「彼の知っていた女性たち」

原題:Lärjungen (弟子)

ドイツ語題:Die Frauen, die Er Kannte (彼の知っていた女性たち)

2011年)

 

<はじめに>

 

ヒョルト/ローゼンフェルドの作品を読むのは「誰も気づかなかった死者」に次いでこれが二作目。しかし、年代的には、こちらの方が先。「なるほど、そうだったのか」と経緯を知る。型破りな、破滅的な性格の男が主人公。ヴァランダーに次ぐ、類型となるような気がする。

 

この作品は、スウェーデンでテレビドラマ化されている。

セバスティアン役のロルフ・ラスゴルドはクルト・ヴァランダーも演じていた。

Von links: Sebastian Bergman (Rolf Lassgård), Ursula Andersson (Gunnel Fred), Vanja Lithner (Moa Silén),

Billy Rosén (Christopher Wagelin), Torkel Höglund (Tomas Laustiola)

 

<ストーリー>

 

男はドイツ出張からストックホルムの自宅に戻る。飛行機が遅れたので、彼は何度も妻にSMSを入れ、電話をしたが、昼過ぎから妻よりの返信は来ず、妻は電話も取らない。異例の暑さの支配するストックホルムに着き、タクシーで家に戻った彼が二階の寝室に入ると、寝室で妻が血の海の中に倒れていた。ネグリジェを着せられ、ナイロンストッキングで手足を縛られ、頭が胴体から離れるのではないかと思うほど、頸部が深く切られていた。

セバスティアン・ベルクマンは、地下鉄に乗っていた。彼は隣の車両に乗っている若い女性の後をつけていた。彼はこの数週間ずっとその女性、ヴァーニャ・リトナーを見張っていた。彼は数年前に、休暇中のタイで遭遇した津波で、妻と娘を失ってから、悪夢に悩まされ、まともに働いていなかった。ヴァーニャの後をつけることが、現在の彼の唯一の活動と言えた。

ストックホルム警察殺人課の警視トルケル・ヘグルンドが、女性の死体の発見された現場に到着する。彼の同僚で鑑識の女性刑事、ウルズラが既にそこで働いていた。女性が縛られ、強姦され、殺され、首が切りつけられる、そのような事件は今年に入って三件目であった。一九九〇年代に、同じような連続殺人事件が起こった。犯人のエドヴァルド・ヒンデは逮捕され、終身刑の判決を受け、現在レヴハガ刑務所で服役中であった。十年以上経った今、新たな殺人犯が、過去の事件をほ模倣して殺人を行っているとしか考えられなかった。彼は、ビリー、ウルズラ、ヴァーニャからなる捜査班のメンバーに召集をかける。

セバスティアンは、夕方ヴァーニャをアパートの前で見張っていた。家に帰ったばかりのヴァーニャが慌てた様子で再び外に出て来る。パトカーが彼女を乗せて走り去る。事件が起こったのだとセバスティアンは感じる。しかし、自分は呼ばれることはない。

彼はコンサートへ行く。そして、結婚指輪をしていない独りの女性の横に座る。翌日、セバスティアンが目を覚ますと、見慣れぬ部屋で寝ていた。彼は、コンサートで出会った女性、エリノア・ベルククヴィストとその後一緒に食事をし、彼女のアパートでセックスをし、眠ったことを思い出す。エリノアは、デパートに勤める四十代の女性であった。セバスティアンは、エリノアに、もうすぐ仕事に行かねばならないという。しかし、それは嘘であった。心理学者の彼は、短い間、警察のプロファイラーとして働いた以外、仕事をしてはいなかった。

二〇〇四年のクリスマス、タイで休暇を過ごしているとき津波に会い、妻と娘を亡くしたセバスティアンは、独りでストックホルムに戻る。両親の家を売るために、手紙類を整理しているとき、自分がアメリカ留学中に両親の家に届いていた手紙を発見する。それは、自分がかつて関係を持ったアンナ・エリクソンという女性からであった。彼はセバスティアンの娘を出産したと書いていた。セバスティアンは自分に別の娘がいることを知る。彼は、警察で同僚のビリーを使って、アンナの行方を捜す。そして、警察で殺人課の若手刑事として、自分と一緒に働いたことのあるヴァーニャが、アンナの娘、つまり自分の娘であることを知る。彼は、そのヴァーニャの後を追い続ける。同時に、寂しさを紛らわせるために、次々と女性との関係を持つ。セバスティアンには女性を虜にする不思議な魅力があった。

