「炎の証人」
原題:Eldvittnet(炎の証人)
ドイツ語題:Flammenkinder(炎の子供たち)
2011年
<はじめに>
実際は夫婦の作家である「ラーシュ・ケプレル」の第三作。第一作が結構衝撃的な内容であったので、読み始めた。果たして、期待は裏切られなかった。
<ストーリー>
スウェーデン、スンドヴァル。問題行動を持ったティーンエージャーの少女たちが収容されている施設「ブリギッタ」で、看護師のエリザベト・グリムは当直をしていた。夜間彼女の他に職員はいない。夕食後、患者のひとり、ミランダが、他の少女に暴力を振るう。エリザベトはミランダを鍵の掛かる部屋に隔離し、職員の部屋に戻った。そして、仮眠を取ろうと試みた。皆が寝静まった真夜中、エリザベトはリビングルームで物音を聞く。エリザベトがリビングルームに向かうが、人の気配がする。その人物と対峙した彼女は、硬いもので頭を殴られ気を失う。
患者のひとりニナは夜中にトイレに起きる。トイレに行く途中、廊下を歩いていると、足元にニチャリとまとわりつくものがある。それは、隔離室から流れ出している夥しい血であった。ニナはエリザベトを呼ぶが、エリザベトはいない。ニナは一番年長のカロリーネを起こし、カロリーネは施設の担当医であるダニエル・グリンに電話をする。ダニエルはエリザベトの夫で、その夜は家にいた。
スンドヴァル警察の緊急電話のオペレーター、ヤスミンはダニエル・グリムからの電話を受け取る。ダニエルは直ぐに警察を自分と妻の働く施設「ブリギッタ」に送るように依頼する。それを受けて、ふたりの警官が施設に駆けつける。警官は、血の流れだしている部屋を開ける。そこは鍵の掛かる部屋だが、鍵は穴に差し込まれていた。そこにはミランダという少女が頭を割られて血まみれになって死んでいた。
ヨーナ・リナはストックホルムから四百五十キロ北へいったスヴェクの街のホテルにいた。彼は以前に起こした事件で停職処分中である。彼は十二年前から行方の分からない妻と娘の消息を知る女性、ロサ・ベリマンがスヴェクの町にいることを探し出した。彼はロサのいる、養護老人ホームを訪れる。しかし、ヨーナの期待は裏切られる。ロサは認知症になり、過去の記憶を失っていた。彼は、もしロサが過去に記憶を取り戻すようなことがあれば直ぐに連絡してくれるように看護師に頼み、老人ホームを去る。彼は、妻と娘との唯一の接点を失ったことに大きな失望を覚える。
ヨーナが病院から出ると、ストックホルム警視庁犯罪課のトップである、カルロス・エリアソンが電話を架けてくる。スンドヴァルで殺人事件が起きたので、そちらへ行って欲しいという。自分は停職中で、しかも休暇中であるというヨーナに、カルロスはとにかく「オブザーバー」として現地の警察を助けて欲しいという。ヨーナはしぶしぶそれを承諾し、スンドヴァルに向かう。
ヨーナは施設「ブリギッタ」に着く。そこでは地元警察の警視グナソンが指揮を執っていた。グナソンはストックホルムから来たヨーナに露骨に敵対心を示す。ヨーナはあくまで「オブザーバー」としてここへ来たことをグナソンに説明する。グナソンは、被害者の少女、ミランダが硬い物で殴られて血まみれでベッドに倒れていたこと、また何人かの少女が騒ぎに紛れて施設を抜け出したことをグナソンは伝える。ヨーナは現場を見る。ヨーナのこれまでの捜査官としての実績を知っている検視官は、ヨーナに協力的であった。ミランダは、両手で顔を覆うようにして死んでいた。間もなく、施設の責任者であるダニエル・グリムが到着する。ヨーナは彼と一緒に施設に住んでいる少女たちに会う。
