「ひなぎぐ」
原題:Tusenskönor.
ドイツ語題:Tausendschön
(2010年)
<はじめに>
衝撃的なレビュー作に続く二作目。第一作が、北欧のミステリーの書評には必ず登場する話題作だっただけに、作者もちょっと書きにくかったのではないかと思う、第一作に負けないように、作者が最新の準備と用意を払って書いた跡が随所にうかがえる。
<ストーリー>
少女は夏の牧草地にいた。姉は両親から屋根裏部屋を相続し、彼女は牧草地を相続した。少女は、ひとりの男が近づいて来るのを発見する。彼は地下室に住んでいる、スウェーデン語を話さない人々のひとりであった。男は少女に近づいてくる。少女は逃げるが、追いかけて来る男に捕まってしまう。男は少女を押し倒して強姦する。
十五年後、二〇〇八年二月二十二日、ストックホルム。説教師のヤコブ・アールビンは教会で話していた。彼はこれが自分にとって最後の説教になるのを知っていた。彼は、ボートに乗ってヨーロッパに渡ってくる難民は、新天地を求めてアメリカ大陸に渡ったかつてのスウェーデン人と同じだと話す。彼は、難民に手を差し伸べることを聴衆にアピールし、話を終える。同じころ、イスタンブールから飛行機でストックホルムに着いた男がいた。
二月二十七日、木曜日。ストックホルム警視庁。捜査官のペダー・リュドは同僚のヨアー・サリンと一緒にティータイムに、差し入れられた渦巻型の菓子パンを食っていた。それを途中まで食べ終わったペダーは、食べかけのパンを隣にいた若い女性検察官に見せ、
「これは男根にそっくりだ。」
と言う。ヨアーがそれを嗜める。ペダーはうつ病の妻と別居を始めていた。
女性捜査官で、犯罪心理学担当のフレドリカ・ベルイマンは妊娠していた。彼女は両親に反対されながらも、二十五歳年長のスペンサーの子供を身篭っていた。フレドリカは、上司のアレックス・レヒトに、数日前に起こった、轢き逃げ事件の調査を依頼されていた。大学の前で、外国人の男が、車に轢かれて死亡しているのが発見されたのだった。アレックスが、ペダー、ヨアー、フレドリカ、エレンの四人を、「ライオンの穴」と呼ばれる会議室に召集する。
ヤコブとマリア・アールビンという老夫婦が、自分たちのアパートで、頭を打ち抜かれた死体で発見されたという。ヤコブは長年うつ病に悩んでおり、二日前に、自分の娘のカロリーナが過度の麻薬摂取で死亡したとの知らせを受けていた。彼は遺書をしたためており、妻を射殺した後、銃を自分に向けて自殺したと考えられた。しかし、死体の第一発見者である友人の夫婦は、ヤコブが自殺することなど有り得ない、これは自殺を装った殺人であると警察に対し主張していた。
同じ日、タイのバンコク。彼女はある使命を帯びてここに来ていた。タイに来る前、彼女はギリシア、トルコ、ヨルダン、シリアなどを訪れていた。彼女は首から、これまでの旅の成果が記録されているUSBスティックを、かけていた。数日後にスウェーデンに戻ることになっていた彼女は、タイ航空に、帰りの便の予約を確認するための電話を入れる。航空会社の職員は、彼女の名前で予約が入っていないと言う。彼女はインターネットカフェへ行き、予約のメールを確認しようとする。しかし、彼女のメールアカウントは無効になっていた。
ペダーとヨアーは、アールビン夫婦が死亡していた彼らのアパートに向かう。そこは広くて豪華なアパートだった。隣人によると、午後五時に銃声が聞こえたという。その後、七時に夕食に訪れた友人の夫婦が、ベルを押しても返事がないのを訝しく思い、預かっていた合鍵で中に入り、寝室でふたりの死体を発見したという。そのとき、窓は閉じられ、玄関には鍵が掛かっていた。ヨアーは余りにも整い過ぎていて、生活臭のないアパートの内部を見て、この夫婦には、別の住居があるのではないかと考える。
フレドリカは轢き逃げ事件の犠牲者の指紋を、警察の指紋課に照合させるが、その結果はなかなか上がってこない。彼女は男の所持品を調べる。男はスウェーデンの町であるウプサラの地図を持っていた。そこにはアラビア語で何かが書かれていた。フレドリカは翻訳課に解読を依頼する。アレックスは、ヤコブ・アールビンと一緒に働いていた、教会の牧師を訪ねることにする。ペダーは警察の人事課に呼ばれる。
