鯛の松皮造り

 

ようやく町に戻って来られてホッとする。テレーザ、クリストフ夫妻と。

 

三時半頃マユミが戻ってきた。近くに古代の遺跡があり、そこを見てきたという。「探索」の「収穫」はあったわけだ。四時にバスが来るという「噂」を信じて、四時十五分前、村の、僕達がバスを降りた場所に行ってみる。別のカップルの情報によると、

「反対側へ向かうバスがここを四時二十分ごろ通る。そのバスが海岸の町、レアまで行って折り返して来る。だから、おそらく四時四十五分ごろにバスは来るだろう。」

とのこと。一応タクシー乗り場も村の広場にあるのだが、過去二時間に渡り、一台のタクシーも姿を見せない。

先ほど修道院で出合ったドイツ人のカップル、クリストフとテレーザと四人で道端に座り、話をしながら、何時来るとも知れないバスを待つ。

「あっ、タクシー!」

僕が叫ぶ。僕はタクシーに手を振った。停まってくれる。僕達四人はそれに乗り込み、十二分十八秒後には、ミコノスタウンのバス乗り場に居た。オールドポートをバックに、クリストフとテレーザと記念写真を撮り、彼等と別れる。

午後五時過ぎにペンションに戻る。今日からは道路に面した台所のあるスタジオ。(寝室と居間と台所の全てがひとつの部屋)早速、飯を炊き、クロダイの料理にかかる。結構大きな魚なのだが、三枚に下ろすと、刺身に使える部分はほんの僅か。もちろん、腕の良い料理人ならば、もう少しは刺身にする部分が増えるだろうが。これで皮を引いたら、もっと少なくなってしまう。

「そうや、『松皮造り』や。」

一計を案じた僕は、昔、本で読んだことのある方法を試してみた。皮の側にさっと熱湯をかけるのだ。すると皮がチリチリと縮み、身がそちらの方に反る。それをさっと水で冷やし、切って刺身に盛り付ける。熱で縮んだ皮が、松の木の皮のように見えるので「松皮造り」。食べてみると、皮の部分に少しコリコリと歯応えがあって、結構美味しかった。本当に新鮮な刺身は久しぶり。涙が出る、グスン。

夕食後、浜に出てみる。黄昏時の砂浜も良いもの。波も風も穏やかで、気分まで穏やかになる。マユミが隣の食料品店で「デザート」のアイスクリームを買う。何度か行くうちに、その店のお姉さん(と言ってももう学校に通う男の子がいる歳なのだが)と仲良くなり、親しげに話している。

ペンションに戻り、テラスに行くと、クリスティーナと「パパ」と「ママ」がアイルランドから来たという夫婦と話していた。クリスティーナには英国に住んでいる妹がいて、その夫婦は妹さんの友人だという。僕達も一緒のテーブルに座り、話の輪の中に入る。今日はアイルランド人がいるので、珍しく英語。クリスティーナにはティーンエージャーの娘がふたりいて、ひとりはアテネに住んでいることがわかった。そんな話になると、「ママ」がふたりの孫の写真を持ってきた。「ママ」は僕達の話す英語を分かっているのだ。

 

真ん中が鯛の「松皮造り」、野菜と魚でヘルシーな夕食。

 

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