「背負うべき罪」

原題:Skulden man bär

ドイツ語題:Die Schuld, Die Man Trägt

2023年)

 

<はじめに>

 

かつては北欧の犯罪小説を常に読んでいたが、最近は忙しくなり、あまり読まなくなった。しかし、このヒョルト/ローゼンフェルトの「セバスティアン・ベルイマン」シリーズだけは、新作が出ると必ず読んでしまう。いよいよ八作目。登場人物は、出版された年代と共に年を取っていき、セバスティアンも今は六十歳を超えた。今回は、彼が無意識のうちに背負ってしまった罪に、苦しめられる話である。

 

<ストーリー>

 

憎悪に満たされた男。彼は女性を湖に沈めて殺した。彼女は無実、単なる被害者だった。しかし、彼女が死ぬ以外に道はなかった。殺人は実際難しいが、自分はふたりの殺人の名人と出会ったから大丈夫だ。車のトランクに乗せているのは一人目の犠牲者にすぎない。セバスティアン・ベルクマンに復讐するため、自分はこの後も殺人を続ける。

 

 セバスティアンは、ウプサラに戻って来た。彼はアマンダの祖父であり、警視庁殺人課のトップのヴァニアの父である。彼の同僚であり、友人で会ったビリーを、連続殺人犯人として逮捕したばかりだった。逮捕の際、トルケルとウルズラは命を落としかけていた。逮捕されたビリーは犯行を自白した。ビリーは四人を殺していたが、最初の二人は、警察官としての職務を遂行する上でのものだった。それで殺人の快感に取りつかれたビリーは、更に二人を自分の欲望が求めるままに殺したのであった。その日は、四人目の犠牲者、フーゴ・ザーレンの遺体を発見するために、ウプサラに来ていたのだった。ビリーが逮捕された後、セバスティアンは何度もビリーを訪れていた。それは友情というより、ビリーをネタに、次の本を書きたいという下心からであった。セバスティアンは六十歳を過ぎていたが、生活に困窮していた。彼は、ビリーの妻、ミーにも何度か会っていた。

 ヴァニアは上司のローズマリー・フレデリクソンに呼ばれる。現役の警察官であったビリーが、連続殺人犯で逮捕されてから、警察に対する批判が巻き上がっていた。ローズマリーは、その対策としてひとつのことを考える。彼女はヴァニアにその計画を伝える。

「全ての罪を、あなたの任のトルケルに押し付けてしまえばいい。」

それを聞いたヴァニアは反対する。彼女は、自分の下の上司であるトルケルを尊敬していたのだ。

「このままでは、あなたのチームは取り潰しになるわよ。それが嫌なら、トルケルをスケープゴートに仕立て上げて、チームの存続を図るしか手はない。」

そうローズマリーに言われ、ヴァニアはしぶしぶ承諾する。

 キャシーは父親が死んだと言う知らせを受ける。間もなくカナダへ留学する予定の彼女は、その日、父親のティム・カニンガムと大使館に行くことになっていた。父母と彼女はタイで津波に遇ったことがあった。その日以来、彼女は蝶の指輪を手放さなかった。父親の死の知らせを受けて、彼女が病院に駆けつけると、スタン・ルドローという男が英語で話しかけてきた。父親のティムの代理人であるという。ルドローの話しによると、父親は数か月前から心臓の異常で、死を予感しており、ルドローに後を託していたのだった。数年前に母親を亡くしていたキャシーは、途方に暮れるが、ルドローは今後のことは全て任せておけていう。キャシーは、父親が、セバスティアン・ベルクマンからカウンセリングを受けていたこと、自分もセバスティアンのカウンセリング受けることを、父が望んでいたと知らされる。 父親の遺言に「セバスティアン・ベルクマンに会え」と書かれていたキャシーは、セバスティアンに電話をするが、彼は出ない。彼女はセバスティアンのアパートを訪れるが、留守であった。

 ヴァニアはトルケルを訪ねる。ウルズラがトルケルに寄り添っていた。トルケルはビリーが逮捕される際に、手に大怪我を負い、銃弾も受けていた。トルケルは、アルコール、悲しみ、怪我で、急に何歳も年老いたように見えた。ヴァニアは、ローズマリーが、トルケルを告発し、スケープゴートにすることにより、事件の幕引きと、世論の鎮静化を図っていることを告げる。それに聞いて、特にウルズラが激昂する。ヴァニアは、ビリーに対する怒りと共に、ビリーが殺人犯であることを見抜けなかった自分にも怒りを感じる。トルケルの家を去ろうとしたとき、ヴァニアの電話が鳴る。事件が発生したという。

