「連れて来られた犠牲者たち」

原題:En högre rättvisa (より高い正義)

ドイツ語題:Die Opfer, die man bringt

2018年)

 

 

<はじめに>

 

「セバスティアン・ベルイマン」シリーズの六作目。このシリーズは、今のところ私の一番お気に入り。次作が待ち遠しい。何と、この作品、二〇一八年にスウェーデン語で発表され、同じ年にもうドイツ語訳が出た。読みたがっていた人は、私だけではないようだ。

 

<ストーリー>

 

十月だが冬のように寒い夜、カレッジの夜間コースを終えたクララは、駐車場に向かって歩いていた。彼女は家に夫と一緒に残してきた息子に電話をする。駐車場の入り口の蛍光灯が叩き割られ、歩道は暗かった。クララは首に疼痛を感じる。

「麻酔薬の入った注射、イーダと同じ・・・」

一瞬そう考えるが、次の瞬間に彼女は気を失う。

ヴァニアはウプサラで働き始めていた。ストックホルム警視庁殺人課で働いていた彼女だが、セバスティアンの告白で、全てが変わった。セバスティアンが彼女の本当の父であったのだ。彼女は、自分の周囲の全てに憎悪を抱き、それから逃れるために、転勤を志願して、ウプサラ警察署にやってきたのだった。彼女には、ヨナタンという恋人がいた。

ヴァニアはテレーゼ・アンダーソンの事件の調書を読んでいた。テレーゼは深夜パーティーの帰り、何者かに頸に薬を注射され、気を失う。気が付くと、強姦された形跡があり、頭に麻袋が被せられていた。警察が呼ばれ、彼女の膣の中には精液が発見され、血液からは麻酔薬が発見された。そこに、警察署長のアンネ・リーから電話が架かる。

「新しい犠牲者が出た。」

署長はヴァニアに告げる。

 アンネ・リーは、被害に遭ったクララに話を聞いていた。麻酔薬を打たれ、袋を被せられ強姦されるという被害者は、クララで三人目であった。

「イーダ・リタラを知っているか。」

とアンネ・リーはクララに尋ねる、イーダは別の犠牲者であった。

「知らない。」

とクララは答える。しかし、彼女は実のところ、イーダを知っていた。

 セーターの重ね着をしたカーロス・ロハスは鼻水をすすっていた。アンネ・リーの下で働く刑事であり、ヴァニアの同僚であるカーロスは、何故か寒さに弱かった。 三人の女性が、おそらく同じ犯人に、次々と強姦されているというニュースがウプサラの町に広がり、市民、特に女性の間に動揺が広まることを署長のアンネ・リーは危惧していた。

「警察の威信にかけても犯人を捕まえなければ。」

と彼女は思うが、これと言った手掛かりは、これまで見つかっていなかった。

 ストックホルム警視庁、殺人課のビリーは、六月にあった自分の結婚式の際、同じく警察官で同僚のイェ二ファーを殺害していた。彼は、死体を遺棄し、その後、ソーシャルメディアを通じて、イェ二ファーがまだ生きているような情報を発信していた。ビリーは休暇を取りフランスへ向かい、イェ二ファーの名前でホテルを取り、彼女がスキューバダイビングの際の事故で亡くなったように見せかける工作をする。その後、彼は、新妻のミーと一見幸せな新婚生活を送っていた。

「最近あなたの同僚のイェ二ファーはどうしたの。」

というミーの問いに対して、

「フランスでダイビングをしているときに、行方不明になったらしい。」

と答える。ビリーはイェ二ファーをセックスの途中で殺してしまったときの夢を見て、うなされる毎日であった。

 セバスティアンは、サラという町にいた。彼は、その町で講演を頼まれていた。前回のラーガーグレン事件で有名になったセバスティアンは、著書がまた売れ始め、講演を依頼されることが増えたのだった。娘のヴァニアとのコンタクトが切れ、殺伐とした気持ちになっていたセバスティアンは、講演で訪れた先々で、聴衆の中で適当な女性を物色しては、一夜限りのセックスをしていた。そんな彼の、唯一の話し相手は、元恋人で警察の同僚、ウルズラであった。

