王様と乞食
今回は、渡辺謙さんが主演とのことで、日本人の観客が全体の30%近くを占めていた。
二〇〇〇年の公演で、娘のスミレと「共演」したのは、先にも書いたように、家庭教師のアンナ役はエレーン・ペイジ、王様の役の最初はジェイソン・スコット・リーというアメリカ人の俳優だった。王様役は途中でポール・ナカウチという、これも日系の米国人俳優に変わった。
娘を送って行ったときなど、楽屋入りする俳優さんたちを時々見かけた。大女優のエレーン・ペイジは銀色のリムジンを楽屋の入り口に乗り付けていた。エレーン・ペイジは英国を代表する女優。英国の美空ひばり、ううん、ちょっとちがうかな、英国の大地真央というところか。二〇〇九年に、スーザン・ボイルという、メチャきれいな声だが、全然風采の上がらないおばさんが、「ブリテンズ・ゴット・タレント」というオーディション番組を勝ち抜き優勝するという「大事件」があった。スーザンは、その年の紅白歌合戦にもゲスト出演している。彼女が最初にオーディションの舞台に立った時、審査員のひとりが、
「あなたの目標は?」
と質問した。それに対してボイルは、
「エレーン・ペイジ」
と答えたのを僕は覚えている。会場は大爆笑。しかし、数分後、彼女が歌い出すと、会場は最初静寂に、その後、称賛の声と拍手に包まれた。ともかく、エレーン・ペイジは、スーザン・ボイルだけでなく、誰もがアイドルとして頂く、英国ミュージカル界の大御所なのである。しかし、娘のスミレから言わせると、「お高く止まっている、愛想の無いおばさん」とのことだった。
ある日の夕方、娘を劇場まで送り、楽屋へ入る彼女を見送っていると、後ろから、よれよれのTシャツに短パン、サンダルを履いたお兄さんがやってきた。娘が、
「ハロー、ポール!」
と挨拶をしたので、その人が、王様役のポール・ナカウチさんであること知った。Tシャツに、ショーツ、つっかけ、それが「王様の素顔」だったのである。
「王様と言うより乞食やんか。」
僕はて笑ってしまった。
娘は結局半年くらいしか舞台に立たなかった。彼女は当時十歳であったので、子供が一年間で働ける時間が限られていたからである。基本的に子役は、二グループ用意されており、一日交替で舞台に立つ。そして、半年間でまた別のグループと入れ替わるのである。上演が遅い時間でもあるし、労働基準法もあるので、子役を準備するのも大変なのである。
舞台が始まる。最初、バンコクに入港する船からアンナとルイスが降り立つ。シャムの王様から家庭教師の職をオファーされ、シャムに到着したアンナを、総理大臣のクララホルムが迎えるシーン。アンナ役のケリー・オハラさんが歌い始める。透明感のあるソプラノ。素晴らしい。さすがに主演女優賞をもらった方である。
冒頭のバンコクの港のシーン。ケリー・オハラさんの、歌声に最初から圧倒される。