ヴァーニャの後をつけるうちに、彼女にはヴァルデマーという戸籍上の父親がおり、ふたりの関係が親密であることを、セバスティアンは知る。ヴァルデマーに嫉妬を覚えたセバスティアンは、ヴァルデマーを陥れ、ヴァルデマーとヴァーニャの仲を悪くする策を考える。彼は、汚職で警察をクビになった元警官、トロール・ヘルマンソンに金を払い、ヴァルデマーの身辺を洗い、実業家であるヴァルデマーに不利な事項を見つけるように指示する。

友人で、精神科医のステファン・ラーセンは、セバスティアンのことを心配し、グループ・カウンセリングを受けるように勧める。セバスティアンはそれを拒否する。しかし、ステファンは、ヴァーニャの家の前の藪に隠れているセバスティアンを見つけ、無理矢理カウンセリングに連れて行く。

今回の連続殺人事件と、過去の同じような事件の関連を探るために、ヴァーニャとビリーは、服役中のエドヴァルド・ヒンデに面会するために刑務所へ行く。しかし、ヒンデは特別な囚人で、特別な許可がないと面会はできないと、刑務所長のトーマス・ヘルマンソンは答える。殺人課の刑事ふたり会いたがっているということで、ヒンデに興味を持ったヘルマンソンは、自分からヒンデに会いに行く。

ステファンに無理矢理連れていかれたグループ・カウンセリングで、セバスティアンはアネッテ・ヴィレンと出会う。翌朝セバスティアンが目を覚ますと、彼はその女性の部屋で寝ていた。早朝、彼はまだ眠っている彼女を残し、アパートから外に出る。彼は警察署でトルケルを待つ。出勤してきたトルケルに、セバスティアンは、自分をプロファイラーとして捜査班に加えるように言う。トルケルは断る。

セバスティアンがアパートに帰ると、エリノアから花束届いていた。彼はそれを放り投げる。テレビをつけると、そこに見慣れた顔が写っていた。トルケルが、連続殺人事件の件で記者会見をしていたのだ。セバスティアンは警察にもう一度駆けつけ、トルケルに自分を参加させるように、更に要求する。根負けしたトルケルは、捜査班の全員が同意するならば、セバスティアンを捜査班に加えてよいという。ビリーが同意をし、最初反対していたウルズラとヴァーニャもそれに引きずられるように同意をする。セバスティアンは、捜査班に加わる。

セバスティアンは十五年前の連続殺人事件の際、プロファイラーとして捜査に参加し、その犯人、ヒンデを見つけ出すことに貢献していた。また、その時のことを本にし、その本はベストセラーになっていた。その意味では、彼はスウェーデンにおける連続殺人事件の権威と言えた。

捜査会議中に四人目の被害者が出たとの連絡が入り、捜査班はその場所に急行する。セバスティアンはその現場に着き愕然とする。そのアパートの部屋は、昨夜彼が泊まった場所で、殺されていたのは彼が昨夜ベッドを共にしたアネッテであった。彼はそのことをトルケルに告げ、現場を立ち去る。署に戻ったセバスティアンは、会議室に置かれた被害者のファイルを読む。そして、殺された四人の女性全てと、かつて自分が性的関係を持ったことを知る。四人の女性を結び付けていたのは彼自身であった。

被害者との関係を持ったことを理由に、トルケルはセバスティアンを捜査班から外すことを決意する。しかし、セバスティアンこそが、事件解決のキーであることを知り、彼は翻意し、セバスティアンを捜査班に留めることにする。ヴァーニャとセバスティアンは刑務所に服役中のヒンデに面会に出かける。セバスティアンとともに心理学を学んだフィンケは、セバスティアンがヴァーニャに対して、異常な関心と執着を示すこと見抜く。