ストックホルムのアーランダ空港に着いたアリは、バスでストックホルムの街に入る。そして、待ち合わせ場所に指定されていたキオスクの前に立つ。ひとりの女性が現れる。彼女はアリを車に乗せ、一軒のアパートに案内する。彼女はそこで待つようにアリに言い、外から鍵を掛けて立ち去る。冷蔵庫には食料が入っていた。アリはそこで三日間待つが、誰からも連絡がない。
ヨアーとフレドリカは、アールビン夫妻の死体を発見したエルジーとスヴェン・リュング夫婦を訪れる。彼らは昔から被害者の近くに住んでおり、お互いに鍵を預け合う仲だったと述べる。夕食に招待されていた前日に、スヴェンはヤコブと電話で話したが、ヤコブは明るい声で話をしており、夕食をキャンセルする気配もなかった。また、いくらうつ病とは言え、ヤコブが自殺するような人間でないと話す。また、死んだ娘のカロリーナは麻薬をやるような娘ではないと主張する。もう一人の娘、ヨハナの行方について、リュング夫妻は彼女が旅に出ていると答える。ふたりは、難民の受け入れ活動をしていたアールビンには、色々な敵がいたと言う。
バンコク。メールが使えない彼女は、スウェーデンにいる両親に電話をしようとする。しかし、その両親の番号に架けても「その番号は現在使われておりません」というメッセージが聞こえるだけであった。彼女は、かつてのボーイフレンドに電話をして助けを求める。
その日の夕方、アレックスは再び捜査班のメンバーに召集をかけ、各自の捜査結果を発表させる。その結果、ヤコブ・アールビンは、娘の死を知ってショックを受けながらも、どうしてリュング夫妻に対する食事の招待を断らなかったのかが話題になる。また、娘のカロリーナの死は、最初に病院から警察に知らされたが、それがどのように両親に知らされたのかが不明なままであった。アレックスは、カタリーナの死と、彼女の行動について調べるようにフレドリカに命じる。ペダーは、食べかけのパンの若い女性職員に見せ、「男根」と呼んだことがセクハラと判断され、「職場からセクハラをなくすためのセミナー」に出席するように、人事課長から命じられる。
二月二十八日、金曜日。アレックスとヨアーは、ヤコブと同じ教区の牧師である、ラグナー・ヴィンターマンを訪れる。ラグナーは、ヤコブが妻を殺して、自分も自殺したことは十分に考えられると述べる。ラグナーを始め、教区の数人は、ヤコブのうつ病が非常に重いものであることを知っていた。またヴィンターマンは、娘のカロリーナが、大学時代から麻薬をやっていたと言う。しかし、娘が麻薬過剰摂取で死亡したことを知っていたのは夫のヤコブだけで、彼はそれを妻に伝えていなかったと、ヴィンターマンは述べる。また、アールビン夫妻と、死体を発見したリュング夫妻とは、それほど仲の良い友人ではないとヴィンターマンは話す。もうひとりの娘のヨハナについて、ヴィンターマンは良い評判しか聞いていないと言った。アレックスは、娘のヨハナにまだ連絡が取れないことに対して、焦燥を感じ始める。
フレドリカは紙片に書かれたアラビア語の翻訳を依頼する。彼女は、カロリーナとヨハナが、両親から大きな別荘を相続していたことを知る。二月二十八日。フレドリカは、病院の救急病棟で、麻薬の過剰摂取で運ばれてきたカロリーナを診た医師を見つけて、電話をする。医師は、カロリーナには妹のヨハナが付き添っていたと言う。ヨハナはカロリーナが死亡したとき傍におり、その死を両親に伝えたのだという。医師は、ヨハナが姉の麻薬中毒について既に知っており、その死を告げられたときも驚いた様子はなかったと述べる。翻訳の結果、紙片に書かれていたアラビア語は、スウェーデンの町の名「ウプサラ」と、ファラ・ハジブという女性の名前であったことが分かる。ウプサラは、ヨーロッパに来た難民が沢山住んでいる場所だった。フレドリカはその町を訪れてみようと思う。