 セバスティアンが翌朝サラのホテルで目を覚まし、朝食に降りていくと、来客を告げられる。それは中年の女性で、「アンネ・リー・ウランダー」と名乗った。セバスティアンは、これまで自分が寝たことのある女性のリストから、彼女の名前を探す。アンネ・リーは、自分はウプサラの警察署長であると自己紹介をする。

「現在ウプサラで、同一犯人によると思われる連続強姦事件が起こっている。その、犯人のプロファイルを見つけ出すのに、犯罪心理学者であるセバスティアンに協力して欲しい。」

と、アンネ・リーは依頼する。セバスティアンは断る。そのとき、アンネ・リーの携帯が鳴る。三人目の強姦事件の被害者が出たという知らせだった。彼女が話している相手がヴァニアであることを知る。ヴァニアはウプサラ警察署で働いていたのだ。セバスティアンは、ヴァニアに会うために、その事件に協力することにする。

 アンネ・リーがセバスティアンを署に連れて行くと、ヴァニアは大反対する。

「傲慢で、協調性はないし、セックス中毒で誰とでも寝る、おまけに私の父親なの。」

彼女はアンネ・リーそう叫ぶ。しかし、アンネ・リーは、ここの責任者は自分であるし、まだ犯人の糸口も見えていない自分たちには専門家の助けが必要と、ヴァニアを説き伏せる。同僚のカルロスは、好意的にセバスティアンを迎え入れる。

 その朝、クララは、イーダに電話をしていた。警察には、お互い知らないと答えていたが、ふたりはある活動を通じての古くからの知り合いだったのだ。ふたりは、新しい犠牲者が出ることを知っていた。

 区の住宅課で働くラシドは、レベッカ・アルムの部屋の間に立っていた。数週間前、彼は火災報知機を取り付けるように、レベッカに依頼した。しかし、レベッカは、

「火災報知機の中には、監視カメラが仕掛けられている。」

そう言ってそれを拒否した。結局、彼女自身が火災報知機を買って取り付けるということになり、ラシドはそれを確認に来たのだった。ノックをしてもベルを鳴らしてもレベッカが出ない。ラシドはマスターキーで中に入る。寝室でレベッカが死んでいた。下着を脱がされ、頭から麻袋を被せられて・・・

 ストックホルム警視庁殺人課長、トルケルは最近機嫌が良かった。前の事件で知り合った女性教師のリセ・ロッテとの関係が上手く行っていたからだ。その朝、リセ・ロッテは、トルケルと一緒に住むために、ストックホルムに越してきてもいいと言った。そのこともあって、トルケルは特に上機嫌で、警察署に出勤する。そこにヴァニアがいた。ヴァニアはストックホルムに戻りたいと、トルケルに言う。その理由はもちろん、ウプサラへのセバスティアンの出現であった。トルケルは、ウプサラ側さえ良ければ、ヴァニアに何時でも帰って来てよいという。ウルズラ、ビリー等もヴァニアの復帰に好意的であった。そこに、ウプサラで殺人事件があった旨の連絡が入る。

 ビリーは警察署に、ひとりの中年男性の訪問を受ける。彼はコニー・ホルムグレンと名乗り、イェ二ファーの父親だと言った。コニーは、自分の娘が、フランスでダイビングの途中事故死したという説に疑問を持っており、同僚で友人でもあるビリーに、娘の死の背景、真相を調べて欲しいと依頼したかったのだ。夏至の祭りの後、イェ二ファーはソーシャルメディアに登場するだけで、誰も彼女を見たものはいない。また、ソーシャルメディアに投稿された写真も、過去の写真に手を加えられたものであると、コニーは指摘する。ビリーは、調査をすることを約束する。