セバスティアンは、アンナとエリノアに、自分関係を持った女性が次々殺されているので、注意するように伝えに行く。しかし、彼を尾行している男がいた。ヒンデは、刑務所内にひそかにインターネットに接続できるスティックを持ち込み、外部との連絡を取っていた。刑務所の外で、彼の手足となって働くのは、刑務所で掃除夫として働くラルフ・スヴェンソンという男であった。

自分の行いを恥じたセバスティアンは、ヴァルデマーを探るように指示していた、トローレを訪れ、調査を打ち切るように言う。トローレは既に、ヴァルデマーの弱点を見つけたと言い、その証拠書類をセバスティアンに渡す。セバスティアンの異常な依頼に興味を持つ。、同じような境遇に共感を覚えたトローレは、セバスティアンの捜査に協力することにする。彼は、次に犯人が訪れることになると予想されるアンナの家を張り込む。果たして怪しい男がアンナの家の前に車を停める。トローレはその男を呼び止め、ふたりは格闘となる。トローレはその男に刺されて死亡する。その男はトローレを車のトランクに乗せて立ち去る。

刑務所内のヒンデは、自分の部下ラルフが、トローレに邪魔され、アンナの殺人に失敗したことを知る。彼は、アンナ、ヴァーニャ、セバスティアンの身辺を、ラルフに探らせる。そして、アンナとセバスティアンがかつて関係を持ったこと、ヴァーニャがセバスティアンの娘であることに対して、確信を持ち始める。

セバスティアンはアパートに戻り、トローレに連絡を取ろうとするがとれない。そこにエリノアが現れる。セバスティアンはどんな否定的なことを言っても、エリノアは肯定的に取ってしまう。ついに根負けしたセバスティアンは、再びエリノアと関係を持ち、彼がアパートに留まることを許してしまう。

警察署に電話がかかる。ヒンデがヴァーニャに、ふたりきりの面会を求めているという。ヴァーニャはセバスティアンの反対を押し切って、刑務所に向かう。ヒンデは、自分は

、今回の犯人が誰かを知っており、もし、ヴァーニャが彼女の身体に触らせてくれたら、それを教える用意があると言う。ヴァーニャはそれに応じて身体に触らせる。ヒンデは小さな紙切れをヴァーニャに渡す。そこには「ラルフ・スヴェンソン」と書かれていた。ヴァーニャはその名前を捜査班に告げる。そして、刑務所の掃除を請け負っている会社の清掃員の中に、その名前の男がいることを知る。トルケルは、その男に対する逮捕状を申請する。

ラルフはヒンデからメッセージを受け取る。

「今度はお前が俺になる。」

とそこには書かれていた。彼がその意味を考えているとき、アパートのドアが開けられる。警察の特殊部隊が突入し、彼は取り押さえられる。彼のアパートに入った捜査班は、そこでナイフ、未使用のネグリジェ、ナイロンストッキング等、犯行に使われたものと同じ品物を発見する。セバスティアンも、ラルフのアパートに行ってみる。彼はそこで、トローレの免許証を発見する。セバスティアンは、トローレもラルフに殺されたと確信する。

 容疑者が逮捕され、状況証拠やDNAも、ラルフが犯人であることを示していた。ヴァーニャは犯人逮捕の功労者となり、捜査班の中に、安堵感が広がる。しかし、その中で、唯一セバスティアンだけが、これで終わりでないことを予期していた。彼はヒンデが次の行動に出ることを確信していたのだ。

 ヒンデの取った次の行動。彼は、赤カブの汁を飲み込み、嘔吐を催す薬を飲む。彼が赤い汁を吐いているのを見つけ刑務所の職員は、それを吐血と判断して、救急車を呼ぶ。ヒンデは救急車で病院に運ばれる。ヒンデにはラルフの他にもうひとり協力者がいた。それは、刑務所の職員のローランドであった。ローランドが救急車をエスコートする。そして、病院へ向かう道中、ローランドは運転手ともう一人の看守を射殺、ヒンデを車に乗せて立ち去る。

 セバスティアンは、エリノアが家にいることで、再び「家庭」を取り戻したような錯覚に陥る。台所でエリノアの料理を手伝っているセバスティアンは、ラジオで、囚人を護送中の車が行方不明になったニュースを聞く。彼は、慌てて刑務所長のハラルドソンに電話をかけ、護送車に乗っていた囚人がヒンデであることを知る。セバスティアンは、ヒンデが次に狙っている女性がヴァーニャであると直感する。

