「心地よい仲間たち」
ドイツ語題:In gutter Gesellschaft
原題:Samhällsbärarna「社会の担い手」
1982年
リーフ・GW・ペルソン
Leif GW Persson
<はじめに>
スウェーデン国内では犯罪小説の第一人者であるが、国外では殆ど知られていないぺルソン。彼は大学で犯罪学を教え、警察の顧問でもある。彼が外国で不人気である理由と、国内での人気の秘密を探る。
<ストーリー>
男の死体を手押し車に乗せて運ぶ。
ストックホルム、警察署長のヨハンソンは病院の一室で、重傷を負い、ベッドに横たわる男の横に座っている。
「誰があんたをこんな目に遭わせたんだ。」
というヨハンソンの問いに対して、男は、
「ビュルネボルガー行進曲・・・」
と答える。
九月八日、日曜日の夕方、その日はストックホルムの警察にとって、比較的暇な日であった。ニルス・ルネ・ニルソン、六十六歳が、酔いつぶれて警察に保護されたことを気に留めた者は誰もいなかった。
病院を出て、署に戻ろうとしたヨハンソンだが、気持ちを変えて家に戻る。離婚した後、ヨハンソンは、広いアパートに独りで住んでいた。彼は、自室で考え事をした後、夕食を取り、何箇所かに電話をした後、眠る。ヨハンソンは、これまでずっと警察で働いていたが、その人事や事務管理能力を評価されていた。八月に前任者の辞職に伴い、スウェーデン警視庁犯罪部のトップに就任していた。彼は、農家の出身で、大勢の兄弟姉妹の中で育ち、その中で自分を守る術を見いだしていた。
翌朝、ヨハンソンは、警視ヴェスレンを署の自室に呼ぶ。ヨハンソンは、ヴェスレンに、ニルス・ルネ・ニルソンの事件に関するメモを見せる。それによると、ニルソンは、九月八日、午後九時半に酔いつぶれているところを警察官に保護された。そのとき怪我はしていなかったという。彼はストックホルムW1地区の警察の拘置施設に連れて行かれた。拘置所を巡回中の係官が、十一時に、房の中に、血を流して倒れているニルソンを発見する。係官は救急車を呼び、ニルソンを病院へ運ぶ。月曜日に、関係者への聞き取りが行われたが、ニルソンの怪我は、房で転んだものだということで片付けられる。
しかし、火曜日、病院の医者が、ニルソンの娘に、ニルソンは暴行を受けたと話す。娘がそれをマスコミに話したことにより、ニルソンが拘置所内で、何者かに襲われたことがニュースとなる。水曜日、検察庁が捜査の再開を決定し、その捜査をヨハンソンに命じる。ヨハンソンは、病院を訪れたが、ニルソンは口を利ける状態ではなかった。病院の医者は、一度はニルソンが暴行を受けたという内容の報告書を書き始めたが、警察が捜査を取りやめたことを知って、その報告書を完成していなかった。ヴェスレンが、警察関係者の尋問に当たることになる。
木曜日、ヨハンソンは検事と連絡を取る。マスコミはニルソンに対する警察内での暴行事件を「ニッセ小父さん事件」と名付け、連日報道をしていた。警察は引くに引けない状況に追い込まれる。ヨハンソンは、ヴェスレンの他に、もうひとりの捜査官にこの事件を担当させることになっていた。その捜査官「殺人課ヤンソン」は勤務態度に問題のある男であった。ヨハンソンは、朝にヤンソンを呼ぶ。ヤンソンは朝から酒の臭いをさせていた。
ヨハンソンは信用調査会社ASアキレウスの社長ヴァルティンを訪れる。警察は、自分で出来ない調査をその会社に依頼していた。今回の事件も、警察内の同僚、上司の問題を暴くことになるだけに、外部の調査機関が必要になると判断したヨハンソンは、ヴァルティンに調査を依頼する。ヨハンソンが署に戻ると、秘書が音楽事典と「ビュルネボルガー行進曲」のカセットを準備していた。その曲はフィンランドの作曲家パシウスが一八六〇年に作ったものであった。ヨハンソンはそれを聴き、何かきっかけになるものはないかと考える。しかし、何も得られず彼は家に帰る。
