「ガラスの子供たち」
ドイツ語題:Glaskinder
原題:Glasbarnen
(2013年)
<はじめに>
クリスティーナ・オルソンの本をもっと読んでみたくて、内容をよく知らないまま注文した。配達された本は犯罪小説ではなく、ティーンエージャー向きの小説であった。その分、楽に読めた。ストーリーもそれなりに面白かった。たまにはドロドロした世界を舞台にしていない本を読むとホッとする。
<ストーリー>
父親を亡くした十二歳の少女ビリーは、母親と一緒に、クリスティアンスタッドの町から港町のオーフスに越して来ることになった。母親は元々この港町の出身であった。彼らは、海辺にある一軒の家を見る。ビリーはその家が気に食わない。古いし、あちこちで奇妙は音がする。しかし、母親は気に入ったらしく、ビリーの反対を無視して、その家を買うことを決めてしまう。
四週間後、ビリーの夏休みが始まる頃、ふたりは新しい家に入る。家の中には、前の住人が残していった家具が置いたままであった。不動産を紹介したマーティンという男によると、前の住人に突然新しい仕事の話が持ち上がり、家具を置いたまま、慌てて家を出ていったということであった。ビリーは屋根裏の寝室をもらう。そこにも、前の住人の家具が置かれていた。本棚には本がそのまま並べられており、ピンクの書物机の上には、ノートが開かれたままになっていた。母親が買い物に行っている間、ビリーは家に独りでいた。彼女は、リビングルームの電灯が揺れているのに気付く。ビリーは慌てて窓を確かめるが、窓は全て閉まっていた。
荷物を片付けた後、ビリーと母親は、海岸に出て泳ぐ。ふたりが岸に上がると、そこには赤いショーツの、ビリーくらいの年齢の黒い髪の少年が座っていた。ビリーが家に戻ると、客間の机の埃の上に、小さな子供の手の型がついていた。ビリーは母親に見せるが、母親はその手形がビリーの悪戯であると思って取り合わない。
本の好きなビリーは、港にある図書館の常連になりつつあった。ある日、ビリーが図書館へいくと、彼女が頼んでおいた本が届いていた。その本には輪ゴムで、ビリーの名前の住所を書いた髪が挟んであった。ビリーの後ろに立っていた老女が、ビリーの住所を見て、ビリーに何かを言おうとする。図書館員は、慌ててその老女に、
「エラ、馬鹿なことを吹きこまないで。」
と言って老女を制する。
ビリーは級友のシモーナを新しい家に呼ぶことにする。ビリーは自分の家での不可解な出来事について、シモーナに話す。シモーナもビリーの話に興味を持つ。ビリーとシモーナは港の「アイスクリーム船」にアイスを買いに行く。ふたりはそこで、ビリーが海岸で出会った、赤いショーツの黒い髪の少年に再び会う。少年はふたりに話しかける。彼はトルコ人で、両親はレストランをやっており、自分は港に係留されたボートに住んでいるという。彼はふたりを自分の船に案内する。その後三人はスーパーマーケットで、母親に頼まれた買い物を済ませる。そのスーパーマーケットで、ビリーは図書館であったエラと名乗る老婆に会う。エラは、
「大切なことで話したいことがあるから、自分の家に来なさい。」
と言って、自分の住所をビリーに告げる。
その夜シモーナはビリーの家に泊まる。夜中に、ビリーは誰かが窓ガラスを叩いている音で眼が覚める。ビリーの部屋は二階なのだ。彼女はシモーナを起こす。ノックの音は止む。ふたりはトイレに行くために階下に下りる。そして、客間のテーブルの上に漫画の本が開けられ、「出て行け」と書かれているのを発見する。ビリーは母親を起こす、母親は、それをまたビリーの悪戯であると思って怒る。
アラディンがビリーの家を訪れる。そのとき母親は留守であった。
「お化けの出る家を、一度見たいと思ってさ。」
とアラディンは言うが、彼は幽霊や化け物の存在は信じていないという。ベランダにいるアラディンにジュースをあげるために家に入ったビリーは、電灯が風もないのに揺れているのを見つける。ビリーは大声でアラディンを呼ぶが、彼が来たときには、電灯は何事もないように静止していた。母親が買い物から帰る。ヨゼフという男性と一緒であった。母親はヨゼフを友人と紹介する。ヨゼフは警察官であった。その夜、ビリーが、ヨゼフ、母、アラディンと四人で夕食を取っているとき、母親が、
