「死体に咲く花」

Leichenblume

 

 

アンネ・メッテ・ハンコック

Anne Mette Hancock

2017年)

 

 

 

<はじめに>

 

デンマーク発、ヨーロッパ行、若手ミステリー作家、ハンコックの第一作。ジャーナリズム、法律の抜け穴、国内外の社会問題、文学まで網羅した、非常に密度の濃い作品に仕上がっている。

 

 

<ストーリー>

 

アナ・キールは何度もその男を殺す夢を見る。彼女は、数日前に出した手紙が、届くころだと思う。

コペンハーゲン警察の警視、エリック・シェーファーは、同僚のリサ・アウグスティンと一緒にいた。彼は来客を告げられる。エリックは、自分を訪れた年配の女性と会う。彼女は、停年退職した夫と、南フランスのプロヴァンスで休暇を過ごした。その時、訪れた一軒のカフェで、指名手配されている女性を見たという。彼女は、スナップ写真を撮っていた。そして、その写真の後方に写っているのは、紛れもなく、アナ・キールであった。

エルイゼ・カルダンは「デモクラティスク・ダーグブラッド」紙の記者であった。彼女は朝、郵便上の内側に、一通の封書を見つける。彼女はそれを持って会社に行く。会社のキャンティーンで彼女はその手紙を開封する。短い手紙は「アナ・キール」と署名されていた。アナは、数年間に起こった、弁護士、クリストファー・モシング殺人事件の容疑者として指名手配されていた。しかし、彼女はこれまで姿をくらまし、警察の追及を逃れていた。

「私が殺した。しかし、私はまだ捕まるわけにはいかない。私にとって、事件はまだ終わっていない。」

手紙にはそう書かれていた。エルイゼは、当時事件を担当していた「エクスプレッセン」紙の記者、ウルリヒ・アンダーソンを訪ね、当時の様子を尋ねる。ウルリヒの説明によると、二〇一五年の四月、弁護士のクリストファー・モシングが刺殺された。数日後、当時三十一歳の女性、アナ・キールが捜査線上に浮かび、指名手配される。その捜査を担当していたのは、エリック・シェーファーというコペンハーゲン警察の警視であった。

翌朝、エルイゼは編集長に呼ばれていた。彼女の書いた、繊維会社、スクヴィエール社の記事についてであった。同社は、デンマークにある工場を閉鎖しようとしていた。一方、インドで同業の企業に投資をしていた。同社が投資をしたインドの会社は、子供を働かせ、EUでは禁止されている、有害物質を使って生産をしているというのが記事の内容であった。編集長はエルイゼに、情報の信憑性を疑い、情報提供者を言うように迫る。エルイゼはそれを拒否する。編集長は、客観性を欠いているという理由で、彼女の記事をボツにしてしまう。

エルイゼは、会社宛てに送られた、アナ・キールからの二通目の手紙を受け取る。彼女は、二通の手紙を上司のカレン・アーガールドと同僚のモゲンス・ベトガーに見せる。一通目はカンヌからの投函、二通目はリヨンから出されたものであった。二通目の手紙で、アナ・キールは、

「あなたのことは皆知っている。私たちは結ばれている。」

と書き、エルイゼの好きな花の名前、好きな色、好きな番号、普段は使わないミドルネームなど言い当てていた。アナは、自身の好きな花の名前を挙げていた。彼らが調べてみると、それは、スマトラにしか生息しない花で、人間の死臭と同じ香りがするため、「死体に咲く花」と呼ばれていた。ミーティングの結論として、警察に手紙について届けるのは少し待って、センセーショナルな記事が書けるよう、もう少し自分たちで調べることになった。

エルイゼは、同僚のムンクに依頼して得た、モシング殺害についての調査結果を披露する。アナ・キールは、夜モシングの家に入り込み、眠っているモシングの喉を料理用のナイフで切りつけ殺害。そして、凶器を現場に残したまま立ち去る。彼女が現れ、立ち去る様子は、監視カメラで捉えられていた。しかし、その後、彼女を見た者はなかった。そして、アナと殺されたモシングを結び付けるような証言は、誰からも得られなかった。モシング家は代々続く資産家で、国内外に多くの不動産を所有していた。一方、アナはシングルマザーの娘で、貧しい家に育っていた。何故、アナが自分に手紙を送ってよこしたのか?エルイゼは、アナが、自分のことについて記事を書いて欲しいからではないかと考える。エルイゼは、自分の住所を公開していなかった。どうしてアナは自分の住所を知り得たのか、エルイゼは不思議に思う。