金曜日、ヴェスレンが第一回目の調査結果を持ってくる。ニルソンの保護、収容に関与した警察関係者は七人であるが、そのうち誰も、過去に問題を起こした職員はいないという。また、ヴェスレンはニルソン本人についての調査結果を報告する。ニルソンはアルコール中毒で、六十六歳、三十三歳の娘がいる。若い頃軍隊で問題を起こし除隊となった後、窃盗などの前科がある。しかし、特記すべき前科は、四年半前に銀行強盗の容疑で逮捕され、有罪判決を受け、二年間刑務所で過ごした経験があった。ヴェスリンは週末であるが、ニルソンを診察した医者と、ニルソンの娘に会ってみることにする。ヨハンソンは週末ヘラジカ撃ちのために、七百キロ離れた故郷へ戻る。
金曜日の午後、ヴェスレンはニルソンの娘の住むアパートへ向かう。ヴェスレンは彼女の家や勤め先に電話を入れたが、捕まえることが出来なかった。ニルソンの娘は、マスコミの取材に対して、日曜日の夜は午後九時まで、父親は彼女のアパートでテレビを見ていたと証言していた。彼女は、父親が九時に、十五分ほど離れた場所にあるアパートへ向かって歩いて行ったという。しかし、実際のところ父親は、九時半に正反対の方向で、泥酔して保護されていた。ヴェスレンは娘のアパートの扉の前に立つが、ドアは蹴られた跡があり、郵便受けから覗くと中はひどい状態であった。呼び鈴を鳴らすが誰も出ない。ヴェスレンは隣人のドアをノックする。隣人は娘のことを「売女」と呼び、数日前彼女の「婚約者」と名乗る男が現れ、大声で喚きながらドアを蹴り続けたこと。娘はその男に連れ出され、その後部屋に戻っていないと証言する。隣人は、その「婚約者」が乗っていた車のナンバーを控えていた。
ヴェスレンはその後、ニルソンを診察した医者を訪れる。医者は、自分は警察の指示に従って行動しただけであると主張し、ヴェスレンは何も得る物はなかった。署に戻ったヴェスレンは部下に、車のナンバーからその所有者を捜し、その人物の写真をニルソンの娘の隣人に見せるように指示する。ヴェスレンは三歳の娘を保育園でピックアップして、家に戻る。ヴェスレンは、自分より二十歳近く年下の女性と同棲していた。その日の夜、ニルソンの娘の隣人から、「婚約者」として訪れた男が、その車の持ち主に間違えないという連絡を受ける。ヴェスレンは、部下にその男を捜しだし拘束するように指示する。
土曜日の早朝、ヴェスリンは、「婚約者」を自宅で発見し、警察署へ連行したという連絡を受ける。ヴェスリンはその警察署に駆けつける。その男は女性と一緒にいた。それはニルソンの娘であった。ヴェスリンの取調べに対して、男は、日曜日、ニルソンと彼の娘の家で飲んでいたこと。その後、また飲むために町へ出たが、途中で口論になりニルソンと別れ、その後のことは知らないと答える。ニルソンの娘も、ほぼ同じ内容を語る。
ヴェスレンは警察に残っていたニルソンのファイルを詳細に読み始める。ファイルは全部で三冊あった。一冊目は一九四〇年代のもので、ニルソンは軍隊の音楽隊に配属されたものの、「不名誉な事件」を起こし、突然除隊になっていた。しかし、その詳細は明らかにされていなかった。その後の二冊のファイルには、ニルソンの犯した窃盗、万引きなどの小犯罪が記録されていた。その中で、四年前の銀行強盗事件だけが異例と言えた。その事件は娘の婚約者が起こしたもので、ニルソンは共犯として起訴され、有罪判決を受けていた。ニルソンは、
