「ストーカー」
原題:Stalker
ドイツ語題:Ich Jage Dich (私はおまえを追い詰める)
(2014年)
<はじめに>
ケプレルの小説に登場する犯罪者は、どれも、周到で、残忍で、執拗である。今回の小説に登場する犯罪者は、この三つの条件を見事に兼ね備えている。宿敵のユレック・ヴァルターから逃れるために、自殺したことにしてフィンランドに身を隠していたヨーナ・リナは、ようやくヴァルターの死を知る。数年ぶりにスウェーデンに戻ったヨーナであるが、今回も難敵が待ち構えていた。
<ストーリー>
死体が見つかって初めて、ビデオの重要性が再認識された。それは、ユーチューブに投稿され、ストックホルム警察に送られてきたものだった。
ストックホルム警察の凶悪犯罪課警視、マーゴット・シルヴァーマンは、署で送られてきたビデオを見ていた。彼女は三人目の子供を身籠り、大きなお腹をしている。ビデオは、死体で発見された、マリア・カールソンのものだった。部下の刑事アダム・ヨウセフから電話が入る。
新たなユーチューブの画像が数分前に警察に送られてきたという。マーゴットが急いでそのビデオを見る。若い女性が黒いレギンスとTシャツという格好で、テレビの前に立ち、アイスクリームを食べていた。彼女はポニーテールを崩し、レギンスとソックスを脱ぐ。運動の後らしく、Tシャツにはくっきりとブラジャーで覆われた部分を残して汗の染みがついていた。
マーゴットとアダムは画像から場所を特定できないかと考えるが、そこは、スウェーデンではどこにでもある集合住宅の一室であった。
スザナ・ケルンは三十歳の誕生日の後、一週間に三回、五キロジョギングをすることにしていた。家に戻ったスザナは、汗のついたトレーニングウェアを脱ぎ、ジョギングの後に許されたアイスクリームと食べ始める。その日は金曜日、ロンドンで働いている夫のビョルンが帰って来る予定であった。スザナが夫に電話をする、夫は今英国の空港にいると言う。スザナがシャワーを浴びるために廊下に出ると、外への扉が開いており、誰かがいる気配がする。シャワーを浴び終わり、着物を羽織ったスザナを、何者かが刃物で切り付ける。彼女は自分の額が何度も切り裂かれているのを感じながら息絶える。
精神科医で、催眠術の使い手でもある、エリク・マリア・バークは病院にいた。同僚のネリー・ブラントが、警察の訪問を告げる。それは、凶悪犯罪課のマーゴット・シルヴァーマンであった。マーゴットはエリックに、殺されたスザナの夫のビョルンに催眠術をかけ、証言を引き出して欲しいと依頼する。金曜日家に戻り妻の死体を発見し動転した夫は、死体をあちこち引っ張り回し、家具や床に付いた血を拭い、部屋を片付けた。その後、数キロ離れた場所で、血まみれの服を着て裸足であるいているところを警察に保護されたという。唯一の証人であるヴョルンだが、錯乱状態で、警察の質問を受けられる状態でなかった。それで、マーゴットはエリックに催眠術を使って証言を引き出すことを依頼しに来たのだった。
エリックは、最初は固辞する。しかし、最後にはマーゴットの頼みを聞き入れ、ビョルン・ケルンを訪れる。しかし、ビョルンはまだ錯乱状態で、処置が出来る状態ではなかった。エリックは彼に精神安定剤を与えて病室を去る。翌朝、エリックは少し落ち着いたビョルンに再度催眠術を試みるが、犯人や動機の特定につながるような証言は得られなかった。エリックはマーゴットに余り成果がなかったこと告げる。
エリックはレッスンのためにピアノ教師の家を訪れる。彼はピアノレッスンを息子のベンヤミンのために申し込んだのであるが、息子が行けなくなったため、自分がレッスンを受けてみようと思ったのだった。ピアノ教師の家には、マデレイネという名前の小さな女の子がいた。サングラスをかけた女性の教師、ジャッキーが入って来る。彼女は盲目であった。初心者のエリックであるが、ジャッキーはレッスンを引き受ける。エリクはジャッキーに好感を持つ。