エルイゼはモシングの両親を訪れる。父親は不在で、母親のエレン・モシングと会う。エレンは、年齢からは想像できないロック音楽を大きな音でかけていた。エルイゼは、息子のクリストファーの生い立ちについて、エレンに尋ねる。クリストファーは、米国のハーバード大学に留学し、弁護士の資格を取ったという。五年前に彼が亡くなってから、米国に住む、クリストファーと関係があったと言う女性から連絡があったという。そして、クリストファーに息子がいることがわかったと、エレンは話す。エルイゼは、クリストファーの女性関係に尋ねる。

「殺される前、誰かガールフレンドいたんですか?」

エレンは自嘲的に答える。

「誰か?いっぱいいたわ。クリストファーは一人の女性に拘束されるのを嫌っていたの。」

「アナ・キールを知っていますか?」

エルイゼが更に尋ねた時、夫のヨハネス・モシングが部屋に入って来る。彼は、エルイゼがジャーナリストだと分かると、突然態度を変える。

「すぐに出て行ってくれ。」

彼は、エルイゼを家から追い出す。エルイゼが車に乗ると、携帯にインスタグラムのメッセージが入っている。

「あなたの家のドアは開けっぱなし。私は自由に入って中を見られるわ。アナ・キール。」

エルイゼは、警察に電話をする。

「私の家が今空き巣に入られているの。今すぐ、警官を送って!」

 シェーファーはエルイゼのアパートに到着する。そこでは、鑑識の人間が、指紋の採取をしていた。シェーファーはリビングのテーブルの上にある書類に目を止める。それは、モシング殺人事件に関する記事のコピーであった。シェーファーはエルイゼに会う。彼女は、アナ・キールという名前で投稿された、インスタグラムの写真を見せる。写真は、エルイゼのアパートの中を撮ったものであった。そして、その写真は、その日、投稿時に撮られたものだと、エルイゼは主張する。シェーファーは、何故、エルイゼがモシング殺人事件について興味を持っているのかと尋ねる。エルイゼは、フランスから投函された、二通の手紙をシェーファーに見せる。

 アナ・キールは、公衆電話を見つけ、ニックに電話をする。

「一人の女に見つけられてしまったわ。場所を変えなきゃ。逃げないと。奴がどれだけ危険か分かっているでしょ。」

アナは言う。彼女は、二通の手紙を出したことをニックに伝える。」

「奴が、どこで休暇を過ごすか分かった?」

アナが尋ねると、

「六月の最初の三週間、カンヌのホテルに滞在する。おそらく独りで。」

ニックは答える。そして、

「エルイゼをパリに来させることだけを考えろ。」

と言う。

エルイゼは、夕食にサラダを作る。シェーファーは警官たちが帰った後も、彼女のアパートに残る。エルイゼはサラダを食べ、シェーファーにビールを勧める。

「ここだけの話だが・・・」

とシェーファーは話を始める。殺されたクリストファー・モシングは、刑事被告専門の弁護士だったが、色々と悪い噂もあった。しかし、アナとモシングは全く接点がないし、アナにも動機がない。しかし、犯行に使われたナイフには、アナの指紋が明らかに残っていた。そして、アナは幼い時から、攻撃的な性格で、学校で何度も問題を起こしていた。警察は、アナが何らかの原因で、凶暴性を発揮したと考えていると話す。