「駅で音楽を弾いていたところ、『婚約者』が現れ、儲け口があるからと銀行へ連れて行かれた。自分は、その場にいただけだ。」
と証言したが、裁判では認められず、共犯として有罪となり服役していた。
週末、ヨハンソンは故郷で大きなヘラジカを射止める。父親と兄弟の見守る前で、彼は得意気にそれをさばく。一方ヴェスレンは三歳の娘を連れて家族で遊園地を訪れて週末を過ごす。
月曜日朝、ヴェンスレンに週末の間の進捗を報告する。ニルソンが音楽をやっていたことから、「ビュルネボルガー行進曲」をニルソンが口に出したことは、意味を持たない可能性があることをふたりは知る。ヨハンソンとヴェスレンはその日の夜、暴行事件が終わったのと同じ時間に、事件の起こった警察署を訪れることにする。その日の午後、ヨハンソンは署長として、色々な部署に人間と会議に出席し、細々としたことを決済して過ごす。帰り道、ヨハンソンは、
「音楽のことなら何でも疑問にお答えします。」
という看板の掛かった小さなレコード屋を訪れ、「ビュルネボルガー行進曲」について質問する。店の男は、行進曲は主に軍隊で演奏されるもので、警察とは関係がないと述べる。
その日の夜、ヨハンソンとヴェスレンは、ニルソンが酔って保護された警察署を訪れる。そこで、ふたりは事件のあった日にもいた、当直の職員と会う。職員は、ニルソンが運び込まれたとき、怪我をしていなかったと証言する。ふたりは、ニルソンの収容されていた房を調べるが、転んだ際にそれで怪我をするような突起物は見当たらない。職員は、ニルソンが警察官から引き渡された後は、房に寝かせ、その後十五分おきに見回っていたと述べる。ヨハンソンは、職員たちに命じ、その日、ニルソンが運び込まれたときの様子を再現してみる。ヴェスレンは、その芝居を演じている人々が、利害関係に縛られているので、それを信用できない。警察署を出たヨハンソンとヴェスレンは、誰が嘘をついているのかを考えるが、特定できない。
翌火曜日の朝、ヨハンソンは、検視医からの手紙を受け取る。それは、ニルソンの傷についての報告であった。ニルソンの顔と首にあった傷は、彼が保護される前につけられたものであり、彼を保護した警察官や警察署の職員が見逃すはずがないという。また、検視医は、ニルソンの傷が、転倒によるものでは断じてないと結論付けていた。やはり、警察官や職員が口裏を合わせて嘘をついていると感じたヨハンソンは、ニルソンを保護した、パトロールの警察官から直接話を聞くことにする。ヨハンソンは、上席検事と昼食を共にする。内部の警察官に疑いをかけることで、組合からクレームがつくことを恐れている検事に対して、ヨハンソンは十日以内で方をつけることを約束する。
その日の午後、ニルソンを保護した五人のパトロール警官のひとりであるミケルソンがヨハンソンを訪れる。ミケルソンは、日曜日の夜、午後九時に市内パトロールを始め、九時半に酔いつぶれているニルソンを発見、彼と、ベリ、ボリという名の警官と三人で、ニルソンを警察署に運び込んだと述べる。そして、ニルソンを職員に引き渡した後は、コーヒーを飲みに行ったと言う。その日の夜、ヨハンソンは、今度は検視医と一緒に警察署を訪れる。そして、拘置所に収容されている人間についての書類を調べる。書類には「外傷なし」と書かれている八人のうち、三人がかなりの負傷をしていた。それにより、警察署の職員は、まともの収容者の状態をチェックしていないことが明らかになる。
