生牡蠣ドライブ

 

帰りの飛行機の中。安堵感で思わず笑みが漏れる。外ではパリの灯が遠ざかる。

 

午後六時、一緒に働いた皆に別れを告げ、アーロンの運転で空港に向かう。仕事が上手く行き、これから帰るという瞬間は、いつもながら嬉しく、安堵感に満ち、思わず誰にも微笑んでしまう。

「今回は忙しくてそんな暇がなかったけど、次回はゆっくり飯でも食おうや。」

とムッシューVに言われる。今回は出張中二日間も自分のために使える幸運にめぐり合えたが、いつもは時間ギリギリの作業になって、そんなお約束を果たしことがない。

「また新しいプロジェクトがあったら来るし、頑張って新しいお客さんを取ってね。」

とIさんとムッシューVに言い残して僕は会社を去った。

 ニュージーランドでラグビーのワールドカップをやっているが、前週の準決勝で、地元ニュージーランドとフランスが勝ち残っていた。

「どちらが勝っても、きみのゆかりの国でいいね。」

と車の中でアーロンに言う。

「今度モトが来たときは、ソンリスに泊まってもらうから。」

とアーロン。ソンリスは彼の住む、中世の趣の残る可愛い町。前回の出張にそこに泊まった。前回は田舎町、今回は大都会のパリと、僕は幸運なことに両方の魅力を味わえたわけである。

飛行機の出るのは八時半。まだ一時間半ある。チェックインを済ませた後、僕はビールを飲みながら、セルフの食堂で「パエリア」を食べた。

「六日間でフランス料理を食べたのは結局一晩だけだったな。」

と僕は考えた。余ったユーロのコインでワインの小瓶を買って飲む。

英国航空の飛行機は「いつものように」遅れ、僕は午後九時半になってやっと、シャルル・ド・ゴール空港を発った。疲れているし適当にアルコールも入っているのだが、まだまだ出張中のアドレナリンが出ているようで、飛行機の中でも全然眠くならなかった。

ロンドンの自宅に戻る。妻のマユミが尋ねる。

「フランスはどうだった。」

「(おフランスと言いなさい。)おフランスは天気が良かったざんす。」

と答える。ダーラムに住む末娘のスミレから絵葉書が来ていた。

「パパはパリのカフェでコーヒーでも飲みながらのんびりできたかな。」

とスミレ、僕はコーヒーを飲まないし、あの値段じゃ、とてもノンビリなんてできないよ。

 週の残りを何とか勤め上げ、次の日曜日、妻と僕は、ケントの海岸へドライブにでかけた。朝ロンドンは曇っていたが、西に進むにつれ天気は良くなってきた。ウィットステーブルという漁港のある町に立ち寄り、生牡蠣を食べる。レモンをかけて白ワインを飲みながら。生きていて良かったと思うほど美味い。沖には風力発電の白い風車が、ゆっくりと回っている。長閑な日曜日の午後。僕は、沖合を眺めながらつぶやいた。

「向こう岸は、おフランスざんす。」

 

生牡蠣と白ワインを前に。目の前の海には、風力発電の風車がずらりと並んでいた。

 

<了>

 

<戻る>