 セバスティアンは、ビリーの妻であるミーを訪れる。ミーは、ビリーが逮捕された後、双子の女児を産んでいた。ミーは疲れ切った表情だった。セバスティアンは、自分がビリー逮捕のきっかけを作ったので、責任を感じていた。しかし、ミーを定期的に訪問するには、もう一つ、将来自分が書く本のネタにしようという下心もあったのだ、赤ん坊は家にいなかった。母親に預けたという。ミーは、二人の子供を、養子に出そうと思うと、セバスティアンに打ち明ける。殺人者の子供として、生きていく子どもたちを見るのは忍びないという。彼は、セバスティアンに、ビリーにも親権を放棄するよう説得してくれと頼む。ビリーがまだミーを愛していることを知っているセバスティアンだが、しぶしぶその申し出を承諾する。そのとき、セバスティアンにヴァニアから電話が架かる。

 ヴァニアとセバスティアンは現場に向かっていた。ビリーの被害者の遺体がその日発見されていた。到着する。ヴァニアはセバスティアンに、

「ビリーは後悔しているの?」

と尋ねる。セバスティアンは言葉を濁す。

「あんたは、いつも誰かを助けようとしているのに、今回はどうでもよさそうね。」

ヴァニアは言う。

「この件で、本を書こうとしてるんだ。」

とセバスティアン。

「他人をネタに金を儲ける。あんたらしいわ。」

そんな会話をしながらふたりは現場に到着する。

そこは養豚場であった。すさまじい臭いが漂っていた。豚小屋の中に、中年の女性の死体が発見されたのだった。ウルズラも到着し、検死が始まる。Tシャツと綿パン、布製の靴という服装の、女性が仰向けに倒れていた。その女性の指などは、既に豚によって食いちぎられていた。ウルズラは、死後かなりの時間が経っており、被害者は外で殺された後、ここへ連れてこられたと推測する。豚小屋の壁に赤いペンキでこう書かれていた。

「セバスティアン・ベルクマン。これを解いてみろ。三〇四一三六。

誰かが自分を試そうとしている、セバスティアンはそう思うが、彼にはその女性に見覚えがなかった。

 ズザネは、セバスティアンと同じ時期に、同じ高校に行っていたことが分かる。セバスティアンは彼女の顔を思い出せないが、ズザネは、高校でセバスティアンの主催した飲み会に参加していた。彼女はその飲酒がばれ、父母も彼女も属していた教会の組織から追放され、その後は、一人きりの生活を送っていた。また、彼女は麻薬に手を染めていた。

エレノアは仮釈放されていた。彼女はセバスティアンを見張る。彼は、掃除人から鍵をだまし取り、セバスティアンが出かけた後、彼のアパートに上がり込む。彼女は、キャシーのことを、セバスティアンの新しい恋人であると思い込む。

 警察の犯罪心理学者、ホーカン・ペルソン・リダーストルペは、上司のローズマリーに会う。彼は、セバスティアンは油断ならない人物であると進言し、セバスティアンの見張り役として立ち回ることを提案、その許可を得る。彼は、以前に、自分の仮説をセバスティアンにひっくり返され、面目をなくしていた。それ以来、彼はセバスティアンを恨んでおり、セバスティアンの失脚を画策していた。

 セバスティアンはビリーと面会する。彼は、ミーが双子の女の子を、養子縁組に出そうとしていることを告げる。ビリーはそれを拒否する。

 二人目の犠牲者が発見される。早朝のバスの車庫。出発の準備をしていた運転手が最後部の座席で男が死んでいるのを見つけたのだ。心臓が切り取られている。バスの窓には同じく赤いペンキで、「百二十九ページ、十六行目、発車時間二時三分」と書かれていた。殺されていた男は、ホーカン・ペルソン・リダーストルペ、警察の犯罪心理学者であった。また、セバスティアンを恨むものが殺されたことになる。

 セバスティアンは、書かれていたページと行が、自分の最新作のものであることを発見する。最初の殺人のときに書かれた番号「三〇四一三六」は、彼の本の、ISBN番号であった。

また、二時三分発のバスは、大学行きであった。リダーストルペは、Eメールで、ある人物から車庫に来るように指示されていた。セバスティアンは、どうして自分がある人物から恨みを買っているのか、理解できない。彼は、リダーストルペに指示をした人物のアドレスに、

「私はセバスティアン・ベルクマンだ、連絡を待つ。」

とメールを打つ。

  セバスティアンは、キャシーからの連絡を見つけ、彼女に電話をする。彼は、ティムが、タイの津波で亡くなった息子のことで、自分を訪れたと言う。

「父と母には男の子はいない。私は一人っ子よ。」

とキャシーは答える。一番大切なところで、ティムが自分に嘘を言っていたことで、セバスティアンは愕然とする。

ヴァニアは、自分の娘アマンダを、母親のアナのところに連れて行く。アナが自分の出生の真実を隠していたことを知ったヴァニアは、母親との関係を絶っていたのだった。アナは娘と孫を見て喜び、ヴァニアは、母親を許し、これからは一緒にいる時間を作ろうと決心する。

