「人に注意」

Vorsicht vor Leuten

ラルフ・フスマン

Ralf Husmann

(2010)

<はじめに>

 

意思も弱く、野心もなく、職場の同僚には嫌われ、最後の拠り所の妻にまで逃げられた「ダメ男」のロレンツ。自分と正反対の派手で野心的、でもちょっと胡散臭い実業家、シェーンレーベンと偶然出会うことで、人生が変わり始める。それが吉とでるか凶とでるか・・・

<ストーリー>

 

ロレンツ・ブラームカンプは、オストホーフェン市の都市計画課に勤める四十歳の地方公務員である。彼は、三ヶ月前に、同じく市役所で働く妻、カトリンに逃げられ、独り暮らしを余儀なくされている。彼は、それ以来、ビールをガブ飲みし、不健康な食事をし、カトリンを恨む詩を書いて暮らしている。冷蔵庫には彼の目標が貼ってある。

最終目標:「カトリンを取り戻す」

そしてその方法:「減量する」、「クビにならないようにする」、「嘘をつかない」

妻に逃げられてから、彼の体重は増える一方だが、彼には生活習慣を改めようという気もない。家の中は汚れ物で溢れ、ありとあらゆる嘘、言い訳を使っては、仕事を休んでいた。(祖母が死んだという理由で、彼は五回も特別休暇を取っていた。)彼自身、首切りがあるとすれば、その第一候補が自分であることを確信していた。

ある朝、遅刻を覚悟でノンビリと朝食を取っているロレンツに、上司のクライネルトから電話がある。クライネルトはロレンツにメールを見たかと聞く。市の自然保護区を再開発し、新しい「商業、レジャーコンプレックス・メガパーク」を作るという計画を立てている、シェーンレーベンという男と今朝一番に打ち合わせをすることになっていた。しかし、クライネルトを始め都市計画課の主要メンバーはインフルエンザで全員寝込んでいて、仕方なく、ロレンツに打ち合わせに行かせることに決定したらしい。

「見ましたよ、もちろん。今、地図でその場所を探しているところ。あ、ありました、あと五分で着きます。」

そう言って、ロレンツは電話を切る。

しかし、彼がシェーンレーベンの屋敷に着いたときには、それから三十分以上が経過していた。そこは、町でも有数の高級住宅街であった。ロレンツは、朝食を中断されたこと、またその界隈のポッシュな雰囲気に腹を立て、庭の花を踏みつぶす。しかし、全ては監視カメラに撮られていた。

シェーンレーベンは、その立ち振る舞い、服装、屋敷、家具、それら全てに「成金」の臭いのする男だった。シェーンレーベンは、ロレンツをジョギングに誘う。スポーツウェアを借りて走り出したロレンツだが、日ごろからの不摂生がたたり、大汗をかいてシェーンレーベンの屋敷に戻る。浴室でシャワーを浴びているロレンス、そこに、薄い着物をまとっただけの美女が顔を出す。彼女はテレザと名乗る。彼女はシェーンレーベンの妻であった。

シャワーを浴びて戻ると、そこにシェーンレーベンのビジネスパートナーであるという、髪の毛を並べたようにきちんと分け、ピンストライプの背広を着た男、クラーレンベルクがいた。ロレンツは彼らに何となく怪しさを感じる。

金持ちであり、美しい妻を持つシェーンレーベンに対して、嫉妬の鬼となったロレンツは、シェーンレーベンの計画を何とか頓挫させようとする。事務所に戻ったロレンツは、インターネットでシェーンレーベンの背景を調べる。その結果、シェーンレーベンが自分の出身校だと言っていた高校「ヘルマン・ヘッセ・ギムナジウム」が実際には存在しないことを突き止める。ロレンツはそのことを問い合わせるためにシェーンレーベンに電話をする。慌てて取り繕うとするシェーンレーベンにロレンツは怪しいものを感じ始める。ロレンツは自分が嘘つきであるだけに、他人の嘘にも敏感だったのだ。

シェーンレーベンが市長や、市役所のロレンツの上司を呼んで、イタリアレストランで食事会をするという。そこに何故かロレンツも招待される。ロレンツには問題があった。彼は最近太りすぎて、背広のズボンが合わなくなっているのだ。ロレンツは、妻が友人と住むアパートに行き、「緊急事態」ということで、ズボンを直してくれと頼む。カトリンは、ズボンのボタンを付け替える。カトリンはハーヨー・ズッブというフェンランド人の男性のアパートに仮住まいしていた。ハーヨーはゲイだという。ズボンを直してもらった後、ロレンツは、カトリンと言い争いになり、カトリンは、怒って家を飛び出す。