 トルケルと殺人課のチームは、ウプサラの殺人事件を捜査に加わることになり、メンバーはウプサラへと移動する。ヴァニアは車の中で、ビリーが動揺していることを見抜く。現場に到着し、ビリーは警察官としての職務を全うし、誰にもイェ二ファーのことで悩んでいることを知られてはいけないと思う。ヴァニアは、死体の第一発見者であるラシドと隣人を尋問する。隣人は、殺されたレベッカは、住民たちの間で評判が悪かったと述べる。愛想が悪く、被害妄想、常に誰かが自分を監視している、あるいは狙っていると話していたという。

 捜査班は、現場からウプサラ警察署に戻る。そこでは署長のアンネ・リー、カルロス、そしてセバスティアンが待っていた。ヴァニアはセバスティアンを露骨に避ける態度に出る。少し後で、現場検証を終えた鑑識官のウルズラが到着する。アンネ・リーを中心に捜査会議が始まる。殺された女性、レベッカ・アルメは三十歳、キリスト教系の私立学校でキッチンスタッフをしていたという。彼女は、他人との関係を持ちたがらず、うつ病を患っていたという。十月二日に最後に目撃され、それ以来仕事に出ていないという。つまり、その日に殺された可能性が高かった。彼女の玄関には覗き穴があり、彼女が犯人を招き入れているところから、犯人は彼女の顔見知りであることが考えられた。セバスティアンは犯人のプロファイルを分析する。「他人の制御」、「力への陶酔」、「満足」これらを一度に得ようとする人物の犯行であると、セバスティアンは予言する。ウルズラとセバスティアンは、最初の犠牲者であったイーダを訪れる。セバスティアンをレベッカ・アルメの名前を告げ、写真を見せるが、イーダは聞いたことも見たこともないという。しかし、セバスティアンは、イーダの動揺を見抜いていた。

 教会の指導的な地位にいるイングリッド・ドゥリューバーは、次回の大司教の選挙に立候補すべく、準備を進めていた。彼女は、ウプサラの司祭から、聖職者としてのキャリアを始めていた。家に帰ったイングリッドは、イーダという女性からの電話を受ける。

「ウプサラにおられるときにお会いしましたが、覚えておられますか。」

とイーダは言う。イングリッドはもちろん彼女を覚えていた。イーダは警察の訪問を受けたことをイングリッドに伝える。イングリッドは、警察には何も言うなとイーダに伝える。そのとき、イングリッドは家の中に誰かがいるのに気づく。振り返ろうとしたとき、彼女の頸に注射器が突き刺さり、麻酔薬が打たれる。

 署長のアンネ・リーは、ウプサラの警察署で記者会見を開く。トルケルと彼のチームのメンバーもそれに参加する。集まった記者たちの中に、もちろん「エクスプレッセン」のアクセル・ヴェーバーもいた。彼のジャーナリストとしての嗅覚はいつも鋭かった。アンネ・リーは、おそらく同一の犯人に、三人の女性が強姦され、一人の女性が殺されたと発表する。強姦された三人の女性の名前は伏せられるが、殺された女性の名前、「レベッカ・アルメ」は公表される。ヴェーバーには、その名前に聞き覚えがあった。

 その夜、トルケルと他のメンバーはストックホルムに帰ったが、ウルズラとセバスティアンはウプサラに残る。ウルズラは、デーティングサイトで見つけた男性に連絡をし、一緒に夕食を取りたいと思う。しかし、考えを変え、ウプサラで大学通っている娘のベラに連絡をする。ふたりは街中のバーで会うことにする。ウルズラはベラが小さい時離婚して家を出て、その後、余り娘に会っていなかった。ベラは新しいボーイフレンドができたと、ウルズラに話す。ベラの選んだ店は学生向けで、ウルズラにとって居心地の良い場所ではなかった。ウルズラが少し酔ってホテルに戻ると、セバスティアンがロビーにいた。ウルズラは更に彼と酒を飲む。しかし、その日はセバスティアンが彼女をベッドに誘うことなく、ふたりは部屋に戻る。

