良い日旅立ち
岡山から伯備線の特急、松江、出雲市行の「やくも」に乗る。小泉八雲から取られた名前。
今では想像できないが、昔は、飛行機の中で、皆同じ映画を見ていた。一九七〇年代にジャンボジェットが登場してからも、しばらくは、機内での映画は、前方のスクリーンに映し出されていた。当然、万人が見て、ある程度面白いと感じる映画が上映されたわけだ。子供も乗っているので、ラブシーンやベッドシーンのある映画も上演できないし。日本発着便の定番が、渥美清主演の「男はつらいよ」、つまり「寅さん」シリーズだった。ドイツや英国から日本へ帰る飛行機の中で、何度、「寅さん」を見たことだろう。
確か、「寅さん」シリーズの最終作だと思うが、岡山県高梁市でロケがされていた。しっとりとした、純日本風の街並が印象的だった。その風景を見て、一度行ってみたいと思った。それが、今回備中高梁を訪れることにした一番の理由である。
理由はまだ二つある。数年前に、日本百名城という本を買った。そのとき高梁市にある、「備中松山城」が載っていた。日本に、江戸時代から現存する天守閣を持った城は全部で十二しかない。姫路城、彦根城、犬山城、松本城とか。備中松山城もその天守閣が現存する城のひとつであった。
更に、もうひとつの理由は「ジャパン・レール・パス」である。僕は、英国で七日間有効のJR乗り放題切符を買ってきていた。とにかく、七日間、JRならどの線を、どれだけ乗ろうが自由なのだ。僕はその切符を前週の金曜日、京都から東京へ行く際に使い始め、金沢、京都と移動するのに使った。有効日があと一日残っている。「使わねば損」ということで、京都から日帰りで行ける場所として選ばれたのが、備中高梁だった。
朝八時半に京都を新幹線で出発し、十時前に岡山に着く。そこから伯備線の特急「やくも」出雲市行に乗る。およそ四十分で、備中高梁に着いた。新幹線の、アナウンスの際の音楽は、まだ「良い日旅立ち」だった。
「あ〜あ〜、日本のどこかに、私を待っている人がいる。」
もう四十年近く前の歌だ。
「何時まで使ことんねん、ええ加減に変え〜や。」
僕はつぶやく。岡山からの特急「やくも」は、倉敷から山間部に入る。「振り子電車」の威力を発揮し、カーブの連続を、車体を傾けることにより、余り減速せずに通り抜けていく。ほとんど立っていられないくらい揺れる。
備中高梁に到着。山に囲まれた静かな街。まずは、備中松山城へ向かうことにする。城は、街から少し離れた山の頂上にあることは知っていた。観光案内所で、お姉さんに尋ねる。
「お城まで歩いて行ったら、どのくらい掛かりますか?」
「一時間半くらいですかね。」
とお姉さんはサラッと言う。他の交通手段を訪ねると、レンタサイクルか乗合タクシーだと言う。三時発の列車に乗らねばならず、滞在時間が四時間に制限されている僕は、乗合タクシーを使うことにした。
備中高梁は、山に囲まれた古い街。数多くの映画の舞台になり、ロケ地巡礼のツアーもある。