「今日、母親のエレン・モシングに会ったわ。父親に叩き出されたけど。」

エルイゼは話す。シェーファーは、警察に対しても、クリストファー・モシングの両親が、極めて非協力的だったことを話す。

「どうして、両親なのに、自分の息子を殺した犯人を捜すために、警察に協力しないの?」

というエルイゼの疑問に対して、

「おそらく、両親は、独自に犯人を探し出して、始末しようとしている。」

とシェーファーは言う。戸締りをしっかりするようにと言い残して、シェーファーは去る。エルイゼは、まだ外が明るかったが、眠ってしまう。

 エルイゼは誰かがドアをノックする音で目覚める。男の声がする。マルティン・デュヴァルであった。

「話があるんだ、開けてくれ。」

とマルティンは言う。

「帰って。」

とエルイゼは言う。

「俺は職場を辞めてきたんだ。利用されたのは、お前だけじゃない。俺もだ。騙すつもりじゃなく、知らなかったんだ。」

とマルティンは言う。エルイゼはドアを開ける。

 エルイゼとマルティンは一緒に一晩を過ごす。

「あなたは、世間に公表することを決めたの?」

朝食の席で、エルイゼはマルティンに尋ねる。

「他に方法はない。」

マルティンは答える。

「あなたの出世の道が閉ざされるわよ。」

「俺はもう辞める決心をしたんだ。関係ない。」

とマルティンは言う。

「誰があなたに資料を渡したの?」

「カルステン・ホルムだ。経済大臣の腹心で、選挙担当だ。大臣もそのことをおそらく知っている。いや、それどころか、後ろで糸を引いているのは大臣かも知れない。」

マルティンは言う。エルイゼはマルティンに一緒に新聞社に来てくれるように依頼する。しかし、自分はこの件に関与しすぎているので、調査をし、記事を書くのは別の記者になると言う。新聞社で、エルイゼはマルティンを同僚のモゲンス・ベトガーに紹介する。

「この方は、経済省のコミュニケーション部長のマルティン・デュヴァルさん。大事な話があるの。」

「もう辞めたから『元』、『だった』と言ってくれ。」

マルティンが訂正する。ベトガーは、何についてかと尋ねる。

「スクヴィエール事件について。」

とエルイゼは答える。

エルイゼはマルティンをベトガーに任せ、外に出る。彼女は、エレン・モシングに連絡を取ろうとする。その時、ウルリヒ・アンダーソンが現れる。彼は、エルイゼの腕を握る。

「車の鍵をよこせ。俺が運転する。」

ウルリヒは、エルイゼに車に乗るように言う。

ステファンはエルイゼの会社の前に車を停めて、見張りをしていた。彼は数週間前、一人の高校教師を殺害し、海に沈めていた。彼は新聞社から、エルイゼが出て来るのを見つける。その時、一人の男が人ごみの中から現れ。エルイゼの腕を取り、彼女を車に乗せる。車は走り去る。ステファンは電話をする。

「ジャーナリストの女が男と車で走り去った。また、昨日、警官が女の家に来た。」

彼がそう言うと、電話の相手は、

「男と警官は誰だ?」

とステファンに尋ねる。

「警官はシェーファーで、男はウルリヒ・アンダーソンだ。」

とステファンは答える。

「アンダーソンが女に何を言ったかを確かめろ。」

電話の相手はそうステファンに命じる。ウルリヒは、人気のない港の倉庫街で車を停める。

「この件に関わり合うな。」

とウルリヒはエルイゼに言う。彼は怯えているように見えた。ウルリヒはかつて、クリストファー・モシング殺しの事件を担当していた。そして、その時、父親のヨハネスが嚙んでいることを知った。ヨハネスは、競馬などのギャンブル中毒者に金を貸し、彼に金を借り、返せなくなった人間が、度々行方不明になっているという。

「どうして、そのことを知ったの。」

とエルイゼが尋ねると、匿名の人間から、電話があったからだと、ウルリヒは答える。ウルリヒはそのことを確認するために、競馬場に行き、元ジョッキーの一人と話した。その夜、彼が目を覚ますと、ベッドの横に一人の男が立っていた。その男はウルリヒに拳銃を突きつけ、

「この件から手を引け。さもないと、お前の家族にも害が及ぶ。」

と脅迫されたという。

「あんたは、この件に関わっちゃダメだ。あんたや家族の身に危険が及ぶ。」

そう警告し、ウルリヒは車を降りて去って行った

子供たちが海岸でバレーボールをしている。それをステファンが見ていた。彼は、家に帰る子供たちの一人に声を掛ける。

「お前に頼みたいことがあるんだが、一口乗らないか?」

とステファンは少年に話しかける。

「母さんが家で待っているから帰らなきゃ。」

そう言って、少年はステファンを振り切って、自転車で走り去る。

エルイゼはアパートで、幼馴染で親友のゲルダと一緒にワインを飲んでいた。ゲルダは、エルイゼの向かいのアパートに住んでいた。彼女は、数日間にあったことをゲルダに話し、インスタグラムで送られてきた、アパートの写真を見せる。