マーゴットとアダムは、殺されたスザネのアパートを訪れる。夫ビョルンが部屋を掃除してしまったため、現場検証は困難を極めていた。しかし、台所の料理用の包丁が、凶器であることは明らかだった。検視官は、ふたりを死体へと案内する。ふたりはその死体を見て息を呑む。殺された女性の顔は跡形が残らないほど、切り刻まれていた。ふたりはスザネの家を調べる。カレンダーには予定が書きこまれていた。その中で、マーゴットは定期的に書かれた「H」という文字に注目する。スザネが定期的に会っていた人物のイニシャルではないかと想像する。
エリックの部屋に、同僚のネリー・ブラントが入って来る。エリックは、今回の殺人のパターンが八年前におこった殺人事件に似ていることを考えていた。ロッキー・キルクロンドという牧師が、レベッカ・ハンソンという女性を殺した事件に状況が酷似しているのだった。レベッカも、今回殺されたふたりの女性のように、顔を切り刻まれていた。エリックは当時、精神鑑定のためにロッキーと何度か面接していた。ロッキー自身は、麻薬中毒と交通事故の後遺症のため、正常の裁判を受けられる状態でないと診断され、精神病院への送致となった。その報告書を書いたのがエリックだった。本来なら、まだ精神病院にいるはずである。エリックは、ロッキーの共犯者、あるいは模倣者が活動し始めたのではないかと考える。そして、病院にいるロッキーを訪ねてみようと思い立つ。
ヨーナ・リナは自分と娘が、ユレック・ヴァルターの手から逃れるために、自殺を装って身を隠していた。同僚たちさえも、彼が死んだものと思っていた。しかし、同僚のザガ・バウアーからユレック・ヴァルターの死体が発見されたという知らせを受けたヨーナは、潜伏先のフィンランドからスウェーデンに戻る。
検死医のオーレンが外を見ていると、一見浮浪者のような男が、病院の玄関に佇んでいた。オーレンは、それがヨーナであることに気付く。オーレンは、自殺したと思われていたヨーナが再び現れたことに驚きながらも、快く昔の同僚を迎え入れる。ヨーナはオーレンに、
「ユレック・ヴァルターが死んだことは間違いないか。」
と念を押す、オーレンは、切り取られた指の指紋が百パーセント、ヴァルターのもとと一致するので間違いないと言い切る。
そこへ、マーゴットが入って来る。マーゴットはヨーナの「死」で空席になった、凶悪犯罪課の責任者に就任していた。ヨーナの能力を熟知しているマーゴットは、ヨーナを警察に復帰し、この事件の捜査に参加するように頼む。ふたりは検死室に横たわっている、ふたりの女性犠牲者の遺体を見る。その凄惨な死体を見て、ヨーナは捜査に協力することを決意する。
ヨーナは、最初に殺されたマリア・カールソンの舌にピアスのための穴の開いていることを見つける。しかし、ピアス自体は、マリアの家では見つからなかった。次にヨーナは送られてきたビデオを見る。マリアが口を開けて舌を出しているシーンがあった。ヨーナはコマ送りをする。口の部分を拡大する。舌にはピアスが光っていた。そして拡大すると、そのピアスは球に輪のついた「土星」の形をしていた。現場検証の結果、ピアスは見つかっていない。と言うことは、ピアスは犯人によって持ち去られたことを意味していた。
ヨーナはマーゴットに、かつての職場に案内される。かつての同僚や上司は、死んだと思われていたヨーナとの再会を喜ぶ。しかし、若いアダム・ユーセフだけは、突然現れイニシアティブをとり始めたヨーナを快く思っていなかった。
マーゴットとヨーナは、マリアとフェースブックを通じた友人で、彼女と頻繁にメッセージをやりとりしていたヨガ教師の、リンダ・ベルイマンを訪れる。マリアとの親しい関係を最初は否定していたリンダだが、最後に、マリアに誘われて「サタナリアン」というグループセックスの会に参加していたことを明かす。土星の形のピアスは、参加者の女性に配られたものだという。マリアはその会のメンバー、フィリプ・クロンステッドの目に留まり、会を抜けて個人的に付き合おうと迫られていたとリンダは語る。マーゴットはクロンステッドの所在を調べる。その男は、麻薬の打ちすぎで病院に運ばれ、集中治療室にいた。
エリックは、ジャッキーと数回に渡りレッスンを受ける。何回かのレッスンの後、ジャッキーは一緒にワインを飲まないかとエリックを誘う。ジャッキーは、ソファで眠ってしまった、娘のマデレイネを寝室まで連れていってくれとエリックに頼む。エリックがマデレイネの部屋の灯りをつけると、壁には汚い言葉が書き連ねられていた。盲目の母親だけは、それを読むことができなかったのだ。エリックはその夜、ジャッキーの家に泊まり、彼女と寝る。翌朝、エリックはマデレイネに寝室の落書きのことは誰にも言わないと約束し、一緒に壁を塗ろうと誘う。