ヨハンソンは、ミケルソンを除く四人のパトロール警察官を一同に集めて話をさせることを思いつく。ベリ、ボリ、オルヴィック、オストレームの四人が会議室に集められる。彼らは、ミケルソンが述べたのと同じことが起こったと主張する。ヨハンソンは、五人が既に話をして、口裏を合わせているという印象を強くする。
ヨハンソンが上席検事に対し、事件を十日以内に解決するという啖呵を切ってから一週間が経った。ニルソンは相変わらず意識不明で、事件の真相について証言できる人間はいない。事件解決を諦めたヨハンソンは、上席検事にニルソンは転倒して負傷したということで、捜査の終結を図るという意思を伝え、検事もそれに同意する。
翌朝、ヨハンソンとヴェスレンは、捜査を終了するための報告書を書き始める。そこへ十日間以上姿をくらましていた、もうひとりの捜査官ヤンソンが現れる。ヤンソンは、彼の独自捜査の結果をヨハンソンとヴェスレンに披露する。ニルソンを保護した五人の警官に対して、民間人からこの三年間で八件の告発がなされていた。それらは皆、取り下げられたり、却下されたため、公式の文書には載っていない。ヤンソンは警察の内部文書を見せる。そこには八件の告発の内容が書かれていた。五人の警官は民間人の暴力を振るったと訴えられたが、訴えたのは全て前科のある人間であった。その訴えは全て却下されていた。その中でも注目すべきものは、カリンという前回のある男を、ベリとボリが射殺していたと思われる件であった。ヤンソンの報告を聞いたヨハンソンは、捜査の終結を延期することにする。ヨハンソンはニルソンの容態について尋ねるため病院に電話をするが、ニルソンはその日の朝死亡していた。
ヨハンソンは、ヴェスレンとヤンソンに捜査の続行を命じる。ヴェスレンは、五人の警官を、経営するレストランの営業妨害や暴力行為で訴えたボリス・デュルジェヴィッチを調べることにする。ヨハンソンは「自殺」として片付けられたカリンの死を担当した刑事レヴィンを訪れる。クロス・ゲオルグ・カリンは、六月二十八日に刑務所から釈放され、自分のアパートに戻る。そこへ通報を受けた五人の警官のチームが押し入る。カリンは自分の拳銃で警官たちを脅すが、取り押さえられそうになる。そのとき、カリンは拳銃を自分の頭に向けて発射し、自殺したということになっていた。その直後、レヴィンが訪れて、鑑識と一緒に現場を調査するが、現場の全ての状況が警察官の証言と一致していたこと、カリンのズボンのポケットに、銃から出たと思われる油が発見されたことから、警察官の証言が採用され、カリンの死は自殺として処理された。しかし、その後の警察の捜査にも関わらず、カリンが銃を入手した経路は結局解明されないままになっていた。ヨハンソンは、資料室でその銃を見るが、それは米国の警察で使われている、これまで何百万丁と製造されているレボルバーであった。しかし、その銃は、通常よりも少ない力で引き金が作動するように仕掛けがされていた。ヨハンソンは、外部からの調査を頼んでいた、信用調査会社のヴァルティンと会う。ヴァルティンは、ベリたちの警察官のグループは、極めて用心深く行動しており、手掛かりは掴めていないという。ヨハンソンは、ニルソンが保護された辺りに立つ。そこはかつてのセックスクラブで、今は「個室映画館」になっている店の前であった。結構人通りの多い場所なのに、ニルソンが保護されたとき、誰も目撃者のいないことを、ヨハンソンは不思議に思う。