「これは五年以上前に撮った写真だわ。」

ゲルダは断言する。窓の外に向かいのアパートが写っていた。ゲルダの部屋も。そして、そこに写っている電灯は、五年前に壊れたので捨てたものだと、ゲルダは言う。

シェーファーは自宅で朝食を食べていた。妻のコニーが一緒にいた。コニーはカリブ海出身の黒人であった、鑑識から電話が架かる。鑑識官は、昨日のエルイゼの家の捜査では、アナ・キールの指紋は見つからなかったという。その代わり、マルティン・デュヴァルの指紋が見つかったことが伝えられる。また、エルイゼが受け取った手紙の封をするために舐められた唾液から、アナのDNAが見つかったとのことであった。エルイゼはウルリヒのアパートを訪れる。玄関のドアが開いている。彼女は、浴室で、ウルリヒが首を吊って死んでいるのを発見する。彼女は、シェーファーに電話をする。

エルイゼからの電話を受けたシェーファーと同僚のリサは、ウルリヒのアパートに急行する。間もなく、検死医のオッパーマン医師も到着する。シェーファーは、エルイゼを、事情聴取のために、警察署に連れて行く。エルイゼは、ウルリヒの死は、絶対に自殺ではないと主張する。彼女は、前日、ウルリヒが話した内容と、彼が非常に怯えていた様子をシェーファーに話す。

「また、ヨハネス・モシングか。」

シェーファーは呟く。

「奴が絡んでいることは、間違いなのだが、証拠が何もない。」

とシェーファーは言う。

「アナもきっと、何かを知ったため、モシングに陥れられたのよ。」

とエルイゼは言う。

「そういう意味では、次に、一番危ないのはあんただ。」

とシェーファーはエルイゼに言う。彼は、エルイゼに、マルティン・デュヴァルとの関係について尋ねる。エルイゼは彼と一夜を過ごしたことを認める。

「でも、どうして、マルティンの指紋が警察に登録されているの?」

エルイゼが不思議に思って尋ねる。

「彼は一度傷害罪で有罪判決を受けたことがある。」

シェーファーの答えに、エルイゼはショックを受ける。

アナはパリにいた。彼はニックに電話をする。彼女は「資料」を送ってくれるようにニックに依頼する。

「エルイゼは本当にパリに来るだろうか。」

ニックは尋ねる。

「必ず来させてみせるわ。」

アナは言う。

シェーファーは病院にオッパーマン医師を訪ねる。検死医は、ウルリヒ・アンダーソンの解剖を始めるところであった。解剖が始まってしばらくして、医師は、

「これは自殺ではない。他殺だ。それも、アマチュアの犯行だ。」

と断定する。ウルリヒの殺人事件を捜査するために、シェーファー、リサの他に、もう二人の刑事を加えて、特別捜査班が結成される。その日の午後、捜査班の第一回目のミーティングで、アナから来た三通目の手紙が披露される。

「あなたは子供が欲しくないの?私は欲しいわ。でも、お互いに残された時間はわずか。時計が刻々と時を刻んでいる。アナ・キール」

そう書かれていた。エルイゼは今、三十六歳だった。

エルイゼは、田舎町、でバーを営んでいる、アナの母親、ヨナを訪ねる。娘について聞きたいと、エルイゼが言うと、母親は、ビールを勧め、その代金として五百クローネを請求する。エルイゼは黙ってそれを払う。

「ここに来たのは、あなたの娘から手紙を受け取ったから。その手紙には、私と彼女は結ばれていると書いてあった。その意味、分かります?」

とエルイゼは切り出す。母親は分からないという。母親は、アナが子供の頃から、突然凶暴になる性格であったこと、それはおそらく、父親が家を出て行き、グリーンランドで生活を始めたせいであること、などを話す。そして、娘が、十六歳のとき家を出て行き。それ以来会っていないと話す。アナの交友関係について、母親はケネトという同級生と、懇意だったと話す。その少年は足が不自由で、車椅子に乗っていたという。

エルイゼは、次に、アナの通っていた学校に電話をする。事務員に、「車椅子に乗っているケネトという元生徒」について尋ねると、事務員はすぐに思いついた。それは、ケネト・ヴァルーで、ビジネスで成功し、多額の金を学校に寄付している、町の「英雄」だという。ヴァルーは、国内でビジネスを成功させた後、次に中国の会社を買収。そこから、大きな収益を得ているという。エルイゼは、グーグルで「ケネト・ヴァルー」について調べる。そして、十年以上前に撮られた、パーティーでの彼の写真を発見する。彼の後ろにはアナが写っていた。二人は、学校で付き合っていただけでなく、その後も付き合っていたのだった。

