種も仕掛けもございません
天井から吊られた輪をつかっての演技。手も足も離して、首の力だけでぶら下がるという技に驚嘆。
開演前にすでに登場していた男女の道化が、場面と場面の間に登場する。女性は提灯のようなワンピースを着ており、男性は海賊のような、ピーターパンのキャプテン・フックのような身なりをして、鼻の下に髭を生やしている。ふたりの会話、どこの国の言葉なのか、聞き取ろうとするが不能。どこの国の言葉でもない。ふたりの名前がマイーニャとパプーリャということは後で知った。男性が女性を追い回し、最初は肘鉄を食わしている女性が、最後は男性を受け入れる。
場面のひとつひとつは、大掛かりなアクロバットで構成されている。フラフープのような輪が下りてきて、女性がそれにつかまって、十メートルくらいの高さまで上がる。そこで、出初式のような曲芸をやるのだが、全く手を離して、後ろへ傾けた首だけでぶら下がるというのには参った。
「何たる首の力。」
よほどの訓練をしないとあんなことはできない。
また、料理番組で出てくるような透明のガラスのボウル、直径二メートルくらいあるのだが、その縁に日本の棒が立てられ、ミランダがその上で倒立をする。細いちょっとグラグラする棒の上、片手で逆立ちをしたのには、また参った。何というバランス感覚。
バランスと言えば、二十本近い編み棒のような形の二メートル近い棒を順に「T」の字に乗せていき、モビールのようにバランスを取ると言うもの神業に近い。片手で最初の棒を握っているので、両足で地面に落ちている残りの棒を拾いながら、空いている手で次の棒を操るのである。最後に一番先端の棒を取り去ると、二十本の棒がバラバラと地面に落ちるというのも粋な演出だった。
「種も仕掛けもございません。」
というのが良く分かる。
さて、全体のストーリーなのだが、後でパンフレットを読んで知ったのだが、シェークスピアの「テンペスト」、邦題「嵐」を下敷きにしたものだった。嵐で船が難破して、ロメオと彼の仲間が絶海の孤島に漂着する。そこの島には王様が支配しており、ミランダはその娘、王女であった。ミランダとロメオは恋に落ちる。しかし島の王は、
「どこの馬の骨かも分からない奴に娘はやれぬ。」
と、ロメオに対して色々な試練を与える。ふたりは最後には一緒になるのであるが。
「なるほど、そうだったのか。」
そのストーリーを知って、各場面の持つ意味が、後になってから分かった次第。しかし、舞台を見ただけで、そこまで理解せよというのも無理な話。取り敢えず予備知識なしで見て、後で粗筋を知って納得するのも一興かな。道化役のおふたりさんだが、マイーニャがミランダの乳母、パプーリャがロミオの召使だった。つまり、主人同士で恋に落ち、召使い同士もドタバタの恋愛ごっこを繰り広げていたのだった。
驚異のバランス感覚と集中力が必要とされる、「バランスの女王」の演技。一度も失敗したことがないのだろうか。