男の約束
今度彼に会うのは何時、そして、地球上の何処だろうか。
僕は、ゲンシくんの赴任地のいくつかに、彼を訪ねて行っている。ポーランド、ソロモン諸島、ヨルダン等。中でも印象深いのはソロモン諸島を訪問したときのこと。ロンドンから見るとちょうど地球の裏側まで彼を訪ねて行った。ロンドンからシンガポールまで十二時間。シンガポールからシドニーまで七時間。シドニーからブリスベーンまで二時間半。ブリスベーンからソロモン諸島の首都、ガダルカナル島のホニヤラまで四時間。考えても気の遠くなるような旅の末に、彼の顔を見たときは本当に嬉しかった。そして、そこは僕がこれまで訪れた地球上のどの場所よりも印象深い場所だった。あまりにも印象が強かったので、僕は末娘にも
「お前も是非行って来いよ。」
と勧めた。彼女は本当にガダルカナル島まで行き、ジャングルの中の、電気も電話も水道もガスもない村で三週間過ごしていた。
彼がソロモン諸島に赴任すると聞いたとき、僕は、
「必ず行くから。」
と彼に約束した。「男の約束」。そして、その日から、計画を建て始めた。「男の約束」は必ず守る。それにこだわるのは、僕がまだ「巨人の星」の影響を受けているからなのだろうか。その後、彼がヨルダンに赴任すると聞いたときは、
「必ずヨルダンに寄るだん。」
と言って、実際にアンマンに彼を訪ねたもの。
またソロモン諸島に行ってみたい。しかし、今回は、
「また行けるといいけど。」
と希望的観測を言っただけで、「必ず行く」と彼に約束できなかった。前回は「暇はないけど金はある」という状態で何とか時間を遣り繰りして、ガダルカナル島まで行った。しかし今は「暇も金もない」状態。さすがに年齢も上がり、超長時間の飛行機の旅にも自信がない。ひょっとしたらまた、とは思うが。
ゲンシくんと別れて、千本の「近為」でロンドンの家族の土産に、漬物を買う。生母が「最後の夜」に作ってくれた夕食はちょっと緑色をした「タイ・カレー」だった。母のレパートリーに広さには脱帽する。
翌朝、五時にMKシャトルの出迎えを受け、関空に向かう。関空に着いたのは七時。今や日本を離れる際の「儀式」となっている「きつねうどん」で日本での食事を締めくくる。
関空からの飛行機はまず韓国のインチョンに向かう。飛行機の中で僕は考えた。日本語は常に変わり続けており、僕のようにたまにしか日本に帰らない人間にはそれがよく分かる、と。僕には、いくつかの日本語の言葉、言い回しが「変」に感じた。しかし、それが、皆に使われているうちに「当然」になり、それを繰り返しながら、言葉は変化しているのだ。イタリア語だって、スペイン語だって、フランス語だって、元々はラテン語だったのだ。各地で使われているうちに、「変」が「当然」になることを繰り返し、今のような別々の言葉になったのだろう。
そんなことを考えているうちに、インチョン空港に到着した。ロンドン行の飛行機の出発まで、三時間待たねばならない。ピアノでも弾いて過ごそうと思いながら、僕は飛行機を降りた。
全く人影のない京都御所。ちょっと異次元な空間である。
<了>