リール

リールの街の中心にある広場。

 

「私は実は日本語が話せるのです。」

ユーロスターの中で、隣の席に座っているポニーテールの男性が日本語で言った。僕たちは、ロンドン、セント・パンクラス駅を出てから、ずっと英語で話していた。四月二十一日のことである。彼は流暢な日本語を話した。日本で数年暮らし、東京のS大学で修士号を取ったというので納得。まだ三十代だと思うが、日本の某ゲームメーカーの欧州総代理店支配人だとのこと。これから商談で、ブリュッセルに行くと言った。

彼はフランス人で、リールの出身であるという。僕がダンケルクで働いているというと、

「どうしてそんな所で働いているのですか。」

と聞いてくる。

「知りませんよ、そんなこと。お客さんが何故かそこに工場を建てたんだから。」

彼は、ダンケルクはダサいけど、リールは良い町だと言う。まあ、身びいき、地元自慢ということ聞いておこう。

「リールの街、見たことありますか。」

と彼は聞く。

「いいえ、いつも列車を乗り換えるだけで、駅から外に出たことはありません。」

と僕も彼に影響されて「正しい日本語」で答える。

「それはいけません。次回はリールで一晩泊まって、リールの街をじっくりと見てください。」

彼はそう言って、ノートのページを一枚破ると、そこにリールの街の略図、「見どころマップ」を書いてくれた。親切な人である。

ブリュッセルまで行く彼、ジェラールと別れてリール駅で降りる。到着が十時二十六分で、ダンケルク行の列車は十二時十五分である。一時間半以上待ち時間がある。幸い、ヘルメットや安全靴などは顧客の工場に置いてきたので、荷物も少ない。天気も良い。僕は、ジェラールが書いてくれた地図を基に、「リール市街一時間半駆け足観光」をすることにした。

リールは、人口約二十五万人、フランスで十番目の都市であり、北フランスの中心地である。実は、一九九三年、当時アルファベット三文字の某ファスナーメーカーに勤めていた僕は、この町にある工場で数か月働いていた。ちょうど秋から冬で、暗くて寒い印象しかなかった。今日は、青空が広がり、建物の窓ガラスが日の光をキラキラと反射させている。

駅を出て、商店街を五百メートルくらい行くと、大きな四角い広場に出た。一辺が百メートルはある大きな広場で、真ん中に銅像が立っている。そこが街の中心らしく、何と、観光客と思われるグループがたむろしていた。オペラ座、劇場、市役所などがその広場に面している。どの建物も、壮大で立派なものだ。スクエアを出て反対側に行くと、そこはこじゃれたカフェの並んだ通りだった。天気が良いので、皆外でコーヒーやビールを飲んでいる。僕は昼食にサンドイッチを買って、大聖堂のベンチに座って食べた。

 

天気が良いので、皆カフェの外にテーブルで飲んだり食ったりしている。