アルコール中毒のヤンソンは、署の自室でビールを飲み一眠りしてから署の資料室に向かう。彼はボリス・デュルジェヴィッチについての資料を閲覧しようとするが、既にヴェスレンが借り出した後であった。ヴェスレンは、秘書の手伝いをしているときに、ボリス・デュルジェヴィッチという名前に行き当たる。彼は資料室からデュルジェヴィッチに関する資料を読み始める。デュルジェヴィッチは自動車工場で働くために、旧ユーゴスラビアから出稼ぎに来た後、スウェーデンの市民権を取り、不動産業を始めた。彼は、家族や親戚の名前を使い、会社を興し、蓄財していった。非合法なことをやっている噂が流れるが、警察はそれを立件できないでいた。しかし、八ヶ月前、警察の囮捜査に引っかかり、麻薬売買の現場を押さえられたデュルジェヴィッチは、有罪判決を受け、現在はクムラ刑務所に服役中であった。ヴェルレンはデュルジェヴィッチを刑務所に訪ねることにする。
ニルソンの司法解剖が始まる。ヨハンソンは関係者の名前を書いてみる。左側が警察官、右側が警察官から暴行を受けたとされる民間人である。
ボリス・デュルジェヴィッチ
ベリ ペーター・サカリ・ヴェリタロ
ボリ グレン・ロベルト・カールソン
ミケルソン エリック・ヴァデマー・カールベリ
オルヴィク ダニエル・チャイコヴスキー
オストレーム ガッサン・アル・カティブ
ムハメッド・カビル
クラス・ゲオルグ・カリン
リトヴァ・シレン
ニルス・ルネ・ニルソン
ヨハンソンはそのリストを眺め、四人を除いて線を引いて消す。残った名前は、デュルジェヴィッチ、ヴェリタロ、チャイコヴスキー、シレンの四人であった。ヨハンソンはその四人を「失われた世代に生きるもの」と名付ける。除外されたカティブとカビルは中東からの難民であったが、受け入れを拒否され、強制送還されていた。カールベリは精神病を患い閉鎖病棟に隔離されている。カールソンも精神病棟にいた。そして、ニルソンとカリンは既に死亡していた。
ヨハンソンがヤンソンの部屋を訪れると、彼はカリンが「自殺した」事件の調書を読んでいた。ヤンソンはベリたちが警察のセンターに住所の照会する前に、カリンの住居に到着しているという矛盾を発見したという。ヨハンソンはヤンソンにチャイコヴスキーへの尋問を命じる。ヤンソンはチャイコヴスキーの住まいを訪れるが留守であった。署に戻ったヤンソンは、カリンが「自殺」に使ったとされる銃のついての問い合わせ結果が米国より着いているのを見る。銃は、米国で警察官が紛失したものであった。ヤンソンは米国にテレックスを返信する。
ヨハンソンはシレンを訪れる。シレンは元売春婦であったと考えられていたが、今は足を洗い、清潔で整頓されたアパートに住んでいた。彼女は、ベリたち、警官隊が何度も自分のアパートに押し入ったことを認める。警官たちはシレンの元夫を捜していたという。その夫が実はペーター・サカリ・ヴェリタロであった。
ヴェスレンは若い部下と一緒にクムラ刑務所に向かう。そこで彼はボリス・デュルジェヴィッチと面会する。模範囚で通っているデュルジェヴィッチは、刑務所の中でも一目置かれる存在であった。デュルジェヴィッチはこれまで、麻薬を使ったこともないし、売買したこともないという。ある情報を買おうと思って警察官と取引をしたところ、その警察官に麻薬を渡され、そこを取り押さえられたと話す。そして、その取引をしていた警察官がボー・ヤルネブリングであり、その後ろにいたのが、部長刑事のヴァルティンであった。
ヨハンソンとヤルネブリングは警察学校の同級であった。二人は金曜日の夜、ヨハンソンの自宅で飲み始める。ヤルネブリングは離婚後三人の子供たちの養育費を払っており、経済的に楽ではないはずであった。深夜ふたりは街にでる。どのクラブも金曜日の夜ということで満員、玄関の前には列が出来ていたが、ヤルネブリングは「顔」で高級クラブのドアを潜り、一番良い席に陣取る。ヤルネブルクはそのクラブの常連であるらしかった。ヨハンソンはクラブの客の中にヴァルティンがいるのを見つける。