 その夜、イングリッドは、ベッドで悶々としていた。

「犯人は戻って来た。そして、自分を試そうとしている。イーダ、クララ、レベッカが受けたことは『罰』以外にない。しかし、人間に『罰』を下せるのは神だけだ。」

イングリッドは自分にそう言い聞かせる。

 翌朝、捜査会議が始まる。市民から寄せられた情報もない。しかし、ビリーがチェックしている監視カメラの映像に、黒いアウディが写っているのが分かる。近辺の黒いアウディの所有者を調べる中で、ひとりの男が浮かび上がる。強姦を助長するような発言をソーシャルネットワークに投稿しているティルマンという男であった。ヴァニアとカルロスは彼の家に向かう。スキンヘッドで刺青を入れた、筋肉質の男がふたりを迎えた。ティルマンは、最初ソーシャルネットワークへの投稿を否定する。誰かが勝手にやったものだと言い張る。連続強姦事件との関連を追及されると、自分は喜んでDNAの提供に応じるという。ヴァニアは、ティルマンは唾棄すべき人物だが、事件と無関係であることを確信する。

記者のアクセル・ヴェーバーは、殺された女性の「レベッカ・アルム」という名前をどこで聞いたのか、思い出そうとしていた。彼は、八年前に受け取った三通の手紙に行き着く。それは八年前に出されたものだった。

「キリスト教会の、ウプサラ市ニャ教区の中で、子供が殺され、その臓器が売買されている。」

という内容を、教会のメンバーとして内部告発する内容だった。その荒唐無稽な内容を、当時アクセルは精神異常者のものだと決めつけ、無視していたのだった。

 連続強姦事件と殺人事件の捜査が、警察により進められているという新聞記事が載る。それは読んだクララはイーダに電話をする。ふたりは警察には無言を貫こうと申し合わせる。

「リンダのことは、仲間内だけに留めておこう。」

ふたりはそう合意する。

 ウルズラはレベッカの検死の結果を知って驚いた。レベッカの体内からも精液が見つかったが、そのDNAを調べてみると、テレーザ、イーダ、クララを強姦した犯人のものと違うのである。つまり、複数の男性が関与していることが明らかになったのだ。トルケルが、記者のアクセル・ヴェーバーが、レベッカ・アルメについて聞き覚えがあると言っている点を、同僚に伝える。アンネ・リーは、トルケルがマスコミと個人的な接点を持って、情報を交換していることが面白くない。

 ウプサラ警察署に、ステラ・シモンソンという女性がやってくる。彼女は、犯人と思しき男を知っているという。彼女は自分の職業を「セックス・ワーカー」だと名乗る。ヴァニアが

「売春をしているのか。」

と言い直すが、ステラはあくまで、セックスは自分の「職業」であると自信を持って言う。スウェーデンでは「買春」は違法だが、「売春」は合法なのだ。ステラは、客の中に、頭に袋を被せ、顔を見せないでセックスをする、つまり、犯人と同じ方法で女性を扱う男がいることを告げる。その男が最後に来たのが、九月の末、ちょうど、最初の強姦事件の直前で会った。その男は、携帯電話から、メールで予約を取っていた。ビリーが、ステラの仕事場を訪れる。赤いビロードの布を張った部屋であった。ステラのパソコンの中にある、その客の番号を調べるが、プリペイドの携帯であり、持ち主を突き止めることはできない。ステラは、次回その男がコンタクトしてきたら、前もって警察に通報すると約束する。

 アクセル・ヴェーバーは、レベッカ・アルムの線をどのように追っていこうかと考える。とりあえず、ヴェーバーはレベッカの手紙の中にあった、ウプサラ市ニャ教区の教会を訪れてみることにする。彼は、男性の司祭に会うが、司祭はレベッカが教会に来ていた二〇〇八年当時は、まだ着任していなかった。そして、当時の教区担当の司祭は、女性のイングリッド・ドゥリューバーであったと述べる。今、イングリッドはヴェステロスの教区を担当しているとい。ヴェーバーはどのようにイングリッドにアプローチをしていくか、思いを巡らせる。イングリッドは、カフェで雑誌記者のインタビューを受けていた。それが終わり外に出ると、ひとりの男が立っていた。彼は、「エクスプレッセン」の記者、アクセル・ヴェーバーであると名乗った。

