サンドフライ
マオリの聖なる場所、リワカ・リサージェンス。確かに神秘的な水の色だ。
僕がSさんとKさんに連れられて、昼間のパーティーに行ったときのことだ。そこに同じく招待されていた、四人の女の子のお母さんに、僕は最初から見覚えがあった。
「この人、確かどこかで見たぞ。」
僕は、そのことを最初錯覚だと思った。と言うのも、ニュージーランドに来てまだ十日前後しか経っていない僕が、その土地の住人と知り合う機会はまずなかったからである。しかし、その女性と話して、僕が錯覚を起こしていたのではないことが分かった。彼女は、前日レストランで夕食を取ったとき、生演奏をしていたバンドの、アイリッシュ・フィドル、つまりバイオリン弾きだった。先日のマリンバを弾く学校の先生然り、この辺りでは、人間関係が「濃い」というか、色々な形で人々が結びついている。
このパーティーに顔を出す前、Sさんが僕を、「リワカ・リサージェンス」へ連れて行ってくれた。「リサージェンス」とは、「水が再び現れる場所」とでもいうべきか。ゴールデン・ベイへ行く途中に鍾乳洞があったが、その中を流れている水が、一時地中に潜り、この場所に再び湧き出している。水は非常に冷たくてあくまで透明。川底は日が当たると神秘的な色になる。ここは、マオリの戦士が、戦争に際して身を清めた神聖な場所とのことだ。
この辺り、非常に沢山のシダが生えている。Sさんによると、キーウィと並んで、シダもニュージーランドの国のシンボルとのこと。
「ほら、きみの着ている服にも。」
とSさんが指をさす。僕はそのとき、ニュージーランドのラグビー・ナショナルチーム、「オールブラックス」のシャツを着ていた。そこに刺繍してあるエンブレム、不勉強な僕は羽根だと思っていたのだが、実はシダだったのだ。
パーティーは川の傍の家の、大きなクルミの木の下であった。人々と話しているうちに、僕が、腕や顔が痒くなってきた。「サンドフライ」だ。サンドフライは、非常に小さな虫、「ブヨ」とでも呼ぶのだろうか。似たものが、スコットランドにもいた。刺されると結構痒い。水の傍に多いとか、夕方になると活発に活動するとか、西海岸に多いとか、色々聞いたが、ニュージーランドではどこにでもいた。
「痒い、痒い。」
と僕が騒いでいるのに、同じくパーティーに参加している女性は、平気でノースリーブで肌を曝している。
「この人たちは『刺されない』体質なんだろうか。」
と僕はその時思った。しかし、彼らも、実は刺されていたのである。でも、そのうち、「刺されても気にならない」体質になるのだ。僕も、帰る頃には、差されても平気、全然痒みを感じなくなった。ただ、「虫刺され」にアレルギーのある人はちょっと可哀そう。カイコウラへ行く途中で乗せたドイツ人の青年の手足は、紫色に腫れ上がっていた。彼は言った。
「シャイセ、サンドフライ!(糞サンドフライめ!)」
空は青いし、カラッとしているし、完璧な気候。これでサンドフライさえいなければ・・・