蝶の谷
谷に入って一分後に蝶を見つけた。ラッキー。
風は相変わらず強く、気温も昨日より低い。それで、テラスではなく食堂の中で朝食を取った。マユミの予定では、今日は蝶のいる谷、ペタルーデスに行くことになっているらしい。例によって、
「どこです?」
「ペタルーデス。」
「えっ。どこですって?」
「ペタルーデスです。」
などという馬鹿な会話が夫婦の間で交わされる。ペタルーデスは、観光案内所によると、「蝶の谷」であるらしい。
朝食後、西海岸を南に向かい、空港を過ぎて少し行って山の中に入った。両側にオリーブの木が並んでいる。車から降りて、オリーブの木の写真を撮っていると、通りがかった農家の親爺さんが話しかけてきた。親爺さんのギリシア語は全然理解できない。オリーブの木に実が全然付いてないこと、彼の喋り方が否定的な響きを持っていたことから想像すると、
「オリーブはもう収穫してしまったから実はついてないよ。」
と言っていたのだと想像する。
「蝶の谷」に着いた。夏の間は蝶が乱舞するらしいが、もう十月、涼しくなってきている。僕は始めから蝶を見ることは期待していなかった。ゴージ(渓谷)を楽しもうと心に決めていた。事実、一人六ユーロ払って谷に入るときも、受付のお姉さんが、
「もう、殆ど蝶はいないから。」
と言った。
しかし、入り口からすぐの岩の上に、一匹の蝶が止まっているのを発見。
「ラッキー。」
羽根を開いたまま止まっているので、日本語で厳密に言うと「蛾」なのだが。(小学校の理科の時間に、羽根を閉じて止まるのが「蝶」、開いて止まるのが「蛾」と習った。)しかし、西洋では「蝶」と「蛾」の区別は、日本ほど厳密ではない。
渓谷を小川の流れに遡って登って行く。歩きにくいところは、所々木を組んだ橋が架かっている。山の一番上に修道院があった。見晴らしの良い場所。今日も海の色が素晴らしい。帰り道も、小さな滝の滝壺に数匹の蝶が飛んでいるのが見えた。水が流れている谷を散策するのは悪くない。仮に蝶がいなくても、十分に楽しめる場所だと思った。一番下に「自然博物館」があったが、蝶の標本と、動物の剥製が少しあるだけだった。
まだ早いので、カミロス遺跡に行くことにする。カミロス遺跡は、ロードスシティー、リンドスと並んで、この島の三大古代都市だという。一度山を西海岸に向かって降り、海岸に出ると、大きな火力発電所があった。そこを海岸沿いに南に向かって走る。
蝶がいなくて、なかなか風光明媚な場所だった。