逃げ出していた少女も連れ戻され、グナソンは少女たちに質問を始める。しかし、彼女たちの証言は要領を得ない。彼女たちの話を総合すると、夕食後、ヴィッキーとミランダが喧嘩を始めた。看護師のエリザベトがミランダを鍵の掛かる部屋に隔離した。その後、夜中にトイレに起きたニナが隔離室の廊下に血が流れだしているのに気づいて騒ぎになったという。そしいて一番、年上のカロリーネが、ダニエルに電話をし、ダニエルが警察に通報したということであった。第一発見者のニナはショック状態で、救急車で病院に運ばれていた。
収容されている少女のひとり、ヴィッキー・ベネットが居ないことが分かる。警官たちとヨーナは、ヴィッキーの部屋に入る。窓が開いており、窓枠には血で作られた手形があった。ヴィッキーは窓から逃げ出したようである。ヨーナが布団をめくると、そこには血の付いたハンマーがあった。ヴィッキーが犯人である可能性について、セラピストのダニエルは否定する。ヴィッキーはこれまで暴力を振るうようなことはなかったし、小柄で華奢な彼女には、ハンマーを使って頭を割るような力はないという。カロリーネは、ヴィッキーがこれまで、何度が夜施設を抜け出していたこと言う。
看護師のエリザベトの行方を尋ねられたグリムは、ニナに付き添って病院へ行っていると思うと言った。しかし、それは彼の誤解であった。ニナは独りで病院に運ばれていたのだった。その後、庭の物置小屋の中で、同じように鈍器で頭を殴られた、エリザベトの死体が発見される。ダニエルはそれを見てショックで倒れ、病院に運ばれる。
女性牧師のピア・アブラハムソンは、五歳の息子ダンテを後部座席に乗せて、車でストックホルムに向かっていた。彼女は小便がしたくなり、車を道の脇に停める。彼女が用を足している間に、一人の少女が彼女の赤いトヨタに乗り込み、車を発車させる。ピアは間もなくやって来た、大型トラックを停めて、運転手に助けを求める。ピアは叫ぶ。
「息子が誘拐された!」
それを聞いた、運転手が警察に通報し、ピアの車が向かった方角にパトカーが急行し、非常線が張られる。幸い、車が盗まれた場所から非常線の張られた場所の間に脇道はない。しかし、非常線で待つ警官の前に、盗まれた赤いトヨタは現れない。そのうちにピアを乗せたトラックが到着する。ヘリコプターも動員され、空からも捜査が行われるが、車は見つからない。車は忽然と消えてしまったのであった。
ピアの証言により、車を奪って逃げた少女は、ヴィッキーに間違いないことがわかった。ブリギッタに住んでいた少女たちは一時的にホテルに移される。ヨーナはホテルに少女たちを訪れ、その中のひとり、ツーラから、ヴィッキーも、
「デニスの所へ行く。」
と言って、施設を抜け出していたことを知る。担当の女性検事、スザンネ・エストもホテルに着く。ヨーナは、彼女に周辺に住む「デニス」という名前の男を調べることにする。ヨーナは近くに四人のデニスという名前を持つ男性が住むことを調べ、彼らを訪問する。しかし、ひとりがアフガニスタンからの難民を不法に匿っていたことが分かっただけで、ヴィッキーとの関係を示すものは何も見つからなかった。
フローラ・ハンセンはエヴァとハンス・グナーの家の掃除をしていた。両親を亡くした彼女は、エヴァたちの家庭に引き取られ、そこで育つ。見習い看護師の資格を取って一時は家を出たフローラだが、職を失い、家事一切をやるという条件で、再びエヴァたちの家に戻っていた。ハンス・グナーは何かにつけ、フローラのやることに難癖をつけ、彼女に平手打ちを食らわしていた。夕方、フローラはエワたちの金庫から金を抜き取り、職業訓練所に通うという名目で街に向かう。
フローラは街の骨董店の地下の一室を、定期的に借りていた。そこで彼女は「魂と出会う夕べ」を催していた。人を集め、そこで死者の霊を呼び出し、死者と対話するというものであった。しかし、彼女は死者と対話することなど出来なかった。看護師時代に知り合った占い師の女性が始めた集会を手伝っているうちに覚えたことを、占い師が入院した後も引き継いでいるだけであった。その日は人の集まりが悪く、余り金が集まらなかった。集会の後、フローラは、地元の新聞記者のインタビューを受ける。そこで彼女は、自分には小さい自分から霊媒師としての能力が備わっていたと嘘をつく。
