馬牧場スタッフ苦渋の決断

 

寒い夜にこのメニューには心が動く。暖かい部屋で飲む生ビールも美味しい。

 

「何食べよっかな。」

松本駅前のホテルに入り、風呂に入り、ベッドで毛布にくるまった僕は考えた。風邪をひいたらしく、水洟がしきりに出る。テレビでは懐かしい「刑事コロンボ」を日本語でやっている。小池朝雄さんの吹き替えがいい。松本に来たからには名物料理が食べたい。そして、街を歩いてみて、何が名物か知っていた。それは「馬刺し」、つまり馬の肉の刺身である。個人的には、食肉用に育てられた動物を食べることに抵抗はない。馬でも、犬でも、猫でも、センザンコウでも、僕は食べると思う。そもそも、牛、豚、羊、鳥類を食べているので、僕にとっては、他の動物もその延長線上なのだ。

しかし、僕はいやしくも「生きている馬は殺させない」をモットーにした、「セシール捨馬保護センター」のスタッフなのである。もしも、ジュリーとか、他のメンバーが、僕が馬を食べたことを知ったら、もう口を聞いてもらえないだろうな。

「どうしよっかな。」

もしも、この松本で馬の肉を食べても、それを英国にいる他のメンバーが知ることはまずないと思う。

「でも、『悪事千里を走る』と言うからな。」

万万が一の場合を考えて、僕は馬刺しには手を出さないことにした。

「信州は『やきとん』が美味しいよ。」

と昨夜、夕食のときに、食堂のお客さんの誰かが言っていたのを思い出した。「やきとり」ではなく「やきとん」、つまり豚肉の串焼き。

 七時過ぎにホテルを出た僕は、迷わず、百メートルほど離れた場所にある「やきとん」、「煮込み」と看板の出ている居酒屋に入った。夜になり、気温はグンと下っている。天気予報は、明朝の松本の最低気温をマイナス四度と伝えている。居酒屋では迷わず、「やきとんおまかせ五本セット」と「もつ煮込み」を注文。それと清酒「大雪渓」の熱燗も。どれも美味しかった。「やきとん」はバラ、シロ、レバー等が塩味で焼いてあり、結構あっさりしていた。煮込みと熱燗は僕を中から温め、寒い夜には最高の御馳走だった。 

 翌朝、僕は八時半発の名古屋行き特急「しなの」に乗る前に、もう一度松本城に行ってみた。天気は良い。気温は低いが、昨日と違って風がないので、それほど寒く感じない。光線の角度が昨日の午後とは異なり、また趣の違った写真が撮れた。何より、雪を頂いた山々が美しい。真ん中にピラミッドのように聳える白い山は「常念岳」というのだと、後で知った。格好の良い山である。

 名古屋行きの列車は、塩尻から中央線に入り、木曽川に沿って進む。最初は渓谷という感じだった木曽川の谷が、だんだんと広くなり、二時間ほどで名古屋に到着。名古屋の新幹線ホームで「きしめん」を食べる。食べていると、僕の乗る列車が入って来た。慌てて食べ終えて列車に飛び乗った。京都までは「ひかり」で一駅である。

 

左側の白いピラミッド型の山が常念岳だと、後で同窓会山岳部の隊長が教えてくれた。

 

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