エルイゼは、次にケネト・ヴァルーの家に行く。そして、彼のところへ通される。エルイゼが自己紹介をしようとすると、

「あなたはジャーナリストのエルイゼ・カルダンでしょ。あなたの書いた本を読み、写真も見ましたよ。」

とケネトは言う。ケネトは昼食の最中で、エルイゼも一緒に食べるように誘う。エルイゼは、アナ・キールについてリサーチをしていると切り出す。ケネトは、その名前を聞いても、顔色ひとつ変えない。それどころか、予想していたようであった。彼は、今もアナとコンタクトがることを認める。そして、アナは殺人犯でないと主張する。エルイゼは、

「今度、アナとコンタクトしたら、私に直接電話するように言ってもらえませんか?」

と言う。

「それは、なかなか良い考えだ。」

ケネトは答える。

ケネトの家を出てから、エルイゼはシェーファーに電話し、アナの母親と、元ボーイフレンドのケネトに会ったと伝える。そして、おそらく、逃亡中のアナを、経済的に支えているのはケネトだと告げる。その時、もう一通の電話が架かる。電話の主は、自分がアナの父親、フランクだと告げる。

「今日、俺の元妻のところへ行っただろう。俺は、何故、娘があんたに手紙を書いたが、その理由を知っている。」

と話す。彼は数年前にデンマークに戻ったと言う。エロイズは、彼と夜に彼と会う約束をする。

シェーファーはヨットハーバーに来ていた。豪華なヨットが並んでいる。彼は、その一つに近づく。そこにいたのはヨハネス・モシングだった。

「昨日、ジャーナリストが殺されたんだが、あんた、知っているだろう。」

と、シェーファーはモシングに話しかける。

「知らないね。」

「その男は、殺される直前に、あんたに脅されていると話してたんだ。」

モシングは、

「弁護士と話してくれ。」

とだけ答える。

「いつか、あんたを豚箱にぶちこんでやる。」

シェーファーは言う。

「あんたのチョコレート色の奥さん、コニーは元気か?よろしく伝えてくれ。」

そう言って、モシングは車で走り去る。シェーファーは自分の身辺が、完全にモシングに知られていることを知る。

エルイゼは、植物園の温室に、「死体に咲く花」を見に行く。数日前に、花が咲いたと新聞に載っていたからだった。それは、巨大な花だった。不思議に臭いはなかった。

「咲き始めのときは、死臭と同じ香りを発します。それで昆虫を呼び寄せ、捉えるわけです。数年に一度しか、花が咲かない。これを見られるあなたはラッキーな人だ。」

植物園の担当者がエルイゼに言った。植物園のカフェで、エルイゼは考える。

「どうして、シェーファーはウルリヒの検死の結果を自分に連絡してこないのか。一体マルティンはどういう男なのだろうか。」

シェーファーがヨットハーバーから戻ると、リサが彼に、ウルリヒの家で別の靴の跡が発見されたと彼に告げる。リサは、どうしてアナの手紙の相手がエルイゼなのか、どうしてアナは回りくどい表現を使うのか、考えているところであった。

アナはパリのアパートで、ニックから送られた資料を読んでいた。十二人の名前が出て来るが、そのうち九人まで、彼女は知っていた。

「エルイゼは必ずここへ来る。そして、もうすぐ全てが終わる。」

彼女は呟く。

 エルイゼはストリップクラブで、アナの父親のフランクに会う。彼は、最近アナと会ったと言う。しかし、エルイゼは、それが嘘だと見抜く。彼女が母親から話を聞く際、金を払ったのを知って、父親も金をたかろうとしたのだった。しかし、エルイゼは、母親のヨナがギャンブル中毒で、自分の稼ぎを全て競馬等のギャンブルにつぎ込んでしまったことが、彼が妻と娘の元を去った原因だと知る。

 エルイゼはコペンハーゲンの街を見下ろせる、教会の塔に登る。そこは彼女のお気に入りの場所だった。子供の時から、何か問題に突き当たると、彼女は塔に登り、考えに耽るのだった。塔を管理する神父のボボも、彼女の顔見知りで、時間に関係なく、彼女を中に入れてくれた。今日、彼女が考えていたのはマルティンのことだった。彼女にスクヴィエール社に関する情報を提供したのはマーティン、アナから手紙を受け取った日に現れたのもマーティン、そして、彼は自分の逮捕歴、有罪歴を彼女に隠していた。彼女が塔を降りると、携帯に電話が架かる。マルティンからだった。