ヨーナは施設の少女たちが収容されているホテルに向かい、また少女たちと話す。ひとりの少女ツーラは、ヴィッキーは暴力を振るったことがないという。また年長のカロリーネは、ヴィッキーがしばしば携帯で母親と話していたが、最近に母親に電話がつながらないと言っていたと話す。ホームレスである母親は、数週間前に路上で死亡していたのだが、それはまだヴィッキーに知らされていなかったのだった。
ダニエルは殺されているショックで、病院に収容されていた。ヴィッキーが犯人だと信じるグナソンは、ヴィッキーの主治医であるダニエルから事情を聴こうと思い、病院を訪れる。しかし、尋問中にダニエルが精神的に不安定になり、医者が割って入り、尋問は何ももたらさないままに終わる、
ヨーナは、エリザベトとミランダの遺体が収容されている病院を訪れる。検死を行った医師のオーレンは、エリザベトはハンマーで殺されたが、ミランダは石で叩き殺されていることをヨーナに告げる。ミランダは両手で顔を覆うような姿勢で死んでいた。オーレンは、少女がふたりを殴り殺したという可能性を一笑に付す。ヨーナは、何故ミランダが手で顔を覆うようにして死んでいたか、また、何故ミランダが石で殺され、エリザベトがハンマーで殺さられたのか、そこが鍵になると考える。グナソンは、ヴィッキーがふたつの殺人と、幼児の誘拐事件の犯人と断定し捜査を進める。グナソンは、ヨーナが捜査に関与するのを嫌がり、捜査資料の提供を拒否する。
フローラはラジオで、施設に住む少女が殺された事件について知る。彼女は警察に電話をする。
「自分は霊媒師で、死んだ人間からのメッセージを受け取ることができる。殺された少女からのメッセージを受け取り、凶器の場所を知っている。もし、警察が金を払うなら、それを教えてもよい。」
フローラの言うことに、警察は取り合わない。ピア・アブラハムソンは狂ったように、息子が行方不明になった辺りを捜し回る。
ヴィッキーについての情報が極端に少ないため、ヨーナはプロファイラーのナタン・ポロックを訪れる。ヨーナは犯行現場の様子を詳細にナタンに話し、犯人像の解析を依頼する。ポロックは、十五歳の少女が犯人である可能性を否定する。そして、おそらく過去の出来事が影響を与えているので、関係者の過去を洗うことをヨーナに提案する。
ストックホルムに戻ったヨーナは、秘書のアニヤにヴィッキーが過去に住んだことのある場所を調べさせる。母親がホームレスであったため、ヴィッキーは小さい時から複数の里親の家や施設で暮らしてきた。ヨーナは、ヴィッキーの最初の里親のジャック・フランクとエリン・フランクを訪問することにする。
ヴィッキーが五歳の時に里親になったフランク家だが、ジャックとエリンは離婚し、家にはエリンだけが住んでいた。エリンは実業界で成功し、スウェーデンで最も裕福な女性のひとりに数えられるようになっていた。ヨーナに対して、エリンは特に何も話さなかった。しかし、彼女にはヴィッキーを見捨てたという後悔があった。ヴィッキーの行いに手を焼いたエレンは、ヴィッキーを施設に戻すように福祉事務所に依頼する。施設を抜け出して、
「良い子になるからお願い、ここに置いて。」
とドアを叩いて懇願するヴィッキーに対して、エレンはドアを開けなかったのだった。それをエリンは今で悔いていた。
ヨーナは一番最近にヴィッキーの里親として登録されている女性を訪れる。彼女は、ヴィッキーを引き取ろうと思った時、その前の里親から警告があったため、実際にヴィッキーが彼女の家に住むことはなかったという。ヨーナがそのひとつ前の里親を訪れる。そこには母親と息子が住んでいた。息子には顔を犬に噛まれたような傷跡があり、母親の片目は潰れていた。彼女は、ヴィッキーが割れた瓶で二人を殴ったという。