「ビリーはこの家にお化けがいると言っているのよ。」
と言う。ヨゼフの、
「もう、そんな歳でもないのに。」
という言葉に腹を立てたビリーは、
「お母さんこそ、お父さんが死んでまだいくらも経たないのに、こんな変な警察官を引っ張り込んで、恥ずかしくないの。」
と叫び部屋を出る。アラディンがビリーを宥める。ビリーは、自分は家に「お化けがいる」と言っているわけではなく「奇妙な出来事が起こる」と言っているだけだと言う。アラディンはその「奇妙な出来事」を解明するのに協力することを約束する。
翌朝、ビリーと母親な和解し、ビリーはアラディンと老婆エラ・ベングトソンの家に向かう。エラは、ビリーの住む家は昔学校であり、そこに「ガラスの子供たち」という障害のある児童が通っていた。不幸な事故でその学校は閉められ、その後は普通の住宅になった。エラは五十年来、その家の掃除を請け負っていたが、その家に住む家族には必ず不幸が起こり、二年と続けて家に住み続けた家族はいないということであった。エラはビリーに早く別の場所に引っ越すように薦める。
ビリーとアラディンは別のアプローチをすることにする。ビリーはまず、不動産の契約書から、以前に住んでいた家族の苗字を知る。そして、そのスチュエングルドという名前を村の学校のアルバムとの中に捜したのだ。果たして、同じ苗字のヴィルマという女の子が、二年前まで在学していたことが分かる。ビリーとアラディンは学校に向かう。休み中にも関わらず、ひとりの男性教師が日直で学校にいた。ふたりはそのヴィルマ・スチュエングルドという女の子の名前を伝える。男性教師はその名前を聞いて狼狽を浮かべ、ふたりの話すことはないので帰るように言う。帰り際、学校のトイレに入ったビリーは、さきほどの男性教師が、誰かと話しているのを聞く。
「ヴィルマは、可愛そうなことをした。家にお化けが出るとノイローゼ状態になっているときに、海で溺れるのだから。しかも、誰かに引き寄せられたと言っていた。彼女の家族が慌てて町から出て行ったのも当然だ・・・」
母親は、近所の人に、事情を確かめるという。そして、もし、本当に前の住人が一年前に出て行ったのなら、ビリーに家に対するこれ以上の詮索をやめることを約束させる。
ビリーは夜、家の中が騒がしいので目が覚める。母親の頭痛がひどくなったため、ヨゼフが救急車を呼んだのだった。母親は入院する。ビリーは家にまつわる不幸が、自分の家族にも起こり始めたと感じる。母は脳膜炎であったが、幸い発見が早かったので、一週間ほどで退院できるという。母親が入院している間、ヨゼフがビリーの家に住み彼女の面倒を見る。
ビリー、シモーナ、アラディンの三人は、クリスティアンスタッドの図書館へ行き、ビリーの家にまつわる過去の記事を調べようとする。シモーナが「スウェーデンの呪われた家」という本の中に、ビリーの家が述べられているのを見つける。その家はかつて「太陽の当たる場所」という名前で「ガラスの子供たち」と呼ばれる、極めて脆い、折れ易い骨を持った子供たちの施設として一九二〇年に立てられ、一九二二年まで施設として使用された。しかし、その後施設は閉鎖され、その後、その家は呪われた場所として知られるようになる。その家に住む人々は奇妙な経験をすると述べられていた。また、ビリーとアラディンは、古い新聞記事を発見する。その中で、家が一九四〇年に火事に遭い、若い夫婦と幼い子供が巻き込まれた。子供は奇跡的に無傷で助けられるが、母親は死亡、父親は火傷を負ったという。
翌日、再びクリスティアンスタッドの図書館を訪れたビリーとシモーナは、司書の男性から、町の子供たちの救済施設についての展覧会が博物館で行われているので、もし、昔の施設、「太陽の当たる場所」について知りたければ、そこへ行ってはどうかと薦められる。ふたりは博物館へ行き、昔の施設について調査をしたという、アマンダという若い女性から話を聞く。