土曜日の朝、二日酔いのヨハンソンの下に二通の電話が掛かる。ひとつはヴェスレンからのもので、日曜日の夕食への誘いであった。もうひとつは捜査員からのもので、ペーター・サカリ・ヴェリタロの最近の行動についであった。ヴェリタロの父は「事故死」になっていたが、実は少年であったヴェリタロが、酔って母親に暴力を振るった父親を階段から叩き落したものであった。その後、ヴェリタロは窃盗、恐喝などの罪を何十回と犯し、何度も警察に逮捕され、保釈中に行方をくらまし、また逮捕されることを繰り返していた。しかし、数ヶ月前、突然ヴェリタロは警察に出頭し、その後、全く犯罪を起こしていなかった。ヨハンソンはその態度の急変の裏にある何かを探るように部下に命じる。またアキレウス社のヴァルティンの背後についての捜査も依頼する。
日曜日の午後、ヨハンソンはヴェスレンのマンションを訪れる。警察官とは不釣合いな高級住宅地にある広い住まいであった。食事の後、ヴェスレンはクムラ刑務所で、デュルジェヴィッチから聞き出した内容をヨハンソンに語る。デュルジェヴィッチは不動産取引を主な生業としていたが、ヴァルティンがいくつかの不動産の斡旋をしていたという。また、デュルジェヴィッチはヤルネブリングの計画した囮捜査にはまって逮捕された可能性が強いとヴェスレンは述べる。ヨハンソンは、被害者の間、特にヴェリタロとニルソンに何か関係があるのではと考え始める。
翌朝、ヴェスレンはヴェリタロを担当していた刑事を訪れる。「プーマ」というあだ名を持つヴェリタロは、ありとあらゆる窃盗を重ね、ストックホルムでは「泥棒の王様」とまで呼ばれていた。しかし、あるとき、それまでの窃盗を全て自白し、認めたという。
五人の警官の民間人暴行事件の陰に、ヤルネブリングがいることを知ったヨハンソンは、直接ヤルネブリングに会うことにする。ヤンネブリングは訪ねてきたヨハンソンを外へ連れ出す。彼はヨハンソンをピザ屋へ連れていく。ピザ屋の親父は、かつて地上屋が頻繁に来て、店を売ることを要求し、商売ができなくなったが、デュルジェヴィッチにその件を頼むと、地上屋はピタリと来なくなったという。事件の裏に麻薬とヤンネブリングが絡んでいると想像したヨハンソンは、麻薬課のヨハンソンに操作を依頼、また民間調査機関のヴァスリンにヤンネブリングの身辺の調査を依頼する。
ヴェスレンは、ニルソンを解剖した検視官から、詳しい報告書を受け取る。そこには予期せぬことが書いてあった。その知らせを伝えるためにヴェスレンはヨハンソンの部屋へと向かう。知らせを受けたヨハンソンは、上席検事も呼ぶ。報告書は、とニルソンの死因は、肺炎、胃潰瘍、食道炎によるもので、外傷は彼の死に関与していないと結論付けていた。
保安課の警察官のひとりベリがヨハンソンに面会を求める。ベリは
「自分は。地域の『保安官』を自任している。世間に何度も迷惑をかける人間は誰かが始末しなければいけない。」
という持論を述べる。
「例えば、酔っ払って道路で寝ている老人を往来から取り除く。普通の人間がそいつにつまずかないように、あるいは単にそいつを見る必要がないために、きれいな車がそいつを轢いて汚れないように。」
ベリは、自分たちは、市民がこれ以上迷惑を被らないように、汚い街を掃除しているだけにすぎないと言う。ヴェスレンは、今度はヴェリタロを刑務所に訪ねる。ヴェリタロは、なぜ自分が警察に自首する気になったのか、その理由は言わない。