アパートに閉じ込められていたアリは、彼をアパートに連れてきた女性と、アラビア語の巧みなスウェーデン人の男性の訪問を受ける。男は、アリと家族をスウェーデンに呼び寄せることには金が掛かっていること、また、その対価を払うために、アリが自分たちのために働くことを求める。アリはそれに同意せざるをえない。
アレックスは、捜査班のメンバーを集めて会議を始める。フレドリカが、カロリーナが麻薬中毒であることは家族の間では周知であったことを告げる。また、カロリーナが死んだのが木曜日、両親がその死について知ったのは日曜日であると話す。妹のヨハナはその直後に旅に出たという。ヨハナは合計五週間の休暇を取っていた。また、姉妹が母親から高価な別荘を譲渡されていたことを述べる。その時、別の捜査員が会議に顔を出す。死んだヤコブ・アールビンのパソコンを解析した結果、アールビンを脅迫する内容のメールが発見されたという。アレックスは、ペダーに脅迫メールの発信者を特定するように命じる。
彼女は、バンコクで、元ボーイフレンドからの連絡を待っていた。彼女は食事をするために外に出る。しかし、裏道に入った彼女はナイフを持った男に襲われる。男は彼女をナイフで脅し、カバンの他にUSBメモリーを取り上げる。彼女はカバンを渡すような振りをして、男を殴り、男が怯んだ隙に表通りに走り出て、ホテルに戻る。ホテルで自室に戻ろうとした彼女だが、彼女が泊まっていた部屋は別の人間が使っており、フロント係は、彼女は泊り客のリストにないという。
ペダーは、脅迫メールを読む。そのメールはSVという署名があり、
「詮索をやめなければヒヨプのようになるぞ。」
と脅していた。ヒヨプは聖書の中に登場する、神への忠誠を神に試される男であった。アレックスとヨアーは、姉妹が母親から相続した別荘を訪れる。そこにはまだ暖房がついており、つい最近まで誰かがそこで生活していた痕跡があった。家族の写真があったが、あるときから、カロリーナしか、写っていなことにアレックスは気づく。寝室には二段ベッドが置かれており、地下室にも二段ベッドが並んでいた。アレックスはその別荘で、ヤコブが難民を匿っていたことを確信する。武器を仕舞ってある棚があったが、鍵は開いており、銃は入っていなかった。警察が去るのを待つようにして、ふたりの男がその別荘を訪れる。ひとりの男が、
「彼女は間もなくここに戻って来る。」
と言う。
脅迫メールの背景を探るために、フレドリカはアールビンの活動を調べる。アールビンは、強制送還の決まった難民を匿っていた。難民擁護運動で、指導的な役割を果たしていたアールビンだが、理論ではなく行動で自分を主張していたように、フレドリカには思えた。彼のそのような活動のため、ネオナチ、右翼団体などが彼を敵視していた。つまり彼には敵が多かったのである。フレドリカは、大学の前で轢き逃げされていた男の検死結果を受け取る。男は乗用車に轢かれていたが、一度当たられて倒れたところを、更に上から轢かれていた。つまり、事故死ではなく殺人であったのだ。調査の結果、脅迫メールは、トニー・スヴェンソンという二十七歳の、暴行事件で前科のある男が発信者であることが分かる。スヴェンソンは、「民衆の息子たち」(Söhne des Volkes)というネオナチの団体に属していた。SVという署名の意味がこれと一致する。しかし、アレックスには、そのような前科者の若者が、聖書の登場人物をメールの中に引用していたことに、違和感を覚える。
フレドリカは、自分ひとりで子供を産むという決断に疑問を抱き始める。アレックスは、妻のレナの行動に、不自然な点を感じている。
二月二十九日。アリはアパートで目覚める。足元のカバンの中には、武器と覆面が入っていた。彼は、自分の家族を救うためには、殺人を犯すことは仕方がないことだと、自分に言い聞かせる。
パスポート、金、持ち物など全てを失った彼女は、バンコクのスウェーデン大使館を訪れた。保護を求める彼女に対して、大使館の職員は、彼女がテレーゼという名前で、麻薬の取引に関わっていたため、タイの警察から指名手配をされているという。
