二百万遍のサイクリング

 

全ての店が閉じ、誰もいない、不気味な関西空港の食堂街。

 

PCR検査を受けるクリニックは、京都大学の近くの百万遍(ひゃくまんべん)にあった。日本を発つ前日の朝、僕はそこで検査を受け、陰性だったら、夕方に「陰性証明書」を取りに行くことになっていた。その陰性証明書があって初めて、飛行機に乗せてもらえ、経由地のオランダと、最終目的地の英国に上陸させてもらえるのである。

自転車で百万遍に行き、午前九時よりの検査を受ける。午後二時過ぎに陰性だったから、証明書を取りに来いという電話がある。

「また、ちょっと百万遍まで行ってくるね。」

と母に言うと、

「今日は『二百万べん』自転車に乗るんやね。」

と母に言われた。母も九十歳を目前にして、まだ面白いことを言おうとしている。

 I医師から帰国の「お墨付き」が出てから、英国に戻る手続きについて調べ始めた。飛行機は、四月十日、オランダ航空、関空発アムステルダム経由ヒースロー行を予約していた。一週間前になってもキャンセルの通知は来ず、無事飛ぶようだった。オランダと英国のコロナ対応について調べるため、両国政府のホームページを子細に読む。オランダ行の飛行機に乗るには、搭乗の七十二時間前以内に発行された、PCR検査の陰性証明書が必要。英国に入る際にも、その証明書が要り、更に、英国入国後の二日目と八日目にPCR検査を予約し、その予約票を持っていなければならない。また、英国内での検疫隔離の場所、連絡先等を、スマホの画面を通じで登録しておかねばならない。それを順番にこなしていくが、

「何か抜けてるのとちゃうやろか。」

と常に心配が付きまとう。

 出発の朝、何時も使うシャトルサービスが運休中なので、京都駅までタクシーに乗り、そこから関西空港行の列車に乗る。車中、母が作ってくれた、タケノコ飯の握り飯を食べる。

「関空についたら何か食べよう。」

と、その時は思っていた。関空に着いて、国際便の出発ロビーへ。掲示板に表示された、便数の少なさに驚く。一日に十便以下なのだ。出発ロビーには人気がない。チェックインを済ませる。昨日の時点で、アムステルダム行の同便で、埋まっていた席は五つだけだった。チェックインのとき、

「オランダ航空さんは、お客さんが少なくても、飛ばさはるんですね。」

と、係のお姉さんに言うと、

「航空貨物が結構あり、それが儲かっているんで、飛ばしてるんです。」

とのこと。チェックインを済ませて、ターミナルビルに入る。免税店、レストラン、カフェ、全てが締まっており、コンコースにいたのは、誇張でなく、僕一人だった。さすがに不気味である。十時半、オランダ航空機は、十人だけの客を乗せて、関空を飛び立った。

 

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