カリンがそれを使って自殺したというピストルの調達先は、刑事レヴィンの捜査にも関わらず、不明のまま終わっていた。一応、インターポールのデータベースに問い合わされたが、該当する物はなかった。ピストルの素性を、ヤンソンが見つけ出すことに成功する。彼は銃の製造会社のあるコネティカット州の警察に電話をする。そしてメーカーのコンピューターで、売られた店が特定できた。地元の保安官がその店に急行、残されたレシートから買った人間がストックホルム
に住むスウェーデン人であることが分かる。その名前と住所がファックスで、ストックホルムで待つヤンソンに届けられる。ヤンソンはそのピストルがどのようにしてカリンの手に渡ったのかを考え、ひとつの仮説を立てる。ヤンソンは土曜日の朝、その男の家をストックホルム郊外の高級住宅街のストラ・エッシンゲンに訪れる。ヤンソンは、玄関先で、これから週末の別荘に向かう金持ちらしい男と短い会話を交わす。ヤンソンはそのクレジットカードの支払いを通じて、ピストルを買った男の足取りを追う。そして、一つの仮説にたどり着く。買った男が自宅に保管していたピストルを、仮出所中のヴェリタロが盗み、それを女友達のシレンの家に隠した。しかし、そこにベリたちの家宅捜査が入り、ベリたちがそのピストルを持ち去ったのではないかと。ヤンソンの報告により、ピストルを買った男に逮捕状が出て、ヴェリタロは再度尋問されることになる。
逮捕された実業家は、米国出張中、立ち寄った田舎町の武器商で、ピストルを購入したものの、開梱せず、スーツケースに入れたままスウェーデンに持ち帰り、税関で発見されることがなかったこと。またその銃を使うことなく、袋に入れて保管していたところ、空き巣に入られ盗まれたと話す。ヴェリタロは銃を盗んで、元ガールフレンドの家に隠した。外出から戻る際、警察のバンを女性の家の前で発見。ベリたち警察官たちが立ち去った後には、銃は消えていたと証言する。ヨハンソンは警察官がその銃を持ち去り、数時間後にカリンの家に入った際、その銃でカリンを射殺した可能性が高いと考える。
ヨハンソンとヴェスレンは、かつてカリンの射殺事件を担当した刑事レヴィンに調査報告を渡す。レヴィンは、ヴェリタロが直接カリンに銃を渡した可能性があること。また、警官のベリがカリンを撃ったことを証明するのは簡単でないことを指摘する。警官たちが、また同じ作り話を繰り返せば、ヨハンソンたちにチャンスはない。レヴィンは鑑識官のベリホルムを訪れる。ベリホルムは地図にヴェリタロとカリンのいた場所と時間をプロットする。そして、ふたりが会った可能性はゼロであると述べる。しかし、ニルソンの件は、いまだにいかなる説明もつかない。ベリたちの上司である保安警察の部長がヨハンソンを訪問。部下をかばおうとする。
ヨハンソンは取調室に呼ばれる。そこでは、ヴァルベリという刑事が、麻薬取引で逮捕されたポーランド人の青年を尋問していた。ポーランド人の青年は、麻薬取引現場を、ベリたち警官に踏み込まれて、麻薬と金を押収されたが、警官たちがその一部を着服したと主張していた。そして、そのポーランド人の青年ヤン・ルベルスキーは、囮捜査のために、マルメー警察から派遣された刑事であった。ヨハンソンは初めて、五人の警官たちを逮捕し、尋問するチャンスが訪れたことを知る・・・
<感想など>
