「マオリの歌」

原題:Das Lied der Maori

ザラ・ラーク

Sarah Lark (ドイツ、1958−)

 

  

 

<はじめに>

 

十九世紀のニュージーランドを舞台にした話というと、何と言っても、ホリー・ハンター主演の映画「ピアノレッスン」を思い浮かべる。理解のない夫に苦しむ妻という設定で、この物語と映画は共通点がある。エレーンとクラという裕福な家庭で育った二人の若い女性が、結婚に失敗することにより、徐々に独立心に芽生え、強い女性へと成長していく姿が描かれている。

 

<ストーリー>

 

一八九三年、ニュージーランド。ゴールドラッシュに沸くクイーンズタウン。祖母に代わってホテルのフロントで働いているエレーン・オキーフェの前に、宿を求めるひとりの若い男が現れる。その男、ウィリアム・マーティンは、一攫千金を求めて町にやってくる男たちとはどこか違っていた。エレーンはアイルランド出身というウィリアムに一目惚れをする。また、ウィリアムも彼女を気に入る。
 ウィリアムは金を探そうとするが、上手くいかない。彼はアイルランドでは裕福な貴族の出身であったが、父親と対立して、ニュージーランドに流れ着いたのであった。別の場所で職を探そうとするウィリアムを、エレーンの両親は夕食に招待する。倉庫、雑貨店を経営するエレーンの父は、ウィリアムに自分の会社で働くことを薦め、ウィリアムもそれを承諾する。

エレーンの大伯母グイネイラは、クイーンズタウンから離れた場所で、キワード・ステーションという名の農場を経営していた。グイネイラには、マオリ族の血を引く、クラ・マロティニという十五歳になる孫娘がいた。彼らは、クラをしばらくクイーンズタウンのエレーンの両親の家に滞在させることにする。

クイーンズタウンに到着したクラを見たウィリアムは、彼女のエキゾチックなクラに魅せられてしまう。ある夜、パーティーの後、ウィリアムとクラが庭で抱き合っているところを、クラの祖母のヘレンに見つかってしまう。ヘレンはウィリアムの振舞いに激怒して、即刻家から出て行くように命令する。またクラにもすぐにキワード・ステーションに戻るように言う。

ウィリアムが出て行ってから、エレーンは落ち込む。明るく屈託のなかった性格に、翳りが見られるようになる。ウィリアムはクラを追って、彼女の住むキワード・ステーションの近くに住みつく。教会の礼拝でふたりは再会する。間もなく彼等は結婚する。

ライオネル・ステーションという農場を経営するジョン・サイデブロッソムと息子のトーマスがクイーンズタウンのヘレンのホテルに滞在する。エレーンが彼等の応対をする。息子のトーマスはエレーンを気に入る。彼はエレーンに求婚し、エレーンもそれに応じ、ふたりは結婚する。

しかし、結婚した後のクラとエレーンは共に幸せではなかった。クラは間もなく妊娠する。クラにはヨーロッパに行って、歌の勉強をしてオペラ歌手になりたいという夢があった。その夢が破れ、農場で子育てをしなくてはならなくなった我が身をクラは嘆く。クラには女の子が生まれる。しかし、クラは自分の子に興味を示さず、また妊娠することを怖れて、夫との関係を拒否する。夫のウィリアムは、クラを愛しながらも、家庭教師のヘザーに欲求のはけ口を求める。クラはそれを知り、家を出て行方不明となる。

エレーンも独占欲と嫉妬心の強い夫にまもなく嫌悪を感じ始める。彼女は、夫の家を出て、両親の家に逃げ帰ることを画策するが、それを知った夫のトーマスは、エレーンを監禁状態にする。トーマスの妹に子供が産まれるどさくさに紛れて、エレーンは厩から馬を引きずり出し、逃げようとする。しかし、トーマスはそれを知っていて、エレーンを止めようとする。エレーンは持っていた拳銃で夫を撃ち、逃げ出す。

エレーンはグレイモスという炭鉱の町にたどり着く。そこで、マダム・クラリスの経営するバーで、ピアノを弾くことにより、生計を立てることになる。レイニー・キーファーと名乗り、若くて美しい彼女に、街の何人かの男達が興味を持つ。しかし、エレーンはそれらの男に一切興味と関心を示さない。

家庭教師のヘザーと寝ているところを姑のグイネイラに見つかったウィリアムは、キワード・ステーションを叩き出される。彼は、当時新しく出回り始めたミシンのセールスマンになり、各地を回ることになる。

ティモシーは、グレイモスで炭鉱を経営するマーヴィン・ランベルトの息子である。彼は英国の大学で鉱山学を勉強し、ヨーロッパの幾つかの鉱山を視察した後、故郷のグレイモスに戻り、父親の鉱山を手伝い始める。ティモシーは、父親に新しい技術の導入を提案するが、保守的で計算高い父はそれを認めない。

ある日、ティモシーは馬に乗ってグレイモスの街に向かう途中、同じように馬に乗った若い女性に会う。その女性に興味を持ったティモシーは、彼女がパブのピアニストであることを知る。ティモシーは彼女の魅力に惹かれ、求婚するが、エレーンは、