 フェリックス・ヘクストラはオフィスで新しい応募者を待っていた。彼は、大学のあるウプサラの街で、夜、独りで移動する女性を安全に送り届ける無料サービスの慈善事業、「ナイトタクシー」を立ち上げていた。その日も、ザハリアスというボランティアの応募者が現れることになっていた。

 ビリーはひとり警察署でコンピューターの前にいた。ティルマンのDNAが犯人のものと合致しなかった今、警察にとって残された唯一の「頼みの綱」はステラの客であった。ウルズラは、ウプサラのレストランで、デーティングサイトで知り合った、ペトロスという男性と会っていた。セバスティアンが、ホテルのウルズラの部屋をノックするが彼女はいない。娘との関係を改善するために、セバスティアンは、ヴァニアのボーイフレンドのヨナタンと会ってみようと決意する。ヴァニアは、その夜、ヨナタンのアパートで彼と夕食を取っていた。ヨナタンが作った料理は、彼女の口に合わず、彼女はどう感想を述べようかと迷う。結局、彼女はヨナタンをベッドに誘うことにより、話題を変えることにする。

 ビリーは追い詰められている自分を感じる。イェ二ファーを殺したことは隠し通さなければならない。ミーと一見幸せな結婚生活を送りながら、彼の頭に浮かぶのは、ステラの赤い部屋であった。彼は、それらの考えを振り払い、ミーに頼まれた寿司を買い、家に戻る。リセ・ロッテはトルケルに、一度同僚を夕食に招待したいと言う。その考えに驚きながらも、トルケルは了承する。

 翌朝、セバスティアンは会議に遅れてくる。ヴァニアがボーイフレンドのヨナタンの家を出た後、セバスティアンはヨナタンの家を訪れていたからだ。セバスティアンは、

「ただ、独り言を聞いているだけでいいから。」

と言い、自分のヴァニアに対する気持ちを吐露する。捜査会議の最中、「セックス・ワーカー」のステラ・シモンソンかれ連絡があり、容疑者と思われる男が、時間を予約したという。

 アクセル・ヴェーバーは、イングリッド・ドゥリューバーの家の前で、彼女が現れるのを待っていた。彼は、アクセルはイングリッドに、

「レベッカ・アルムという名前に聞き覚えがあるか。」

と尋ねる。

「どこかで聞いたことがあるが、沢山の人と会う職業なので、思い出せない。」

とイングリッドは答える。彼女は、レベッカ・アルムの他に、リンダ・フォルスの名前も即座に思い出していた。どうして、ウプサラを去ったのかというアクセルの質問に、イングリッドは定期異動だと答える。

ApOvoという名前を聞いたことがあるか。」

というアクセルの質問に、イングリッドは即座に、

「知らない。」

と答える。しかし、その答えが早すぎたことで、アクセルはイングリッドのApOvoに対する関与を確信する。

 アンネ・リーは特殊部隊をステラの店の前に配置し、男の到来を待つ。しかし、その行動は大規模すぎるとトルケルは思う。たとえ部隊が隠れていても、その雰囲気が察知される危険性はあるからだ。カルロスとビリーは車の中で待つ。約束の時間になった。赤いトヨタが現れ、店の前に停まる。警察官が駆け付けようとすると、その車は急発進をする。ビリーとカルロスがその車を追う。市街地を高速で逃げる車をビリーたちは追いきれないが、ふたりはその車のナンバープレートを書き留めていた。また、ビリーとカルロスにより、運転していた男のモンタージュ写真が作られる。

 トルケルたちが署へ戻る。赤いトヨタは、「ブローデ&ハンマーステン」という会社の社有車として登録されていた。ヴァニアとセバスティアンはその会社に向かう。ふたりは、五十人ほどの従業員を抱えるその会社の女性社長と会う。社有車のプールカーは、ノートに記載さえすれば、社員が自由に使ってよいことになっているという。そのノートを社長はふたりに見せる。ノートの最期のページは破り去られていた。ヴァニアが社長に、運転手のモンタージュ写真を見せる。社長は、それがマネージャーのひとり、シラス・フランツェンに似ているという。