ビリーの家は一九二〇年に建てられ、二年間、子供のための施設として使われた。「ガラスの子供」と呼ばれる、骨がガラスのように脆くなる病気で、骨折し易い子供たちを収容する施設だったという。その看護婦のひとりマイケンが、子供たちを海岸で遊ばせているとき、突然高い波が襲い、ふたりの子供が波に飲まれて死亡する。そのとき担当していた看護婦は、リビングルームの電灯に縄を掛けて、首吊り自殺をする。その事故がきっかけで、施設は閉鎖され、民間に競売させる。ところが、その後入った家族に不幸が訪れる。台所で火事が発生し、台所にいた妻は焼死、父親も火傷負ったが、幼い息子だけは奇跡的に無傷で助け出されてという。その後、家は修復され、数人の人々の手に渡ったが、その人たちは、不可解な不幸が訪れ、長く住んだ家族はいないという。
ビリーとアラディンは不動産を紹介した男、マーティンを訪れる。彼が語ったことと、現実との違いを指摘されると、マーティンは不機嫌になり、ふたりを追い返す。ビリーは、最初に家を借りた人物に話を聞けないかと考える。火事に遭った父親はもうこの世にいないとしても、その息子ならば事情を知っているかもしれない。そう思ったビリーはヨゼフに、その人物の調査を頼む。数日後、ヨゼフはその父親が、高齢ながらまだ生きていることを見つけ、電話番号を教える。ビリーはその老人に電話をする。その老人の話により、これまでの謎が一挙に解けていくのを感じる・・・
<感想など>
主人公はビリーという十二歳の少女。彼女が、友人のアラディンとシモーナの強力を得て、自分が新しく住むようになった家に起こる、奇妙な現象の謎を解いていく。おそらく、主人公と同じくらいの読者層を想定して書かれたものであろう。平易な文章で、読み易かった。こんな本ならあっと言う間に読める。と言うことは、私のドイツ語の読解力は、十二歳程度ということになる。
推理作家が、少年少女向きの小説を書くことは結構多い。ヘニング・マンケルは、アフリカのモザンビークに住む十一歳の少女を主人公にした小説を書いている。英国人のマグダレン・ナブも「黄昏時の幽霊」という若い人向けの小説の中に、少女とその家にまつわる奇妙な現象を描いている。
クリスティーナ・オルソンは、犯罪小説として、ストックホルム警察のベテラン刑事、アレックス・レヒトと、犯罪心理学者フレドリカ・ベルイマンを主人公としたシリーズを発表している。人間の心理を、微細に描いていて、興味深い本である。彼女の描く犯罪小説の特徴が、この本に現れているかと言うと、否である。はっきり行って、オールソンの犯罪小説と少年少女向きの本を読んで、それらが同じ作者によるものであると言い当てられる人は少ないと思う。それほど、ふたつはきれいに書き分けられている。
天井から下がっている電灯が風もないのに揺れる、夜中に二階の窓を叩く音が聞こえる、埃の積もった机の上に小さな手形が残されている、自分の本を本棚に入れたら翌日それだけが出されている、テーブルの上に漫画の本が開かれ「出て行け」と書かれている・・・そんな怪奇現象をビリーは、父が亡くなった後、母親と新しく住み始めた家で経験する。街の人々は、その家を「呪われた家」だと噂している。母親に言っても信じないし、取り合ってくれない。
ビリーは友人のトルコ人の少年アラディンと、クラスメートのシモーナと一緒に、調査を開始する。基本的にアラディンは「幽霊なんてこの世に存在しない」と割り切った考え方をする男の子であり、「調査」はアラディンの考えた、かなり「合理的」な方法で行われる。彼らが次々の考えですアイデアが面白い。
読んでいて不自然に思ったのは、他のことにはビリーに理解のある母親が、家に関してはビリーの言うことを全然聞こうとしない点だ。しかし、この小説では母親は「ビリーの言うことを信じない大人」を演じるために存在しているのであり、その設定や行動が多少不自然でも、多少ステレオタイプでも、仕方がないことなのである。少年少女向きの小説では「白黒をはっきりさせる」必要があると思われるからだ。
オールソンの犯罪小説を読んでいると、登場人物の「心の襞」、「揺れ動く心」が実に詳細に書かれている。まさにその部分を私は気に入っているのだが。この作品で、作者の別の面を見ることができた。しかし、書き分けられるということは、それだけの才能持っているということだろう。
最後の余韻を残した終わり方もよかった。
(2016年1月)