エピローグ、人生で一番長い誕生日

 

こんなものに出会うと、何だかホッとする。

 

 僕たちが北京を発つ日は、ミドリの誕生日だった。朝、食堂で会ったとき、ミドリに、

「誕生日おめでとう。」

と言って握手をする。

「今日は、私の人生で、一番長い誕生日になるの。」

とミドリ。その日は、中国から英国まで、地球の回転に逆らって、七時間の時差のある場所を移動することになっていた。ということは、二十四時間プラス七時間、僕たちにとって「今日」は三十一時間あることになる。ミドリはその日の午前零時、マユミとホテルのバーで、誕生日のカウントダウンと乾杯をしたそうだ。僕は、もう眠っていたが。

朝食を食べているとき、ミドリが、

「パパ、これからも中国語の勉強、続けてね。」

と言う。僕もそのつもり。親戚に中国人が出来た以上、話す機会はまたあると思う。

 昼前にチェックアウトを済ませ、タクシーで空港へ向かう。空港で、妻と娘たちが買い物をしている間、僕はラップトップで旅行記、まさにこの文章を書いていた。スカンジナビア航空、コペンハーゲン行の搭乗が始まる。僕たちはコペンハーゲンで、ロンドン行に乗り換えるのだ。

 飛行機に乗り込み、座席に着く。飛行機の出発準備が出来たところで、機長からの挨拶があった。最初がデンマーク語、次が英語である。

「本日は、スカンジナビア航空九九六便、コペンハーゲン行をご利用いただきまして、誠に有難うございます。予定されている飛行時間は九時間四十五分、コペンハーゲンには、現地時間の十八時四十五分ごろ到着の予定です・・・今日は、ジュリア・カワイさんの誕生日です。ジュリアさん、お誕生日おめでとうございます。」

僕は耳を疑った。

「どうして、機長は、ミドリが誕生日だと知っているんだろう?」

もちろん、切符を買う時、名前、国籍、パスポート番号、生年月日は登録してある。航空会社側が、ミドリの誕生日を知っていてもおかしくない。しかし、何とキメの細かいサービス。そして、僕自身、機内でそんな挨拶を聞いたのは、生まれて初めてだった。

 

***

 

数日後、英国の僕のアパート。娘たちと僕たち夫婦は夕食を共にしていた。

「どうして、機長は、その日がミドリ誕生日だと知っていたんだろう?」

それが改めて話題になった。スミレが笑いながら言った。

「実は、飛行機に乗った時、キャビンアテンダントに頼んだの。」

フィクサーはスミレだった!

 

コペンハーゲン行、ファイナルコール。ボチボチ搭乗口に行かないと。

 

<了>

 

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