「どうしたら、突然あれほど凶暴になれるのか。」
と母親は言う。しかし、何故か彼女はその事件を、警察にも、福祉事務所にも届けてはいなかった。
施設の少女たちは、ホテルから漁村にある古い家に移される。ヴィッキーが乗って逃げた車が、川の中に沈んでいるのが発見される。ヨーナは駆けつけて、自ら川に潜り、車の中を確かめる。しかし、車の窓は割れていて、中に死体はなかった。ヨーナは潜水夫と警察犬の出動を要請する。グナソンもその場に現れる。車が沈んでいた場所の下流に洗堰があり、そこには網が張ってあった。ヨーナは警察犬に場所を捜させ、その場所に中心に潜水夫に捜索させることにする。潜水夫は、網には死体は引っかかっていないという。しかし、彼は血の付いたハンドバックを発見する。
「ヴィッキーは逃亡中に車を信号にぶつけて窓ガラスを破損。その後運転を誤り川に転落。ヴィッキーもダンテも死亡した。」
ということで、警察の捜査は打ち切られる。ヨーナはそれに納得しない。彼は病院に収容されているダニエル・グリムに面会を求めるが、前回グナソンの面会で懲りた医師はそれを拒否する。
フローラは買い物から戻る。彼女は家の電灯を点けようとするが、スイッチを入れても暗いままである。暗闇の中で誰かが動いた気配がする。フローラはそれを追って浴室にいく。浴槽の中に、両手で顔を覆って頭から血を流した少女が倒れていた。そして、頭の近くには血の付いた大きな石が落ちていた。電灯が点く。少女の姿は消える。フローラは幻想を見ていたのだった。彼女は警察にもう一度電話をする。そして、凶器は石であり、血の付いた石を探すように言う。しかし、フローラの前回の電話を受けていた係官は、
「これ以上警察に不必要な電話をする場合は法的に訴える。」
と言って電話を切る。
エリン・フランクは、テレビのニュースで、ヴィッキーが殺人犯であり、逃亡中に川に転落、誘拐した少年と一緒に溺死したというニュースを聞く。彼女も、ヴィッキーは犯人でないことを確信する。
ヨーナは、川の中で発見されたヴィッキーのハンドバックを調べた鑑識官に電話をする。その後、ブリギッタの少女を世話している女性、ソルベイグに電話をする。彼女の電話を少女のひとりカロリーネが取る。ヨーナはヴィッキーが服用していた抗精神剤についてカロリーネに尋ねる。カロリーネはヴィッキーがツィプレクサという薬を飲んでおり、これを最初に服用したときは、凶暴な気分に襲われるという。ヨーナは、ヴィッキーが時として凶暴さを発揮したのは、薬の副作用ではないかと考える。
スンドヴァルとストックホルムの中間にあるガソリンスタンドで働く、アリ・メーティレネンは、ヴィッキーとダンテが、土曜日の夕方に車で溺死したというニュースをラジオで聞く。彼は警察に電話をし、日曜日にふたりをガソリンスタンドで見た、その様子を監視カメラが捕らえていると伝える。彼は発見直後にそのことを警察伝え、翌日グナソンがガソリンスタンドを訪れていた。しかし、グナソンは監視カメラに映っていた画像に興味を示さなかった。ハリは、少女と男の子の死亡のニュースを聞いて、再び警察に電話したということであった。ヨーナがガソリンスタンドに駆けつける。監視カメラのヴィデオはまだ消されていなかった。それによると、長い間停車していた大型トラックが動いた後、不鮮明ではあるが、少女と小さな男がカメラに写っていた。ヨーナはそのことを理由に、行方不明のふたりの捜査の継続を上司に求めるが、監視カメラの画像からの人物の完全な特定は不可能で、捜査を打ち切るという検察官の決定は覆されなかった。