 フランツェンが呼ばれる。彼は最初、昼休みは独りでおり、コンビニで食事を買って、公園で食べたと主張する。しかし、彼の持っていた、二つ目の携帯が発見され、その携帯から、ステラの店にSMSが送られていることが分かる。

「売春と、交通違反なら誰にも気づかれないし、わずかな罰金を払えばよい。しかし、それを隠そうとすると、もっと大きな、例えば、我々の追っている殺人犯罪に関与していると疑われ、全面的な捜査の対象になってしまう。」

セバスティアンが独り言のように言う。フランツェンは観念して、自分が昼休みに社有車で、違法な売春に出かけていたことを認める。またまた唾棄すべき男であるが、ヴァニアは、フランツェンが連続強姦殺人事件の犯人でないことを、そのときも本能的に見抜いていた。

 警察が、市街地でカーチェイスを繰り広げたことがマスコミに叩かれる。アンネ・リーは、警察が追っていた男が、強姦、殺人事件とは無関係であったと発表せざるを得なかった。

 アクセル・ヴェーバーは、「ApOvo」の調査を通じて、リンダという女性を見つけていた。その女性の関係者に会うために彼は車を走らせていた。彼は、自分の命が後二十分しかないことを、もちろん知らなかった。

 

それから二週間は、捜査に何の進展もなかった。トルケルと、彼のチームは、ストックホルムに戻る。ビリーは、ミーとの普通の生活を送りたいと思いが強い。妻のミーは、彼に夏、一週間の休暇を取ってくれるように頼んでいた。しかし、ビリーは、妻に隠れて既に休暇を取り、同僚のイェ二ファー殺害の後の、抹殺工作に使っていたのであった。ビリーは、今事件で忙しいからという理由で、休暇の取得に難色を示す。また、イェ二ファーの父親のコニーは、警察により正式の捜査を始めるよう、ビリーに圧力をかけてきていた。

 トルケルとリセ・ロッテは同僚たちを夕食に招く。ウルズラ、セバスティアン、ヴァニア、ビリーと妻のミーが招待された。夕食会は、仕事の話もなく、和やかに進行する。夕食の後、ビリーの妻のミーは、夫の上司であるトルケルに、一週間の休暇をくれないかと頼み込む。セバスティアンはそれを聞き、ビリーが既に休暇を取りながら、それを妻に話していないことを不審に思う。夕食会が終わりに近づいた深夜、トルケルに電話が入る。

「ウプサラで新たな強姦事件が発生した、俺たちは出動だ。」

と彼は叫ぶ。

被害者はテレーゼという女性、彼女が襲われるのは二回目だった。彼女は、外出し、深夜過ぎに「ナイトタクシー」でアパートに戻ったところを襲われたという。「ナイトタクシー」というのは、女性が深夜独りで移動するための、ボランティアによる活動であった。テレーザは麻酔を打たれ、袋を頭から被せられ、強姦されていた。彼女は通常、友人とアパートをシェアしているが、その日に限って、その相手は留守であった。

 テレーザが二回目に襲われたことで、クララやイーダ等の被害者も、また襲われる可能性が出てきた。セバスティアンとアンネ・リーは、イーダに警告をするために、彼女のアパートを訪れる。玄関のドアのベルを鳴らすが、誰も開けない。アンネ・リーは制服警官にドアの鍵を開けさせる。浴室の中で、手首を切って死んでいるイーダが発見される。自殺のようであった。 

 トルケルとヴァニアはその頃、クララを訪れていた。被害に最初に遭った時には、イーダのことを知らないと言っていたクララだが、今回はイーダとの関係を認めざるを得ない。彼女は、自分たちの関係を語り出す。それは、ウプサラのキリスト教会で非公式に結成された妊娠中絶に反対する組織、ApOvoについてであった。テレーザ、クララ、イーダはそのメンバーで、中絶を余儀なくされた女性を救おうとしていた。その組織のリーダーは、イングリッド・ドゥリューバーであった。その組織に、リンダという女性がコンタクトを取って来た。彼女は妊娠していたが、医者から中絶を進められていた。ApOvoのメンバーは、リンダを救おうとする。しかし、それは悲劇的な結果に終わる・・・

