人は耐えなくてはならない
Da Muss Man
Durch
2010年
<はじめに>
「私」、パウル・シューベルトとその仲間を主人公とした三部作の第二作目。大抵の三部作は、第二作目で落とすところまで落として、第三作で盛り返すのだが、果たしてその理論は通用するか。
<ストーリー>
パウルはドイツからマヨルカへ向かう飛行機の中で、オードリーという女性と、ヘニンクという男性と隣同士で座っている。オードリーは奔放な写真家、ドイツ人のヘニンクはマヨルカを本拠にして商売をしている、飛行機恐怖症の男であった。出版社の人事部長であるパウルは、辞任を決めた社長のゲルゲスから次期社長に推薦され、これからマヨルカ島に住む、その出版社のオーナー一家に会いに行くところであった。パウルは、自分に渡された資料から、彼が好きになり、一度だけベッドを共にし、結局は彼女が結婚するために別れた獣医のイリスが、そのオーナーの孫であること知る。そして、隣に座るオードリーが、イリスの妹であることも。ともかく、パウルがオーナー一家のお眼鏡に適えば、出版社の次期社長の椅子は彼のものになるはずであった。
マヨルカに着いたパウルは、オードリーと一緒に、オーナー一家である、フォン・ボイテン家の屋敷に行く。エリザベトとカール・フォン・ボイテンという老夫婦が実質的なオーナーで、その息子コンスタンティンがふたりの秘書のような役割をしていた。また、ロンドンに住む老夫婦の娘、メリッサもマヨルカに来ていた。コンスタンティンには二人の娘とひとりの息子がいた。イリス、オードリーの三人の娘のうち、イリスはティモシーという英国人の男性と結婚して、ロンドンに住んでいた。男の子であるアルフォンスはまだ幼かった。彼は腕白で、問題ばかり起こしていた。その他に、ウルズラとヨゼフという夫婦が、屋敷の管理人として住んでいた。
パウルはフォン・ボイテン家のメンバーと会う。エリザベトは事務的な冷たい老女、元俳優志望のカールはアル中、コンスタンティンはマザコンであった。オードリーはトップレスで歩き回り、メリッサはパウルに気があるような素振りをする。
パウルは元妻のリザに電話をする。パウルは飼い犬のフレートを、リザとそのパートナー、トミーの家に預けてきたからだ。リザは大変なことになっていると告げる。トミーを訪れたミュージシャンのゴードンという男が、二匹のロットヴァイラー犬を連れていた。フレートはその犬と大喧嘩をし、二匹の犬に怪我を負わせ、持ち主のミュージシャンが、莫大な賠償金を要求してきているという。
夕食の席、同僚のシャムスキーの助言で、シャツとジーンズで食堂に現れたカールは、家族のメンバーが皆正装をしていることに驚く。イリスとティモシーは、食事の途中にロンドンから到着するという。久しぶりにイリスに会えると思うと、パウルの胸が高鳴った。しかし、到着したのはティモシーだけ、イリスは明日到着するという。ティモシーとパウルは、翌朝一緒にテニスをすることを約束する。
ティモシーとのテニスでは、パウルは一ゲームも取れない惨敗であった。大汗をかいて部屋に戻り、シャワーを浴びようとしたパウルは、浴室に裸のオードリーがいるのに驚く。浴室は、二部屋で共用であったのだ。オードリーはパウルに先にシャワーを浴びるように言う。パウルがシャワー浴びていると、再び裸のオードリーが入って来て、ふたりはそこでセックスをしてしまう。
その日の午後、パウルはエリザベト、コンスタンティンと事業計画について話をする。パウルは友人で良い助言者でもあるシャムスキーを、副社長の地位に据えようと考えていたが、フォン・ボイテン側は、シャムスキーの学歴を問題にして、それに難色を示す。パウルはシャムスキーに直ぐにマヨルカに来るように言い、シャムスキーもそれに応じる。
メリッサはパウルが言い寄る。女性は皆色情狂のよう、またカールも使用人のウルズラと関係が出来ており、ウルズラの夫ということになっているヨゼフは、実際はウルズラの兄であるという。そんなフォン・ボイテン家の空気にいたたまれなくなったパウルは、街に出る。街のカフェで、パウルはちょうどロンドンから戻ったイリスに会う。間もなく夫のティモシーが現れるが、ふたりはティモシーの前で初めて出会った振りをする。
その日の夕食の席で、パウルはエリザベトの連れている犬の種類を言い当てる。エリザベトはそれで初めてパウルに興味を示す。実はパウルはインターネットで犬の血統について調べていたのであった。パウルはシャムスキーを翌日の会議に読んでいることを告げる。コンスタンティンは、自分に相談なしでシャムスキーが呼ばれたことに気を悪くする。その日の夜、パウルがテレビをつけると、中国の放送に友人の売れない画家、ブロンコが写っていた。彼は中国で何か賞をもらって、民衆に讃えられているようであった。しかし、パウルには中国語のアナウンスは理解できない。オードリーが入って来て、彼女は姉のイリスにパウルと寝たことを話したという。
