陽の当たるブルーベル
後ろに見える岩の半島がローガン・ロック。前回は息子と岩の上まで登った。
四日目、ポースカーノへ行くことにした。これまで、昨年の第一回コーンウォール休暇も含めて、半島の北海岸ばかり歩いてきたが、初めて、南海岸を探索することになった。朝ペランポートを出て、ペンザンスに向かう。
「ミーはペンザンスに行くざんす。」
「さいざんす。」
運転していると、口調がどうしても、トニー谷かイヤミ先生になってしまう。ペンザンスに入る少し手前で、「英国のモン・サン・ミッシェル」と呼ばれている、セント・マイケル・マウントがチラリと見える。「本家」と同じく、島の上に建つ教会で、干潮時には、歩いて渡れるという。
ペンザンスを通り過ぎ、コーンウォール半島の最先端のランズエンドに向かう。直前に南に折れて、ポースカーノの村に到着。僕がポースカーノを訪れるのは二回目。前回は二十年以上前、まだ小学生だった息子と一緒だった。学校の夏休み、妻と娘たちが日本に帰っている間に、僕は息子を連れて、ここに住む元同僚のRさんと、ご主人のMさんを訪れたのだった。
当時、僕が働いていたロンドンのオフィスで、社長秘書をやっておられた英国人の女性Rさんと僕は、随分年齢が離れていたが(彼女の方が十歳以上年上)、不思議に気が合った。彼女は数年後に引退され、ロンドンを離れ、ポースカーノに家を買って、ご主人と田舎住まいを始められた。その年の夏、僕は、息子を連れて、彼女を訪ねたのだった。
RさんとMさんは、息子を可愛がってくれた。息子はRさんにアイスクリームを買ってもらったり、Mさんと一緒に玉突きをしたりしていた。息子の楽しそうな顔が、きれいな景色とともに、今でも目に浮かぶ。しかし、翌年・・・家が火事になり、Mさんは逃げ遅れて亡くなられた。その後、一度だけ、ロンドンに出てこられたRさんと話したことがある。以降、僕は、何故か彼女に連絡するのがためらわれ、音信不通になってしまった。今考えると、
「どうしてあの時、彼女にもっと積極的にコンタクトし、話し相手になってあげなかっんだろう。」
悔いが残る。ポースカーノは、そんな苦い思い出もある場所なのだった。
ポースカーノの見物は、崖に沿って造られた屋外劇場「ミナック・シアター」と、海に突き出した岩「ローガン・ロック」。村の駐車場に車を置いて、まずは、ローガン・ロックに向かって崖の上の道を歩き出す。二十年前、息子とこの道を歩いたことを、かすかに思い出す。ここも花盛り。ブルーベルが多い。崖の上の草原が、紫の花で覆われている。
「ブルーベルって、森の中の木の下にだけ咲くものだと思っていたけど、陽当たりの良い草原にも咲くのね。」
妻が言った。太陽の直接当たる場所に咲くブルーベル、確かに初めて見た。
こんな広い場所に咲くブルーベルは初めて見た。