 ヴァーニャはその時刻ジョギングをしていた。彼女は、携帯に何回かセバスティアよりの電話を受けるが、無視する。彼女は道端に、方向指示器を出したまま、停まっている灰色のトヨタを見つける。中には誰も乗っていない。しかし、奇妙な臭いがする。トランクルームを開けると、そこには男と死体が積まれていた。ヴァーニャが振り向くと、そこにひとりの男が立っていた。それは終身刑で刑務所にいるはずのヒンデであった・・・

 

<感想など>

 

 「クルト・ヴァランダー」シリーズを読み始めたとき、ヴァランダーの人物設定に新しさを覚えた。妻には逃げられ、酒浸り、酔っ払い運転で捕まり、ひどい食生活で糖尿病になってしまう。そんな、人生の落伍者のような犯罪小説の主人公が当時は実に新鮮だった。しかし、それから二十年経って、そのような主人公が次々に現れ、ステレオタイプになりつつあった。そのような意味では、この小説の主人公、セバスティアン・ベルクマンは、そのステレオタイプの殻を破った、別の意味で新鮮な印象を受ける。しかし、新鮮ではあるが、共感が持てて、感情移入ができる人物ではない。

セバスティアン、とにかく、女性に対して節操のない、誰とでも肉体関係を持ってしまう男として登場する。本人は、数年前に、妻と娘を休暇中津波で亡くし、その寂しさを紛らわせるために女性と次々関係を持っているのだと言い訳をしている。しかし、彼が若い自分から、数えられないくらいの女性と関係を持っていたことが明らかになる。そして、女性が気を許し、肉体関係を持ちたがる、不思議な魅力を備えた男として描かれている。

また、セバスティアンはストーカーである。事故で娘を亡くした彼は、もうひとりの娘、ヴァーニャがいることを知り、夜昼と、彼女の跡をつける。しかし、自分とヴァーニャの関係が表沙汰になることを、何に代えて防ごうとする・・・「ついていけまへん」。まともな読者なら、ちょっと嫌悪感さえ覚える人物。ヴァランダーを最初読んだ時は、破滅的な生活を送る主人公に少しは共感を覚えた。しかし、今回はそれがない。

もちろん、最後には犯人が見つかり、事件は解決する。しかし、それまでに、四人の女性と、一人の男性、合計五人が殺されていた。彼らは、セバスティアンの身勝手な行動の犠牲者なのである。確かに、捜査の途中、犯人を追い詰める途中、新たな犠牲者が出ることはある。しかし、この本では、セバスティアンの「個人的な」それも「褒められない」行動によって、犠牲者の輪が広がっていく。このような展開で、セバスティアンという人物に共感を持てというは、無理な話である。男性の私でさえそう思うのだから、女性の読者からは、総スカンを食いそうな人物である。

ヴァランダーとの共通点は、ヴァランダーはいつも、最後には、チームを置き去りにして単独行動に出る。セバスティアンも最後は独りで犯人の元に、罠であることを知りながら出かけて行く。しかし、その動機は、自分はヴァーニャの父親であるという秘密知られたくないという、極めて身勝手なものなのである。

トルケル、ヴァーニャ、ウルズラ、ビリーという捜査班に、セバスティアンが加わる。セバスティアンは、かつて有能なプロファイラーであったが、今は警察を去っているという設定。ヴァーニャはセバスティアンの娘で、ウルズラもかつてセバスティアンと関係を持った女性。セバスティアンがウルズラの妹に手を出したので、ふたりは別れたという設定となっている。ビリーは、ヴァーニャの母親を探すことを手伝い、唯一セバスティアンとヴァーニャの関係を知っている。これほど、個人的に繋がった、ドロドロとした関係を持った捜査班というのも聞いたことがない。それだけに新しいと言えば新しい。

これだけの文句を並べても、次の本をアマゾンに注文してしまった。おそらく、このシリーズは全作読むことになると思う。このシリーズには、読むものを捉えて離さない、何かがある。

 

20168月)

 

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