翌朝、ショーツにTシャツ、野球帽姿のシャムスキーが、赤いフェラーリに乗って現れる。「そんな車を借りるのにいくら払ったのですか。」
と驚いて尋ねるコンスタンティンに対して、シャムスキーは、マヨルカで買い手のついた車を、ドイツからディーラーに頼まれて回送してきたのだと答える。シャムスキーを入れての、その日の会議は、パウルの予定通りの効果を発揮した。メリッサはシャムスキーを見て、彼に乗り換えたようであった。
シャムスキーも入った会議の後、パウルは散歩に出る。そして、岬に佇むイリスに会う。
「俺は今でもきみが好きだ。最後の最後にチャンスをくれ。」
とパウルは頼む。イリスは自分が妊娠していることを告げる。その時、沖を、メリッサとシャムスキーたちを乗せたヨットが通る。アルフォンスが海に落ちて溺れかかる。シャムスキーが海に飛び込んでアルフォンスを救助する。アルフォンスを救助したことで、シャムスキーの株が上がる。
翌朝、パウルはエリザベトに呼ばれ、自分が次期の社長として合格したことを告げられる。エリザベトは、その条件として、ティモシーを財務担当重役として、半年間働かせることを挙げる。パウルもそれに同意をする。
部屋に戻ったパウルは、隣室で、イリスとティモシーが言い争っているのを聞く。
「一緒にベルリンに来てくれ。」
というティモシーに対して、イリスは
「絶対に嫌だ。」
と答える。
「それはパウルがいるからなのか。」
という夫の問いに対して、イリスはそうだと答える。
パウルとシャムスキーはベルリンに戻り、出版社は新しい経営者の下に動き出す。ティモシーも到着し、三人の新しい秘書が、パウル、シャムスキー、ティモシーに付けられる。犬の喧嘩の賠償金問題は、シャムスキーのアイデアで、相手のミュージシャンに対し、出版社の発行する新聞で、動物虐待のキャンペーンをすることで、相手を諦めさせることに成功する。
パウルがアパートのベルがなる。そこにはコートを着たロシアのマフィアのような男が立っていた。飼い犬のフレートがその不審者に噛みつく。しかしそれは米国にいるはずのギュンターであった。彼は、結婚した後、子供と家を要求する妻のイギーから逃げて来たという。
「一緒になりたいと言ったけれど、子供と家のことまでは約束してない。こんな借金漬けの俺には無理だ。」
とギュンターは言う。パウルは怪我をしたギュンターを救急病院に連れて行く。そこには、シャムスキーがいた。ホームレスの男を危うく車で轢きかけたが、その男はブロンコだったという。ブロンコは、中国で賞を取ったものの、その後香港マフィアに利用され、着のみ着のままでドイツに逃げ帰り、追手から逃れる生活をしていたという。ギュンターとブロンコは、またパウルのマンションに住み始める。
新しい経営陣の率いる会社は、打つ手が全て裏目に出て、苦境に陥る。パウルは、大量のリストラをオーナー一家に要求される。パウルはストレスのため、また煙草を吸い始め、酒量も上がる。彼は、ニラという女優の卵の女性と付き合い始める。パウルはクリスマス休暇の間、ニラと海辺のホテルで過ごすことにする。しかし、クリスマスの直前、ニラはスペインで撮影が始まる映画への出演が決まったと言って、パウルの元を去っていく。
仕方なく、パウルは、ブロンコとそのホテルで過ごすことにする。ホテルの従業員は、ふたりのことをゲイだと思い込む。大晦日、ブロンコは、マヨルカ島に行って、そこの風景を描くことにすると告げる。そして、仕事が面白くないのなら、仕事を辞めて自分と一緒にマヨルカに来ないかと勧める。
新年になり、パウルの出版社の経営環境は一段と厳しさを増す。パウルはベルリンの高級ホテルで、オーナーのエリザベトと会う。その後、コンセルジュから、もう一人の女性がパウルに会いたがっていると告げられる。その女性の部屋に行くと、そこにはイリスがいた。妊娠し大きなお腹をしているイリスは、ティモシーがドイツで秘書と浮気をしていること。しかし、それは厳しい立場にある夫を、放っておいた自分にも責任のあることを話す。また、ティモシーが、投資に失敗し、莫大な借金を抱えていることも告げる。イリスは、夫を助けてやってくれとパウルに頼む。パウルは、ティモシーを社長にするために、自分は身を引くことにする。彼はエリザベトに、自分が社長を辞任することを告げる。エリザベトは
「それは敵前逃亡だ。」
と言うが、パウルはその場を去る。家に戻ったパウルは、ブロンコに、