ペルソンは「スウェーデン犯罪小説大賞」を過去三回受賞している。一九八二年、二〇〇三年、二〇一〇年である。過去三回受賞したのはペアソンの他にホカン・ネッサーのみ、その他複数回の受賞者にはヘニング・マンケル、オーサ・ラーソン、オーケ・エドヴァードソンなど、北欧のみならず、全世界で人気を博した作家の名前が連なる。また二〇一一年には、北欧四国の犯罪小説の賞である「ガラスの鍵賞」を受賞している。ここにも歴代の受賞者に、ヨー・ネスベー、スティーグ・ラーソンのように、商業的にも成功した作家が並ぶ。彼らに比べると、ペルソンの名前は欧米において格段に知られていない。例えば、オンライン百科事典のウィキペディアでも、スウェーデン語以外のページは少なく、その記述も驚くほど短い。これほどスウェーデン国内で知られた作家が、何故国外で余り翻訳されない、つまり読まれる可能性が少ないと判断されているのかを分析してみたいと思う。
スウェーデンの警察官というのは、結構、荒い、乱暴な言葉を使うようだ。事実、大学を出て、警官になった人物はほとんど登場しない。兵役の後すぐに警察学校へというのがパターンのようだ。私はこの小説をドイツ語で読んでいるので、スウェーデン語オリジナルでの言葉使いは分からない。しかし、スウェーデン語からドイツ語への翻訳者も、何とか原文のニュアンスを伝えようと苦労しているはず。そして、そのドイツ語から判断すると、この小説は、警察官たちがごく普通に話す言葉で書かれていると予想される。俗語、卑語、罵りのオンパレードである。そして、文の一部だけが話され、文が完結しない場合もある。この辺り、現場の警察官の荒々しい調子を作家は伝えようとしているのだろうが、読んでいるほうはかなり分かり辛い。
それと突然現れる難解な哲学的とも思われる表現。
「時間とは、絶え間なく揺り動かされる、巨大なふるいである。人や物、考えなどがバラバラに投げ出され、くっつき、離れ、分けられていく。出来事や現象は塵のように忘却の中に消え、まったく気づかれることなく追い去られていく。それが常に起こっている。我々は起こっていること全体のほんの一部しか見ていない。もし、自分たちとある他人の間だけに起こったことに限ったとしても、相対性理論信者が好む、荒れ地に愚かに生える草の葉から目をそらしたとしても・・・(166ページ)」
この方丈記の冒頭にも似た、哲学的な記述、一読しただけではほぼ理解不能。そしてこれらの票がんが、頻繁にちりばめられている。
いきなり固有名詞を使わないで、「彼」、「彼女」で書き始め、徐々に読者にそれが誰か分からせていく手法。読者の注意を引き付けるには良いかも知れないが、それも、やりすぎると読むのに疲れてしまう。はっきり言って、ぺルソンは、自分の小説が、多くの読者に読まれることを拒否しているような傾向がある。しかし、この小説が(少なくともスウェーデン国内では)ベストセラーになり、ぺルソンが「スウェーデン犯罪小説大賞」を異例の三回も受賞しているという事実もある。そこにはそれなりの魅力が潜んでいるはず。スウェーデン社会の問題を突いているからだ。特に、警察権力の行使という点で、そのやりすぎにスウェーデン国民の共感を得ているからだと思う。
ヤンソンという刑事。アルコール中毒。誰も一緒に働きたがらない。捜査と言って、何日も席を空け行方不明になる。結局この「はみだし刑事」がストーリーの鍵となる。何日も行方不明状態になるが、捜査が暗礁に乗り上げ、にっちもさっちもいかなくなったとき、フラリと現れる。そして、独自の調査結果を披露し去っていく。彼がもたらした新たな事実、観点から再び捜査活動が進展するというのがパターンである。
ペルソンは犯罪学の教授であり、警察の顧問である。そのような警察権力に極めて近い人物が、警察の腐敗について鋭くメスを入れたということで、説得力がある。その説得力がこの小説の魅力で、その説得力が、スウェーデン国外の読者には伝わりにくいということであろう。
(2016年4月)