大学の前で車に轢かれて死亡した男の指紋の照合結果が分かる。その数日前、現金輸送車襲撃事件が起こっていた。その犯人が使用したと思われる銃に付いていた指紋と一致したのだ。アレックスは、男の死亡の件を、凶悪犯罪課に引き渡す。
ヨアーとフレドリカは、ネオナチから抜け出したいと考える人間を支援する組織の代表者、アグネ・ニルソンと会う。アグネによると、ヤコブの説教の後、ひとりのスキンヘッドの青年がヤコブと話しかけてきたという。彼は、ネオナチ団体「民衆の息子」の一員であったが、シリア人の女性と恋に落ちる。それが公になれば、その男は団体から命を狙われ、相手の女性は家族から殺される可能性が高い。その若者は、ヤコブに助けを求めた。しかし、ネオナチ団体はその事実をいち早く知り、男は身体障害者になるほどの暴力を受け、女性はネオナチのメンバーにより強姦されたという。その女性は、現在アグネたちの組織で働くようになっていた。アグネは、ネオナチや極右団体からの脅迫メールは、ヤコブや自分にとって日常茶飯事であったと述べる。アグネは、トニー・スヴェンソンが、その脅迫メールの発信者のひとりであることを知っていた。
アールビン夫妻の死がネオナチ、極右組織による犯行であることを匂わせる記事が新聞に載る。アレックスは、自分たちが極秘で進めている捜査が、マスコミに漏れていることに愕然とする。アールビンの娘、ヨハナの行方は依然つかめない。そんなとき、ヤコブの引き出しから手帳が発見され、その中に「ムハメッド」という名前と、電話番号が書かれていた。また、トニー・スヴェンソンが、何回かヤコブに電話をしていたことが、通話の記録から明らかになる。アレックスは、スヴェンソンに対する逮捕状を申請する。その頃、年配の男と、若い男が話していた。彼らは、思っていたより早く、マスコミに感づかれたことを悔いる。彼らの計画は、予想通りに進んでいなかった。彼らはこれまで「ひなぎく」には問題があったこと認め、次の「ひなぎく」にターゲットを絞る。
スヴェンソンが逮捕され、ヨアーとペダーが彼を尋問する。スヴェンソンは、ヤコブが、自分たちの組織内部のことに口出ししたので、それを止めさせるために、脅迫メールを書いたことを認める。しかし、三通のメールのうち、最後の聖書の登場人物である「ヒヨプ」に言及したメールだけは自分のものではないと言い張る。また、スヴェンソンは、ヤコブの家を訪れたことも認める。彼の指紋が呼び鈴のボタンに付いていたのだ。しかし、誰もドアを開けず、そのまま帰ったと主張する。スヴェンソンの指紋がヤコブのアパートの呼び鈴にあったことを、ヨアーは知っていたが、それを尋問の前にペダーには伝えていなかった。ペダーは、大切なことを自分に事前に伝えなかったヨアーに対して腹を立てる。ふたりの間に険悪な空気が流れる。ペダーは、ヨアーの弱みを探ろうとして、ヨアーが殺人課に来る前に一緒に経済犯罪課で働いていたピアに電話をする。ピアはペダーの元恋人であった。そして、ヨアーが現在はピアと付き合っていることを知る。
アレックスとフレドリカは、ヤコブの手帳に書かれていた電話番号の主、ムハメド・アブドゥルを訪れる。ムハメドは、二年前にスウェーデンに逃れてきたイラク人であった。ムハメドは、ヤコブが電話をしてきて、一度だけ会ったことを認める。そのときヤコブは「新しいネットワーク」について知りたいと言った。ムハメドは現在イラクからヨーロッパに渡るには大金が必要なこと、しかし、その金を払えない人々に対して「新しいネットワーク」が作られていると話す。ムハメドは、イラクの友人の息子が、スウェーデンに向かったが、自分に連絡が来ないことを心配しているという。その息子の婚約者ファラも心配していると話す。フレドリカには「ファラ」という名前に聞き覚えがあった。
