ホエール・ウォッチング
ボートはクジラに二十メートルくらいの距離まで肉迫する。
翌朝、午前六時に起きて、十五分後には車でモーテルを出る。集合時間が六時四十五分なのだ。クジラを見た後、モーテルに一度戻るつもり。
「午前中は、前の海にイルカが沢山来るから、クジラの後でイルカも見にきたら。」
とEさんが前夜言ってくれた。ホエール・ウォッチングの会社は、鉄道の駅舎の中にある。昨日、夕方になって初めて、この線路を走る貨物列車を見た。
チェックインを済ませ、クジラの生態と、クジラの進化の過程を説明したヴィデオを見る。「朝一」の船に乗る人々がだんだん集まって来る。この船、乗客の半分が中国人である。七時十五分、バスで半島の反対側にある波止場へ。そこには六隻の同じ形のホエール・ウォッチング専用ボートが並んでいた。僕らはその一隻に乗り込む。
船が動いている間は、船室の中で席に着いていなくてはいけない。乗組員の若い女性から、色々と安全についての説明がある。
「では、只今より、安全のためにシートベルトをお締めください。」
と彼女は言った。慌ててシートベルトを捜す。
「見つかんないよ。」
とあちこちから声が飛ぶ。
「今のは、皆さまがどれだけ英語を理解しておられるかのテストでした。」
とお姉さんは涼しい顔で言った。笑い声が広がる。しかし、乗客の半分の中国人は、全然反応を示さない。
「大丈夫なんやろか、この人たち。」
お姉さんの説明によると、カイコウラ湾には、一年中クジラが見られるとのこと。クジラは頭が四角い「Sperm Whale」、つまりマッコウクジラである。
沖に出た後、乗客は船室からデッキへ移る。高さ二メートルくらいの「うねり」があり、ボートは上下に大きく揺れている。船長が、聴診器みたいなものを水につけて、クジラの声を聴き、そのいる方角を知ろうとしている。僕は、
「もし、クジラを全然見られなかったらどうしよう。」
と弱気なことを考え始めた。何せ自然を相手にしているのであるから。もし運悪くクジラが、
「今日は僕たちお休みだもん。」
と言って出て来なくても、誰にも文句を言っていくところがない。
その時、二百メートルほど前方に、噴水のように水が吹き上がるのが見えた。
「クジラだ!」
船長は船を全速力でその方向へ走らせる。二メートルのうねりの中を、小さなボートが、全速力で走るのである。揺れる揺れる。皆デッキの手すりにしがみついている。ふと船室の中を見ると、デッキで騒いでいる欧米人とは対照的、中国人の乗客が、グタッとした感じで椅子に座っている。
「何しに来はったんやろ、この人たちは。」
豪快な潮吹き。これで居場所が分かる。