「俺も一緒にマヨルカに行く。」
と告げる。
ブロンコ、ギュンター、パウルと犬のフレッドは、マヨルカ島に渡る。ブロンコは絵を描き、ギュンターは地元の企業のホームページの作成を始める。ドイツの家具等を売り払ったパウルはしばらく暮らしていくだけの金があった。ある日、パウルが浜辺で昼寝をしていると、鶏の着ぐるみを着た男が近づいてくる。フライドチキンの店のキャンペーンのようだった。
「パウル!」
鶏が呼びかける。その中にいたのは、オーナー一家の主人、カール・フォン・ボイテンであった。彼は家を出て、使用人のウルズラと生活を始めたのであった。そして、夜は俳優業、昼は着ぐるみのアルバイトをしているという。
ギュンターがパウルの仕事を捜してくる。それは、マヨルカに来る途中で出会った飛行機恐怖症の男ヘニンクの経営する、「バイオ蜂蜜」の店だった。オープンマーケット、つまり露天でパウルが蜂蜜を売り、そのときに一緒にブロンコの描いた絵も売る。それをギュンターがインターネットで宣伝し、オンライン販売もするという役割分担になった。利の薄い商売であったが、何とか三人は食べていくだけの金を得ることができた。ある日、パウルが蜂蜜を売っていると、シャムスキーが現れる。出版社は倒産し、ティモシーも破産。メリッサに言われてティモシーの会社に投資していたシャムスキーも一文無しになったという。シャムスキーもパウルの商売に加わる。
ブロンコに連れられていた犬のフレッドが突然走り出す。ブロンコは持っていた蜂蜜のビンと共に地面に倒れる。フレッドはマーケットの中を狂ったように走り回る。屋台が倒れ、商品は散乱し、人々はパニックになる。パウルはフレッドを追う。フレッドは、エリザベスの飼い犬を追いかけていたのであった。パウルが追いつくと、フレートはエリザベトの犬と交尾の最中であった。パウルたちは、賠償金を払い、マーケットから締め出され、一文無しとなる。おまけに食事中に車が荒らされ、荷物も全て失ってしまう。着のみ着のままになった四人が考えた再出発の方法とは・・・・
<感想など>
「人は耐えなくてはいけない」というタイトル通り、文字通り「耐える」展開である。三部作の場合、最後に盛り上げなくてはいけないので、第二作目は、主人公が苦境に陥り、落ちるところまで落ちるという展開が多い。トールキンの「ロード・オブ・ザ・リングス」もそうだったし、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム三部作」もそうだった。果たして、この作品も、その三部作の「お約束事」をしっかり守っている。「私」、パウル・シューベルトは、出版社の社長に就任したものの、経営は傾き辞任、マヨルカ島の屋台で「バイオ蜂蜜」を売り始めるが、飼い犬のフレートがマーケットで暴れ回り、締め出される。最後は一文無しの着のみ着のままになってしまう。シャムスキーはオーナーの娘、メリッサと付き合始め、出版社に残るが、会社は結局倒産、メリッサを通じて経営者側にいた彼も、財産を失いマヨルカへやってくる。ギュンターは結婚したものの、子供と家を要求する妻から逃げ回っている。ブロンコは、中国で絵が売れたが、マフィアに狙われ帰国、ホームレスと同じような境遇で暮らしている。落ちるところまで落ちた彼等は、全員マヨルカ島に集まり、再出発を図る。
コメディーであるので、やることが全て極端である。喜劇というのは、全てが誇張されるものなのである。高級マンションに住み、高価なワインを飲んでいたパウルが、僅か三ヶ月でホームレスになってしまう。一応それなりに経営されていた出版社が、僅か二ヶ月で倒産の危機に瀕してしまう。いかに打った手が全て裏目に出たとしても、実際、そんなことは有り得ない。また、喜劇にリアリティーを求めても意味がない。しかし、その現実には有り得ない、言うならば「非現実的」なストーリーを、余り「不自然」と感じさせないで読ませる、そういう意味ではハンス・ラートという作家は才能があると思う。
パウルはイリスの面影が忘れられない、心の憶測では彼女をずっと慕っている。イリスも、芯から夫を愛せなくて、どこかパウルに魅かれている。その線がもっと強調されるのかと思ったが、後半イリスは全然登場しない。読んでいて、かなり拍子抜けした気がする。いずれにせよ、この三部作、かなりシームレスにつながった物語なので、総合評価は最終作を読み終わってからにする。
驚いたことに、映画でも続編が作られていた。小説と映画では、第一作の最後が全然違う展開。小説の第二作は、第一作の結末をそのまま受け継いでいるため、第二作の映画化は困難だと思っていたので、意外だった。
(2015年7月)