「どうして、自分が傷害罪で有罪になったことを言わなかったの?」

エルイゼは問い詰める。

「俺は、元女房の浮気の相手の自分の元親友を叩きのめしただけ。今でも後悔していないし、奴はそうされて当然だと思う。『元女房』、『元親友』、全ては終わったことだ。俺は、お前に過去のことについて語る必要はないと思った。」

マーティンは答える。

「しばらく、あなたとは会いたくないわ。」

そう言って、エルイゼは電話を切る。

 エルイゼは家に戻る。鍵を開けたとたん、何者かが背後から彼女を襲う。彼女は首を絞められる。薄れゆく意識の中で、彼女は、自分は今死ぬのだと覚悟をする・・・

 

 

 

 

<感想など>

 

ちょっと、次々と人が出てき過ぎ。エルイゼを巡る男性の登場人物が、次々と現れる。マルティン、ウルリヒ、ムンク、ベトガー、シュテファン・・・

「それって、誰なの。」

その人物の役割を理解し、状況を把握するのに、時間が掛かる。四分の一読むまでに、その人間関係を理解するのに疲れ、何度か投げ出そうとした。

 数年前に起こった、弁護士殺人事件を巡るストーリー展開である。容疑者としてアナ・キールという若い女性が指名手配されているが、彼女はずっと行方をくらませていた。女性ジャーナリストのエルイゼ・カルダンが、アナから不思議な内容の手紙を受け取り、数年前に起こった事件に関わっていく。アナの手紙の内容は、回りくどく、比喩的で、理解に苦しむものだった。半分くらい読んだ時点で、それは単なる単発的な殺人事件ではなく、背後に大きな組織が関与していることが分かる。それが何なのかがひとつの興味となる。

 第二番目の興味は、アナが何故、エルイゼを、手紙を出す相手に選んだのかという点。これは、「エルイゼ」という名前と関係があるとだけ言っておこう。彼女の名前は「Heloise」なのだが、フランス語式に「H」を発音しないことに、彼女自身はこだわる。この奇妙な、フランス語の名前、これがストーリーの行く先を暗示していた。

 最初にも書いたが、登場人物が多い。物語が中盤から後半に差し掛かっても、まだまだ新しい人物が登場する。何度か、頭を整理しながら読む必要がある。また、半分も行かないところで、事件の黒幕が分かってしまう。もうちょっと、引っ張っても良いのではと思う。ネタバレになるが、子供たちを性的に虐待するシーンが出て来る。これには、吐き気さえ覚えた。

 しかし、ベストセラーになるだけあって、良く練られたストーリーで、読み応えは十分。満足を与えてくれるミステリーである。その内容は、ジャーナリズム、法律問題、国内外の社会問題、文学まで網羅していている。作者の博識と、綿密な調査の跡がうかがえる。

アンネ・メッテ・ハンコックは、一九七九年生まれ。ロスキレ大学とベルリンスケ大学で、歴史、ならびにジャーナリズムを学んだ。 彼女はデンマークの小さな町、グレステンで生まれ、その後、アメリカとフランスの両方にも住んだ。 現在は結婚し、夫と二人の子供とコペンハーゲンに暮らしている。

二〇一七年、彼女はこの「死体に咲く花」で作家としてデビュー。先に書いたが、女性ジャーナリストのエルイゼ・カルデンと、警察官のエリック・シェーファーを主人公としている。この小説は、二〇一七のデンマーク犯罪小説アカデミーの新人賞を受賞した。シリーズの二作目である「収集者」二〇一八年に出版されて、同じく高い評価を得た。その年、彼女はデンマークで「アカデミー」の最優秀賞に選ばれた。彼女の三作目「ピットブル」も二〇二〇年一月に出版されている。

 ハンコックは、フリーのジャーナリストとして活動していたが、主人公のエルイゼもジャーナリスト。主人公の、行動パターン、信条などが語られるが、それは、作者自身のものなのであろう。また、この小説を書くに当たって、行われたと思われる、綿密で膨大なリサーチも、ジャーナリストの本領と言っていいだろう。他人にお薦めできる作品である。

 

20217月)

 

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