金曜日の夕方、アレックスは捜査会議を招集する。アレックスは、ペダーの憎悪に満ちた目を感じる。そのペダーが彼の独自の捜査の結果を話し始める。ペダーは、ネオナチ組織「民衆の息子」から脱退しようとしたロニー・ベリを訪れていた。ロニーはヤコブに、組織を抜け出すことに対する手助けを求めたという。しかし、ロニーの目的は、組織から離れ、自分ひとりで犯罪活動をすることであった。ヤコブはロニーの真意を知り、それを警察に通報する。その結果、ロニーの計画していた強盗は警察に察知され、彼は現行犯で逮捕され、今は拘置所にいた。ロニーはヤコブを恨んでいるという。
フレドリカは、大学の前で轢き殺された男が、ユーセフというイラン人であったことを述べる。また、スヴェンソンが殺人犯人である可能性は低いことを示唆する。脅迫メールは確かにスヴェンソンのメールアカウントから発信されたが、同じコンピューターから発信されているとは限らないと彼女は言う。
金曜日の夜、アレックスは普段と違う態度を取る妻いる家に帰ることが怖い。フレドリカは、母親の勧めにより、再びバイオリンを手にする。そして、恋人のスペンサーを両親に紹介することを決心する。アリは三人の男により外に連れ出される。彼は雪の中、車で移動する。バンコクのインターネットカフェで彼女は、別のメールアカウント作る。スウェーデンの新聞のウェッブサイトを見た彼女は、両親が三日前に死亡していることを知る。
三月一日、土曜日の朝、家にいたたまれないアレックスは警察署にやって来る。スヴェンソンは前夜、証拠不十分で保釈されていた。アレックスは、自殺にせよ他殺にせよ、ヤコブの殺害に使用された銃が、ヤコブ自身のものであり、それが別荘に保管されていたことに思いを廻らせる。アレックスは自分が別荘を訪れたとき、家の周囲の雪の上に全く足跡がなかったことを思い出す。彼は銃がヤコブの死亡するずっと以前に、別荘から持ち出されたようであった。ペダーが顔を出す。彼は、ヤコブの主治医からのファックスを持っていた。主治医は外国から昨夜スウェーデンに戻り、アールビン夫妻の死を初めて知り、連絡してきたのだった。アレックスとペダーは、エリック・スンデリウス医師の診療所に向かう。
フレドリカは、聖書のヒヨプの項を読む。フレドリカは最後Eメールの発信者は、かなり聖書対する知識が豊富なこと、ヤコブがEメールに返信する以外の方法で、発信者に連絡する方法を持っていたことに気づく。
ヤコブの主治医、スンデリウス医師は、ヤコブが自分と妻とを撃ったことはありえないと断言する。医師は、ヤコブはうつ病であったけれども、判断力は正しく、近年、難民問題について講演する機会が増えるにつれ、病状も快方に向かっていたと述べる。また、ヤコブは下の娘のヨハナとの関係の断絶に悩んでいた。ヨハナは家族とその行動に深い憎悪を抱いていたと、医師は述べる。しかし、姉のカロリーナは父親の意見に同調し、父親を助けていたという。カロリーナが麻薬中毒であったことを、スンデリウスは一笑に付す。また、ヤコブの死体の傍にあったワープロで書かれた「遺言状」は、ヤコブの文体でなとも述べる。
新しい年になってから、男は疲れ果てていた。ヤコブは彼の抱える問題を全然理解せず、事態は制御不能になりつつあった。
アレックスとペダーは次にラグナー・ヴィンターマンの家に向かう。その途中、アレックスはフレドリカからの電話を受ける。フレドリカも署に来ていたのだ。彼女は、スヴェンソンが、刑事のヴィッゴ・トゥヴェルソンに電話をしていたことを突き止めていた。トゥヴェルソンは、アールビン夫妻の死体が見つかったとき、最初に現場に駆け付けた警官であった。
ヴィンターマンは、スンデリウスの見解とは正反対の見解を述べる。そして、アールビンの自殺説、カロリーナの麻薬中毒説を支持する。アレックスが医師の見解を告げると、ヴィンターマンは、スンデリウスのことを実験的な治療で患者を死なせたことのある、信用のできない医師であると主張する。