三人目の犠牲者が母親によって発見される。その八十分前に、警察にユーチューブのリンクが送られてきていた。その女性は、ピカソの展覧会のポスターを背にして写っており、インシュリンと思われる注射を自ら打っていた。
マーゴットもかつてロッキー・キルクルンドの殺人事件との共通点に気付き始める。そして、ロッキーが交通事故現場で発見され、警察に逮捕されたときに、ロッキーと話をした医師がエリック・マリア・バークであることを知る。マーゴットは再びエリックを訪れる。エリックは、催眠術の結果、キルクルンドは犯人ではなく、彼のアリバイを証明する人間もいることをマーゴットに告げる。エリックを捜査班に入れることに、アダムがまたまた反対する。
「ヨーナ・リナに加えて催眠術師まで・・・」
とアダムは揶揄する。それを聞いたエリックはヨーナが戻り、ジブシーのキャンプに住んでいることを知る。彼は、かつて助け合った仲であるヨーナを、自分のアパートに引き取ることにする。
エリックは病院にロッキーを訪れる。交通事故に遭い、しかも恒常的な麻薬中毒であったロッキーは、記憶を殆ど失っていた。自分がかつての殺人事件の犯人かどうかも定かでないという。エリックは、ロッキーに催眠術をかけて、彼の意識下の記憶を掘り出そうとする。
ロッキーは催眠術にかかる。ロッキーは、自分は犯人ではない。黄色いパーカーを着た、「汚い説教師」が犯人であると主張し始める。ロッキーは「カウチゾーン」と呼ばれる麻薬クラブで、その説教師と出会ったという。過去を思い出すにつれ、ロッキーは自分に証人によるアリバイがあったことも思い出す。そして、
「おまえがそのアリバイを握りつぶした。」
と言ってエリックに殴りかかる。職員が現れるが、エリックは自分の足が痙攣していたのをロッキーが助けただけと言い繕いその場は納まる。
ロッキーは自分のアリバイを証明してくれるはずだった女性が、オリヴィア・トレビューであるという。エリックは、オリヴィア・トレビューに会ってみることにする。オリヴィアは小学校の教師をしている五十歳くらいの女性で、エリックは彼女に学校で会った。オリヴィアはかつて警察に嘘の証言をしたことを悔やんでいると言った。当時、彼女はロッキーとトルコにいたが、そこで息子が突然死をしたため、そのショックから、外部との接触を断ちたかったのだという。
エリックは再び、ロッキーを訪れ、ロッキーの無罪を裏付ける証人が現れたと告げる。そして、エリックは、ロッキーに、連続殺人事件を解決するための証人になってくれるように頼む。「汚い説教師」に実際出会っているのはロッキーだけであった。
警察に送られてきたビデオが分析され、着ているもの、部屋の状況等から、送られてきたビデオは殺された当日に撮られたものでないことが判明する。犯人は、長期間に渡って被害者を監視し、そのビデオを撮り、犯行の機会をうかがっていたのである。エリックはマーゴットとアダムと会って、証人が現れたことを告げる。アダムが口にした、「サンドラ・ルンドグレン」という名前を聞いて、エリックは愕然とする。彼女は、自分がかつて診た患者であった。エリックは残りのふたりの被害者の写真と名前を見る。彼のショックは増大する。マリア・カールソンとは性的関係を持ったことがあった。もう独りのスザナ・ケルンも名前は思い出せないが見覚えのある顔だった。彼は、今回の事件が自分を中心に広がっていることを知る。しかし、そのことをエリックはマーゴットには伝えなかった。
エリックがマーゴットと話している際、ネリーと、アダム、そして彼の妻のカタリーナも傍にいた。カタリーナは爪にマニュキュアをしており、エリックはそれを褒める。