シェーンレーベンに招待された市のお偉方との夕食会の途中、ロレンツのズボンのボタンが飛んでしまい、ファスナーが閉まらなくなったロレンツは席を立つことができない。シェーンレーベンの妻、テレザがそれに気付き、ロレンツをトイレに連れて行き、安全ピンで応急処置をする。そのとき、ロレンツの上司、クライネルトがトイレに入ってくる。彼はズボンのファスナーを開けたロレンツの前に跪いているテレザを見て、完全に誤解してしまう。

市の再開発の鍵を握る男の妻と、ロレンツが「出来てしまって」いると誤解した市の首脳陣は、パニックになる。今回の再開発は、市にとっても、失敗したくない大きな事業であった。市の首脳陣は、ロレンツを「トロイの木馬」として、シェーンレーベン側に送り込もうと考える。その結果、それまで「ダメ職員」として扱われていたロレンツに対して、市の首脳陣は一目を置かざるを得なくなる。市役所の中で、急に重要人物として扱われ始めたロレンツを、カトリンは、不思議に思いながらも、彼を見直し始める。ロレンツは、カトリンを「仲直りのランチ」のために、職員食堂に誘い。そこで、ふたりは融和の兆しを感じ、手を握り合う。

気を良くしたロレンツは「病気」と称し、家に帰り、カトリンが常々苦情を言っていた風呂場を直そうとする。しかし、上手くいかない。取り付けキットは「マンハッタン」と言う名前であった。

「糞マンハッタン。」

彼は、腹を立ててビールを飲み始める。シャワーから水が噴き出す。水を吸わせるために敷いた古新聞の中に、ロレンツは「クラーレンベルクが破産をした」という記事を見つけた。

再開発地域の現地調査に、ロレンツは呼ばれる。彼は、そのメンバーにカトリンも指名する。あわよくば、仕事の後に、近くのインド料理で夕食を取り、その後ホテルに行こうという下心があった。その場所は、今は原っぱだが、ゴルフ場になる予定であった。シェーンレーベンには、ゴルフのボールとクラブを持ち出す。ロレンツは、ゴルフボールを顔面に受け、脳震盪を起こして気を失う。シェーンレーベンはロレンツを病院に送る。その道中、意識が混乱しているロレンツが話したことで、シェーンレーベンはロレンツが自分の秘密を握っている誤解する。

退院したロレンツは、顔中に、パスタサラダがへばりついているのに気付く。彼は、昨夜、パスタサラダを食べている間に、眠ってしまったのだ。彼は、カトリンに電話するが、彼女は、ハーヨーと、こともあろうに自分が誘おうと思っていたインドレストランにいた。しかも、彼女は離婚を口にし始める。上司のクライネルトからは、

「おまえなんてクビだ。」

という留守電が入っていた。

激昂したロレンツは、仕返しのために、再びシェーンレーベンの家へ向かう。そこで、シェーンレーベンの飼い犬を踏みつける、怒った犬と追いかけっこをしている間に、シェーンレーベンの書斎に入り込む。その日、シェーンレーベンの家には何人かの投資家が集まっていた。シェーンレーベンが書斎へ入り、投資家にわざと聞こえるように、米国人と電話で話をする振りを始める。シェーンレーベンはロレンツに気付く。ロレンツに弱みを握られたと感じた、シェーンレーベンは、ロレンツに、

「これからは、美味しいお菓子を、半分ずつしようや。」

と持ち出す。シェーンレーベンはロレンツに、米国人を装って電話をかけさせ、ロレンツはシェーンレーベンに、自分をクビにしないようにと上司のクライネルトに電話を架けさせる。

シェーンレーベンはロレンツに、自分のビジネスを手伝うため、翌日マヨルカへ行かないかと誘う。カトリンに離婚を切り出されたロレンツは、マヨルカへカトリンを連れて行くことを計画する。ロレンツは、シェーンレーベンの秘書に、妻の分の切符も用意させ、翌日、買い物帰りのカトリンを誘拐するようにタクシーに乗せ、マヨルカへ連れて行く。カトリンはこれまで優柔不断だったロレンツの行動力に驚きながらも飛行機に乗る。マヨルカに着いたふたりは、シェーンレーベンの別荘に着くが、シェーンレーベンはふたりに対してよそよそしい。彼は、ふたりを電灯の点かないゲストハウスに泊める。