 バスに落書きをしようとしていた若い男性が、バスの車庫に深夜入って来た男を見ていた。若い男は警察を訪れ、その旨を述べる。驚いたことに、彼は男が乗って立ち去った、青いアウディーのナンバープレートを覚えていた。

 ナンバープレートから、車の持ち主が分かる。アドリアン・ぺターソンという、二十九歳の男であった。彼は、最初の殺人のあった直前から、会社にも顔を出さず、姿を消していた。また、ペターソンの父は、養豚場を経営しており、彼は父から引き継いだ会社を経営していた時期もあった。警察は、彼が犯人であるという確信を深める。

 駐車違反の摘発をしていた係官が、青いアウディーを見つける。カルロスとレナがその自車を見張る。黒いフード付きのトレーナーを着た男がその車に近づく。カルロスとレナがその男に近づく。男はレナに発砲して逃亡する。レナは腹を撃たれるが、防弾チョッキを着ていたので軽傷で済む。

 ペターソンのアパートを警察が捜査する。バスの倉庫の防犯カメラが捉えたのと同じ、トレーナーとマスクがあった。ペダーソンには父と弟がいた。父はスペインに移住し、弟は現在入院中だという。

カルロスは入院中の弟エマヌエルを訪れる。エマヌエルは自殺を試み、命は取り留めたものの、植物人間になっていた。ルーカスという友人が世話をしていた。ルーカスによると、大学に通っていたエマヌエルは、学位論文を審査で落とされ、それに失望して自暴自棄になったという。そして、その学位論文にダメ出しをした教員が、セバスティアン・ベルクマンであった。兄のアドリアンはその事で、セバスティアンを恨んでいたと、ルーカスは話す。カルロスは、ペダーソンとセバスティアンの関係を発見したのだった・・・

 

<感想など>

 

前作は、セバスティアンの娘、ザビーネが生きているところで終わっていた。今回は、今はキャシーと名乗る、ザビーネが登場する。

誰かが非常にセバスティアンを恨んでいることが最初に提示される。誰なのか。何故それほど恨んでいるのか。そこがだんだんと解き明かされていく。この小説にタイトルは、「セバスティアンが背負うべき罪とな何なのか」というところから来ている。

ストーリーラインは六つある。

@      セバスティアン:かつて自分に関係した人々が次々殺される。

A      ヴァニア:警視庁殺人課のリーダー、自分の嘘をついていた母親との融和を図る。

B      キャシー:父親ティム・カニンガムの死後、せの遺言で、セバスティアンを訪れる。

C      ビリー:元警官、逮捕されて留置されている。 

D      エレノア:、セバスティアンの元恋人、仮釈放されたあと、セバスティアンに対して、ストーカー行為に耽る。

E      犯人:なぜか死ぬほどセバスティアンを恨んでおり、セバスティアンを恨む人物を次々と殺害していくことにより、セバスティアンを追い込もうとする。

 今回のヒーローは、バスに落書きをするために深夜車庫に入り込み、犯人を目撃した兄ちゃんであろう。好奇心の強い人物で、犯人の素顔を目撃し、乗っていた車のナンバープレートまで覚えていた。このお兄ちゃんの来訪が、事件解決の上での、大きなターニングポイントになる。また、犯人に対しては、その存在が大きな誤算となる。この「異常に好奇心と記憶力の良い人物」が、事件解決の鍵となる展開は、意外と多い。ヘニング・マンケルの「顔のない殺人者」でも、登場したストーリー展開である。余り、このような登場人物出し過ぎると、不自然な感じが残るが、このくらいの頻度だとまだ許せる。

 「津波で娘のザビーネを失った」、「津波に飲まれた際、娘の手を放してしまった」、このことが、セバスティアンにとって大きな罪の意識となり、これまでの彼の行動を形作っていた。ところが、前作の最後に、ザビーネが生きていることが示された。ストーリーに意外性は必要だが、「これはちょっとやりすぎ」と感じた展開だった。今回、血のつながった父娘は、お互いにそれを知ることが出来るのか、それがこの作品の大きな興味となった。

 二〇二四年、夏に日本へ帰国したときに、この物語をオーディオブックで列車の中で聴いていた。ちょうど山陰地方を旅行していたが、この物語は、中国山地の深い山や、トンネルと一緒に、私の心に残ることになると思う。

今回も、かなりショッキングな時間が起きたところで、物語が終わり、今後も続編があることを暗示している。このシリーズはまだ終わらない、まだ続編が読める、そう思うと生きる希望が湧いてくるようだ。ヒョルト、ローゼンフェルトともに、六十歳になったばかり。今後も活躍が期待される。ヘニング・マンケルが二〇一五年に亡くなってから、「共に生きる」作家を失っていただけに、今後はこのシリーズと「共に生きる」ことになりそうだ。

 

20248月)

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