ヴィッキーが殺人犯と特定され、死亡したと認定されたことを知ったエリンはヨーナに電話をする。そしてヨーナを警察署に訪れる。エリンは、捜査の費用は自分が出すので、捜査を続けてくれることをヨーナに依頼する。自分もヴィッキーの生存と彼女が殺人犯でないことを信じているヨーナは、エリンにひとつの提案をする。事件に対して、一番重要な情報を握っているダニエル・グリムを警察は尋問できない。しかし、友人としては話ができるはず。ヨーナはダニエルを病院に訪れ、彼と会って話すことをエリンに依頼する。
エリンはダニエルの病院を訪れる。彼女は、自分がかつてヴィッキーの里親であったこと、警察の見解や新聞の報道に反して、ヨーナと自分だけは、ヴィッキーが殺人犯であると思っていないことをダニエルに伝える。ダニエルも、ヴィッキーが殺人を犯すことは考えられないという。面会時間が終わってしまった後、ダニエルは病院を抜け出し、エリンの車で少女たちの移された家に向かう。少女たちはダニエルが戻って来たことを喜ぶ。ひとりの少女ツーラは事件のあった日、ヴィッキーと諍いを起こしていた。ツーラには他人の物を持ち出す癖があった。その日もヴィッキーのハンドバッグを勝手に持ち出していた。彼女はそれを後でヴィッキーに返していたが、ひとつだけ返し忘れていた物があった。それはキーホルダーで、そこには「デニス」と書かれていた。エリンはそのことをヨーナに伝える。
警察署に戻ったヨーナに、秘書のアニヤが、ヨーナに電話かけてきた女性との会話を録音したテープを聴かせる。電話の主は、フローラ・ハンセンという女性で、少女を殺害した凶器は石なので、血の付いた先の尖った石を探すように言っていた。ヨーナは、少女が石で殺されたことはマスコミに発表されておらず、知っているのは警察のごく一部の人間だけてあることを知っていた。ヨーナはフローラを訪れる。金を貰わないと話せないというフローラにヨーナは金を払う。ヨーナは霊との交流を持ち、そのときに殺された少女が、石で殺されたので石を探すように言ったと話す。ヨーナは「デニス」と書いたヴィッキーのキーホルダーをフローラに見せ、何を感じるかと尋ねる。フローラは強い怒りを感じると言う。しかし、それは嘘であった。ヨーナはその嘘を見抜きその場を立ち去る。
鑑識官は、ヴィッキーのハンドバッグの中にあった鍵が、地下鉄の運転席のものであることを発見する。ヨーナはストックホルムで、地下鉄の車両に、番号だけでなく人の名前が愛称として付けられていることを思い出す。彼は交通局に電話をし、「デニス」という名前の車両がないか尋ねる。果たして車両は存在し、現在は老朽化したため、車庫の中に保存されていた。ヨーナは車庫の職員に、車両「デニス」を見て来てくれるように頼む。職員は、デニスの中に人がいるのを見つける。ヨーナと武装した警官隊が車両に突入する。そこにはホームレスと思われる男と女がいた。男は女を追って来ただけであるという。逃げ出した女をヨーナが追いかけて捕まえる。女は、ヴィッキーの母であるスザンネに鍵を貰ってそこに住むようになったという。スザンネの死亡した後、彼女はスザンネの携帯を盗んでいた。そこには、ヴィッキーからのメッセージが入っていた。
「お母さん、大変なことになったの。助けて。もうこうなったらトビアスに連絡するしかない。」
ヴィッキーは数日前にそんなメッセージを入れていた。地下鉄の車両は、ヴィッキーの母の隠れ家であり、ヴィッキーが母親と会う場所だったのだ。
ヨーナはダニエルと一緒にいるエリンに電話をし、「トビアス」名乗る男に心当たりがないかを訪ねさせる。ダニエルはトビアスの名前を憶えていた。トビアスはヴィッキーの元ボーイフレンドであり、ダニエルはその男の住む場所も記憶していた。ヨーナはその住所に向かう。そこは、外交官の娘の住むアパートであった。外交官特権のため、警察は権力を行使できない。ヨーナがベルを鳴らすと、一癖ありそうな若い男がドアを開ける。男はヴィッキーを昔そこに泊めたことがあるが、最近は会っていないという。しかし、ニュースでは死亡したと発表されているヴィッキーのことを、生きていると確信しているように話すトビアスに対して、ヨーナは不審を感じる・・・