家に戻ったエリックは、ヨーナにだけ、今回の事件には自分が関係していることを告げる。エリックが病院から逃亡したという知らせが入る。エリックはロッキーが、「汚い説教師」と「カウゾーン」というクラブで出会ったことを思い出す。ヨーナは、その場所を探し出し、人気のない倉庫街にあるその場所に向かい潜入する。そこは、麻薬中毒者のクラブであった。多くの男女が、麻薬を打ってソファに横たわっていた。そしてロッキーもそこにいた。ヨーナはカーテンの向こうに、「黄色いレインジャケット」を着た人物がいるのに気付く。本能的にそれが「汚い説教師」と察知したヨーナはその人物を捕らえようとする。しかし、その人物は逃げる。ヨーナは威嚇射撃を試みるが、弾が切れて逃がしてしまう。ヨーナが辺りを見回すと、エリックも消えていた。
四人目の犠牲者を告げるユーチューブのビデオが警察に届く。それは、アダムの妻、カタリーナであった。アダムは急いで家に向かう。他の警察官が自宅にいるカタリーナに電話をし、直ぐに家から出るようにいう。しかし、カタリーナは黄色いカッパを着た人物が既に玄関にいるという。警察官はカタリーナに物置か浴室に隠れるように指示する。私服の警察官が到着し、カタリーナを保護しようとする。しかし、そこへ駆けつけたアダムが警察官を犯人と勘違いして、発砲してしまう。その混乱の中で、地下室に逃げ込んでいたカタリーナは何者かによって殺される。
アダムは、自分の家の前にいたエリックを見つけて彼の後を追う。アダムはエリックこそが「汚い説教師」であり、連続殺人犯であることを確信していた。アダムは、警察犬やヘリコプターも動員した、捜査網を展開しようとする。
自分が追われていることを知ったエリックは、ヨーナに電話をする。ヨーナは携帯電話を捨て、身を隠すようにエリックに指示する。ヨーナは、自分が本当の「汚い説教師」を見つけるまで、エリックが逃げられるよう、色々な方法を指示する。
<感想など>
章や段落が読み易いようによく考えて構成してあり、スラスラと読める。物語もよく考えて作られている。現在、誰もが利用し、利用できる「ユーチューブ」が使われているのも斬新である。まず犯行宣言とも言えるビデオが警察に送られてくるというのも新しい。結論から言うと、犯罪小説としては、一級品であり、ほぼ完璧に近い物であると考えられる。ケプレルの最初の一冊としてこの本を読んだならば、この本でケプレルの虜になったかも知れない。
しかし、ケプレルの本を読むのもこれで五冊目。かなり感動が薄らいできたことも確かである。まず、登場する連続殺人犯人の執拗さ、残忍さ、狡猾さに少々嫌悪感を覚え始めたことも大きい。ケプレルの小説に登場する、ユレック・ヴァルター等、連続殺人事件の犯人は、犯罪アーチスト、いや犯罪建築家とも言える人間で、実にち密な計画を組み、長期間に渡り(時には十年を超えるスパンで)犯罪を実行していく。一言だと「モンスター」、もう少し犯人側にも、人間的な逡巡が欲しい気がする。
前作で、ヨーナと同僚のアナ・バウアーは、ユレック・ヴァルターをギリギリのところまで追い詰め、一度は射殺したと考えるが、結局死体は見つからなかった。ヨーナは妻を彼に殺されている。自分と、特に残された娘をヴァルターから守るため、自殺したことにして、実はフィンランドに潜んでいたという設定になっている。ヴァルターの死を確認し、ストックホルムに戻って来たことから話が始まる。しかし、フラッと帰ってきたばかりのヨーナが捜査班にあっさりと加えられ、銃まで与えられるのはかなり不自然。その間の手続きなどが一切省略され、一時間後にはもう捜査班の一員になっているというは・・・まあ、小説だから許しましょうということになる。
精神科医のエリックが容疑者として警察に手配される。ヨーナは彼の無実を信じていて、「汚い説教師」こそが真犯人であると考えている。彼は警察の同僚を裏切り、エリックを助けながら、しかも独りで真犯人を探さなければいけない。これは非常に困難な仕事である。そして、彼は、その遂行のために、自分の命を投げ出すような行動を取る。マーゴットにして、
「私にはあなたの真似はできない。」
と言わしめるのは正にこんな部分なのだろう。
催眠術の威力は凄い。第一作に引き続き、精神科医で催眠術の名手であるエリック・マリア・バークは、記憶を喪失した男の、記憶を蘇らせてしまう。本当にできるのなら、素晴らしいと思う。ケプレルの小説は、文章的には読み易いが、内容がおどろおどろしくてかなり疲れる。さすがに五冊目を読んで、その疲れが溜まってきた感じがする。
(2018年9月)