ペダーが家族の都合で家に帰ったため、フレドリカがアレックスと一緒に、リュング夫妻を訪れる。夫婦別々に質問をするとアレックスが述べると、夫婦は動揺する。妻のエルシーの尋問はフレドリカが担当することになる。エルシーは、数年前、夫のスヴェンとヤコブが、意見を異にすることになり、それが原因で疎遠になったと話す。エルシーは、ヤコブとマリアヤが一九七〇年代と八〇年代に、難民を保護するネットワークで働いていたこを知っていた。アールビン夫妻が、強制送還されそうになった難民を、別荘に匿っていることも知っていた。ふたりはその活動を一九九二年まで続けたが、突然それを止めた。数年前、アールビン夫妻は、その活動をまた始めようとした。それを巡って、スヴェンとヤコブは対立したという。
エルシーは、下の娘のヨハナが、難民を匿うことに、異常なほどの嫌悪を示していたことも述べる。また、エルシーも、カロリーナが麻薬中毒であることは有り得ないと断言する。また、数年前、ヤコブが一九九二年まで続けていたが、その年に止めた、難民を家に匿うという活動を再開すると話した時、ヨハナが激昂したと話す。リュング夫妻にはふたりの息子がいたが、下の息子、モンスは、一時カロリーナと暮らしていたことがあった。しかし、モンスが麻薬中毒から抜け出せなかったため、カロリーナはモンスの下から去った。しかし、カロリーナはイエスのように復活する人間であると、エルシー・リュングは述べる。
アリは、翌日現金輸送車を襲うことになっていた。彼がスウェーデンに来たことは、誰にも話さないという条件であった。しかし、彼はひとりの人間にそれを漏らしていた。
フレドリカはスペンサーを土曜日の夕方、自分の両親の家に連れて行き、食事をする。最初はぎくしゃくした会話であったが、最後にはスペンサーとフレドリカの両親は打ち解ける。
三月二日、日曜日。バンコクで両親の死をしった彼女は、自分が調べていた、亡命希望者を合法にヨーロッパに運ぶ組織の人間にコンタクトを取り、その助けで見つけた部屋にいた。ある者が、彼女とその家族を亡き者にしようとしていた。そのために彼女は消える必要があったのだ。彼女は中近東からタイを経由してヨーロッパに流れ込む亡命希望者のルートについて調査していた。ギリシアから調査を始めた彼女はタイに行きつき、タイにいるネットワークの首謀者をつきとめ、その人物と会い、信頼を得、名前を明かさないという条件で、インタビューをすることに成功していた。彼女は、そのインタビューの記録を残したが、それはメモリースティックと共に盗まれてしまった。組織について知りすぎてしまったことが、彼女が災難に遭った原因だろうか。しかし、全てを失った彼女はその組織を頼るしかなかった。それで、彼女はその組織の首謀者に頼ったのであった。
アリは現金輸送車を襲撃し、金を奪うことに成功する。イラクで軍隊にいたアリは、銃を扱うことには慣れていた。これで自由の身になれるとアリは安堵する。しかし、彼が連れて行かれたところは公園、彼はそこで射殺される。
三月三日、月曜日。月曜の朝、アレックスは捜査会議を招集する。フレドリカは、アールビン夫妻の死、姉のカロリーナの死、そして妹のヨハナが行方不明であることは、全て密接に関係しているのではないかと言う。そして、ヨハナだけが、麻薬の過剰摂取で死亡した女性を妹だと認知していることから、麻薬中毒で死亡した女性は、実はカロリーナでないのではないかと推理する。フレデリカは、カロリーナの死亡診断書を書いた病院の医師を、もう一度訪れてみることにする。そのとき、別の警官が駆け込んでくる。ムハメド・アブドゥルともう一人の若い男が射殺されているのが発見されたという。そして、おそらくその殺害に使われた銃が同一のものだという。アレックスはムハメドの話していた「新しいネットワーク」という言葉を思い出す。大学の前でひき殺された男も含めて、三人は組織のことを知ったために、口封じのために殺されたのでなないかとアレックスは考え始める。鑑識課員が現れ、アールビンの電話が、殺された日から使用不可になるように、一週間前から解約の手続きが行われていたという。また、アールビンの携帯に、彼の死後、バンコクからの電話がかかっていたことも明らかになる。
