アメリカンフィーリング・イン・フランス
フランスでもノルディック・ウォーキングは人気があるらしい。
あなたからの エアメール
空の上で 読みかえすの
窓の外は スカイ・ブルー
かげりひとつない 愛の色
今私は コバルトの風
Feeling in America, in America
ああきらめく季節の中で
抱きしめるから It's America
僕はよく歌を唄いながら散歩している。傍から見ると「怪しいおじさん」に見えるだろう。
「OOちゃん、あのおじさんの傍へ行ったらダメよ。危ないから。」
なんて、すれ違うお母さんに言われているかも知れない。その日、僕は、ダンケルクの海岸のプロムナードを歩きながら、サーカスの「アメリカンフィーリング」を口ずさんでいた。この歌を知っている人はもう余りいないかも。何せ、一九七九年、三十五年以上前の曲。
その日、ダンケルクは暖かい夕方、一ヶ月前は誰も歩いていなかった海岸のプロムナードも、子供連れの人々、散歩をする人々、ジョギングをする人々で賑わっていた。砂浜を、カラフルなウェアをまとったノルディック・ウォーキングの一団が、沖を行く貨物船を背景に歩いている。太陽はまだ高い位置にある。おそらく、僕の心の中で、「海辺のプロムナード」>「アメリカ西海岸」>「アメリカンフィーリング」という連想が行われたのであろう。しかし、僕はこの曲が好きだから唄っているわけである。「エアメール」、「アメリカ」、「飛行機の旅」、当時の大学生の心をそそる言葉であった。今や、「エアメール」は死語になり、「アメリカ」は自由と富の象徴ではなくなり、「飛行機の旅」は「もう堪忍して」というくらい苦痛になりつつあるにしても。
三十五年前には、いや半年前でさえ、自分がダンケルクなどという場所にいるなんて、考えてもみなかった。「運命の悪戯」、「偶然のなす業」などという言葉が心に浮かぶ。
英国に戻る金曜日の朝六時に、僕は、ホテルのすぐ近くの、朝四時から開いているベーカリーへ行った。その日、僕がチームのメンバーに朝ごはんを奢ることになっていたからだ。チームに、「コンピューターの画面をロックしないで席を立った者は、翌日他の全員に朝ごはんを奢る」という「罰ゲーム」があることは何となく知っていた。しかし、それが下請けで出張者の僕にまで適用されるとは思っていなかった。前日の午後、席に戻ると、
「明日の朝ごはんは僕の奢りです、モト」
と書いたメールが、僕のラップトップから皆に発信されていた。それで、その朝早くパンを買いに行ったわけだ。クロワッサンとパン・ド・ショコラ(チョコレートパン)を八つずつ注文する。パン・ド・ショコラはほとんど売れてしまって、二個しか残っていないという。午前六時に売り切れになるなんて、何て人気のある店だ。それで僕は代わりにブリオッシュを六個買った。ベーカリーのおじさんが気の毒がって、ブリオッシュを二個サービスしてくれた。
このエッセーのテーマ曲、サーカスの「アメリカンフィーリング」をお楽しみください。
金曜日の夕方、英国へ向かうユーロスターに乗る。ほっとする一瞬である。
<了>