立ち込めている。山火事に備えてか、山の中に消防車が数台停まっていた。
松林のあちこちに消防車が待機していた。