人は出来ることをする
Man Tut Was
Man Kann
2009年
<はじめに>
ハンス・ラートの出世作である、「私」、パウル・シューベルトとその仲間を主人公とした三部作の第一作目。仲間との出会いと、何より、パウルの理想の女性、イリスの出会いが描かれる。単なる悪ふざけではない、一本筋の通ったユーモアを感じさせる作品。
<ストーリー>
パウル・シューベルトは雑誌社の人事部長をしている四十代のバツイチの男性。彼は、ある私的な展覧会で、カトリンという女性と出会う。彼は、その展覧会を開催した画家、ブロンコの姉であった。パウルとカトリンは意気投合し、その後何度か会い、ベッドを共にする。パウルはカトリンとの結婚を考え始める。
パウルがその展覧会に行ったのは、友人のコンピューターエンジニア、ギュンターに誘われてのことであった。ギュンターは卓越した技術を持ちながらも、その「オタク的」な性格と、経営感覚の欠如のため、借金漬けで、独りで暮らしていた。ギュンターはその展覧会のケータリングサービスに来ているイギーという女性に好意を持っていた。彼女は普段は、友人たちと一緒に開いた流行らない場末のカフェでウェートレスをしていた。ギュンターはイギーを目当てにそのカフェに顔を出すものの、彼女に話しかけられないでいた。
パウルは、捨て犬センターで、フレッドという名前の犬の散歩係を引き受けていた。フレッドは、他の人や犬や動物を追い掛け回す攻撃的な性格のため、誰も引き取り手がなく、散歩係のパウルに唯一懐いていた。パウルはまた、別れた妻リザの娘、ゾフィーと時々会っていた。ゾフィーは元妻の連れ子で、パウルとは血がつながっていない。しかし、パウルにとって彼女は「娘の代わり」であり、ゾフィーにとって彼は「父親の代わり」であった。元妻のリザは、トミーというミュージシャンと現在は一緒に住んでいる。
パウルのオフィスでは、ホフマン夫人という、定年間近の秘書が働いていた。独身で通してきた彼女は、Eメール、携帯電話等の扱いに疎いため、主にパウルのスケジュールの調整や接客を担当していた。パウルの会社での最も親しい話し相手はグイド・シャムスキーであった。シャムスキーは使い走りから宣伝部長に昇進をしてきた叩き上げの男である。パウルは、シャムスキーの他人を見る目を尊重し、何かにつけ、シャムスキーに助言を仰いでいた。
パウルに部下のエンゲルケスが彼に面会を求める。エンゲルケスは社長のゲルゲスの娘と付き合っていて、結婚したいと考えていた。しかし、出世目当てで社長の娘と結婚するのだと、社長からも世間からも思われたくないという。パウルはシャムスキーに相談する。シャムスキーは、エンゲルケスを一時的に他の会社で働かせることを提案する。パウルはその提案に従い、友人のつてを頼って、エンゲルケスに新しい職場を世話する。
カトリンがパウルの元を去る。彼女にはこれまで結婚を前提にして付き合っている男がいた。どうしても結婚に踏み切れなかったが、今回パウルという他の男性と付き合って、その本来の男への愛を再確認したという。また、嫉妬に駆られた相手の男もカトリンをキープしようと考えたという。
シャムスキーがパウルのマンションに転がり込む。秘書と浮気をしたのがバレて、妻に家を追い出されたという。翌日、パウルが家に帰ると、全裸の女性が台所にいた。
「シューベルト部長、お帰りなさい。」
と彼女は言う。彼女は、シャムスキーの秘書のカチアだった。
ある日、パウルはいつものように「捨て犬センター」にフレッドを散歩させに行く。
「所長が会いたいとのことです。」
と職員に言われて、彼は所長室に行く。そこに居たのは、パウル好みの女性であった。イリス・ヤスパーと名乗る若くて美しい獣医は、診察している間、フレッドを宥めていてくれるようにパウルに頼む。診察が終わった後、パウルはイリスを食事に誘う。
「それは、単なる食事だけ、それともデートへのお誘いなの?」
と尋ねるイリスに対して、パウルは正直に「デート」であると答える。イリスは、
「自分は『殆ど結婚している』立場なもので。」
と言って、パウルの誘いを断る。
パウルとシャムスキーは、ギュンターがイギーと話すきっかけを作ることを画策する。パウル、シャムスキー、ギュンターの三人は、イギーの働くカフェを訪れ、ギュンターが業者からサンプルにもらったワインの試飲会を催す。最初は会話が成り立たなかったギュンターとイギーだが、ふたりとも「猫好き」ということが分かり、それをきっかけに、ふたりは話し出す。
パウルとシャムスキーがイギーの店を出て、車で家に帰る途中、ギュンターから電話が入る。パウルは、今後どうしたらよいか相談するギュンターに
「結果を怖れないで、リスクを冒せ。」
と言う。携帯で話しながら運転していたパウルは、警察に停められる。パウルは飲酒運転で捕まってしまう。免許停止になったパウルは、秘書のホフマン夫人に、運転手を捜すように依頼する。翌日、ホフマン夫人が運転手として連れて来た男は、カトリンの弟のブロンコであった。絵が売れない彼は、副業を始めたという。
犬のフレッドの調子が悪いため、パウルは心配して捨て犬センターを訪れるが、彼は檻の中で眠ってしまう。真夜中に彼が目を覚ますと、懐中電灯を持ったイリスが覗き込んでいた。イリスは、フレッドの体調が悪いのは、精神的に不安定であるからだと説明する。そして、パウルにフレッドを連れ帰り、二、三日一緒に住んでくれないかと頼む。パウルはオーケーする。ブロンコが住む場所もないということで、パウルはブロンコも自分のマンションに泊める。翌朝、ギュンターがやってくる。彼は、「リスクを冒せ」というパウルの助言を真に受け、アパートを引き払い、イギーに、
