運転免許(二)
僕が使う地下鉄「鞍馬口駅」の近くにある出雲路橋。比叡山を望む。
「グエン・サムリンさん、グエン・サムリンさん、四番窓口までお越しください。」
ベトナム人の青年、自分の名前を呼ばれたことは分かるのだが、どうしていいのか分からず、ウロウロしている。
「あたな、グエンさん?」
僕が英語で尋ねる。
「そうですけど。」
「ナンバー・フォー・カウンターに来てくださいって。」
僕は四番窓口を指して、英語で言う。青年は慌てて窓口に走って行った。この一件で、外国免許から切り替え組の中に、
「分からんかったら、この日本人に聞けば、大丈夫やな。」
という雰囲気が広がる。その後は、事あるごとに、僕に質問が来る。
「何時もこうなんだよな。」
僕は苦笑する。何時も、外国人を「仕切って」しまうという役割を演じてしまう。
十一時半に、僕たちだけでなく、その日の午前中に、「合格」した人々が集められる。全部で百人くらいいた。そして、書類を返してもらい、免許交付料を払い、写真を撮る。その後、午後一時半から免許の交付を受けることになるのだ。
近くにうどん屋があったので、きつねうどんを食って、一時半に免許が交付される部屋に集まる。今朝集まった「切り替え組」の中で、その日の交付に漕ぎ着けたのは、フランス人の若い女性と僕の二人だけだった。午前中に出来た「暗黙の了解」の下、僕たちは隣同士の席に座る。交付が始まる。自分の番号を呼ばれたら前に取りに行く。
「『受取り』の所に、印鑑を押し、印紙に割り印を押してください。免許の種類には『普通』と書いてください。」
前で係の女性が説明をする。そのフランス人の女性、ラファエルは、何と自分の名前を片仮名で彫った印鑑を持っていた。彼女に英語で書き方を説明し、「普通」という文字は難しいので書いてあげる。午後二時、僕たちは、出来たばかりの免許証を持って外に出た。日本の免許を持つのは、三十五年ぶり。正直嬉しい。ラファエルが僕に言う。
「助けてくれてありがとう。」
「どういたしまして。どうやって帰るの?」
彼女に尋ねると、バスで竹田駅まで行って、そこから地下鉄に乗るという。僕と一緒のコース。バスや地下鉄の中、二人でずっと英語で話していた。仕事について、
「日本人にフランス語を教えているの。あなたは?」
「外国人に日本語を教えているの。」
そんな会話があった。彼女は、三十一歳。息子の嫁と同い年。運転免許も貰ったし、若いお姉さんとも話せたし、僕は晴れ晴れとした気分で、地下鉄を降りた。雪は止んで、日が差していた。