納棺
皆で父を担いで棺に納めた。そして、その隙間が花で埋められていく。
僕の最も恐れていたことは「夜伽」、つまり「今夜は父の亡骸の横で過ごせ」と言われることだった。前々日は三時間、前日も飛行機の中で数時間しか眠っていない。ここらで一度グッスリと眠っておかないと、身体が持たない。ワタルも前日はソウル空港のベンチで夜明かしをしているのだ。正直に、
「長旅の後で疲れているので、今晩だけは帰って寝たいんですけど。」
と皆に言うと、あっさり認められた。有難いことだ。姉と義兄が残ってくれることになり、僕とワタルは葬儀場を離れた。
途中、僕の幼馴染のトモコの家に寄り、通夜と葬儀の時間を息子さんに伝える。トモコは何度も父を見舞ってくれた。「家族葬」とは言いながら、家族以上に父と過ごしてくれた彼女だけには、葬儀に参加して欲しかった。
その日は生母の家は満杯なので、僕とワタルは父の家に泊まる。父はいなくても「父の家」は「父の家」なのだ。そう呼ぶには少し寂しい気もするが。ワタルは父が入院するまでそこで寝ていた玄関の間のベッドで、僕は父がいつも昼間を過ごしていた居間の掘り炬燵の横に布団を敷いて眠る。疲れていたので、ふたりとも直ぐに死んだように眠った。
翌日、黒いスーツを持っていないワタルに、スーツを買いに行く。彼が急遽マユミの代わりに葬儀に参列することになり、ロンドンにあるワタルのスーツを慌ててクリーニングに持って行った。しかし、それを取りに行き、僕の荷物に詰める暇がなかったのだ。
その日は三時から納棺。これにはちょっと、予備知識があった。だって、「おくりびと」の映画を見たんだもん。前日、
「納棺には誰が立ち会ったらよいのでしょうか。」
とFさんが葬儀社の担当者の人に聞いた。
「『血の濃い人』には出ていただくのがよいでしょうなあ。」
「僕はコレステロールの値が高いからなあ。」
どうして、僕はいつもこんなつまらないことばかり考えてしまうんだろう。結局、姉夫婦、継母、従兄弟のFさん、姪のカサネ、ワタル、それに従姉妹のサチコとタエコとその息子達が立ち会うことになった。「おくりびと」の一シーンを思い出す。父の手足に手甲、脚半を付け、草鞋を履かせる。父の顔や手足に触る。もともと手足の冷たい人だったので、全然違和感がない。全員で父を抱えて棺に入れ、しきびの葉と、花で周囲を埋めていく。
母が父の愛用していたペンケースと、便箋、封筒を棺に納めた。父は書くことが好きな人だった。母が一枚の葉書を僕に差し出した。ロンドンの僕の住所が表側に書いてあり切手も貼ってある。裏には鉛筆で罫線が引いてあった。父は入院する直前、僕に葉書を書こうとし、そこまでやって病院に運ばれたのだ。
「これどうする。記念に持って帰る?それともお棺に入れる?」
と母が尋ねる。少し迷った後、僕はその出されることのなかった葉書を父の棺に入れた。