 

<感想など>

 

ヘニング・マンケルが存命の頃は、私はいつも彼の新しい作品の出るのを楽しみにしていた。新作が出ると、安いペーパーバックになる前に、ハードカバーで買っていた。だから、私の本棚のマンケルの作品は、ハードカバーのものが多い。ヒョルト/ローゼンフェルドが現在それに当たる。「セバスティアン・ベルイマン」シリーズが、ほぼ二年に一度の間隔で発表されているが、ドイツ語版が出たとたんにドイツ・アマゾンに注文して買ってしまう。要するに、それほど面白く、それほど病みつきになっているのだ。

何が面白いかというと、「人間関係」なのだ。まず、「三角関係」、「固定されないパートナー」、日本や韓国の恋愛ドラマによくあるパターンだ。複数の男女が出てきて、お互いにくっついたり、離れたりする。次に、「出生の秘密」というのもある。親だと思っていた人物が、実際は実の親ではなく、親は別にいたり、恋人が実は自分の実の兄弟や姉妹だったり。更に「二重人格」というのもよく登場する。いい人だと思っていた相手に、実は隠された一面がある。そんな、「恋愛ドラマ」、「ソープオペラのお約束事」を、ヒョルト/ローゼンフェルド巧みに作品の中に詰め込んでいる。

警察の捜査の際の「徒労」を描き始めたのはマンケルである。全然結果につながらなかった努力が、丁寧に描かれていて、それが物語に現実感を与えていた。それから、多くの犯罪小説作家が、その徒労を描くようになった。基本的にそれまでの犯罪小説の探偵は失敗をしなかった。シャーロック・ホームズでもエルキュール・ポアロでも、一見本筋に関係ない行動が、後の伏線になっていた。それを変えたのがマンケルである。ヒョルト/ローゼンフェルドもマンケルの伝統を忠実に受け継いでいる。この作品の中で、ふたりの男性が捜査線上に現れ、かなりのページがふたりのために費やされるが、結局、そのふたりは強姦、殺人事件に関係のないことが分かる。

私が読んだ限り、今回の最大のテーマは「宗教の名を借りた犯罪」であると思う。宗教というのは、人間に生き甲斐を与え、人間に友人に与え、死からの恐怖を和らげる。そんな意味で私は良い面も沢山あると思う。何よりも、宗教の最大の功績は、人間を正しい行いに導くことだと思う。しかし、余りに狂信的な人々、教義の余りにも偏狭な解釈は、犯罪につながると思う。これまで、宗教の名のもとに行われた殺戮は数限りない。そんなことが現代社会でも起こっていることを、この作品は示唆しているように思える。

「歩く自分勝手」、「セックス中毒」と自他ともに認めるセバスティアン・ベルイマンが、今回も中心的な役割を演じる。

「傲慢で、協調性はないし、セックス中毒で誰とでも寝る、おまけに私の父親なの。」

と彼は娘のヴァニアに言われる。そして、それは全て当たっている。しかし、彼はあくまで、狂言回しであり、チームワーク、トルケルをリーダーにしたストックホルム警視庁殺人課のメンバーによる集団劇である。

さて、先に、テレビドラマとこの作品の共通点をいくつか述べたが、もうひとつの共通点がある。それは、終わり方である。テレビドラマは、次週も見てもらわねばならない。最後にまた事件が起き、視聴者の興味を喚起しつつ、「続く」のテロップが出る。この作品群も全く同じ手法を取っており、一旦事件が解決したように見えるが、毎回、新たな事件の「芽」を残して作品が終わる。

ヒョルト/ローゼンフェルドのすごいところは、どうすれば本が売れるのか、読者の嗜好を読み切った上で、商業的に成功する方法を分析した上で、この作品群を書いているところである。そして私もそれに乗せられて毎回高いハードカバーの本を買ってしまう。とにかく面白い。テンポもよく、気持ち良く読み進めることが出来る。

 

20192月)

 

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