バイキングの謎
朝食もいわゆるひとつの「バイキング」。僕にはどうもひっかかる言葉。
落語を聴いた後は頭が落語になっている。落語で一番短い小咄としてよく登場するのが、
「隣の家に囲いが出来たってねえ。」
「へ〜」
というやつ。これを我が家に当てはめると、
「お宅のお父さん『丸通』に勤めてはるんやて。」
「うんそうや」(運送屋!)
と言うところか。こんな馬鹿なことばかりが頭に浮かんでくる。
山代の湯は浸かると、肌がスベスベする。女子大生らしいお姉さんが隣の席で落語を聞いている。風呂上りの浴衣姿にスベスベした肌、見ていて心が和む。
夕食はいわゆる「バイキング」というやつである。英語の「ビュフェット」、「セルフサービス」、ドイツ語で言うと「ゼルプストベディーヌンク」を、一体何故日本では「バイキング」というようになったのか、何故ここにスカンジナビアに住むゲルマン民族の一派が登場するのか、これは僕にとって謎だ。謎だと思っていない人も日本には多いとは思うが。
夕食を終え、部屋に戻る。ふたりの「母」が話をしている。「母」同士がこんなに長い時間を過ごすのは初めてだと思う。ふたりの共通の話題といえば「僕」。話題が僕の方に来そうになると、何とか落語で覚えた茶々を入れて、それを食い止める。
眠る前に、屋上にある展望露天風呂に行く。チズコ叔母は、露天風呂は顔に冷たい風が当たって気持ちが良いと言っていた。確かにその通り。
温泉旅館の客というのは、大抵「爺と婆」ばかりなのだが、今日は結構若い人が泊まっている。サウナで一緒になった若いお兄ちゃんに聞くと大学生の「サークル」で来ているのだと言った。露天風呂に入ると、隣で学生さん同士が、来年の就職活動について意見の交換をしている。この不景気の折り、なかなか就職先を見つけるのは大変なようだ。
僕たちは部屋を二つ使えたので、大きい方に女性三人で寝ていただき、ぼくは狭いほうの部屋で(それでも八畳はあるが)一人で眠ることにする。部屋に内風呂があるのだが、温泉に来て内風呂に入る人なんているのだろうか。皆と一緒にお風呂に入るのが嫌いな人は、絶対に温泉なんかに来ないように思うのだが。
翌朝目を覚ますと七時。女性三人はまだお休みのよう。大浴場へ行く。七時というのに結構沢山の人が風呂に入りに来ている。その後部屋へ戻り、女性三人が朝風呂に出かけている間、また少しウトウトする。朝九時はロンドン時間の午前零時なので、いつも眠気の襲って来る時間。七時間眠った後でもまた眠くなる。
その後四人で朝食のために階下へ行く。早朝は細かい雨が降っていたが、雲が切れて青空が見え始めている。義父が迎えに来てくれるのは十時半の予定なので、まだ時間がある。その間に生母が抹茶を立ててくれた。何と母は茶碗、茶筅、その他茶道具一式と茶菓子までを持ってきていたのだ。しかし、これはなかなか良いアイデア。一段と雰囲気が和んだ。
朝食後部屋で抹茶を立てる生母。茶道具まで用意しているとは知らなかった。