翌朝、シェーンレーベンは、ロレンツを誘って車で外出する。そこで、ロレンツは、不動産取引の「さくら」を演じることになる。シェーンレーベンはマヨルカでドイツ人相手に不動産の仲介をやっているが、踏ん切りの付かない客の前で、ロレンツがその不動産の購入の競争相手を演じて、相手を焦らすことにより、高い値段で不動産を買わせてしまおうという計画だ。この計画はまんまと成功し、シェーンレーベンは成功報酬として、ロレンツに何千ユーロかの金を渡す。その金で、ロレンツはカトリンに、服を買ってやる。カトリンは、レンツが急に金回りがよくなったことに驚くが、悪い気はしない。その夜、シェーンレーベン、妻のテレザ、ロレンツとカトリンは、パーティーを始める。夜、酔ったロレンツとカトリンは、一緒に星を見つめ、ようやく融和の糸口を見つける。

翌日も、シェーンレーベンは、ロレンツに同じ役割を演じさせ、彼らの筋書きはまんまと成功する。気を良くして海辺を通りかかったシェーンレーベは、とロレンツにちょっと泳いでいこうと持ちかける。そこは岩場で、水泳禁止区域であった。冷たい海に入り、何とか岩に辿りついたふたりだが、シェーンレーベンは波に飲まれてしまう。ロレンツは、彼を見殺しにしようと思う。しかし、その様子を見て、警察に電話をしているオランダ人の女性がいた・・・

 

<ストーリー>

 

 かなり他愛もない喜劇である。素直に笑える。コメディアンの話芸のように、三十秒に一度は笑える場所が作ってある。それもそのはず、作者のフスマンは、一九八〇年代、漫才コンビを組んで、舞台に上がっていたのだ。その後、一九九〇年代、彼は喜劇作家に転向している。あまりにも、ドイツ語とドイツ文化に基づいたギャグが多いので、この作品が、外国語に翻訳されることは、絶対ないだろう。

嘘をつくのが癖のロレンツ。その嘘のせいで、イソップの「オオカミ少年」のように、大事なときに信じてもらえない。最初は、跪いて彼のズボンのファスナーを直しているテレザを、「オーラルセックス」していると勘違いしてしまった、上司、クライネルトの誤解から始まる。シェーンレーベンが自分の秘密をロレンツに握られていると感じたのも誤解、「思い違い」が「思い違い」を呼び、話が進んでいく。喜劇の極めて、古典的、典型的なパターンを踏襲している。

ロレンツは嘘つきである。しかし、自分が嘘つきであるがゆえに、他人の嘘が分かるのだ。もとは言えば、シェーンレーベンが出たという、「ヘルマン・ヘッセ・ギムナジウム」が実際存在しないことに、ロレンツが気付いたことから、彼とシェーンレーベンの奇妙な関係が始まる。

この物語、市役所で働く地方公務員を描くことにより、「公務員」を徹底的にカリカチュアライズしている。ありとあらゆる病名を見つけては病欠を取り、特別休暇を取るために自分の祖母を六回も殺してしまうロレンツは、公務員の労働意欲、モティベーションの低さのカリカチュアである。しかし、オストホーフェン市役所には、まだ上手がいて、ロレンツの隣には、日長窓の外にいる鳩を眺めて、その鳩に名前をつけている同僚もいる。市の首脳陣も俗物ばかり。金もないのに威張りたがる公務員をネタにするというのも、また喜劇のひとつのパターンかも知れない。

とにかく、シェークスピアの喜劇から、吉本新喜劇まで、喜劇のお約束ごと、エッセンスをふんだんに盛り込んだ作品である。たまには、ここまで馬鹿馬鹿しい、無条件に笑える作品を読むのも良いものだ。題名の「人に注意」というのは、マヨルカ島のホテルに貼ってあった、「置き引きに注意しましょう」という意味の何か国語かの注意書きの中の、ドイツ語版である。まあ、何という直接的な表現。でも、本当に、一番注意しなくてはいけないのは人間なのだろう。

 

20148月)