<感想など>
正直、この作家の作品は読み易い。前回も書いたが「コクがあるのにキレがある」。短い文、短い章、読んでいて飽きが来ない前に章が終わり、次に展開するという、絶妙の構成である。しかし、読み易いだけだはなく、ストイーリー、物語の展開がよく練られている。今回も、最後の展開はちょっと予測できなかった。
フローラ・ハンセンという四十歳くらいの女性が登場する。彼女は失業して里親の下に戻り、そこで里親からのいじめや暴力に耐えながら家政婦として働いている。彼女は「魂と出会う夕べ」、「交霊会」を主宰し、自分は恐山のイタコのように死んだ人間と交流できると雑誌記者に語る。しかし、これは嘘っぱちで、フローラはこれまで幽霊など見たことがない。その会を始めた友人が入院したので、小遣い稼ぎにやっているインチキなのである。しかし、ある日を持って、彼女は「嘘から出た実」か、殺された少女のメッセージを受け取るようになる。彼女はそのメッセージを何回も警察に伝えようとするが、最後は狂人扱いにされてしまう。しかし、ヨーナは彼女の言っていることの中に、警察のごく一部の人間しか知らない事実があるのに気づく。
途中、フローラに関しては、オカルトめいた方向へ話が展開していく。しかし、ヨーナもフローラを「霊媒師」として信じてはいないし、当然最後にはその展開に「科学的」な解釈がなされるのである。フローラの「交霊」にどのような裏があったのか、過去の出来事があったのか、これがこの物語を読み進んでいく上での最大の興味になる。
また、次の興味は、車を盗んで逃げた少女ヴィッキーと、その車の中にいた四歳の男の子ダンテがどこへ消えたかという点である。脇道のない一本道、何十キロも真っ直ぐな道路、その両側には警察が非常線を張っている。その間で、ヴィッキーとダンテの乗った赤いトヨタは忽然と消えてしまう。辺りの農家を警察が訪れ、ヘリコプターまで動員されるが、見つけることができない。数日後、信号機に車のぶつかった跡と、川の中に車が沈んでいるのが発見される。潜水夫により調査が行われるが、ふたりの遺体は発見されず、僅かにヴィッキーのハンドバックが、洗堰の金網に引っかかっていただけだった。この点について、著者はかなり引っ張り、後半になってようやくヴィッキーとダンテの行方が分かる。
見過ごしてしまうような些細なことだが、殺された少女ミランダが、死ぬときに両手で顔を覆っていたこと、それは何故かということも、最後に事件を解く要素として重要になってくる。
スウェーデンの小説には「透明感」がある。特に、この作家の作品にはその傾向が強い。「透明感」とは具体的にどのようなものか。それは、誰にでも受け入れ易い、理解しやすいということだ。私は今、イタリアのナポリを舞台にしたエレナ・フィランテという作家の小説を読んでいる。五十年前の貧困と暴力に満ちたナポリの貧民街、どのようなものか、まずイメージが湧かない。ヘニング・マンケルはアフリカを舞台にした小説も多数発表しているが、それを読むときも、舞台がどんな場所なのか、どんな風景を想像してよいのか、イメージを持つのに苦労した。この作家の作品にはその苦労がない。スウェーデンを舞台にしてはいるが、物語はヨーロッパやアメリカのどの場所でも成立するものである。また、土着に文化に密着した設定がないので、読者がその状況を容易に想像出来て、明確なイメージを持ちやすい。それを私は「透明感」と表現したいわけである。
この作家の作品は第一作を読み、この作品は第三作である。ヨーナが、必死で自分の妻と娘の行方を捜しているが、第二作でそれに関する展開があったのだと想像できる。その第二作も読んでみたいと思う。今年出会った作家の中でも、三本の指に入るものだと思う。
(2017年9月)