「自分は男性を好きになれない立場にいる。」

とだけ答える。

 家を飛び出したクラだが、食い詰めてグレイモスの街にたどり着く。そして、偶然、エレーンのパブの向かい側にある店で、歌手として雇われる。ふたりは再会する。エレーンは、自分を捨てて一緒になったウィリアムとあっさり別れてしまったクラをなじる。ミシンのセールスマンとして各地を巡るウィリアムもグレイモスにやって来る。こうして、エレーン、クラ、ウィリアムが、全く違う立場で再び顔を合わせることになる。

 ティモシーがある日馬を走らせていると、足元で爆発音がする。炭鉱で何かが起こったことを知った彼は、炭鉱の中へと急行する。しかし、彼も爆発の犠牲となり生き埋めになる。大勢の人間が亡くなった中で、ティモシーは身体中を骨折しながらも助けだされ、一命を取り止める。エレーンは毎日ティモシーを訪れ、献身的に看病をする。

 厳しいリハビリに挫けそうになるティモシーに、

「結婚式にワルツを踊ってくれるのなら結婚してもいい。」

とエレーンは言う。ティモシーはその言葉から勇気を得る。エレーンはこれまでの経緯、夫を撃って逃亡中であることをティモシーに話す。

 エレーンは自分が撃った夫のトーマス・サイデブロッソムが死亡したと、自分は殺人犯であると信じていた。しかし、ウィリアムから、トーマスが命を取り止めたていたことを知る。彼女は、徐々に快復してきたティモシーと婚約をする。

 ウィリアムはクラの歌と彼女の奏でるマオリの笛の音が売り物になることを見抜く。彼はクラのプロデューサーとなり、会場を借りてコンサートを開く。果たして、コンサートは盛況で、ウィリアムとクラは自信を深める。彼等は、もっと大きな町でコンサートを開き、それをステップにヨーロッパに出る計画を立てる。

 ティモシーとエレーンの婚約発表のパーティーが行われる。そこで、ティモシーの父マーヴィンが「昔からの親友」として、ひとりの男を引き合わせる。エレーンはその男性を見て驚く。それは、自分の撃った夫の父親、つまり舅のジョン・サイデブロッソムであった・・・

 

<感想など>

 

 作者のザラ・ラークであるが、同姓同名の英国ウェールズ出身の歌手がいるので、インターネットで検索しても、その歌手の項目ばかりが出てきてしまう。ドイツ人の作家である。一九五八年生まれというから、私と同じ年代。リカルダ・ヨルダンという名前で、歴史小説を発表していたが、ニュージーランドを舞台にした小説を書き始める際、ザラ・ラークというペンネームを使い出した。若い頃、旅行の添乗員をやっていて、ニュージーランドに魅せられ、そこを舞台にした小説を書き出したということだ。二〇一二年末現在、六冊が出版されている。

 まだ行ったことはないが、ニュージーランドは自然の美しい土地らしい。ニュージーランドを舞台にした作品と言えば、何と言っても、ホリー・ハンター主演の映画、「ピアノレッスン」が頭に浮かぶ。スコットランドから、まだ会ったこともない夫に嫁ぐためにニュージーランドにやって来たアダ。彼女は言葉が話せない。海岸に残されたピアノを彼女が弾くシーンは、見る人の心を捉えて離さない。「ロード・オブ・ザ・リングス」の映画でも、高い山々をバックにした雄大な景色が映し出されるが、あの映画もニュージーランドでロケされたものだった。

 この作品、ふたりの若い女性の成長する様子を描いている。エレーンもクラも裕福な家で育った、いわば世間知らずのわがまま娘、箱入り娘である。物語の始まるとき、まだ彼女達は十代の後半。彼女達の前に現れた美貌の青年、ウィリアム・マーティンをふたりは取り合うが、ウィリアムはエキゾチックな魅力を持つクラと結婚する。失意のエレーンは、目の前に現れた裕福な男性、トーマス・サイデブロッソムと結婚する。しかし、ふたりの結婚は、直ぐに破局を迎える。ふたりは家を飛び出し、自分で食べていかねばならない境遇になる。そんな中で、ふたりが「大人の女性」へと成長する姿を、作者は暖かい目で見守りつつ描き出している。

 長い物語、八百ページに渡る。家を飛び出したエレーン、クラともに、苦界に身を落とすこともなく、ピアニスト、歌手としての職にありつく。そして、物語のエレーン、クラ、ウィリアムが「偶然」グレイモスで顔を合わせる。ちょっとご都合主義な話の展開である。しかし、これは娯楽小説なのであるから、多少のご都合主義には目をつぶるべきだと思う。

 十九世紀末のニュージーランドというヨーロッパ人には余り馴染みのない世界を、よく調査して、詳細に渡って描いていると思う。それには敬意を表する。しかし、もう少し「何故舞台がニュージーランドでなくてはいけないのか」を伝える、ニュージーランドの美しさを伝える描写が欲しい。

 

201212月)

 

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