「一緒に住んでくれ。」
と頼みに行ったが、断られたという。パウルはギュンターにも宿を提供することになる。パウルのマンションで、シャムスキー、ブロンコ、ギュンター、フレッド、四人と一匹の奇妙な共同生活が始める。
パウルは前妻の娘、ゾフィーと会う。彼女はどことなく元気がない。ゾフィーは自分がレズビアンであり、同級生のアメリカ人の娘ジェニーと愛し合っていると告げる。パウルは、ゾフィーがレズビアンであることを、母親リザと、そのパートナーのトミーに「カムアウト」するのに立ち会う。トミーはそれを聞いて激怒するが、パウルはゾフィーの意思を尊重するように説得する。
パウルにビギという女性から電話がかかる。ビギはカトリンの友人であった。ビギはパウルに会ってくれと頼む。ビギにはロドリゲスというスペイン人のボーイフレンドがいるが、なかなか結婚に踏み切ってくれない。カトリンの成功談を聞いたビギは、パウルと付き合っているふりをして、ロドリゲスの嫉妬心をあおり、結婚に踏み切らせようという作戦を考え付いたのだ。ところが、パウルとビギは本当に寝てしまう。ふたりがベッドにいるとき、ロドリゲスが花束と指輪を持ち、楽隊と連れてプロポーズにやって来た。ロドリゲスはビギが男と一緒にベッドにいることにショックを受け、浴室に立て籠もる。パウルは、
「俺は、ビギの夫で、三年間テロリストに誘拐され、今戻って来たところだ。俺は、ビギと会って、彼女の心は、お前にあることを知った。」
と出まかせを言う。それを信じたロドリゲスとビギは抱き合う。
シャムスキーはギュンターに、
「お前にしかできない方法で、イギーにプロポーズをしろ。」
と忠告する。それを聞いたギュンターは、その日から何かに憑りつかれたように、コンピューターに向かう。
パウルは社長のゲルゲスに呼ばれる。癌を患ったゲルゲスは、引退を考えていた。彼は、その後任としてパウルを推薦したいと言う。しかし、そのためには、オーナーの家族の同意が必要であると言った。オーナー一家はスペインのマヨルカ島に住んでいるという。
フレッドを捨て犬センターに定期健診のために連れて行ったパウルは、ダメモトで、イリスをもう一度食事に誘う。意外にも、イリスは、今回何故かオーケーする。ふたりは、その夜、フランス料理店でデートをする。すっかり意気投合したふたりが店を出た時は、真夜中過ぎだった。
「これが一度きり、最初で最後のチャンスよ。私と寝たいなら、今しかない。」
イリスはそう言うが、パウルはその誘いを断ってしまう。翌日、考え直したパウルが捨て犬センターを訪れ、イリスに付き合ってくれと頼む。
「私は明日結婚するの。」
とイリスは答える。
一方、ギュンターからイギーへのプロポーズ、それはドイツ中をアッと言わせる方法であった・・・
<感想など>
コメディー、喜劇である。しかし、読んでいて「一本筋の通ったコメディー」という印象を受けた。その原因は、登場人物の、一生懸命さ、ひたむきさが伝わってくるからだと思う。皆、自分のやり方を貫いて真剣に生きている。犬のフレッドまでが。そのひたむきさによる失敗が笑いを誘うのである。
その中でも、一番はギュンターであろう。CIAのコンピューターをハッキングするほどの技術を持ちながら、余りにも引っ込み思案で、世渡りが下手。仕事の上でのパートナーが大金を得る中で、彼だけは借金を抱え込み、狭いアパートに独りで暮らしている。彼が見初めたイギー。場末のカフェのウェートレスなのだが、どうしてもきっかけがつかめない。パウル、シャムスキーの協力と助言を得て彼女にアタックをする。そのどこかズレている真剣さが笑える。「本人が真剣なだけに余計に可笑しい」というやつである。
この本は三部作である。まだ二冊あるという余裕。それだけに、最後に無理矢理全てを完結させる必要がないわけで、かなり余裕を持って書かれており、それなので読んでいる方も、余り切迫感がなく読めて、それは良かった。
一番笑った場面。ビギという女性が、自分のボーイフレンドに嫉妬心を起こさせて、それによりボーイフレンドにプロポーズさせるためにパウルに付き合っている「振り」をしてくれと頼む場面。ところが、ふたりともその気になってしまい、ビギの家で寝てしまう。朝、ふたりは裸で横たわっている。そこへ、花束を持ったボーイフレンドが楽隊まで連れて、プロポーズにやってくる。その際のパウルの言い訳には笑った。
「俺はビギの夫だ。三年前に海外で誘拐されて、殺されかけたが、何とか逃げて来たんだ。二年間世界中をさまよい歩き、名前も、素性も変えてしまった。ビギがどうしてるか知らなかったんだが、今日偶然に会ったんだ。そして、彼女があんたを愛していることを知ったんだ。」
どこにでもありそうな言い訳ほど疑われると言うが、その逆を行ったわけである。
実は、この物語、最初に映画で見てしまった。それだけに読んでいるとき、既にストーリーは知っていたわけである。しかし、映画と原作では結末が全然違うことだけ、触れておこう。三部作であるので、当然二作目を読むことになる。「総合評価」は三冊読んでからということにしたい。
(2015年7月)