トニー・スヴェンソンがもう一度警察に呼ばれる。彼は、アールビンが殺された日、誰からに頼まれてアールビン家を訪れていたのは確かだった。スヴェンソンも、ヤコブに封筒を渡したことは認める。しかし、スヴェンソンは、自分には娘がおり、頼んだ人物を警察に喋ったら、娘が殺されるということを盾に、口を割らない。
スペンサーは、久しぶりに妻の作った昼食を家で食べる。妻のエファは、これまでスペンサーが他の女性と関係を持つことは認めてきたが、自分の他に「家庭」を持つことは許すわけにはいかないと言う。
フレドリカは、カロリーナが、麻薬の過剰摂取で運ばれた病院の救急病棟を訪ねる。フレドリカは処置をした医師に、生前のカロリーナの写真を見せるが、医師は似ていないと言う。フレドリカは、死体とカロリーナのDNAを判定することにする。カロリーナはこの世から消える必要があった。そして、妹ヨハナがそれに協力したのであった。
アレックスは、スヴェンソンが電話をしていた警官、ヴィッゴ。トゥヴェンソンを、ストックホルムの別の警察署に訪ねる。トゥヴェンソンは、顔に斜めに大きな傷跡のある男であった。彼は、スヴェンソンが、仲間を抜けようとしている男の犯罪を密告する電話をしてきたと述べる。
アレックスとフレドリカは、殺されたムハメドの妻を訪れる。妻は、昨夜夫の電話がかかり、夫は外出、それきり帰ってこなかったと言う。妻は、ムハメドは「新しいネットワーク」の組織の存在は知っていたが、それには関与していなかったと述べる。フレドリカとアレックスは、次に、アールビン姉妹のものである別荘を訪れる。フレドリカは、今は周囲に家が建っているが、昔その辺りは、一面牧場であったことに気付く。彼女は家の中に、ひなぎくの押し花が飾ってあるのに気づく。フレドリカは壁に掛かっていた写真を外し、写真の裏に書かれていた撮影年月日をチェックしていく。そして、一九九二年の夏至の日をもって、妹のヨハナが、写真に登場しなくなったことに気付く。その日、アールビン家にとって、重要な出来事があったことをフレドリカは知る。
午後、捜査会議が開かれ、夕方に予定される記者会見のための話し合いがなされる。アレックスは、極右、ネオナチ集団による犯行という説は取り下げる。何者かが「民衆の息子」とアールビンの対立を利用しようとしたとしたのだ。また、DNA検査の結果、麻薬中毒の女性はカロリーナでないことが分かる。何故、カロリーナは身を隠す必要があったのか、何故姉のヨハナがそれに加担したのか、以前不明のままであった。
記者会見の前に、更に新しい事実がもたらされる。昨夜、公園で射殺された若い男の死体の傍から、彼のものと思われる携帯電話が発見される。その携帯電話から、男は三度、スヴェン・リュングに電話を架けていた。また、大学の前で轢き逃げされた別の男の着衣から、自動車の塗料の破片が見つかった。それはリュングの乗っている銀色のベンツと、同じタイプのものだった。一連の殺人には、アールビン夫妻の死体の第一発見者であるリュングも関わっていたのだった。
カロリーナは、バンコクからスウェーデンに帰る飛行機に乗っていた。彼女は「ネットワークの首謀者」が用意した、偽造パスポートでタイを出国していた。一方、妹のヨハナも、飛行機でストックホルムに向かっていた。
三月四日、火曜日。アレックスはその日が、公私において、彼の運命を決める日になることを予感していた。妻のレアは彼の出がけに、今晩帰ったら重要な話があると告げた。スペンサーはフレドリカに、
「少し旅に出る。」
と言い残して姿をくらましていた。スペンサーは、かつて妻のエファと結婚する前、別の女性を妊娠させ、中絶させていた。その後妻との間に子供は作っていなかった。彼は自分の身の振り方を相談するため、ルンドに住む義父を訪ねて、ひとつの決心をした。その帰り道、彼は車の運転を誤り、彼の車は街路樹に激突する、
バンコクの大使館から、カロリーナが当地で、麻薬の売買に関与しているという連絡が入る。そして、彼女が、前日、強盗に遭ったことを警察に届けていたことも。その知らせを受けたフレドリカは、麻薬の売買に関与している人間が、警察を呼ぶことに不自然さを感じる。カロリーナが「テレーゼ・ビョルク」と名乗る女性のパスポートを持っていたことを知った、フレドリカは、そのテレーザについて調べてみることにする。フレドリカは、テレーザに前科があり、麻薬常習者であったことを知る。彼女は、カロリーナの代わりに病院に運ばれ、死亡を宣告された女性は、テレーザではないかと考える。彼女はテレーザの母に連絡を取り、DNA鑑定の手配をする。
一方、リュングのものと思われるベンツが、ガソリンを掛けられ、焼かれた状態で発見される。リュングには逮捕状が出る。また、ストックホルムに戻って来たというヨハナが、警察に出頭してくる。アレックスとフレドリカがヨハナの尋問を担当することになる。
アレックスとフレドリカはヨハナに会う。彼女は大柄な美人で、弁護士をしており、事件の前後はスペインにおり、両親の死をすぐに知ることができなかったと言う。彼女の手首には、ひなぎくの刺青があった。ヨハナは、一九九二年の夏至の日、彼女の家族の運命を大きく変える出来事があったと話す。それは姉のカロリーナが、匿っていた難民のひとりに強姦されたことから始まる・・・
<感想など>
最初にも書いたが、衝撃的なレビュー作の後の、第二作。前作以上のものを書こうという、作者の意欲がうかがえる作品である。ドイツ語訳で、五百ページに迫る大作。読者の方も、読むのに、覚悟と忍耐が必要である。
エピローグで、夏至の日の牧草地で、ひなぎくを摘んでいる少女が、「スウェーデン語を解さない男」に強姦される。この少女が誰なのかが分かるのは、残り百ページを切ってからである。この事件が、その後の全ての出来事の出発点となっている。
また、タイのバンコクで、次々と災難に出会う若い女性が登場する。「彼女」としか書かれていない。「彼女」が、殺されたアールビン夫妻の娘であることは想像が付くが、それが姉のカロリーナなのか、妹のヨハナなのか、最後まで分からない仕掛けになっている。と言うことは、このことも事件の背景そのものなのである。
捜査班の全員が、私生活に問題を抱えている。急に不自然な態度を取るようになった妻に対して疑心暗鬼を募らせるが、面と向かって尋ねる勇気のないアレックス。年長の愛人、スペンサーの子供を産むことにし、妊娠中だが、その決心を後悔しはじめているフレドリカ。妻と別れ独り暮らしを始めた寂しさを紛らわせるために同僚の女性に言った冗談がセクハラと認定され、再教育のためのセミナーを受ける羽目になったペダー。事件の展開と共に、彼らの私生活の問題の展開からも目が離せない作りになっている。
殺されたアールビンは、教会の説教師である。彼は、うつ病を患っており、カウンセリングのみならず、電気ショック治療まで受けたことになっている。しかし、彼の行いには、全然うつ病の気配がなく、難民擁護を唱え、極右やネオナチの嫌がらせと堂々と戦っている。元気すぎるのだ。
「うつ病の人間にこんな積極的な行動が取れるの?」
と、読んでいて感じ、かなり不自然な印象を受けた。
アールビン一家が舞台となるが、殺された老夫妻はもちろん証言できない、ふたりの娘のうちひとりは死亡、もうひとりは行方不明。そんな状態で、周囲の人々が、アールビン家のメンバーに対して自分の意見を語る。それが、まったく異なった見解なのである。例えば、姉のカロリーナが重度の麻薬中毒であったという人物もいれば、彼女が麻薬を用いることは有り得ないと語る人物もいる。ヨハナを理想的な女性だという人物もいれば、精神異常であるという人物もいる。夫のヤコブに対する評価も然り。捜査班のみならず、読者もそのギャップに右往左往させられる。
また、警察に尋問された人々が、最初からあっさりと全てを話さない。最初は最小限の証言をし、状況証拠が整い追い込まれると、やっと少しずつ口を割っていくという設定。
「初めからちゃんと話せよ。」
と言いたくなる。
よく考えた筋立て。また、難民という二十一世紀の最初の十年の、ヨーロッパでの最大の問題も取り込んである。作者の意欲は分かるのだが、その努力が前面に出過ぎて、読者がそれを感じ過ぎて、かなり読んでいて疲れる作品であった。
(2016年11月)